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107 朝霧の気遣い
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――ガチャリ。
……行った、よな。
玄関扉の閉まる音を確認して、俺はすぐさま布団に突っ伏した。
俺……俺、なんであんなこと……嘘だろ……。
不幸にも結構記憶が残っていることが、ますます俺にダメージを与えている。
いや、最悪俺の記憶は残っていてもいいから、誰か朝霧の記憶を消してくれ……!!
そして、記憶がない部分がどうなっていたのか不安で仕方ない。
大丈夫だよな……? きっとすぐ寝たよな?
俺、あの後もっとマズイこととかしてないよな??
――今朝、起きたら目の前にイケメンがいた。
いつか見た光景……だけど、違いがひとつ。
こちらを見る、切れ長の黒い瞳。
「起きたか」
まっすぐ俺を見る目が、柔らかく瞬いた。
「あ、え? お、起き…………え??」
「おはよう」
「おは…………うわああ?!」
一気に覚醒した頭で跳ね起きようとして、押さえられた。
「危ない」
ひょいと起き上がった朝霧が、俺もちょんと座らせる。思わず距離をとった背中が、壁に当たった。
何ら気にした風もなく、ヤツは悠々としなやかな身体を伸ばしている。
そりゃ窮屈だったろうよ、こんな狭いベッドで男二人! しかも片方はビッグサイズ!!
「……なんで、お前俺のベッドで……」
じりじり移動しながら、どこか機嫌のよさそうな顔を見上げると、心外だと言わんばかりの顔をされた。
「お前がそう言った」
「は?! う、嘘だ!」
「嘘じゃない。『寒いから俺を着て寝る』と言った」
「うっ……!!」
くそぉーー! 言いそう! 俺すげえ言いそう! そういうワケ分かんねえこと!!
寒いから、あったかいこいつを連れて行こうとか、ミラクル短絡的思考をやりそう!!
「こう、俺を担いできた」
「わ、わかったから! もういい!」
後ろから伸し掛かるように、おんぶ体勢を取られてひっくり返りそうになる。
俺が担げるわけねえから、朝霧くんはそんな体勢でヨチヨチ俺に合わせてついてきてくれたってわけ? ありがとな! 次はぜひとも振りほどいてくれ!!
「情けねえ……全然覚えてねえ……」
大騒ぎした頭がズキズキ痛い。
心身共に大ダメージだ。
文字通り頭を抱えていたら、覗き込んだ朝霧がふっと笑った。
「かわいかった。心配するな」
「うるせーー!」
それは慰めじゃなくてトドメだ!!
ズキリ、ズキリ、拍動する痛みと共に徐々に蘇ってくる記憶の欠片。
組み上がっていくパズルに、ごくりと喉が鳴った。
え……俺、何してんの?
尻の下にある、固く弾力のある腹筋。
力任せに押さえた、太い両手首。
完全に組み敷いて見下ろした、朝霧の姿。
や、やば……!!
「佐藤、顔色がすごいことになってる」
「ちょ、ちょっと落ち着くまでそっとしといて……あの、お前、その間走ってきたら? 飯とか、用意するし……片付けも……」
「片付けはした」
え、いつ? お前、ベッド出たのにまた戻って来たわけ? 律儀なのか何なのか……。
「とにかく! ちょっと出てろ! 俺は混乱してる!」
「何で混乱するんだ」
「お、俺にあるまじき行動をとってるからだよ!!」
「覚えてるのか? どれがあるまじきなんだ?」
そんな何択もあったの……?! そして不思議そうな顔をするな! 普段の俺はやらねえだろ?! そうだよな?!
ぐいぐい押しやると、朝霧は仕方なさそうにベッドを下りて、もう一度伸びをした。
「じゃあ、少し走ってくる。ナオは大丈夫か?」
ギッ、とベッドを軋ませ、乗り上げた朝霧が俺の顔に手をやった。
硬い手の平が俺の額に当てられ、するりと頬を滑ってうなじに回る。
「な、にが……?」
ビクリとする体に気付かれまいと、平静を装ってあらぬ方を向いた。さすがに、この距離で朝霧に顔を向けられない。
「熱はないな? まだ酒が残ってるか?」
「そう……かも、な。とりあえず、ちょっと二日酔い」
……赤いんだろうな、顔。
適当に誤魔化すと、そのまま出て行った朝霧が、水の入ったコップ片手に戻って来た。
「冷たくない方がいいと聞いた」
「……さんきゅ」
優しいな、こいつ。
余計にいたたまれなくて、罪悪感に苛まれる。
飲み干したコップをどうしようか悩むより早く、大きな手が攫って行った。
視線を彷徨わせる俺に、静かに苦笑した気配がする。
「……何も、ダメなことはしてない。心配するな、俺は、すげえ楽しかった」
立ち上がった朝霧が、ふわっと俺の頭を撫でて離れていく。
「じゃあ、走ってくる。寝ていろ」
「い、いや、大したことねえから……飯でも作ってるよ」
「そうか。無理するな」
そっと扉が閉められ、自分の部屋へ戻っていった音がする。
俺は、息を潜めて聞き耳をたてていた。
ややあって、着替えたらしい朝霧が外へ向かう音。
そして、玄関扉の開閉した音。
しん、と静かになった室内で、俺は詰めていた息を思い切り吐き出して突っ伏したのだった。
……行った、よな。
玄関扉の閉まる音を確認して、俺はすぐさま布団に突っ伏した。
俺……俺、なんであんなこと……嘘だろ……。
不幸にも結構記憶が残っていることが、ますます俺にダメージを与えている。
いや、最悪俺の記憶は残っていてもいいから、誰か朝霧の記憶を消してくれ……!!
そして、記憶がない部分がどうなっていたのか不安で仕方ない。
大丈夫だよな……? きっとすぐ寝たよな?
俺、あの後もっとマズイこととかしてないよな??
――今朝、起きたら目の前にイケメンがいた。
いつか見た光景……だけど、違いがひとつ。
こちらを見る、切れ長の黒い瞳。
「起きたか」
まっすぐ俺を見る目が、柔らかく瞬いた。
「あ、え? お、起き…………え??」
「おはよう」
「おは…………うわああ?!」
一気に覚醒した頭で跳ね起きようとして、押さえられた。
「危ない」
ひょいと起き上がった朝霧が、俺もちょんと座らせる。思わず距離をとった背中が、壁に当たった。
何ら気にした風もなく、ヤツは悠々としなやかな身体を伸ばしている。
そりゃ窮屈だったろうよ、こんな狭いベッドで男二人! しかも片方はビッグサイズ!!
「……なんで、お前俺のベッドで……」
じりじり移動しながら、どこか機嫌のよさそうな顔を見上げると、心外だと言わんばかりの顔をされた。
「お前がそう言った」
「は?! う、嘘だ!」
「嘘じゃない。『寒いから俺を着て寝る』と言った」
「うっ……!!」
くそぉーー! 言いそう! 俺すげえ言いそう! そういうワケ分かんねえこと!!
寒いから、あったかいこいつを連れて行こうとか、ミラクル短絡的思考をやりそう!!
「こう、俺を担いできた」
「わ、わかったから! もういい!」
後ろから伸し掛かるように、おんぶ体勢を取られてひっくり返りそうになる。
俺が担げるわけねえから、朝霧くんはそんな体勢でヨチヨチ俺に合わせてついてきてくれたってわけ? ありがとな! 次はぜひとも振りほどいてくれ!!
「情けねえ……全然覚えてねえ……」
大騒ぎした頭がズキズキ痛い。
心身共に大ダメージだ。
文字通り頭を抱えていたら、覗き込んだ朝霧がふっと笑った。
「かわいかった。心配するな」
「うるせーー!」
それは慰めじゃなくてトドメだ!!
ズキリ、ズキリ、拍動する痛みと共に徐々に蘇ってくる記憶の欠片。
組み上がっていくパズルに、ごくりと喉が鳴った。
え……俺、何してんの?
尻の下にある、固く弾力のある腹筋。
力任せに押さえた、太い両手首。
完全に組み敷いて見下ろした、朝霧の姿。
や、やば……!!
「佐藤、顔色がすごいことになってる」
「ちょ、ちょっと落ち着くまでそっとしといて……あの、お前、その間走ってきたら? 飯とか、用意するし……片付けも……」
「片付けはした」
え、いつ? お前、ベッド出たのにまた戻って来たわけ? 律儀なのか何なのか……。
「とにかく! ちょっと出てろ! 俺は混乱してる!」
「何で混乱するんだ」
「お、俺にあるまじき行動をとってるからだよ!!」
「覚えてるのか? どれがあるまじきなんだ?」
そんな何択もあったの……?! そして不思議そうな顔をするな! 普段の俺はやらねえだろ?! そうだよな?!
ぐいぐい押しやると、朝霧は仕方なさそうにベッドを下りて、もう一度伸びをした。
「じゃあ、少し走ってくる。ナオは大丈夫か?」
ギッ、とベッドを軋ませ、乗り上げた朝霧が俺の顔に手をやった。
硬い手の平が俺の額に当てられ、するりと頬を滑ってうなじに回る。
「な、にが……?」
ビクリとする体に気付かれまいと、平静を装ってあらぬ方を向いた。さすがに、この距離で朝霧に顔を向けられない。
「熱はないな? まだ酒が残ってるか?」
「そう……かも、な。とりあえず、ちょっと二日酔い」
……赤いんだろうな、顔。
適当に誤魔化すと、そのまま出て行った朝霧が、水の入ったコップ片手に戻って来た。
「冷たくない方がいいと聞いた」
「……さんきゅ」
優しいな、こいつ。
余計にいたたまれなくて、罪悪感に苛まれる。
飲み干したコップをどうしようか悩むより早く、大きな手が攫って行った。
視線を彷徨わせる俺に、静かに苦笑した気配がする。
「……何も、ダメなことはしてない。心配するな、俺は、すげえ楽しかった」
立ち上がった朝霧が、ふわっと俺の頭を撫でて離れていく。
「じゃあ、走ってくる。寝ていろ」
「い、いや、大したことねえから……飯でも作ってるよ」
「そうか。無理するな」
そっと扉が閉められ、自分の部屋へ戻っていった音がする。
俺は、息を潜めて聞き耳をたてていた。
ややあって、着替えたらしい朝霧が外へ向かう音。
そして、玄関扉の開閉した音。
しん、と静かになった室内で、俺は詰めていた息を思い切り吐き出して突っ伏したのだった。
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