佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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5 あの佐藤

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◆◆

「――ルームシェア、ですか」

わずかに寄せた眉根に気付こうともせず、宮城さんがぐいと身を乗り出した。
この人は、いつも勢いよく話して俺の話を聞かない。

「そう! 僕の広報仲間がいい情報くれてね、ちょうど朝霧君と同期だっていうし、どうかな? 場所聞いたけど、会社とプールからまずまずいい距離だし、部屋割りも2LDKで1室余ってるんだって! これってまさに天の導きだと思うでしょ?!」

別に……と言いたいのを飲み込んで、じとりと宮城さんを見下ろした。

「俺、安いところで――」
「ダメダメダメ! あのさ、この際言っておくけど君って一般社員と違うわけ。もちろん、君に価値を認めてのことだけど、会社からしても特別待遇で――」

言いかけた言葉を遮られ、また始まった説教にうんざりする。
騒動の発端は俺が住んでいた物件。そこは、取り壊しか建て直しの二択を迫られている。
いずれにせよ、目処が立たないので立ち退きだ。
水泳さえできれば、他はどうとでも。条件がほぼないのだから、物件もすぐ見つかるだろう。
――が、そのうち探そうと思っているうちに、もう立ち退きまで日がないところまで来てしまった。

最悪会社に泊まればいいと思っていたものの、荷物の置き場所は困る。
一時的にロッカールームに置いてもいいだろうか。
そう思って、たまたま宮城さんに声をかけたのが運の尽きだ。
大騒ぎしながら物件探しが始まってしまった。
正直、どこでもいい。どうせ、ほぼ家にはいないのだから。
会社とプールの距離が近くて、風呂トイレがついていれば、それで。

「もう、何でもいいです」

ルームシェアはさすがにどうかと思ったが、どうせ寝るだけだ。先方がOKなら俺が気にすることでもない。
投げやりな返答に、宮城さんがにやりと笑った。

「よし分かった! 返事してくる! ちなみに知ってる? 同期の『佐藤 直』って子」
「知らな……ナオ? 女性ですか?」

思わず眉をひそめた俺に、宮城さんが思い切り手と首を振った。

「いやいやいやそんなわけないでしょ! スキャンダル間違いなしだよ! 寝込み襲われるよ?!」
「俺はそんなことしませ――襲?」
「とにかく! 余計な期待はナシ! フツーの好青年だよ、ナナちゃんから時々話を聞いてたけど、社交性高いから朝霧君でも大丈夫じゃないかな!」

俺でも、とはどういう意味だ。あと、期待はしていない。

「佐藤さんの方は、大丈夫なんですか?」
「押せばイケる! って言ってたから大丈夫だと思うよ!」
「まだ許可とってないんですね」

それは、イケるの範囲なのか……? 向こうは向こうで、宮城さんみたいな人に押されまくっているのかもしれない。
ささやかな同情が、本格的な同情に変わったのは、その話が翌日にはまとまったと聞いた時だった。



――トントン拍子にまとまった、という嘘くさい宮城さんの言葉をもらって、ルームシェア相手と初対面の日。
落ち着かない様子で俺を見上げているのは、年齢より幼く見える小柄な青年だった。

「広報課・PR部の佐藤 なおです! あのー、朝霧さんは本当にいいんですか?」

ぺこり、と頭を下げた青年をまじまじ見つめた。

(……この佐藤って、佐藤か)

数年前の面影がありありと残る童顔が、微かな記憶と完全合致している。

「いい、とは?」

少々上の空になりつつ尋ね返すと、その表情にわずかばかり不服そうな色が見えた。
やはり、上司に押し切られたか。
もしかすると、俺の方から遠慮した方が良いのかもしれない。
ちらりとそんな考えはよぎったものの、俺の口は淡々とお願いしたい旨を伝えていた。

七瀬さん、と言ったろうか。彼の上司が俺たちの肩を叩いて、楽しそうに笑う。
飲んでこい、と言われた途端、子犬のように跳ね上がった佐藤さんが目を輝かせた。
いくら金を渡されても、飲み相手が俺だというのに、気にならないんだろうか。
俺だって、自分が無愛想であることくらい知っている。一緒に飲んで楽しくはないだろうことも。
さすがは、宮城さんが認める社交性だ。

感心しているところへ、俺を振り仰いだ佐藤さんが、ぱあっと笑みを向けた。
……すごいな。社会人になって、こんなに屈託なく笑えるのは。

「行きましょう、朝霧さん! この原資を可能な限り有効活用しましょう! 私、安くて安い店知ってますよ!!」

佐藤さんは、小さな身体でぐいぐい俺を引っ張っていく。スキップを踏みそうな足元が、やっぱり『あの佐藤』で。

自然と上がった口角は、随分久しぶりな気がした。

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