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82 果汁とピールとセカンドキャリア
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企画についての文言を眺めていると、不服そうな声が聞こえた。
「ナオ、フルーツは?」
顔を上げると、朝霧が促すように冷蔵庫の方へ視線をやった。
グレープフルーツのボウルを冷蔵庫に入れたのを、ちゃんと見ていたらしい。そんなところも、犬っぽくて笑える。
「『漬け』だって言ったろ。しばらく漬け込むの」
「そうか……」
しゅん、と下がった耳と尻尾を感じてつい席を立つ俺は、この大型犬に相当いいように使われている。
とっておいた果汁を軽く濾してグラスに入れると、多めのハチミツを入れて混ぜた。運動量の減っている今、ハチミツはもっと控えた方が良かったか。
「お前、ミントは平気?」
「ミントは食ったことない」
「あるだろ、チョコミントとか、モヒートとか。スーッとするやつ」
「さあ? でも食う」
「今回食いモンじゃねえけどな」
まあいい、お前が飲まないなら俺が飲むし。
果汁の入ったグラスに少しだけミントシロップを垂らして、たっぷりの氷と炭酸水を注いだ。
俺の分はミント多め。あの爽快感が結構好きだ。
「ほら」
「なんだこれ?」
「えー……モヒート風ハニー炭酸」
適当な名づけに、朝霧は感心したような顔でまじまじとグラスを眺め、刺したストローでカラカラ氷を鳴らした。
「うま……」
「爽やかでいいだろ」
涼やかな風を感じる陽光明るい午前、木漏れ日揺れる真っ白なデッキチェアで寛ぐような、最上級レベルの爽やかさ。
あ、これも動画が必要だったかも。
ちなみに、朝霧の方はバッチリ録画中なので問題ない。朝霧席へ向けられた固定カメラは、テーブルへ座る前に必ず録画スイッチを押せと躾けてある。
これはアスリート飯ではないけど、実際に動画を見る視聴者層は、概ねアスリートじゃないからな。美容やダイエット目的で真似したい人たちが多いだろうから、こういった『ついでレシピ』や『材料使いきりレシピ』とかも重宝されるだろうと踏んでいる。
果汁炭酸で一息ついた後、『ついでレシピ』を全部やりきってしまおうとキッチンの録画を再開した。
グレープフルーツの皮を細切れにし、鍋に放り込むのを見て、朝霧が目を丸くする。
「それも食うのか?」
「これ、国産の結構いいやつだからな。ピールにする」
「ビール?」
「ピールだよ!」
聞いたことない、と小首を傾げる朝霧に笑って、これもすぐにはできないからな、と念を押しておく。
ピール作りとか、あんま代わり映えしないけど動画で必要だろうか。
まあ、要不要は編集さんに考えてもらうとして。俺は撮るだけと割り切って気楽なものだ。
何度か茹で零したグレープフルーツの皮を、砂糖まみれにして火にかける。
微かに香る柑橘の香り。ジャムの時ほど、部屋中に漂う香りにならないのが残念だ。
しばらく煮ては砂糖を追加し、段々と艶めく透明になっていく過程が好きだ。なんかこういうの、生活の余裕っていうんだろうか、丁寧な暮らしってやつ?
……まあ実際は買ったら高いピールを大量に生産したいという、貧乏性のなせるワザであって少しも余裕を感じないのが切ないところだ。
食えないことにがっかり感漂わせる朝霧が、再び動画を見ている。
そりゃ気になるよな、お前と料理しか映ってねえし。でも俺だったら、胃が痛くてとてもじゃねえけど撮った動画を見られないだろうな。
ふと、企画の文面を思い出した。
朝霧のセカンドキャリアか……芸能人みたく、テレビとか出演するのかな。会社的には、当然視野に入れているようだけど。
ああそうだ、そもそもオリンピックに出たら、テレビ露出はあるのか。
そのための、慣れと下地作り……そう考えると、俺の役目も重いような気がしてくる。露出に伴って不愛想な朝霧にマイナスイメージを持たれないよう、おうち朝霧くんを可能な限り出していくことが、俺の役目じゃないかな。
だって、水泳だけで食っていくのって、身体が資本だから年齢と共に不安要素も大きいだろう。朝霧は企業所属ではあるけれど、アスリートじゃなくなったら普通の社員になるんだろうか?
メディア慣れしていたら、そして人気があったら、きっと選択肢は色々出てくるはずだ。
「俺、なるべくお前のいい所撮ってやるからな」
なんとなくしんみりしながらそう言うと、寄って来た朝霧が首を傾げながら鍋をのぞき込んだ。
「俺のいい所ってなんだ?」
「え、あー……何だろ。とりあえず、無口不愛想じゃない時の朝霧を撮ったら、きっとギャップ萌えで評価上がるだろ?!」
「お前といるときの俺?」
「そう! ……じゃなくて、別に、リラックスしてる時のお前っていう意味で!」
「じゃあ、たくさん映ってやる」
笑みを含んだ声に警戒したものの、背後にまわった朝霧が俺の腹に手を回すのも、木べらを持った俺の手に大きな手を重ねるのも、結局どうしようもない。
「お、おい?!」
「これなら、俺も映ってるだろ」
「いや今は映るなよ?! やめろやめろ、動画が使えなくなる!」
暴れようとしたら、『危ない』と抱え込んで怒られた。危なくねえわ、全く動けねえわ!
力を抜いたタイミングで解放され、大きく息を吐く。
くそ……こんなシーン、見られたら……。
絶対に俺がカットしておくし、さすがに万が一があっても編集でカットしてくれるだろうけど……まず編集さんに見られるのが嫌すぎる。
毎回の動画カットは、念入りにしようと固く誓った。
「ナオ、フルーツは?」
顔を上げると、朝霧が促すように冷蔵庫の方へ視線をやった。
グレープフルーツのボウルを冷蔵庫に入れたのを、ちゃんと見ていたらしい。そんなところも、犬っぽくて笑える。
「『漬け』だって言ったろ。しばらく漬け込むの」
「そうか……」
しゅん、と下がった耳と尻尾を感じてつい席を立つ俺は、この大型犬に相当いいように使われている。
とっておいた果汁を軽く濾してグラスに入れると、多めのハチミツを入れて混ぜた。運動量の減っている今、ハチミツはもっと控えた方が良かったか。
「お前、ミントは平気?」
「ミントは食ったことない」
「あるだろ、チョコミントとか、モヒートとか。スーッとするやつ」
「さあ? でも食う」
「今回食いモンじゃねえけどな」
まあいい、お前が飲まないなら俺が飲むし。
果汁の入ったグラスに少しだけミントシロップを垂らして、たっぷりの氷と炭酸水を注いだ。
俺の分はミント多め。あの爽快感が結構好きだ。
「ほら」
「なんだこれ?」
「えー……モヒート風ハニー炭酸」
適当な名づけに、朝霧は感心したような顔でまじまじとグラスを眺め、刺したストローでカラカラ氷を鳴らした。
「うま……」
「爽やかでいいだろ」
涼やかな風を感じる陽光明るい午前、木漏れ日揺れる真っ白なデッキチェアで寛ぐような、最上級レベルの爽やかさ。
あ、これも動画が必要だったかも。
ちなみに、朝霧の方はバッチリ録画中なので問題ない。朝霧席へ向けられた固定カメラは、テーブルへ座る前に必ず録画スイッチを押せと躾けてある。
これはアスリート飯ではないけど、実際に動画を見る視聴者層は、概ねアスリートじゃないからな。美容やダイエット目的で真似したい人たちが多いだろうから、こういった『ついでレシピ』や『材料使いきりレシピ』とかも重宝されるだろうと踏んでいる。
果汁炭酸で一息ついた後、『ついでレシピ』を全部やりきってしまおうとキッチンの録画を再開した。
グレープフルーツの皮を細切れにし、鍋に放り込むのを見て、朝霧が目を丸くする。
「それも食うのか?」
「これ、国産の結構いいやつだからな。ピールにする」
「ビール?」
「ピールだよ!」
聞いたことない、と小首を傾げる朝霧に笑って、これもすぐにはできないからな、と念を押しておく。
ピール作りとか、あんま代わり映えしないけど動画で必要だろうか。
まあ、要不要は編集さんに考えてもらうとして。俺は撮るだけと割り切って気楽なものだ。
何度か茹で零したグレープフルーツの皮を、砂糖まみれにして火にかける。
微かに香る柑橘の香り。ジャムの時ほど、部屋中に漂う香りにならないのが残念だ。
しばらく煮ては砂糖を追加し、段々と艶めく透明になっていく過程が好きだ。なんかこういうの、生活の余裕っていうんだろうか、丁寧な暮らしってやつ?
……まあ実際は買ったら高いピールを大量に生産したいという、貧乏性のなせるワザであって少しも余裕を感じないのが切ないところだ。
食えないことにがっかり感漂わせる朝霧が、再び動画を見ている。
そりゃ気になるよな、お前と料理しか映ってねえし。でも俺だったら、胃が痛くてとてもじゃねえけど撮った動画を見られないだろうな。
ふと、企画の文面を思い出した。
朝霧のセカンドキャリアか……芸能人みたく、テレビとか出演するのかな。会社的には、当然視野に入れているようだけど。
ああそうだ、そもそもオリンピックに出たら、テレビ露出はあるのか。
そのための、慣れと下地作り……そう考えると、俺の役目も重いような気がしてくる。露出に伴って不愛想な朝霧にマイナスイメージを持たれないよう、おうち朝霧くんを可能な限り出していくことが、俺の役目じゃないかな。
だって、水泳だけで食っていくのって、身体が資本だから年齢と共に不安要素も大きいだろう。朝霧は企業所属ではあるけれど、アスリートじゃなくなったら普通の社員になるんだろうか?
メディア慣れしていたら、そして人気があったら、きっと選択肢は色々出てくるはずだ。
「俺、なるべくお前のいい所撮ってやるからな」
なんとなくしんみりしながらそう言うと、寄って来た朝霧が首を傾げながら鍋をのぞき込んだ。
「俺のいい所ってなんだ?」
「え、あー……何だろ。とりあえず、無口不愛想じゃない時の朝霧を撮ったら、きっとギャップ萌えで評価上がるだろ?!」
「お前といるときの俺?」
「そう! ……じゃなくて、別に、リラックスしてる時のお前っていう意味で!」
「じゃあ、たくさん映ってやる」
笑みを含んだ声に警戒したものの、背後にまわった朝霧が俺の腹に手を回すのも、木べらを持った俺の手に大きな手を重ねるのも、結局どうしようもない。
「お、おい?!」
「これなら、俺も映ってるだろ」
「いや今は映るなよ?! やめろやめろ、動画が使えなくなる!」
暴れようとしたら、『危ない』と抱え込んで怒られた。危なくねえわ、全く動けねえわ!
力を抜いたタイミングで解放され、大きく息を吐く。
くそ……こんなシーン、見られたら……。
絶対に俺がカットしておくし、さすがに万が一があっても編集でカットしてくれるだろうけど……まず編集さんに見られるのが嫌すぎる。
毎回の動画カットは、念入りにしようと固く誓った。
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