天気職人が居る街で

野田 藤

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天気職人が居る街で

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【天気職人が居る街で】








 それは、不思議な雨だった。
『ねぇ。 どうしてきみはないているの?』
 あんなに悲しかったはずなのに。
 今、僕の心はどうしてだろう、あたたかなものが流れ込んでいた。
『かなしいことがあったの?』
 そのあたたかなものがなんなのか、わけもわからず
 また、泣いた。
『だいじょうぶだよ。』
 泣いて、泣いて。
『ぼくが、なぐさめてあげるから。』
 気付けば、涙は止まり、自分がなぜ泣いていたのかなんて忘れていた。








「すみませんそこ退いて! …おっと、失礼。急いでる
もので……すみません、通して!」

 小雨が降る中、大量の書類を抱え走る男が一人。
 突然の雨なのだろう、大通りを歩いていた人の足も次第に早くなっていく。その人の波に逆らって走る男にぶ
つかる通行人は、彼に向かって解りやすく眉をひそめた。
 それでも彼の足は止まらない。
 何故なら抱えている書類をこれ以上濡らすわけにはいかないからだ。加えて時間もないとくれば彼の心は焦るしかないのであった。

「うっ…う…親方ひどいよ…なにもあんな怒んなくてもいいじゃんかああ!僕が何したっていうのさ!うわあああん!」

 早足の人波に身を任せわんわんと大声で泣く人物が一人。
 不思議と人々はその人物を気にする様を見せずに過ぎ去っていく。そしてその人物も、気にせずに醜態を晒している。その鳴き声に呼応して、雨も強くなっていく。

「あー、失礼、はいはい通りますよー! わ、ととと……うわああ!?」
 「親方のばああああか!ばあああ…え!?わ、うわあああ!!」
「……っててて、あああ!ごめん!君、大丈夫!?」

 そんな二人がぶつかり合う、など想像に容易い。
 体格差から大泣きしていた人物が尻もちをついた。
 それに気づいた彼はしゃがみ込み立ち上がらせてやる。

「い、いったああああい!もうもうもう!なんだよお!今日はなんなんだよおおお!!」
「あ、ああ……ごめん、本当にごめん!突然雨が降ってきて、急いでたから……つい」
「もうやだあ!明日のことなんかもう知らないよおお!知らないんだからー!!」
「あの……君。そんなにヤケになるほど何かあったの?」
「……ふえ?」

 目の前の人物はやっと自分に気付いたのかと、視線が合うと薄い笑いを一つ浮かべてみる。

「やっとこっち見てくれた。……て、よく見たらペンキまみれだし、それにずぶ濡れ……あ、それは僕がぶつかったからだった。……本当にごめん」
「え、あ、あの…?」

 先ほどまで大泣きしてたとは思えない人物は、今はもう驚きと戸惑いが混ざった困惑の表情になった。
 くるくるとよく表情が変わる人だな、と考えていたその思考をいったん隅に置く。

「……ここじゃもっと濡れるからあっちへ行こう。良かったらこのハンカチ使って。少しは違うでしょ」
「えっと、その……」
「ん?どうかした?僕の顔に何ついてる?」
「え!?いえいえいえいえいえ!何も!!ただ、僕の事分かる人がいるんだなって、その……!」

 その言葉に、思わず首をかしげてしまう。

「わかる?ああ、君の職業が?んーそうだな……ペンキまみれだしそこの通りのクリスマスの壁画を描いてる職人さん?」
「へ!?いや、そうじゃなく……そうじゃなく!」
「ん?違うの?」

 ますますもって解らない、と次は眉を顰めてみれば、目の前の人物はあわあわと両手を前に出してそれを振った。そして諦めたのかその手を下すと、うなだれ、コクリ、と小さく頷く。
 その仕草がかわいいな、と思った。

「あの、ハンカチありがとうございました。僕、人間からこんな優しくしてもらったの初めてで……。なんて言ったらいいか解かんないですけど……!」
「人間って、君、面白い言い方をするんだね?」
「あ!そ、その……っ!」
「ああ!いけない!そういや急いでるんだった!濡らしたお詫び、って程のものではないけど、これ、あげる」

 ポケットから小さな包みにまかれた飴を取り出して掌に握らせた。
 目の前の人物は不思議そうに掌の中の飴を見る。

「僕のお気に入り、いちごみるく。飴と雨、なんてちょっとベタだったかな?」

 自分もポケットから飴を取り出し、包みをほどいて食べてみせた。
 その動作を真似るように、たどたどしく目の前の人物も飴を口に含むとさっきまでの泣き顔が嘘のように笑顔になっていった。

「……すごい!なに、これ!」

 ふ、と土砂降りだった雨が止んだ。

「良かった。君も泣き止んだし、ほらみて。丁度雨もあがった。コレで大事な書類も濡れなくて済むよ。
 ……それじゃ、俺は急ぐからコレで!」
「あ!ハンカチ!」
「いいよ!あげる!! またね!!」

 そのまま、振り返らず足早に場を去った。

 これがとある人物との出会い。
 今でも鮮明に思い出せるのに、どうして僕はあの子の顔や姿を思い出す事が出来ないんだろうか。
 あの子を思うと、こんなにも胸が締め付けられて、こんなにも、涙があふれて止まらないというのに。
 


『君が何かに迷っているなら、僕は心配で、曇り空を作ってしまう。
 君が笑顔だと、僕は嬉しくて綺麗な青空を作るんだ』








 その次の日の夜、君は僕に声をかけたね。
 偶然会えるなんて思ってもなかったから、僕はとても嬉しかったことを覚えているよ。
 あげる、といったハンカチを綺麗に洗って返してくれたけど名前も知らない、失礼な事に挨拶もそこそこにその場を去った僕のことを覚えてくれたことが嬉しくて、ポケットに入ってた飴、全部をハンカチに包んで渡した。
 彼は飛び回って喜んだあと、大切そうに、それを胸のポケットにしまい込んだ。



 「あ……見て。星が綺麗だ」

 指指す夜空は、これでもかというほどに澄んでいて輝く星々も自分を主張するかのように光っている。

「昨日の土砂降りが嘘みたいだ。本当に、急に降ってくるから焦ったよ」
「それは……だって親方が『お前はまだ修行が足りん!感情的になってめちゃくちゃに仕事しやがって!』って怒るから……」
「ん? ……ああ、だから泣いていたんだ?」
「はい。そしたら雨が降ってしまって……僕、やっぱりこの仕事向いてないのかもしれない」

 耳があれば、この子の耳は垂れていただろう。
 しょんぼりとしてしまった肩は小さくて僕は今まで誰にも言わなかった事を思わず口にした。

「そんなことないよ、って言えたら良いんだけどね。僕もそう思うことあるから」

 地面を見ていた視線が、僕を捉える。

「上司に怒られた時は、特に。でもね、そんな時、空を見上げて気持ちのいい青が広がっていたら……。
 なんだか気が晴れるんだ。不思議だよね」
「そう言ってもらえると嬉しい。やっぱり、皆、晴れが好きですもんね……」
「そんなことないんじゃないかな?」

 この話は、きっと、もう誰にも話さないだろう。
 これから僕が結婚して、大事な人となるあの子にも。
 そう、きっと。これは僕の大切な思い出だから。

「そりゃ晴れていたら嬉しいし、気持ちいいよ。でもね僕は曇りの日も雨の日も雪の日も、好きなんだ。
 曇りの日は過ごしやすい!雪の日は、仕事が休める!
 雨の日は……雨の日は、涙を隠してくれる」

 目を丸くして、零れるんじゃないかと心配になるくらいに見開いて、僕を見つめる。
 はやく、続きを話せと言わんばかりに。

「この街に来たときね。どうしようもないくらい悲しいことがあって。
 消えてしまいたいとすら思った。でも、そんな時、雨が降って……。
 なんでかなあ……暖かかったんだ、こんな冬の寒い日だったのに」
「お、ぼえて……?」

 あの子が、何か言ってたけれど、小さすぎて僕には聞こえなかった。
 そのまま話し続ける僕をとがめるでもなく、口を挟むわけでもなく、かと言って何も反応を返さない訳でもなく僕の話を聞くその子に、僕は気を良くして滑らかに言葉を吐いてく。

「それからかな、雨の日も悪く無いなって思ったのは。
 それまで、雨の日は憂鬱になってたけど。だから、僕はどの天気も好き。特にこの街の空は、好きだ」
「……この街は、天気がころころ変わるから……。
 みんな迷惑がってるの、知ってる……」
「そうだね。住みにくい街だ、なんていう人も居るけど。僕はね、そう言う気まぐれなところが、気に入っているんだ。人間みたいに感情があるみたいで。
 雨は涙、天気はご機嫌、曇りは…なにか悩んでるのかな……なんてね?」

 そういうと、あの子はまた笑顔になった。
 今にも飛んで跳ねそうな、うずうずとした態度で。
 そして、僕から離れて、本当に跳ねながら駆け出した。

「ありがとう!
 明日は飛びっきりの青で君を応援するよ!絶対、きれいな青を君に見せてあげるから!」
「……? 天気予報もあてにならないこの街の天気なのに自信たっぷりだ」
「大丈夫! だって、明日は晴天だって決まったから!とびっきり綺麗な青を作ってあげる!」

 不思議な子だな、と思った。
 そして見上げた夜空は、今まで見た中で、一番綺麗だったんだ。



『君を想うと、閉まったはずの思いが溢れて、雪に変わって降り積もる。
 それを君が掌で掬って、きれいだね、って言ってくれたら……』







 
 僕たちは、そうして他愛ない話をする仲になった。
 特に時間なんて決めてないけれど、公園のベンチに座れば君が見つけて駆け寄ってきてくれた。
 きっとこの先にある壁画の現場からこの公園がよく見渡せるんだろう。
 いつもほっぺに色とりどりのペンキをくっつけて。
 君と会うときはいつも晴天で、この街に引っ越して来て、こんな珍しいこともあるもんだ、と感動した。
 もともとこの街は天気が不安定で有名な街だったから僕はいつも折りたたみ傘を持っていたんだ。
 なのに君と初めて会った日は運悪く何も持ってない日で、加えて良いことなんて一つもなかった時だったからなんでかあの日は特別に感じた。
 君もそうだったらいいな、なんて僕が考えていた事はもう伝えられないけれど。



 とある日に、あの子を見つけた。
 いつものベンチに、うなだれて。
 今日の天気は曇っていて、星なんか一つも見えない。
 僕は自分のポケットに飴があるか確認してから、ベンチに座るあの子に声をかける。少しだけ声を高く、明るくして。

「こんばんわ」

 ゆったりとした動きで顔を上げ、僕を見るやふにゃっと硬い表情を和らげた。
 衝動的に抱きしめたくなった、その気持ちを押し殺してあの子の隣に座る。

「どうしたの?何か悲しいことでも?」

 何も答えない。
 ただ、僕の顔を、じっと見つめるだけ。
 そんなに見つめられたら恥ずかしいよ、なんて軽口を言えるような雰囲気じゃなかった。

「……この街は、好きですか?」

 ようやく口を開いたあの子の言葉は、僕の質問とは全く違う答えで。いや、答えでなく、質問に質問で返されたけれど、真剣な眼差しで聞かれれば答えるしかないんじゃないだろうか。

「好きだよ。前にも言った通り、天気が感情の様にくるくると変わる所が、特に」
「……っ」

 ついに、大きな瞳から涙がこぼれた。
 ああ、どうして僕はこんな時にハンカチを持っていないんだろう。
 いつもそうだ、大事な時に何かを忘れていることに気付くんだ。

「僕、ついに、親方に認められて一人前になるんです」
「え!すごい、おめでとう!!なんだ、そんなことなら早く言ってくれればいいのに!」

 僕は単純に喜んだ。
 だけどあの子は変わらず、涙していた。
 うれし涙ではないと気付くのはそれほど時間はかからなかった。
 拍手しようとしていた手は行き場をなくし彷徨わせ続けた僕は、静まる空気に堪らず誤魔化すようにあの子の
頭を撫でる。
 どうか、泣き止んでくれ、と。


 遠くで、空が鳴っている。

「だからもう、貴方に会えません」

 その音にビクッと体を跳ねさせたあの子は、早口で僕にそうのたまった。

「え……?何故?」
「…………」
「ああ、わかった、今度は違う現場に行くってことなのかな?」
「違います……」
「じゃあ、なんで!」

 自分でも予想していなかった程の大きな声が出た。
 それでもあの子の言葉は止まらない。
 止まらなくてよかった、とその時は思った。

「一人前になったら、えこひいきはしちゃだめだから」
「どういう意味……?」

 さっきから言ってる意味が解らない。
 一人前になるのと、僕と会わないが繋がらなくて困惑してると、それを察したあの子が流れる涙を自分の袖で乱暴に拭った。

「僕は、皆を守らなきゃいけないから、駄目なんです。
 一人にだけ、特別にしたら、皆が迷惑するから。
 ただでさえ僕は泣いてばっかで皆を困らせているのに」
「皆……? 皆って、誰?」
「この街に住む皆。僕は、守ってるから、だから……」

 ズドン。
 遠くの空鳴りは今はもう、この近くにまで来ていた。
 この曇り空だ、きっとすぐに雨が降るのだろう。
 あの子は空を見ていた。

「わかってます、わかってます、師匠。ごめんなさい」

 あの子が呟き、ベンチから立ち上がる。
 それを追おうとするも、身体が言うことを聞かなかった。

「この街を好きって言ってくれて、僕を好きだといってくれてありがとう。だから、お別れです」
「ま、って……!」
「とおくから、きみを、見守っているよ。いつも、いつまでも、きみがこの街を離れても、ずっと、きっと」

 ああ、ああ、動いてくれ、僕の体!
 僕は何か大切なものを失おうとしているんじゃないか?
 街? 僕を、ってどういう意味なのか。
 聞きたいのに、どうして何も動かない?
 ほら、もう、あの子の顔が、解らない。

「いつかきみがこの街を離れたとして、その時、君のいる街の天気は、どうなっているかなあ?」

 いかないで、と。言ったはずの言葉は雨に消された。
 そして、あの子の姿さえも。
 あの子…? あの子って誰だ。
 いかないで、と思ってたのは一体誰の事だった?
 ああ、もう思い出せない。
 思い出せないことが辛いのに、それすらも忘れてしまいそうで。

「あれ……?僕はなぜこんなところに?涙……?」

 土砂降りの雨は、冷たいのに、なぜか温かい。
 あの日と同じだなあ、なんて考えながら、ぽっかりと心に穴が開いた感覚が、怖くて不安で仕方なくて、わんわんと泣いた。
 僕は何がこんなに、悲しかったんだろう。
 もう、何もわからないのに、この寂しさは何なのか。

 雨は変わらず、僕に温かいというの、に。




『君が泣いていたら、僕も一緒になって悲しくて、君の涙を隠す為の雨をふらせてしまう。
 慰めたくて、でも出来なくて。
 せめてこの雨が、君に温かなものであれ、と願いながら』







 
「こんな日に雨だなんて、ひどすぎるわ!」

 僕の隣にいる、純白のドレスを着た彼女は、外の天気を見て頬を膨らませた。

「まあまあ、いいじゃないか。僕は雨の日も好きだけどなあ?」
「だって、せっかくの結婚式なのに!」

 ご機嫌斜めの彼女は、スタイリストに動かないでと注意されると、溜息を一つ吐き出して目を閉じた。

「この街に住むなら、仕方のないことさ。天気があってないような、この街は生きてるようじゃないかい?
 君がこの街を好きになってくれたらいいんだけどね」

 慰めになってないんだろう、彼女は肩を竦めただけで後はもう自分の支度に専念するらしい。
 何もすることがない、と静かに控室から出た。
 窓からは、大粒の雫が落ちては地面を穿つ様が見える。

「今日の雨は、駄々っ子みたいだね。なにか嫌な事でもあったのかい?」

 雨空を見上げながら、独り言を漏らす。
 本当に、僕にはこの街が生きているようにしか感じられなくて。
 それはこの街に来てからずっと思っていたけれど、いつかの日。
 僕の心に穴が開いた、あの日から。
 今はもう顔も思い出せない、確かに大事だった人の事。

「あれは、夢だったのかなあ」

 長い廊下は、僕の独り言を響かせる。

「……戻ろ」

 きっと彼女の支度はまだまだ掛かるだろうから。
 こんな時、男の用意など簡単で良かったなあ、なんて呑気に歩いていれば、いつの間に反対に人がいたのか。
 肩がぶつかってようやく自分が下を向いていたのだと気付いた。

 「すみません!」

 慌てて謝罪すると、目の前の人物は軽く会釈だけして通り過ぎていた。
 ペンキだらけで、この場に似つかわしくないな、なんて思ったが、きっとどこかで修繕でもしていたのだろう。
 それなのに、僕は。
 泣いていたのだろうか、赤くなった瞳の方が印象に残っていた。

「あ。ハンカチ……。 あの!落としましたよ!」

 特に気にもせず、通り過ぎようとしたものの、何かが引っかかって、振り返った。
 その振り返った先に見えたのは、廊下に落ちた薄汚れたハンカチ。
 それを拾うと通り過ぎた人物を追いかけて、ハンカチを手渡す。
 どこかで見たようなハンカチだ、と過ったけれどこんなどこでも売っているような物なんて似たり寄ったりかと考えをしまい込んだ。

「ありがとう、ございます……」

 礼儀正しく頭を下げる人物に少しの懐かしさを感じた。
 鼻の奥がツン、と痛くなったのを感じるのは何故だろう。

「あ、あの、どこかでお会い、しました、か?」

 その正体を知りたくて、質問を投げかけると目の前の人物は目を細めた。
 そして、ハンカチを大事そうにポケットにしまい込むと静かに、ゆっくりと首を横に振った後、二度目の会釈をしてその場を去っていく。
 このまま帰していいのか?
 この焦燥感はなんだ。僕は一体どうしたんだ。

「あ、あの!! 飴、飴は好きですか!?」

 気付いたら、大声を出していた。
 振り返る背に、肯定の意思を感じた僕は、追いかける理由を得たとばかりに駆け寄って飴を強引に握らせた。

「これ、あげます! 嫌いじゃなければいいけど、その……きっと、これを食べたら、元気になるから……」

 最後の言葉は、掠れてしまったけれど。
 目の前の人物が嬉しそうに、でも泣きそうだったから。

「いちごみるく、好きです、ええ。大好きです。」

 ぎゅっと、小さな飴を大事そうに両手で包む。
 それを口元に、祈るようなしぐさを見せると、目の前の人物はゆっくりと目を開けた。

「ありがとう。お礼に、貴方にプレゼントを」

 そう言った瞬間。
 疑問に思う間もなく、目の前に確かにいた人物は消えた。
 すっと、音もなく。文字通り、消えた、のだ。

 ――――……それなのに。

「……どうして渡した飴がいちごみるくってわかったんだろう……?」

 目の前で、こんなにも不思議な事が起きたのに、僕の頭の中はあの人物が飴の味を当てたことでいっぱいだった。
 だって、渡した飴は真っ白の無地に包まれていて、食べないと味なんてわからないはずだから。
 知っているはずがないのに、なぜ?

「ああ…あの人も、ほっぺにあんな色がついてたなあ」

 何かが引っかかるこの感じが、どうにもならなくて。
 不意に窓を見てみた。

 そこには、さっきまでの雨は嘘のように止んで、気持ちのいい青空が広がっている。
 それは、瞬きの速さで変わっていった。
 まるで祝福するように。
 でも、なんとなく、僕には悲しい青色に見えたんだ。

 その青色に、さっきまで誰もいなかったはずの廊下に、人々が歓喜の声を響かせる。
 その声とは反対に。
 僕は、みるみるうちに変わっていく綺麗な青空を目の前に、苦しくて、悲しくて。…切なくって。
 気付けば涙を流していた。

 きっと。
 このいきなりの晴天はあの人物のおかげなのだと。
 何の疑いもせずに悟っている自分が居た。
 それが何故かわからないし、きっとこれからもわからないんだろうけれど。

 相変わらず、僕の胸の奥は苦しく喘いでいる。
 ただ、それだけは。
 たった一つ、確かに、わかっていた。





『君が笑ってくれるなら、僕はどんな天気だって作ってあげたくなるんだ。
 それがいけないことだとしても、君の好きな青をいつだって。』








「君と君の好きな人と、その好きな人達が、ずっとずっと幸せでいられますように。
 ……明日は、どんな天気にしようかなあ」






                      END









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