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39 映画
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……腹減ったな。
あいつら、美味そうなもん食ってんな。
一応映画を観ているものの、俺は全然集中できてない。銃撃戦よりも、逃げ惑う人が今食ってた飯の方に目が行ってしまう。
さっきから腹が鳴ってしょうがないけど、幸いアクション映画だったので、腹の音など聞こえない。
良かった、これで感動巨編だったら顰蹙ものだった。
スパイとかさ、ああいう緊張感溢れる場面で腹って鳴らねえのかな。だって腹が鳴るのって止められなくねえ? それで見つかって撃たれるとか、すげえ嫌。
本来じりじり息を呑むような緊迫のシーンで、心底どうでもいいことを考えてしまう。
映画製作者に申し訳ないなと思いつつ、完全に集中を切らした俺は、ふと隣を見上げた。
高い鼻梁、締まった口元、きりりと上がった眉。
じっと画面を見つめているけれど、さほど興味を持っていそうにもない。そもそも、朝霧が興味津々な場面って、飯くらいしか見たことねえけど。
遠慮なく眺めていると、気付いた朝霧がこちらを向く。
視線が絡んで――ふわっと、笑った。
び……っくりした。
思わず固まった俺に『ん?』と小首を傾げ、スル、と何かが俺の手を包み込む。固くて、温かくて、デカくて――。
ビクッと飛び上がった俺に、朝霧の方が不思議そうな顔をする。
(な、ななな何やってんだ?! 手ぇ放せ!!)
(そういう希望かと)
(んなわけあるかあぁ!!)
大声で暴れるわけにもいかず、ひたすらもそもそ何とかしようと試みる俺に、朝霧がにやっと笑った。あ、これダメなヤツ!!
(ああ、こっちか)
(!!)
耳元に顔を寄せて、そう言って。
大きな手は、好き勝手に俺の手をひっくり返して押さえ込む。
そして……ぐっと指の間に朝霧の指を割り込ませ、握り込んだ。
俺の体がもう一度跳ね、カッと顔が熱くなる。
「こ、この……!!」
思わず上げかけた声を察し、朝霧が素早く片手で俺の口を塞いだ。
(静かにしてろ)
だ、誰のせいで……!!
思い切り睨み付けると、朝霧は何事もなかったかのように手を放し、自分の席に収まった。あまつさえ、人差し指を唇に当て、『しぃー』なんてにやりと笑ってみせる。
この野郎……!!
アクション映画で良かった。ドッドッと激しく鳴る心音は、誰にも、朝霧にも聞こえないだろう。
また朝霧がこっちに手を伸ばすんじゃないかと、俺は気もそぞろでますます映画を見るどころではなくなったのだった。
◇
「――もうお前と映画なんて見ない!」
ああ、腹が立つ。
俺がこんなに早足で歩いているっていうのに、普通についてきやがって!!
「そうか、次があったのか」
「もうねえよ!!」
ああ、腹が立つ。
いかにも余裕そうな、その顔に。
「お前、全然遊んでないふりしやがって……どこが清廉なアスリートだ!」
「そんなことを言った覚えはないぞ」
「めっちゃ手慣れてるヤツじゃん! 何、結構遊び人?!」
「違うと思うが……」
否定を、しろ! なんだそのあやふやな否定は?!
キッと睨み上げたのに、目を合わせた朝霧の口角は、ほんのり上がる。
「あっそ! じゃ、お前、何人と付き合ったことあんの?」
思いっきりストレートに聞いてやると、途端に困った顔をする。
なんでだ、ゼロ以外でそこに困る要素はねえだろ?!
「さあ……3人くらい?」
「嘘つけ!」
「……なんで嘘だと思った」
「なんとなく?! つうか、『ぐらい』ってなんだ!」
なんとなくこの朝霧君が3人のはずねえと思うんだよな! だってアレだぞ? きっとああやってそつなく映画館デートとかこなしてたんだろ?!
「よく分からんのがいる。付き合ってたのかどうか、分からん。いつの間にかいて、そのうちいなくなったのが……数人」
「は?!」
思わず足を止め、端正な顔を見上げた。
「お前それ、ちょっと……ヤバくね? 彼女に不誠実すぎねえ?!」
「そう言われても……なんで彼女になってるのかよく分からん。俺は何もしてない」
あ、こいつ、告ったことないんだわ。
全部向こうから来るんだ。
ぐいぐい来て、いつの間にかなあなあで彼女ポジに収まってた肉食な子たちがいるんだ。
けど、そんな子たちがそう易々とこんな優良物件を手放すだろうか。
「なんでいなくなるんだよ?」
「俺に聞かれても。嫌われたからだろ? 付き合っても大体フラれるしな」
「フラれる? お前が?」
「ああ」
「ははっ! なんでだよ、どうやったらそうなんだよ!」
大笑いしてやると、朝霧がちょっと憮然とした。
これは、またじっくり聞くべきネタができてしまったようだね、朝霧君?
「……楽しそうだな。怒ってたんじゃないのか」
「う、うるせー! 怒ってるわ!」
――ぴたりと繋がっていた、手の平と手の平。
熱い手の平と、指の間に押し入っていく朝霧の指。
ぐっと力の入った大きな手が……。
くそ、言うなよ馬鹿! マジで馬鹿! 脳内から追い出しに成功しかかっていたのに!!
ああ、腹が立つ。
あんなからかいで、落ちつかない俺に。
「ふん、詫びとしてお前のフラれ話を存分に提出するがいい!」
「言いたくない」
「俺は聞きたいね! ただしララウンの後で!」
なあお前、本当に歴代の彼女好きだったの? だったら、フラれるはずねえと思うんだけど。
本当に、腹が立つ。
どこか安堵する俺に。
あいつら、美味そうなもん食ってんな。
一応映画を観ているものの、俺は全然集中できてない。銃撃戦よりも、逃げ惑う人が今食ってた飯の方に目が行ってしまう。
さっきから腹が鳴ってしょうがないけど、幸いアクション映画だったので、腹の音など聞こえない。
良かった、これで感動巨編だったら顰蹙ものだった。
スパイとかさ、ああいう緊張感溢れる場面で腹って鳴らねえのかな。だって腹が鳴るのって止められなくねえ? それで見つかって撃たれるとか、すげえ嫌。
本来じりじり息を呑むような緊迫のシーンで、心底どうでもいいことを考えてしまう。
映画製作者に申し訳ないなと思いつつ、完全に集中を切らした俺は、ふと隣を見上げた。
高い鼻梁、締まった口元、きりりと上がった眉。
じっと画面を見つめているけれど、さほど興味を持っていそうにもない。そもそも、朝霧が興味津々な場面って、飯くらいしか見たことねえけど。
遠慮なく眺めていると、気付いた朝霧がこちらを向く。
視線が絡んで――ふわっと、笑った。
び……っくりした。
思わず固まった俺に『ん?』と小首を傾げ、スル、と何かが俺の手を包み込む。固くて、温かくて、デカくて――。
ビクッと飛び上がった俺に、朝霧の方が不思議そうな顔をする。
(な、ななな何やってんだ?! 手ぇ放せ!!)
(そういう希望かと)
(んなわけあるかあぁ!!)
大声で暴れるわけにもいかず、ひたすらもそもそ何とかしようと試みる俺に、朝霧がにやっと笑った。あ、これダメなヤツ!!
(ああ、こっちか)
(!!)
耳元に顔を寄せて、そう言って。
大きな手は、好き勝手に俺の手をひっくり返して押さえ込む。
そして……ぐっと指の間に朝霧の指を割り込ませ、握り込んだ。
俺の体がもう一度跳ね、カッと顔が熱くなる。
「こ、この……!!」
思わず上げかけた声を察し、朝霧が素早く片手で俺の口を塞いだ。
(静かにしてろ)
だ、誰のせいで……!!
思い切り睨み付けると、朝霧は何事もなかったかのように手を放し、自分の席に収まった。あまつさえ、人差し指を唇に当て、『しぃー』なんてにやりと笑ってみせる。
この野郎……!!
アクション映画で良かった。ドッドッと激しく鳴る心音は、誰にも、朝霧にも聞こえないだろう。
また朝霧がこっちに手を伸ばすんじゃないかと、俺は気もそぞろでますます映画を見るどころではなくなったのだった。
◇
「――もうお前と映画なんて見ない!」
ああ、腹が立つ。
俺がこんなに早足で歩いているっていうのに、普通についてきやがって!!
「そうか、次があったのか」
「もうねえよ!!」
ああ、腹が立つ。
いかにも余裕そうな、その顔に。
「お前、全然遊んでないふりしやがって……どこが清廉なアスリートだ!」
「そんなことを言った覚えはないぞ」
「めっちゃ手慣れてるヤツじゃん! 何、結構遊び人?!」
「違うと思うが……」
否定を、しろ! なんだそのあやふやな否定は?!
キッと睨み上げたのに、目を合わせた朝霧の口角は、ほんのり上がる。
「あっそ! じゃ、お前、何人と付き合ったことあんの?」
思いっきりストレートに聞いてやると、途端に困った顔をする。
なんでだ、ゼロ以外でそこに困る要素はねえだろ?!
「さあ……3人くらい?」
「嘘つけ!」
「……なんで嘘だと思った」
「なんとなく?! つうか、『ぐらい』ってなんだ!」
なんとなくこの朝霧君が3人のはずねえと思うんだよな! だってアレだぞ? きっとああやってそつなく映画館デートとかこなしてたんだろ?!
「よく分からんのがいる。付き合ってたのかどうか、分からん。いつの間にかいて、そのうちいなくなったのが……数人」
「は?!」
思わず足を止め、端正な顔を見上げた。
「お前それ、ちょっと……ヤバくね? 彼女に不誠実すぎねえ?!」
「そう言われても……なんで彼女になってるのかよく分からん。俺は何もしてない」
あ、こいつ、告ったことないんだわ。
全部向こうから来るんだ。
ぐいぐい来て、いつの間にかなあなあで彼女ポジに収まってた肉食な子たちがいるんだ。
けど、そんな子たちがそう易々とこんな優良物件を手放すだろうか。
「なんでいなくなるんだよ?」
「俺に聞かれても。嫌われたからだろ? 付き合っても大体フラれるしな」
「フラれる? お前が?」
「ああ」
「ははっ! なんでだよ、どうやったらそうなんだよ!」
大笑いしてやると、朝霧がちょっと憮然とした。
これは、またじっくり聞くべきネタができてしまったようだね、朝霧君?
「……楽しそうだな。怒ってたんじゃないのか」
「う、うるせー! 怒ってるわ!」
――ぴたりと繋がっていた、手の平と手の平。
熱い手の平と、指の間に押し入っていく朝霧の指。
ぐっと力の入った大きな手が……。
くそ、言うなよ馬鹿! マジで馬鹿! 脳内から追い出しに成功しかかっていたのに!!
ああ、腹が立つ。
あんなからかいで、落ちつかない俺に。
「ふん、詫びとしてお前のフラれ話を存分に提出するがいい!」
「言いたくない」
「俺は聞きたいね! ただしララウンの後で!」
なあお前、本当に歴代の彼女好きだったの? だったら、フラれるはずねえと思うんだけど。
本当に、腹が立つ。
どこか安堵する俺に。
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