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53 ぬいぐるみの範疇
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朝霧が、自分の掴んでいた白い犬を差し出してオレを手招いた。
「佐藤、もう一回、今度はこれを持て」
「なんでだよ……ぬいぐるみがどっちでも一緒だって」
渋々側まで寄って白いぬいぐるみを受け取ると、丸っこいそれを胸の中に抱え――
「うわっ?! は?!」
途端、ぐいっと体を引かれ……俺は、朝霧の腕の中にいた。
ぬいぐるみを抱えるオレが、朝霧に抱えられている。
固まった隙に、響いたシャッター音。
「ああっ?! おま、お前っ?! 撮った?! 今、撮った?!」
「撮った」
抱きすくめられているもので、首を捻るように見上げると、いけしゃあしゃあと返事がかえってきた。
「やめろ、馬鹿、消せ!! 今すぐ!!」
「断る」
「断るんじゃねえぇ!!」
スマホを奪おうとする気配を感じたか、ぐっと腕に力が籠もる。
うおお、片手! 片手なのにぃ!!
悠々とスマホを遠ざけた朝霧が、今度は両腕で抱きかかえた。もちろん、俺ごと。
「こう、か?」
「違ぇええ!! とりあえず、俺をぬいぐるみの範疇に入れるな!」
「入れてない。生き物だからちょうどいいだろう」
「よくねえ!!」
腹にまわった腕がぐい、とさらに俺を引き込み、これ以上ないくらいぴたりと、朝霧と俺の身体が重なり合う。
たっぷり密着した背中から、高い体温が伝わってくる。
やめろ、これ、なんかこれ……
じりじり顔が熱くなってくるのを感じて、必死に意識を他へ向けようとする。
ふいに動いた朝霧の腕に、ビクッとしたのも伝わったろうか。
朝霧の手が、俺の腕の中にあるぬいぐるみに触れた。ゆっくりと輪郭をなぞるように、大きな手の平が目の前で何度も撫でていく。
「手触り、いいな」
「ま、まあ、確かに」
撫でているのは、ぬいぐるみ。分かってんだけど。
でもそれ、俺の胸の上にあるんだよ!
やめろって言えばいいのか? 触るなって? けど、それも不自然じゃねえ?! なんで? ってならねえ?!
割と慌てふためいている俺は、そもそも抱きかかえるのをやめろと言えばいいことをすっかり失念していた。まあ、言ってもやめなかっただろう気はするけど。
俺の思考を乱す光景から目を逸らそうにも、近すぎて絶対に視界に入って来る。
そして微妙に伝わってくる、撫でる手の圧迫感。
ぬいぐるみ、潰れてんじゃねえか。そんなに押さえつけて撫でるもんじゃねえんだよ!
その手が、段々とぬいぐるみの側面、裏側へも回って……なんか、こう。なんか……その。
かあっと顔が熱くなる。
俺、おかしい? おかしいよな?!
ぬいぐるみを撫でる手が破廉恥なわけねえのに。
「も、もういいだろ?! ほら、抱き方分かったんだろ?」
「これでいいってことか?」
「い、いいから! もうそれでいいから離せ!」
なんとか逃れようと身を捩る耳元で、くすくす笑う声がする。
やばい、見えねえけど、今これ野生の朝霧な気がする。
「朝霧君? ねえ今、普通の朝霧君?」
「さあ?」
声に含まれた何かに、背筋がそわり、とする。
俺の心拍数を上げ、落ち着かなくさせる何か。
「あ、あの……離して?! ちょっと、マジで!」
「怖い?」
一瞬詰まった俺は、でも、ちょっと本当にマズかったから。
もうなりふり構ってられない。
「こ、わいっ!」
言った途端、呆気なく腕が解かれて前へつんのめりそうになった。
大慌てで距離を取ると、さりげなく犬で顔を隠しつつ振り返る。
「……怖く、なかっただろ」
「いや~そんなことねえよ? 怖い怖い」
不貞腐れてるぅ~。もう、物凄く、目に見えて分かりやすく不貞腐れている。
でも、あれ以上ああしていると、俺が。
俺が、ちょっと。なんかマズイ気がして。
まだ収まらない心臓が、しんどいくらいに早鐘を打っている。
いや本当、怖かったよ。俺が、わけわからなくなりそうで。
あー、熱い。
俺は何度も深呼吸して、顔の熱が引くのを待ったのだった。
「佐藤、もう一回、今度はこれを持て」
「なんでだよ……ぬいぐるみがどっちでも一緒だって」
渋々側まで寄って白いぬいぐるみを受け取ると、丸っこいそれを胸の中に抱え――
「うわっ?! は?!」
途端、ぐいっと体を引かれ……俺は、朝霧の腕の中にいた。
ぬいぐるみを抱えるオレが、朝霧に抱えられている。
固まった隙に、響いたシャッター音。
「ああっ?! おま、お前っ?! 撮った?! 今、撮った?!」
「撮った」
抱きすくめられているもので、首を捻るように見上げると、いけしゃあしゃあと返事がかえってきた。
「やめろ、馬鹿、消せ!! 今すぐ!!」
「断る」
「断るんじゃねえぇ!!」
スマホを奪おうとする気配を感じたか、ぐっと腕に力が籠もる。
うおお、片手! 片手なのにぃ!!
悠々とスマホを遠ざけた朝霧が、今度は両腕で抱きかかえた。もちろん、俺ごと。
「こう、か?」
「違ぇええ!! とりあえず、俺をぬいぐるみの範疇に入れるな!」
「入れてない。生き物だからちょうどいいだろう」
「よくねえ!!」
腹にまわった腕がぐい、とさらに俺を引き込み、これ以上ないくらいぴたりと、朝霧と俺の身体が重なり合う。
たっぷり密着した背中から、高い体温が伝わってくる。
やめろ、これ、なんかこれ……
じりじり顔が熱くなってくるのを感じて、必死に意識を他へ向けようとする。
ふいに動いた朝霧の腕に、ビクッとしたのも伝わったろうか。
朝霧の手が、俺の腕の中にあるぬいぐるみに触れた。ゆっくりと輪郭をなぞるように、大きな手の平が目の前で何度も撫でていく。
「手触り、いいな」
「ま、まあ、確かに」
撫でているのは、ぬいぐるみ。分かってんだけど。
でもそれ、俺の胸の上にあるんだよ!
やめろって言えばいいのか? 触るなって? けど、それも不自然じゃねえ?! なんで? ってならねえ?!
割と慌てふためいている俺は、そもそも抱きかかえるのをやめろと言えばいいことをすっかり失念していた。まあ、言ってもやめなかっただろう気はするけど。
俺の思考を乱す光景から目を逸らそうにも、近すぎて絶対に視界に入って来る。
そして微妙に伝わってくる、撫でる手の圧迫感。
ぬいぐるみ、潰れてんじゃねえか。そんなに押さえつけて撫でるもんじゃねえんだよ!
その手が、段々とぬいぐるみの側面、裏側へも回って……なんか、こう。なんか……その。
かあっと顔が熱くなる。
俺、おかしい? おかしいよな?!
ぬいぐるみを撫でる手が破廉恥なわけねえのに。
「も、もういいだろ?! ほら、抱き方分かったんだろ?」
「これでいいってことか?」
「い、いいから! もうそれでいいから離せ!」
なんとか逃れようと身を捩る耳元で、くすくす笑う声がする。
やばい、見えねえけど、今これ野生の朝霧な気がする。
「朝霧君? ねえ今、普通の朝霧君?」
「さあ?」
声に含まれた何かに、背筋がそわり、とする。
俺の心拍数を上げ、落ち着かなくさせる何か。
「あ、あの……離して?! ちょっと、マジで!」
「怖い?」
一瞬詰まった俺は、でも、ちょっと本当にマズかったから。
もうなりふり構ってられない。
「こ、わいっ!」
言った途端、呆気なく腕が解かれて前へつんのめりそうになった。
大慌てで距離を取ると、さりげなく犬で顔を隠しつつ振り返る。
「……怖く、なかっただろ」
「いや~そんなことねえよ? 怖い怖い」
不貞腐れてるぅ~。もう、物凄く、目に見えて分かりやすく不貞腐れている。
でも、あれ以上ああしていると、俺が。
俺が、ちょっと。なんかマズイ気がして。
まだ収まらない心臓が、しんどいくらいに早鐘を打っている。
いや本当、怖かったよ。俺が、わけわからなくなりそうで。
あー、熱い。
俺は何度も深呼吸して、顔の熱が引くのを待ったのだった。
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