佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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34 始動と弊害

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社内では、ちょっとした話題になっていた。
朝霧のSNS。

「でかしたわ、ナオ君! 素晴らしかった! 画面越しに感じる、生きてる朝霧君……!!」
「七瀬さんは直接感じられるでしょう……呼んだら普通に来ますけど」
「それじゃダメなの!! 画面越しの存在だからいいの! 生身はちょっと、人っぽさマシマシだから……」
「まあ、人ですから??」

相変わらず七瀬さんは分からない。これが普通の女子的感覚なのかどうかも分からない。
だって、七瀬さん朝霧と直接会ってもフツ~だからな。きゃあきゃあ言われてもドン引きだけど。だから朝霧も、まさか七瀬さんがファンだとは思ってないだろう。

朝霧のSNSはまだ見てないけど、宮城さん曰く大反響だとか。社内の話を聞いてもよく分かる。急に各ページのアクセスが跳ねたとか、問い合わせが来たとか。すげえな、朝霧効果。
ちなみに、今持っている紙袋は宮城さんの差し入れ。本当にマメだな。くれるならもらうけど……俺じゃなくて朝霧に渡した方がいいのでは?

なんとなくわざわざ朝霧のSNSを見るのも負けた気がして、つい機会を逃したまま帰宅した。
玄関扉を開けると、狭い玄関に大きな靴。

「あれ? 朝霧帰ってる?」
「帰ってる。おかえり」
「おー、ただいま。めちゃくちゃ珍しいな、どうした?」

スポーツウエア姿の朝霧が、どこから持ってきたのか、結構デカいダンベルを上げ下げしている。それさ、床大丈夫?

「人が多くなるから、今日は帰れと言われた」
「どういう――ああ、そういうこと!」

朝霧が、分かったのか? と言わんばかりに驚いた顔をする。分かるとも、あれだけ反響があったならな! 
SNS効果で朝霧を知ったニワカな方々が練習場所に押しかけようとするんだろう。ジムは弊社内だし、プールはウチの提携なので、朝霧が使う時間帯は他の客が入れないはず。だから、人が来るとしても社内のニワカと出待ちまでするコアな層だけだろう。

「ま、それならすぐに収まるだろな」
「しばらく社用車使えと言われた」
「あーーー確かに。ま、お前の通勤時間帯ってめっちゃ早いし夜も遅いから、大体大丈夫だろうけどな」
「迷惑だ」

お前、その顔でファンを睨んだりするなよ……? 
不貞腐れながらトレーニングする朝霧をじっと眺めて、すげえなと感心する。きっとそれ、めちゃくちゃ重いよな。

「ダンベルって、こう……普通に持って上げ下げするもんだと思ってた」
「色々ある」

今は、背中側にダンベルをおろしては真上に上げている。水泳より、テニスのスマッシュとかバレーで使いそう。
もっと何回もするもんかと思ってたけど、10回やそこらで次に行くんだな。
ひとしきり終えたのか、息を吐いてダンベルを置いたのを見て、いそいそ側へ寄る。

「なあ、俺もやってみていい?」
「…………まあ」
「何なのその間?!」

とは言え、俺は学習している。きっと、めちゃくちゃ重い。落としたら床に穴が開く。用心深くゆっくり持ち上げようと試みて……そうだな、うん。片手は無理があったな。衝撃の重さに冷や汗をかきつつ、改めて両手でそっと上げてみる。

「おっっっっっも!! 嘘だろ、何キロあんのこれ?!」
「25キロ」
「ちょっと待て、いつも買う米って一体何キロ?」
「10キロ?」

ぱかっと口が開いた。俺の中の認知が歪む……! つまりこのダンベルは片方で米三袋近くあるということで……?? 片手??
そ、そうか、だってこいつ100キロ上げるもんな。つまり100キロってことは米が10袋? 片手換算5袋は必要なわけで??
混乱を来している俺に、朝霧が苦笑する。

「そんなに重くない。トレーニング用だ」

言いながらカチャカチャダンベルをいじると、どうやら分解できるらしい。
両端の重り部分を次々外した。
ちら、と俺を見て、さらにもう一つ外す。すげえ失礼。
差し出されたダンベルは、さっきと見違えるばかりにスッキリ小回りの利く仕様になっていた。

「……何コレ。ちっさ。俺、こんなしょぼいの嫌なんだけど」
「しょぼいのはダンベルじゃなく佐藤だ」
「う、うるせー!!」

腹を立てて差し出されたダンベルを引ったくって――ドン、と危うく床にぶつける寸前、朝霧の手が受け止めた。

「きちんと持て。ふざけると危ない」
「ふざけたつもりは毛頭ないですけど?!」

え? え? 重いよ? こんなショボショボだけど重いよ??
ぐ、と渾身の力を込めて肘から曲げようと試みる。
OK、上がる、上がるけど……! ものの2回目で腕がふるふるし始め、3回目はもう上がらなかった。左手は……一回未満で諦めた。

「これ、何キロなんだ? 15キロくらい?」
「そんなわけない。5キロ」
「ご、5キロ……」
「初心者女子くらい?」
「じょっ…………?!」

そんなに……そんなに? 
俺、けっこう料理でフライパンとか持つし。鍋とか持ち上げるのも結構重いし。だから、それなりだと……一般男子仕様ではあるとばっかり……。
心底落ち込む俺に、さすがに朝霧の目にも同情が見える。

「しばらく、俺とトレーニングしたらいい」
「……それ、ますます自尊心が傷つけられそう……! そしてやりたくねえ」
「やらないと鍛えられない」
「くっ……不都合な真実……!!」

女子は嫌だけどトレーニングも嫌だ。
なんとか、なんとか折衷案はないのか……!
そうこうする間にも、朝霧は腕立てっぽいことをしている。どうやら次のトレーニングに移ったらしい。
これを、俺が……? おえ、考えるだけでしんどい。

「もうちょっと楽な筋トレってねえの?」
「楽だと効果が薄いぞ」

つまり、筋トレはイコールしんどい、と。
まあ、あれだよ。仕事はデスクワークだし、別に力が必要な時ってねえし。別に女子の前で力こぶを披露することもねえし。歌手とか、結構細いけどモテるじゃん。
よし、必要ないな。俺に筋トレは不要!
スッキリして、まだ重だるい両腕をさすった。

「佐藤は、せめてもう少しトレーニングした方が……せめて、ランニングで体力だけでもつけた方がいい。何かあっても逃げられない」
「走って逃げるような場面ないでしょ。ゴジ〇とか来ない限り」
「ゆっくり走ってやるから」
「絶対嫌だね!!」

断固拒否、と両手でバッテンを作ったところで、ふと別のことに意識がいった。

「朝霧、しばらくトレーニングしねえの?」
「しないわけじゃない。様子を見ながらになる」
「じゃあさ、休みの日、家にいる?」
「多分……?」

それならちょうどいい。
俺はよし、と笑ってカバンからあるものを取り出した。
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