今宵、薔薇の園で

天海月

文字の大きさ
36 / 41

36. side シャーロット

しおりを挟む
キースが怪我を負ったのだと知った瞬間、血の気が引いた。

自室のベッドに上半身を起こして座らされていた彼の頭には、痛まし気に包帯が巻かれていた。

外傷は殆ど治っていると聞いたが、その姿を見るとひどく居た堪れない気持ちになった。

アルバートは気を遣って、ところどころ記憶が抜け落ちていると説明したが、結局のところ、キースは自分との記憶をすっかり失くしてしまっていた。

他の重要なことは覚えているというのに、まるで初めから存在もしていなかったかのように忘れられてしまうだなんて、自分は彼にとってその程度だったのか・・・と思うと少し悲しくなった。


けれど、帰り際になって彼が放った一言が忘れられなかった・・・。





「あの・・・また、会っていただけますか?」

僅かに頬を染めた彼は、少し遠慮がちに私に向かってそう言った。


胸が締め付けられるようだった。

彼は何ということを言うのだろう・・・。

私の事など何もかも忘れてしまったらしいというのに・・・。

そんな顔で訊かれたら断れるわけがない・・・。

あの真直ぐな群青の瞳が忘れられない。

幾年も会えない日が続いても、彼からその存在を忘れられても尚、未だ自分は彼のことを渇望してしまっている・・・。


せっかく彼の為を思って距離を置いたはずだったのに、また済し崩しのように彼に近づいてしまって良いのだろうか、と自問自答する。

これ以上近づけば、今度こそ自分の気持ちを止められなくなりそうで、彼を求めてしまいそうで、キースにこれ以上会うのが恐ろしかった。

だが、一方ではこのまま記憶が戻らず、その羽が折れたままならば、自分の手元に彼を置いたままでも許されるのではないだろうかと、邪な想像すら抱いてしまう。


冷静に考えるなら、そのうち彼が元の調子を取り戻せば、また離れなくてはならないとは解っているけれども・・・。

・・・今だけでも傍にいたい。





アルバートからも、なるべくキースに会ってやってほしいと頼まれたこともあり、それからシャーロットは、キースの話し相手という名目で、時折公爵家を訪れるようになった。

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】その仮面を外すとき

綺咲 潔
恋愛
耳が聞こえなくなってしまったシェリー・スフィア。彼女は耳が聞こえないことを隠すため、読唇術を習得した。その後、自身の運命を変えるべく、レイヴェールという町で新たな人生を始めることを決意する。 レイヴェールで暮らし始めた彼女は、耳が聞こえなくなってから初となる友達が1人でき、喫茶店の店員として働くことも決まった。職場も良い人ばかりで、初出勤の日からシェリーはその恵まれた環境に喜び安心していた。 ところが次の日、そんなシェリーの目の前に仮面を着けた男性が現れた。話を聞くと、仮面を着けた男性は店の裏方として働く従業員だという。読唇術を使用し、耳が聞こえる人という仮面を着けて生活しているシェリーにとって、この男性の存在は予期せぬ脅威でしかない。 一体シェリーはどうやってこの問題を切り抜けるのか。果たしてこの男性の正体は……!?

実在しないのかもしれない

真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・? ※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。 ※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。 ※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。

報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を

さくたろう
恋愛
 その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。  少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。 20話です。小説家になろう様でも公開中です。

声を取り戻した金糸雀は空の青を知る

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
「大切なご令嬢なので、心して接するように」 7年ぶりに王宮へ呼ばれ、近衛隊長からそう耳打ちされた私、エスファニア。 国王陛下が自ら王宮に招いたご令嬢リュエンシーナ様との日々が始まりました。 ですが、それは私に思ってもみなかった変化を起こすのです。 こちらのお話には同じ主人公の作品 「恋だの愛だのそんなものは幻だよ〜やさぐれ女騎士の結婚※一話追加」があります。 (本作より数年前のお話になります) もちろん両方お読みいただければ嬉しいですが、話はそれぞれ完結しておりますので、 本作のみでもお読みいただけます。 ※この小説は小説家になろうさんでも公開中です。 初投稿です。拙い作品ですが、空よりも広い心でお読みいただけると幸いです。

白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

瀬月 ゆな
恋愛
ロゼリエッタは三歳年上の婚約者クロードに恋をしている。 だけど、その恋は決して叶わないものだと知っていた。 異性に対する愛情じゃないのだとしても、妹のような存在に対する感情なのだとしても、いつかは結婚して幸せな家庭を築ける。それだけを心の支えにしていたある日、クロードから一方的に婚約の解消を告げられてしまう。 失意に沈むロゼリエッタに、クロードが隣国で行方知れずになったと兄が告げる。 けれど賓客として訪れた隣国の王太子に付き従う仮面の騎士は過去も姿形も捨てて、別人として振る舞うクロードだった。 愛していると言えなかった騎士と、愛してくれているのか聞けなかった令嬢の、すれ違う初恋の物語。 他サイト様でも公開しております。 イラスト  灰梅 由雪(https://twitter.com/haiumeyoshiyuki)様

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

すれ違う心 解ける氷

柴田はつみ
恋愛
幼い頃の優しさを失い、無口で冷徹となった御曹司とその冷たい態度に心を閉ざした許嫁の複雑な関係の物語

私の完璧な婚約者

夏八木アオ
恋愛
完璧な婚約者の隣が息苦しくて、婚約取り消しできないかなぁと思ったことが相手に伝わってしまうすれ違いラブコメです。 ※ちょっとだけ虫が出てくるので気をつけてください(Gではないです)

処理中です...