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31 のれんに腕押し
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耳朶を震わせる距離で聞こえた、低い声。
ますます固く目を閉じた後、ハッと無理矢理まぶたを押し上げた。
な、何がご自由にだ!! 誰がテイクフリーだ!
恐怖感をイラ立ちに紛れさせ、キッと睨み付けた。
「ふ・ざ・け・ん・な! つうかお前、変じゃねえ? 二日酔い?」
「あれくらいで二日酔いにはならん」
「じゃあなんでそんな……。おい、いいから退けろよ」
平気なフリも、結構限界。怖い怖い!
完全に面白がっている朝霧は、壁に両手をついて俺を捕まえている。
女子にやればきっと赤面涙目間違いなしだ。俺は別の意味で涙目だよ!! 可哀想な俺の心臓……。
「お前が、怖がるから」
「は?! 誰が!」
「だから、慣らしてやろうと思って」
「な……」
思わず、絶句してその端正な顔を見つめた。
普通、怖がるなら抑える方に行かねえ? え? なんで? なんで俺の方を慣らそうと思ったわけ?!
つうかマジでお前、これが素なんだな?! 本性ってわけじゃねえって言ったのに!
「…………」
浅い息をする俺をじっと、じっと見た朝霧は、満足したように微かに笑うと、スッと離れた。
何、こいつ。今日はこのくらいでいいか、みたいな雰囲気を感じる。
マジで、俺を慣らそうとしてる。
やっと圧から解放された俺は、大きく深呼吸してテーブルの向こう側に回った。
「俺、ここの家主なんですけど?! フツーさ、お前が俺に慣れる努力をするだろ!」
「してると思うぞ。……かなり」
「どこがだ!」
一歩踏み出しかけた朝霧が、身構えた俺を見て動きを止める。
そして、小さく苦笑した。
「何もしてないぞ? ……まだ」
「嘘つけ!! いいから、普通に戻れ! 朝霧通常モードオン!!」
「なら――今は、『佐藤』モード……か?」
「なんで俺だよ! 異常モードだ、異常!」
朝霧が、じとり、と目を細めて俺を見た。
そして諦めたように深々息を吐いて、そのまま席に着く。
安堵した俺とは裏腹に、べたりとテーブルに身体を伏せて、恨めしそうな顔をしている。
だけど、ちゃんと通常モードになったような気がした。
「よしよし、朝霧君はそうしてなさい」
「お前、むかつくな……」
「何、どうしたの、急にむくれちゃって」
そんなセリフ聞いたことなかったから、ちょっと驚いた。
だけど、こんな不貞腐れた子どもみたいな今は、全然平気だ。
野生の朝霧君じゃなければ、簡単にあしらえる。
「……」
めっちゃ見てる。すごく、何か言いたげ。
けど、こんな分かりにくい男の脳内なんか、知るかっつうの。犬でももうちょっと分かりやすいわ!
冷蔵庫から卵を取り出しつつ、ため息を吐いた。
「はー、朝から無駄な体力使った。つうか、お前なんで居るんだよ」
「悪いか」
「拗ねるな、めんどくせえ。飯作ってやらないぞ? 朝食ったのか?」
途端に伏せていた朝霧が身体を起こして、俺の手元に視線をやった。
うん、そういうトコは分かりやすい。微かに揺れ始めた尻尾が見える。
「食ってない」
「パン焼くだけだぞ」
「その卵は?」
「のせるだけ」
……機嫌、直ったな。黒っぽくてでかい犬が、耳をピンと立ててしっぽを振っている幻影が見える。
卵とパンでいいのか。簡単なやつだ。
熱したフライパンにバターを広げ、卵を落とした。チーズも入れて、食パンを載せてぎゅっと抑える。
「フライパンに、パン?」
「楽だし、食いやすいだろ」
多分分かってない朝霧が、『何が?』という顔をしている。
頃合いを見てひっくり返すと、卵と一体化したパンができあがっている。テーブルから伸び上がって見ている朝霧が、ちょっと驚いた顔をした。
ひっくり返したパンを焼きつつ、塩胡椒とマヨネーズ、ちょっと気取ってパセリなんか散らしたら、もう完成だ。どうせ卵はフライパンで焼くんだから、この方が楽で良い。
ケチャップが必要ならお好みでどうぞ、だ。
「すげえ。パンを料理するの、初めて見た」
「何もすげくねえわ」
生活能力皆無な朝霧君は、焼いたパンと卵で感動するらしい。
けど、面倒だから何枚も焼かないぞ。足りなかったら自分で作ってくれ。
「食いやすい……」
「だろ? ああ、それで結局なんでお前居るの?」
しっかりバターで焼き上がったパンが、カリリと口の中で音をたてる。
卵とマヨがパンの乾いた食感を補うように包み込んで、思わずにんまり笑みが浮かぶ。
卵と合体しただけで、何でこんな美味いんだろうな。
「それは覚えてないのか」
「何のことだよ」
「お前が、居ろって言ったから」
「は?! 俺が?!」
思わずパンから口を離して、憮然とする顔を見上げた。
しっかり頷いた朝霧が、頬を膨らませながら手を払う。
……お前、パンどこやったの?
なんてどうでもいいことに気を逸らせつつ、俺は必死に記憶を手繰った。
ますます固く目を閉じた後、ハッと無理矢理まぶたを押し上げた。
な、何がご自由にだ!! 誰がテイクフリーだ!
恐怖感をイラ立ちに紛れさせ、キッと睨み付けた。
「ふ・ざ・け・ん・な! つうかお前、変じゃねえ? 二日酔い?」
「あれくらいで二日酔いにはならん」
「じゃあなんでそんな……。おい、いいから退けろよ」
平気なフリも、結構限界。怖い怖い!
完全に面白がっている朝霧は、壁に両手をついて俺を捕まえている。
女子にやればきっと赤面涙目間違いなしだ。俺は別の意味で涙目だよ!! 可哀想な俺の心臓……。
「お前が、怖がるから」
「は?! 誰が!」
「だから、慣らしてやろうと思って」
「な……」
思わず、絶句してその端正な顔を見つめた。
普通、怖がるなら抑える方に行かねえ? え? なんで? なんで俺の方を慣らそうと思ったわけ?!
つうかマジでお前、これが素なんだな?! 本性ってわけじゃねえって言ったのに!
「…………」
浅い息をする俺をじっと、じっと見た朝霧は、満足したように微かに笑うと、スッと離れた。
何、こいつ。今日はこのくらいでいいか、みたいな雰囲気を感じる。
マジで、俺を慣らそうとしてる。
やっと圧から解放された俺は、大きく深呼吸してテーブルの向こう側に回った。
「俺、ここの家主なんですけど?! フツーさ、お前が俺に慣れる努力をするだろ!」
「してると思うぞ。……かなり」
「どこがだ!」
一歩踏み出しかけた朝霧が、身構えた俺を見て動きを止める。
そして、小さく苦笑した。
「何もしてないぞ? ……まだ」
「嘘つけ!! いいから、普通に戻れ! 朝霧通常モードオン!!」
「なら――今は、『佐藤』モード……か?」
「なんで俺だよ! 異常モードだ、異常!」
朝霧が、じとり、と目を細めて俺を見た。
そして諦めたように深々息を吐いて、そのまま席に着く。
安堵した俺とは裏腹に、べたりとテーブルに身体を伏せて、恨めしそうな顔をしている。
だけど、ちゃんと通常モードになったような気がした。
「よしよし、朝霧君はそうしてなさい」
「お前、むかつくな……」
「何、どうしたの、急にむくれちゃって」
そんなセリフ聞いたことなかったから、ちょっと驚いた。
だけど、こんな不貞腐れた子どもみたいな今は、全然平気だ。
野生の朝霧君じゃなければ、簡単にあしらえる。
「……」
めっちゃ見てる。すごく、何か言いたげ。
けど、こんな分かりにくい男の脳内なんか、知るかっつうの。犬でももうちょっと分かりやすいわ!
冷蔵庫から卵を取り出しつつ、ため息を吐いた。
「はー、朝から無駄な体力使った。つうか、お前なんで居るんだよ」
「悪いか」
「拗ねるな、めんどくせえ。飯作ってやらないぞ? 朝食ったのか?」
途端に伏せていた朝霧が身体を起こして、俺の手元に視線をやった。
うん、そういうトコは分かりやすい。微かに揺れ始めた尻尾が見える。
「食ってない」
「パン焼くだけだぞ」
「その卵は?」
「のせるだけ」
……機嫌、直ったな。黒っぽくてでかい犬が、耳をピンと立ててしっぽを振っている幻影が見える。
卵とパンでいいのか。簡単なやつだ。
熱したフライパンにバターを広げ、卵を落とした。チーズも入れて、食パンを載せてぎゅっと抑える。
「フライパンに、パン?」
「楽だし、食いやすいだろ」
多分分かってない朝霧が、『何が?』という顔をしている。
頃合いを見てひっくり返すと、卵と一体化したパンができあがっている。テーブルから伸び上がって見ている朝霧が、ちょっと驚いた顔をした。
ひっくり返したパンを焼きつつ、塩胡椒とマヨネーズ、ちょっと気取ってパセリなんか散らしたら、もう完成だ。どうせ卵はフライパンで焼くんだから、この方が楽で良い。
ケチャップが必要ならお好みでどうぞ、だ。
「すげえ。パンを料理するの、初めて見た」
「何もすげくねえわ」
生活能力皆無な朝霧君は、焼いたパンと卵で感動するらしい。
けど、面倒だから何枚も焼かないぞ。足りなかったら自分で作ってくれ。
「食いやすい……」
「だろ? ああ、それで結局なんでお前居るの?」
しっかりバターで焼き上がったパンが、カリリと口の中で音をたてる。
卵とマヨがパンの乾いた食感を補うように包み込んで、思わずにんまり笑みが浮かぶ。
卵と合体しただけで、何でこんな美味いんだろうな。
「それは覚えてないのか」
「何のことだよ」
「お前が、居ろって言ったから」
「は?! 俺が?!」
思わずパンから口を離して、憮然とする顔を見上げた。
しっかり頷いた朝霧が、頬を膨らませながら手を払う。
……お前、パンどこやったの?
なんてどうでもいいことに気を逸らせつつ、俺は必死に記憶を手繰った。
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