佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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41 限界突破策

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……ヤバい。
皿を見つめたオレは、焦燥を禁じ得ない。
どうしよう、もう既に結構腹八分目。まだ一皿目も終わってないのに。
こっそり服を緩めつつ、残る料理を眺めた。
そうか……料理として綺麗にセッティングされているが故、ひと口ずつ取るということができない。だから、余計に腹が膨れるんだ。
以降は、本当に必要なものだけ取らねば。いやでも、これだって必要最小限にしたつもりで……!!

「……それに、全部美味いんだよなあぁ!」

幸せな苦悩というやつだ。
そして目の前の男は、そんな苦悩すら知らずにもりもり2皿目を食っている。

「お前はいいよな……全部食えそうだ」
「全部食えばいい」
「食えねえんだよ!!」

ぎりり、と睨みつけるオレの視線も何のその、美味そうな巨大アナゴ寿司に箸を伸ばした。
くそ……欲しい。欲しいけど、アナゴ一本なんて食ったらとんでもない。さらにはシャリまでついている。これは間違いなく罠だ。
歯ぎしりする思いでこんがり焼き目のついたそれを見つめる。

と、朝霧が箸でスッとアナゴを切り分けて摘まみ上げた。くそ、柔らかそうじゃねえか。
炭火で炙った美しい焦げ目。てらりと光るタレがいかにも――

「え?」

目の間に差し出され、きょとんと瞬いた。

「食わないのか?」

もしや、オレのために……? 小さく切り分けられたアナゴに心底感動して、ぱくっと食いついた。
……なんてことだ、オレが今まで食っていた回転寿司のアナゴは、アナゴじゃなかった。
ふわり、とろり。とろける柔らかさと、香ばしさ。
上品な甘ダレは、白飯をかっ込みたくなるハイリスクな逸品。

「はあ、うま……」

余韻に浸っていると、吹き出した朝霧も寿司を口に運んだ。

「佐藤は美味そうに食う。お前が食ってから食う方が、美味く感じる」
「そうか……! なら、朝霧、双方Win-winの提案がある!!」
「いいぞ。一口ずつやるから、欲しいものを言え」

お前……! まだ言ってないのによくわかったな?! 
ウキウキしながら皿を見つめると、あれも、それも一口ずつ所望してみた。
最初のひとくちって、特別だと思うんだよな。
それを惜しげもなく差し出す朝霧、けっこういいヤツかもしれない。

段々前のめりになって、気付けば箸をおいていた。
だって、全部朝霧のをもらうから。

「ほら」
「くっ……やはり美味い! 敗北感……!!」
「なんでだ」

笑う朝霧の顔が近い。
オレの口元を見つめてわずかに伏せられた視線、オレが食いついた時の、細くなる瞳。

楽しそうだな。
何を楽しみに生きてんだと思ったけど、普通に楽しそうだ。
差し出された料理から気を逸らして朝霧を見ていたら、目が合った。

う……。バチバチに目を合わせたまま、食い物を貰うのはけっこう恥ずかしいような――。
そこまで考えて、ふと、自分を客観視する。
あれ? これっていわゆるアレでは?
『あーん』なんていう……。

「ちょ、ちょっとストップ!!」

ちゃんと差し出された料理は口に入れてから、両手でバッテンを作った。

「あの、あのな、これ結構恥ずかしいヤツだと思うぞ?! 外でやっちゃダメなやつ!!」
「ウチならいいのか」
「言葉の綾だろ!!」

にやっと笑った朝霧が、美味そうな塊肉の煮込みを割りほぐして、差し出した。くそ、こいつ……!!

「それをするなっつってんのに……!」

誘惑に耐え切れずに仏頂面でぱくりとやると、朝霧が零れるような笑みを浮かべた。
くそ、美味い……! 
随分、楽しそうだな?!

「お前これ、楽しいか?!」
「ああ。すげえ楽しい」

即答で返されて、なんとも言えない。
あっそう……。
まあ、そんなに楽しいなら。

まあいいか、と思ってしまう自分は、随分朝霧に甘いな、と思ったのだった。

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