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105 楽しいこと
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――ちょっと、酒のペースが早すぎたかもしれない。
どうにもふわふわして、なんでもできそうな高揚感。だけど自覚がある時点でまだ、まだ大丈夫。大丈夫だけど、結構あやしい。
「ナオ、寝るなよ」
「まだ寝ないわ! 言っとくけど俺さあ、結構楽しみにしてたわけ。だから今日のために、最近はすげえ早寝してたんだからな!」
「……楽しみにしてたのか」
「そう! だってクリスマスだぞ? 絶対お前を喜ばせてやろうと思って」
「俺、を?」
ああ、よくないな。さっきから俺、すげえ饒舌になってる。
酔ってんな。
だって、朝霧が……。
朝霧の視線にざわついてどうしようもない。余計な事を、考えてしまうから……。
「だってお前、あんま楽しいことなさそうだろ? 俺がいっぱい楽しいことしてやろうと思って! そしたら、忘れないだろ」
「お前といるのは、楽しい。忘れないぞ」
「そうか? 今日も楽しい?」
「ああ」
……うん、楽しそうだ。とろけるような笑みに、俺も笑みで返す。
「そっか! チキン食って、酒飲んで、ケーキ――あ! そうだケーキ食わなきゃ!」
「覚えてたのか。もういい、危ない」
「ケーキは危なくねえけど?!」
勢いよく立ち上がった俺を、朝霧が素早く支える。
いや、テンション上がってるけど、そこまでじゃねえよ?
だけど朝霧目線だとかなり心配に映るらしく、ケーキも包丁も取り上げられてしまった。
「もうちょっとこう……そう、そのへん!」
「崩れそうで怖い」
「いいって、どうせもう食うんだから」
そして、俺の指示の元オペに臨む医者のような面持ちで、ケーキに包丁を入れる朝霧。何なら切らずに食ってもいいくらいなのに。
ごくシンプルに、ただ大人向けに若干洋酒を強めに効かせたショートケーキ。
デコレーションも、まあ、素人はこんなもんだろ。
慎重に切り分けた朝霧にご苦労、と頷いて小皿に取り分けた。
「クリスマスだとブッシュドノエルとかあるじゃん? けど俺はやっぱクリスマスのケーキといえばこれなんだよなあ」
「ぶっしゅ……?」
「なんかこう、丸太みたいなやつ!」
「丸太……?」
はは、全然分かってない顔の朝霧くんがかわいい。
イチゴを突き刺してひとつ食ったところで、ふとイタズラ心が湧いてくる。
「朝霧、こっち来い!」
「なんだ?」
「ここ座れ!」
ぽんぽんと俺の後ろを叩けば、一瞬ぴくっとしてから、すぐさま座り込んだ。
長い脚が俺の両側を囲み、腹にまわった手がずいっといい位置まで俺を引き寄せる。
背中が温かい。リラックスして体を預けると、朝霧が俺の首元に顔を伏せるように深呼吸した。
「朝霧、顔上げろ。ケーキ食ってないだろ」
朝霧のケーキ皿を引き寄せ、イチゴを突き刺して体を捻った。
自分がにやついているのが分かる。
される前にやってやれ作戦だ。
ぱく、と大きな口が食いつくのを見て、確かにこれは面白いと思う。
「……美味い」
「結構いい感じにできたよな。ケーキってさ、完成したもんしか食えないから、上手いことできたかどうか不安なんだよなあ」
「すげえ美味いぞ」
落とさないよう、そっと朝霧に食わせつつ、その合間に自分のケーキも口に入れる。美味いけど……そう言えば腹いっぱいだなと思い出した。
「お前はホント、こういうの全然恥ずかしくねえの?」
「全然」
律儀に俺が次のひとくちを差し出すまで待っている朝霧が、すり寄るように顔を寄せる。もう猫なんだか犬なんだか。
でかい口に合わせてあっと言う間に食い終わったので、ついでに俺の分も食わせておいた。
「結構お菓子買ったのにさ、あんま食わなかったな。明日食おうか」
「俺は食ってるぞ」
「お前、さすがに食いすぎじゃねえ? カロリーとか大丈夫なの?」
「明日から控える」
「チートデイってやつ? 控えたら控えたで、消費もエグイんだから大丈夫なのかよ」
なんか、朝霧の言葉数が通常モードになってるな、と見上げた。
「お前、酔ってない?」
「……これ以上は、危ない」
「危ないってどういうことだよ? 暴れたりすんの? 絶対やめろよ?! ウチが壊れる!」
「暴れはしない」
苦笑した朝霧の大きな手が、ゆっくり俺の頭を撫でた。
なに、何かちょっと子ども扱い?
「お前が暴れたらさー、どうしようもねえよな……トイレとか逃げ込んでもドアぶち破られそう」
「内に籠もるな、外へ逃げろ」
「暴れる気じゃね?!」
「俺じゃない、そういうことがあったら、だ」
あー、泥棒が入ってきた時とか? 朝霧みたいなガタイのヤツだったらもう、抵抗しねえ方がむしろ安全な気もするんだけど。
すっぽり俺を包めるガタイをまじまじ見つめ、またにやりと笑みが浮かぶ。
身じろぎの気配で緩められた腕の中、中腰まで立ち上がって――
「――っ?!」
朝霧が、目を丸くしている。
ドンッ、と真正面から思い切り両肩に衝撃を……加えたはずなんだけど。
……なんか、思ってたのと違う。
違うぞ、朝霧。
俺、抱き着いたんじゃないぞ。
あの、押し倒してやろうとしたんだけど。
朝霧が動かないせいで、ばっちり俺が潰れて受け止められてしまった。
ぎゅう、と背中にまわった腕が締まって、なんかこれ、絶対違うだろ。
「…………ナオ?」
ドッドッド、柔らかな布越しに伝わってくる、ちょっと驚くくらい早い鼓動。
朝霧の心臓がこんなに慌てること、あるだろうか。
目論みは違ったけれど、その点だけは、少し俺の溜飲を下げた。
どうにもふわふわして、なんでもできそうな高揚感。だけど自覚がある時点でまだ、まだ大丈夫。大丈夫だけど、結構あやしい。
「ナオ、寝るなよ」
「まだ寝ないわ! 言っとくけど俺さあ、結構楽しみにしてたわけ。だから今日のために、最近はすげえ早寝してたんだからな!」
「……楽しみにしてたのか」
「そう! だってクリスマスだぞ? 絶対お前を喜ばせてやろうと思って」
「俺、を?」
ああ、よくないな。さっきから俺、すげえ饒舌になってる。
酔ってんな。
だって、朝霧が……。
朝霧の視線にざわついてどうしようもない。余計な事を、考えてしまうから……。
「だってお前、あんま楽しいことなさそうだろ? 俺がいっぱい楽しいことしてやろうと思って! そしたら、忘れないだろ」
「お前といるのは、楽しい。忘れないぞ」
「そうか? 今日も楽しい?」
「ああ」
……うん、楽しそうだ。とろけるような笑みに、俺も笑みで返す。
「そっか! チキン食って、酒飲んで、ケーキ――あ! そうだケーキ食わなきゃ!」
「覚えてたのか。もういい、危ない」
「ケーキは危なくねえけど?!」
勢いよく立ち上がった俺を、朝霧が素早く支える。
いや、テンション上がってるけど、そこまでじゃねえよ?
だけど朝霧目線だとかなり心配に映るらしく、ケーキも包丁も取り上げられてしまった。
「もうちょっとこう……そう、そのへん!」
「崩れそうで怖い」
「いいって、どうせもう食うんだから」
そして、俺の指示の元オペに臨む医者のような面持ちで、ケーキに包丁を入れる朝霧。何なら切らずに食ってもいいくらいなのに。
ごくシンプルに、ただ大人向けに若干洋酒を強めに効かせたショートケーキ。
デコレーションも、まあ、素人はこんなもんだろ。
慎重に切り分けた朝霧にご苦労、と頷いて小皿に取り分けた。
「クリスマスだとブッシュドノエルとかあるじゃん? けど俺はやっぱクリスマスのケーキといえばこれなんだよなあ」
「ぶっしゅ……?」
「なんかこう、丸太みたいなやつ!」
「丸太……?」
はは、全然分かってない顔の朝霧くんがかわいい。
イチゴを突き刺してひとつ食ったところで、ふとイタズラ心が湧いてくる。
「朝霧、こっち来い!」
「なんだ?」
「ここ座れ!」
ぽんぽんと俺の後ろを叩けば、一瞬ぴくっとしてから、すぐさま座り込んだ。
長い脚が俺の両側を囲み、腹にまわった手がずいっといい位置まで俺を引き寄せる。
背中が温かい。リラックスして体を預けると、朝霧が俺の首元に顔を伏せるように深呼吸した。
「朝霧、顔上げろ。ケーキ食ってないだろ」
朝霧のケーキ皿を引き寄せ、イチゴを突き刺して体を捻った。
自分がにやついているのが分かる。
される前にやってやれ作戦だ。
ぱく、と大きな口が食いつくのを見て、確かにこれは面白いと思う。
「……美味い」
「結構いい感じにできたよな。ケーキってさ、完成したもんしか食えないから、上手いことできたかどうか不安なんだよなあ」
「すげえ美味いぞ」
落とさないよう、そっと朝霧に食わせつつ、その合間に自分のケーキも口に入れる。美味いけど……そう言えば腹いっぱいだなと思い出した。
「お前はホント、こういうの全然恥ずかしくねえの?」
「全然」
律儀に俺が次のひとくちを差し出すまで待っている朝霧が、すり寄るように顔を寄せる。もう猫なんだか犬なんだか。
でかい口に合わせてあっと言う間に食い終わったので、ついでに俺の分も食わせておいた。
「結構お菓子買ったのにさ、あんま食わなかったな。明日食おうか」
「俺は食ってるぞ」
「お前、さすがに食いすぎじゃねえ? カロリーとか大丈夫なの?」
「明日から控える」
「チートデイってやつ? 控えたら控えたで、消費もエグイんだから大丈夫なのかよ」
なんか、朝霧の言葉数が通常モードになってるな、と見上げた。
「お前、酔ってない?」
「……これ以上は、危ない」
「危ないってどういうことだよ? 暴れたりすんの? 絶対やめろよ?! ウチが壊れる!」
「暴れはしない」
苦笑した朝霧の大きな手が、ゆっくり俺の頭を撫でた。
なに、何かちょっと子ども扱い?
「お前が暴れたらさー、どうしようもねえよな……トイレとか逃げ込んでもドアぶち破られそう」
「内に籠もるな、外へ逃げろ」
「暴れる気じゃね?!」
「俺じゃない、そういうことがあったら、だ」
あー、泥棒が入ってきた時とか? 朝霧みたいなガタイのヤツだったらもう、抵抗しねえ方がむしろ安全な気もするんだけど。
すっぽり俺を包めるガタイをまじまじ見つめ、またにやりと笑みが浮かぶ。
身じろぎの気配で緩められた腕の中、中腰まで立ち上がって――
「――っ?!」
朝霧が、目を丸くしている。
ドンッ、と真正面から思い切り両肩に衝撃を……加えたはずなんだけど。
……なんか、思ってたのと違う。
違うぞ、朝霧。
俺、抱き着いたんじゃないぞ。
あの、押し倒してやろうとしたんだけど。
朝霧が動かないせいで、ばっちり俺が潰れて受け止められてしまった。
ぎゅう、と背中にまわった腕が締まって、なんかこれ、絶対違うだろ。
「…………ナオ?」
ドッドッド、柔らかな布越しに伝わってくる、ちょっと驚くくらい早い鼓動。
朝霧の心臓がこんなに慌てること、あるだろうか。
目論みは違ったけれど、その点だけは、少し俺の溜飲を下げた。
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