佐藤と朝霧とおうちごはん

藍 雨音(アイ アオト)

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80 顛末

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「ナオくん! ……よかった、大丈夫そう?」

出勤早々、ハの字眉の七瀬さんが飛んできて苦笑した。
俺、そんなに弱そうなのか。いや、実際ああなってたわけだけど。
つくづく、俺は一般人だ。

「あー、朝霧と宮城さんがフォローしてくれたんで」
「え、朝霧くんはともかく宮城さん早いわね?! その宮城さんだけど、業務の余裕ある時間教えて、ってメール来てるわよ」
「それなら、七瀬さんも一緒に参加してくれません? 何時空いてます?」
「私も?」

きょとんとする彼女に、俺の提案を伝えておく。当然炎上の詳細だって気になるだろうし、二つ返事で了承をもらった。



「――で、まず何から話そうか。……ちなみに僕が朝霧くんに睨まれている心当たり、佐藤くんにはあるのかな?! 僕にはないんだけど?!」
「ないですね」

一瞬吹き出したものの、澄ました顔で誤魔化した。
朝霧、まだ機嫌直ってなかったのか。
七瀬さんの返答メール直後に折り返し電話が来て、現在宮城さんと朝霧、俺と七瀬さんで小会議室に集合したところだ。
宮城さん、さすがのスピード感。

「俺はとばっちりって聞きましたけど、何でこうなったのか分かったんですか?」

疲れた顔の宮城さんは、きっとずっとSNSを辿っていたんだろうな。
溜息と共に吐き出された顛末に、これは……運が悪かったと思う。

「……怖いですね、特定班」
「僕も注意していたはずなんだけどね、さすがに……」

きっかけは、恐らく棒棒鶏。
普段とは違って映えない状態でUPされたそれに、微かな違和感を抱かせてしまったんだろうな。だから、記憶に残っていた。
だから、平田さんの投稿した何気ないセリフが、繋がってしまった。

『高級中華に来たのに、無表情男が「こないだ家で食ったヤツの方が美味い」とか抜かしやがって――』
なんて、美味そうな棒棒鶏と平田さんのドアップ、そして小さく写る朝霧。

普段なら繋がるはずのないそれと、俺の投稿。だけど、朝霧がフォローしている数少ないアカウントである俺。
双方を見ている人が抱いた、ほんの微かな引っ掛かり。
つい最近の、差し入れ企画。
それだけでは偶然だったものが、いわゆる『特定班』がいたみたいだ。
まるで犯罪捜査かというような検証の数々、朝霧のスケジュールと投稿、そして俺の投稿の比較検討。

『手が若い。言葉のセンス的にも2~30代』
『ある時から、急にキッチン担当の料理がボリューム増えてる』
『キッチン担当、誰かと出かけて飯を食ってる』
『その日、朝霧が練習投稿してない』
『打ち上げの日、キッチン担当の料理が一人前』
『朝霧の自宅投稿、床や壁が恐らくキッチン担当と同じ』

詰みあがっていく、些細な一致。
そして、決定打があったらしい。

「テーブルの木目……?」
「執念だよね。こんなうっすらした木目、一致する場所を探すとか」

我が家のテーブル、多くの一般家庭同様普通の木製だ。当然、木目もあるけど、ココアブラウンに塗られていてほとんど気にならない。
俺、大体敷き布で洒落感出して撮るし、気を付けてるから壁も床もテーブルもほとんど写っていない。
なのに、朝霧投稿のこれまた僅かに写った部屋内と検証したツワモノが、一部の木目を一致させたらしい。
こわ……。


「それで、今後のことなんだけど」

居住まいを正した宮城さんに、自然と俺も背筋を伸ばした。

「朝霧くんはまあ……こういう子だからいいとして。佐藤くんはどうしたい? 今回『彼女説』で炎上してるから、キッチン担当のSNSを守るには、放置より行動かなと思うけど」

そう、俺のSNSは結構な攻撃を受けている。
女だという決定打はなかったというのに、確定事項みたいになってる。
手……ちらっと写ってるだけだけどさ、そんなに女みたいか……?
もちろん、一般人を叩くのはおかしいという擁護の声もあるけれど、それよりも朝霧人気が高かったことの弊害だな。
あんだけ執念の検証をしておいて、『匂わせ』だなんて投稿には笑ってしまった。

「いっそナオくんも、中の人として顔を出す? 可愛いから、人気出るわよ」
「それはちょっと……あと七瀬さん、その可愛いの基準って部下で――」
「ダメだ」

むっすりした声が挟まれて、全員の視線が集中した。
……なんでお前が断るわけ?

「あ、はは。ええっと、強面で立場の強い朝霧くんと違って、佐藤くんは攻撃を受けやすいと思うから、顔は晒さない方がいいかもね。たとえ男でも、やっかみは受けるかもしれないから」
「確かに……朝霧くんとひとつ屋根の下なんて、刺されるかもしれないわね」
「そんなに?!」

冗談よ、と笑う七瀬さんが、冗談に見えない。
そして『早く言いなさい』と肘でつつかれ、頷いて息を吸い込んだ。

「そのことなんですけど、あの企画……これに乗じてやれませんか? ある意味、チャンスだと思うんです」

イケる、とほとんど確信を込めて宮城さんを見上げた。
一瞬瞠目した宮城さんが、ゆっくり口角を上げる。

「……言うねえ。正直、佐藤くんでは無理かなと思ってたんだけど。ナナちゃんが来るってことは、覚悟できてるってことだね。まさか自分から言ってくるとは。……いいね」

大きく口を引いてにやりと笑った、男くさい笑み。普段ビジネスマン然とした宮城さんの、根幹を見た気がする。

「ええ、やや早かったですが、企画としても始められそうな具合でしたし。『実はこれからステマを貼っていくタイミングだったのに、先バレしてしまった』というオチなら、特定班の溜飲も下げられそうじゃないです?」
「だね。レシピが間に合うか……だけど、玉ちゃんも佐藤くんのためなら、頑張ってくれるだろうし。なら、同居のインパクトと言い訳をどうするか――」
「そこは、あくまで『ルームシェア』なら、若者の受け入れは可能な範囲かと。企画としてコンビ的な仲の良さを――」

デキる上司、二人いればどんどん話が進む。
もう口を挟む隙がなくなった俺は、視線に気づいて朝霧を見上げた。

「あ……前に朝霧にも言ったろ? 『アスリート飯』的な企画……。もちろんルームシェアしてることとか、公にするつもりはなかったんだけどさ。この際全部利用してやれねえかと思って」
「いいぞ、何でも利用しろ。好都合だ」

伸びてきた手が、サラっと頭を撫でる。
朝霧が、大丈夫だと言ったから。
だから、こんな企画を通せる。
こればっかりは感謝を込めて笑うと、朝霧も笑った。

ふと二人の会話が途切れていることに気付いて目をやり、ギョッとした。
目をまん丸にして赤面した七瀬さんが、両手で口元を押さえている。
その視線が、こちらと宮城さんを高速で行き来した。

「うん、こういう……ね? この朝霧くんが『アスリート飯企画』で出たら……凄いことになるでしょ」
「これは……楽しみですね?! ちょっと商品へのHP誘導同線見直しておきます!」

頷き合った上司二人は、俺たちににっこりわざとらしい微笑みを向けたのだった。
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