佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

文字の大きさ
30 / 164

30 忠告

しおりを挟む
大あくびと共に、のんびり身体を起こした休日の朝。
やたら喉が乾いて、まずキッチンへ向かった。

「あれ……? 朝霧いるじゃん。ジム開いてねえの?」

どうせまたトレーニングしていたんだろう、スポーツウェア姿だ。
何の気なしにそう言って麦茶を飲み干すと、朝霧が不服そうな顔で俺を見た。

「……お前、覚えてないのか」
「えっ? ええと……?」

何を? と言いかけて、記憶のフタに手をかけてしまった。
すごく……記憶から消したい事があったような、なかった……ことにしたいような……。
じわじわ赤面しつつ、キッと朝霧を睨み付ける。

「お、覚えてるわ! お前が酔っ払いと化して暴れたのはな!」
「暴れてない。その後は?」
「後……? フツーに、寝た?」

大きなため息を吐いた朝霧が、ふいに口角を上げた。
にや、と含みをもった笑みに思わずギクリとする。
い、今はさすがに酔ってない……よな?

「覚えてないんだな」
「な、何が?」
「俺に抱かれて寝たこと」
「いっ……! い、いいい言い方あぁああ!! 朝霧ぃい!!」

思わず絶叫して胸ぐらを掴んだものの、当の本人はうるさげに眉をしかめて笑うだけ。
違うからな?! 全然違うからな?!
あまりの言い草に顔が沸騰しそうだ。もちろん、怒りでな?!

「全然違うだろ! 普通に寝たんだよ!」
「俺の腕の中で?」
「なああああ! 変な言い方すんな!! たまたま! お前が支えてただけで!!」
「覚えてるな?」
「うるせー!」

くそ、くそくそ、なんで俺はあの状況で寝たんだ……!

いやでもぬくぬくして暖かいしコートに包まれてるしアルコールは効いてるしうとうとすると上手い具合に朝霧が姿勢を調整するもんだから……!! 
ぐるぐる脳内を巡る思考で、昨日のあれこれが五感と共に蘇ってきて、率直に言って死にそう。

そうだよ、思いのほか居心地良かったんだよ! 悪かったな!!
あと怒ってたからな! この際、色々言っておかないとと思って!

自分の醜態に致命傷を負ってうずくまっていると、パシャリと音がする。
振り返ると、またパシャリと鳴った。

「なんで撮るんだよ!」
「記念に……」
「は?! 何の記念だ!」

そこで気付いてしまった俺は、顔色を変えた。

「お、お前、まさか、まさか……昨日の写真とか……撮ってないだろうな?」

キョトンとした朝霧が、しばし考えて小さく舌打ちした。

「……次はちゃんと撮る」
「撮るな!!」

しまった、すげえ余計なこと言った!! やぶ蛇にもほどがある。
自分のうかつっぷりに悶絶していると、朝霧がふと何か思い立ったように立ち上がって、こちらへやってくる。
キッチンに用かと壁際へ避けてやったのに、目の前で足を止めた。

反射的に、俺の身体が強ばった。
だ、大丈夫、問題ない、酔ってないから。
それでも、こんな間近にデカい男がいたら普通は怖いと思うぞ?!

「……何? おい、何だよ?」
「ちょっと、な」

徐々に早鐘を打ち始める胸の内を悟られまいと、目の前の朝霧から視線を逸らした。
――が、何を思ったか回り込むように、至近距離で覗き込まれる。
下がろうとした身体が壁に阻まれて、ゴツンと鳴った。

「う、わっ?!」

もう、すぐそこに朝霧の顔があって。
ついぎゅっと目を閉じた。

「……あのな、佐藤」

落ち着いた声が俺の耳に届いて、縮こめていた身体から力が抜ける。
あれ? なんか、大丈夫そう。
そろりと目を開けると、朝霧が苦笑していた。

「お前、なんで目閉じるんだ?」
「なんでって……? 怖……危ないと思ったから……??」

言われてみれば、何でだろう。俺、何を怖いと思ったのか。

「……じゃねえよ! そもそもお前は何なんだ?! 何がしてえの? まだ酔ってんのか?」

こいつは俺の心臓を筋肉痛にする気だろうか。こんなに働かせて、可哀想だろ!
腹を立てて近すぎる身体を押しのけてやろうとしたのに、全然動かなかった。

「酔ってない、実践してやっただけだ。 佐藤、こういう時、目は閉じない方が良い」
「なんでだよ、こんなもん反射だろ。ボール飛んできたら目閉じるのと一緒だろ」
「いや閉じたら当たるだろ……避けるか受けるかしろ」

馬鹿か、みたいな顔しやがって! 誰もがそんな華麗な事ができると思うなよ?! ボールが飛んで来ようが何か落ちて来ようが、目ぇつむって縮こまるのが精一杯だわ!!

「そもそも、なんでダメなんだよ。つうか、こんなことすんのはお前くらいなんだけど」
「なら、いいか」
「……ちょっと待て、何でダメか教えろよ?!」

離れて行こうとする朝霧を焦って捕まえると、可笑しそうに笑った。
笑って、ゆっくり向き直って、そして一歩、俺の方へ。

「あっ?! おい!」
「何でかって言うとな?」

壁と朝霧に挟まれてもがくと、朝霧がスッと屈み込んだ。
面白がってるだろう、と分かっている。分かってるけど。でも、やっぱり反射だ。
こんな距離で、目を合わせていられない。なのに大きな手が俺の頭を固定して、逃げられない。
進退窮まった俺の身体は、やっぱりまぶたがぎゅっと下りてしまった。

笑った朝霧の吐息を耳元に感じて、ますます縮こまった時。

「『どうぞご自由に』って言ってるように見える」
「――っ?!」

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

【BL】男なのになぜかNo.1ホストに懐かれて困ってます

猫足
BL
「俺としとく? えれちゅー」 「いや、するわけないだろ!」 相川優也(25) 主人公。平凡なサラリーマンだったはずが、女友達に連れていかれた【デビルジャム】というホストクラブでスバルと出会ったのが運の尽き。 碧スバル(21) 指名ナンバーワンの美形ホスト。自称博愛主義者。優也に懐いてつきまとう。その真意は今のところ……不明。 「絶対に僕の方が美形なのに、僕以下の女に金払ってどーすんだよ!」 「スバル、お前なにいってんの……?」 冗談?本気?二人の結末は? 美形病みホス×平凡サラリーマンの、友情か愛情かよくわからない日常。 ※現在、続編連載再開に向けて、超大幅加筆修正中です。読んでくださっていた皆様にはご迷惑をおかけします。追加シーンがたくさんあるので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

処理中です...