異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

シ・ガレット

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7巻

7-3

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「あら。あなたからのプロポーズはもうしてもらってるじゃない。私の言葉はプロポーズを受けたうえでの自分の覚悟を言ったに過ぎないわ。まあ、それがプロポーズと言われたらそうかもしれないけど。でも、女がプロポーズをしたっていいじゃない?」

 夕夏はそう言って笑う。そして、タクマに向かって例のエリクサーを出すように促した。タクマはアイテムボックスから、深紅のティアーズ・エリクサーを取り出す。

「今すぐ試すのか? 別に後でも構わないぞ? 飲んだ後にどうなるか分からないんだから」
「もう! 決めたんだから揺らぐような事言わないで! それにここなら倒れたとしてもベッドがあるんだから大丈夫でしょ。ほら、薬はテーブルに置いて、私をベッドに乗せてちょうだい」

 タクマは夕夏の決心が揺るがないと分かり、彼女の体を抱き上げてベッドに降ろす。

「ふふ……このベッドはタクマの匂いに包まれるから好きだわ。それに子供たちの匂いも……」
「しっかりと洗濯してもらってるから、匂いは大丈夫だと思うんだけど……」
「もう! そういう事を言ってるんじゃないの。相変わらずにぶいんだから……まあ、そこも良いんだけどね」

 最後の言葉はタクマには届かなかったが、夕夏は恥ずかしそうにしながらも、エリクサーを持ってくるように言う。
 タクマはエリクサーをテーブルから持ってきて、夕夏に差し出した。

「これを飲めば、あの子たちに兄妹を作ってあげられる。何よりあなたに……ね」

 夕夏は優しく穏やかな笑みを浮かべて薬瓶を開封し、一気にエリクサーをあおった。そしてベッドに横たわって結果を待とうとしたのだが……

「あ、起きたまま結果が……出るものじゃない……の……ね……」

 最後に何かを言おうとしていたものの、それを聞き取る事はできなかった。
 タクマは、深い眠りに入った夕夏を起きるまで待つ事にした。子供たちの声が聞こえやすいように遮音をやめ、部屋に備え付けてある大きな窓を開け放つ。子供たちの声が聞こえ、タクマの好きな湖畔こはんの景色が見える。
 夕夏の方に目を向けると、すでに異変が起きていた。夕夏の体が淡く発光しているのだ。

「これは、エリクサーの影響か?」

 夕夏の体全体が光っているのだが、特に一部が強く発光していた。
 それは夕夏の下腹部だった。きっとこの光が夕夏の体の悪い所を治しつつ、体を作り変えているのだろう。
 その様子をベッドの横で見ていると、風と共に、湖畔の精霊であるアルテが現れた。

「あらタクマ。あなたの奥さん、どうしたの? 光っているけど……あれ? この光……」
「ん? 知ってるのか?」
「ええ……エリクサーね。ただ、私が見たエリクサーよりも光が強いけど」

 どうやらアルテは過去にエリクサーを服用している様子を見た事があったらしいのだが、その時の様子とは明らかに発光量が違うようだ。

「まあ、エリクサーといっても、夕夏が飲んだのは、ティアーズ・エリクサーだからな」
「ああ、なるほど。ティアーズ・エリクサーね……はあ? ティアーズ・エリクサーですって!?」
「ああ、ヴェルド様からの贈り物だからな」
「名前は聞いた事があったけど、そんな物持ってるなんて……あなたといると飽きないわね。色んな事が規格外だわ」

 アルテは心底驚いた顔をしているが、呆れているというよりは非常識さを楽しんでいるようだった。

「アルテ、夕夏がどのくらいで目が覚めるか分かるか?」
「私が見た事があるのは、ただのエリクサーよ。その時は朝に飲んで、起きたのは昼過ぎだったかしら。ただ、これは神の薬。もっと早く目が覚めると思うわ」

 アルテはそう言って外へ飛んでいった。
 タクマは夕夏が気持ち良く起きられるように、PCを取り出し彼女の好きなジャズを流しておく。そしてベッド横で夕夏の手を握って、起きるのを待った。


 三時間後。夕夏の発光もほとんどなくなり、体を動かせるようになっていた。

「う……ううん……ここは……タクマの家……」
「ああ、目が覚めたな。どうだ、体の調子は?」
「え? そうね、すごく調子はいいわ。あっちで病気になってからは、ずっと不調だったのだけど、今はすごく体が軽くて、いつも感じていただるさも嘘のようになくなっているわ」

 一生付き合っていかなければならないと思っていた体の不調が解消されていた。夕夏は、まるで自分の体が入れ替わったような感覚に陥っている。

「夕夏は鑑定が使えるんだろ? とりあえず、自分の体がどう変化したのか把握した方が良い。俺みたいに鑑定をサボっていると、いつの間にか種族が変わってたりするかもしれんし」

 タクマは自虐じぎゃくを交えながら定期的に鑑定を行なうように勧めた。そう言いながらも、自分はあまり鑑定を行なう気はないのだが……

「そうね。ちょっと待って、嘘……」

 タクマの予想通り、鑑定結果に異変があったようだ。

「覚悟はしていたのだけど……私、人間を辞めちゃったみたい」

 夕夏は、びたロボットのようにギギギと顔をタクマの方へ向ける。

「やっぱりか。で? どんな種族になったんだ?」

 タクマは夕夏を落ち着かせるように頭を撫でながら聞く。夕夏はショックが大きかったらしく、言葉を発する事ができずにいた。

「大丈夫だ。種族が変わったところで生活は変わらない。実際にそうなった俺が言うんだから間違いない」
「う、うん。それはタクマを見ていれば分かるんだけど……やっぱり種族が変わったと知らされるとショックが大きいわ」

 自身の時だって、大変なショックを受けたのだ。夕夏がそう思うのも無理はない。

「すまんが、鑑定をしても良いか? どっちにしろ、夕夏の状況を確認しないといけないから」
「ええ……そうしてもらえるとありがたいわ。ちょっと話す余裕はないの」

 顔色の悪い夕夏を寝かせ、タクマは夕夏を鑑定する。


[名前] :ユウカ・シバ

[種族] :女神(仮)

[年齢] :36
[魔力] :1億5000万
[スキル] :鑑定(大)、索敵(大)、危険察知(大)、隠密おんみつ(極)、テイム(極)、意思疎通(極)、身体強化(中)、病気無効、毒無効、精神魔法無効、未来予測(極)、封印魔法(極)

[称号] :半戦神はんせんしんの伴侶、女神(仮)


 (へえ……いきなり女神になってる。(仮)と付いているという事は、完全な神ではないのか)
 タクマからすれば、夕夏は能力的にはそこまで飛び抜けているというわけではないが、それでも人からは逸脱していると言えた。

「夕夏。とりあえず鑑定はした。ただ、お前の元のスキルとかを知らないから何とも言いにくいんだ」
「そうね……私が元々持っていたスキルはとても少なかったわ」

 夕夏は少しずつ立ち直っているようで、元々のスキルについて話してくれた。
 封印前のスキルはとても少なく、鑑定(中)、隠密(極)、テイム(極)、意思疎通(極)、未来予測(大)、封印魔法(極)は元々持っていたそうだ。今回の事で、各スキルが強化されたうえで、新たなスキルが追加されているようだった。

「ねえ、タクマ。このスキルの増え方は大丈夫なの?」
「大丈夫だ。俺やヴァイスたちよりもまともだと思う。ただ、種族は女神(仮)になっていたな」
「女神(仮)? 私が見た時は(仮)なんてなかったわ。だから、てっきり女神になって死ななくなったのかと……」

 どうやら夕夏の持つ鑑定(大)というのは(極)に比べて精度が甘いようだ。そのせいで勘違いしたのだろう。

「おそらく、鑑定のスキルレベルによって見え方が違うんだ。俺の鑑定は(極)だから、お前よりも細かく見えているんだと思う」
「本当? 私、永遠に生き続けなければならないのかって……」
「ならないと思う。たぶん(仮)となっているから寿命はある。おそらく俺と同じくらいの寿命になるんだと思う。俺も半戦神だし」

 それを聞いた夕夏は少し安心したようだ。だが、これ以上はヴェルドに聞いてからでないと、はっきりとした事は言えない。
 そのため、タクマは夕夏に一つ提案する事にした。

「夕夏。今日は色々余裕がないだろうから、明日、ヴェルドミールの女神様に会いに行こう。そうすれば、不安は解消されると思うんだ」

 タクマが、夕夏をヴェルドに会わせると言うと、夕夏はタクマの顔をジッと見る。

「ゲールちゃんたちが言っていたのは本当だったのね。まさか女神様に会う事ができるなんて」

 どうやら守護獣のゲールたちは、タクマが神と話ができるという事を夕夏に話しておいてくれたようだ。

「ああ。教会の女神像で祈りを捧げると、女神様がいる場所へ行ける。だから、明日にでも行って話を……」
「いえ。この話は急いだ方が良いと思うの。だから、今から会いに行きましょう」

 タクマの話を遮った夕夏は、今すぐにヴェルドの所へ行きたいと言う。

「大丈夫なのか?」
「ええ、ショックはショックだけど、体は本当に良くなってる。だから……ね。お願い」

 夕夏は自らの力で立ち上がり、ベッドから下りた。
 弱々しいものではなく、力強く動いている。それを確認したタクマは移動も問題がないと判断し、教会へ向かう事にした。
 タクマは自分と夕夏を範囲指定すると、トーランの教会へ跳んだ。


「ここは?」

 教会の一室に着くと、夕夏はキョロキョロと辺りを見回す。

「ここはトーランという町の教会だ。シスターのシエルさんが俺の空間跳躍が見られないようにと配慮をしてくれて、この部屋を貸してくれているんだ」

 タクマがそう説明をしていると、ドアの外に気配を感じる。

「タクマさんでしょうか? 入っても良いですか?」
「ええ」

 タクマがドアを開けると、そこにはシエルがいて、いつもの笑顔で語りかける。

「今日はお祈りですか? あら? その女性は?」
「彼女は俺の……」
「私は夕夏と言います。はじめまして。タクマの婚約者です」

 夕夏はタクマに紹介される前に、食い気味に一歩前に出て自分から名乗った。シエルは少し驚いていたが、タクマに伴侶ができた事を喜んでくれた。

「あらあら! タクマさんに婚約者!? それは素晴らしいわ! 孤児院の子たちにも教えなきゃ!」

 唖然あぜんとするタクマと夕夏をよそに、シエルは孤児院へ向かって走りだした。

「「……」」

 部屋に残されたタクマは、夕夏に向かってポツリと呟く。

「ま、まあ……なんだ……礼拝堂に向かおう」
「そ、そうね……」



 4 婚約の誓い


 シエルを見送ったタクマと夕夏は、二人で礼拝堂へ移動した。
 昼間にもかかわらず、珍しく人が少ない。タクマは夕夏の手を引いて女神像の前に立ち、夕夏を促しながらひざまずいた。

「え? こ、こう?」
「ああ、それで良い。じゃあ、一緒に祈ろう」

 二人は胸の前で手を合わせて祈りを捧げる。


 いつもの真っ白な空間へ精神が飛ばされてくる。夕夏は初めての経験なので、辺りをキョロキョロと見回してうろたえていた。

「夕夏、落ち着け。ここは言ってみれば神様の庭みたいな所だ。待っていればあちらから来てくださる」
「だ、だって。目を開けたらこの空間よ!? 落ち着かないのはしょうがないでしょ」

 夕夏はそう言って、せわしなく辺りを見回す。

「まあまあ、タクマさん。ユウカさんがそうなってしまうのは仕方ないです。こんな経験、ほとんどする事はないでしょうし」

 二人の後ろから、ヴェルドの優しい声が聞こえてきた。

「ヴェルド様。どうにか夕夏を救う事ができました。情報をくださってありがとうございます」

 タクマはヴェルドの方へ向き直り、深く頭を下げる。夕夏はどうして良いのか分からなかったが、タクマに合わせて頭を下げた。

「無事に救い出せて良かったです。ユウカさんの従魔たちも助かりましたしね。それと、今日こちらに来たのは、エリクサーに伴う事ですよね?」
「ええ、夕夏にティアーズ・エリクサーを飲ませました。すると、体の変化はもちろんですが、種族が女神(仮)になったのです。俺はそこまで驚いていませんが、夕夏はどういう事か不安に思っているのです。できれば、ヴェルド様から、お話を聞かせていただけたらと思いまして」

 タクマがここへ来た理由を丁寧に説明すると、ヴェルドは頷きながら聞いていた。そしておもむろに夕夏へ視線を移すと語りかける。

「ユウカさん。どうかしっかりと聞いてくださいね」
「は、はい……」
「あなたが飲んだティアーズ・エリクサーという薬は、神だけが作る事のできる神薬です。タクマさんが教会の総本山を完全に浄化した事で、あなたの心の奥底にあった願いが、時を経て私のもとに届きました。それは、タクマさんの奥さんになる事、そして、タクマさんの子をしたいという強い思いでした。それで私が、あなたのために神薬を作ったというわけです」

 夕夏はゆっくりと頷く。

「ユウカさんのお体は、ヴェルドミールに来る前に子を生す器官が失われていました。それを修復するには、ただのエリクサーでは不可能だったので、私は自分の涙から神薬を作りました。あなたの種族が女神(仮)となったのは、それが理由ですね。寿命の事を不安に思っているようですが、死なないという事はありませんのでご安心ください。最期は老衰で死ぬ事になります。それはタクマさんも同じです」
「良かった……」

 ヴェルドの言葉を聞いて、夕夏はようやく安心できた。
 続いて打ち明けられた話によると、夕夏の称号には半戦神の伴侶というものがあり、これにはある効果があるそうなのだ。
 それは、タクマにも適用され、どちらかが先に死んだ場合、残された者は数日以内に後を追うか選べるというものだった。

「ヴェルド様。それは呪いのたぐいではないのですか?」

 タクマはヴェルドに不安そうに聞く。

「いえ、これはタクマさんとユウカさんが同じ思いだったという結果が、称号になっているのです。ですから呪いではありませんよ。その称号にはもう一つ効果があり、どちらかが完全な神に至った場合、もう一方も神に至らせます。これは二人がずっと一緒にいるために必要な措置ですね」

 ヴェルドはそう言うと、人の思いというのはすごいと微笑んだ。

「どうですか? これで説明は終わりですが、不安は拭えたでしょうか?」
「はい。ヴェルド様のお陰で不安はなくなりました。これからタクマとずっといられるという事も分かりましたし」
「それは良かったです」

 その後、いつものようにテーブルセットに座って、話をする事になった。

「そういえば、タクマさん。正式にプロポーズをしようと思ったら、逆にユウカさんからプロポーズされてしまったのですね」
「ええ。夕夏が回復して確認が終わったらと思って言おうとしたら、先に言われてしまいました」

 タクマが恥ずかしそうにヴェルドに答えると、夕夏がフォローするように付け加える。

「ヴェルド様。それはちょっと違います。タクマは元々の世界にいた時も、こちらで再会してすぐにも、ちゃんとプロポーズしてくれました。だから私がしたのはプロポーズではなくて……その……」
「大丈夫ですよ。そこは分かりますから。ただ、からかっただけですから」

 ヴェルドは楽しそうに笑いながら、夕夏の気持ちをんでくれた。

「そうそう、タクマさん。アレをユウカさんに渡さないと!」
「アレ? ああ、そうですね! せっかくだから、ヴェルド様に見届けてもらいましょうか」

 タクマはアイテムボックスの中から指輪の入った小箱を取り出す。そして、自分の指輪を夕夏に渡し、夕夏の指輪をタクマが持った。
 そして、ヴェルドが交換を促そうとした瞬間――
 空間に亀裂きれつが入る。それを見たタクマはため息をつき、徐々に壊れていく空間を眺めながら呟く。

「あの神様たちは暇なんだろうか……」


 ガラスの割れる音と共に現れたのは、日本の神である鬼子母神きしもじん伊耶那美命いざなみのみことだ。
 夕夏は何が起きたのか把握できず、オロオロとしていた。鬼子母神は嬉しそうな顔をタクマに向け、ゆっくりと告げる。

「タクマさん。ようやく恋人と再会できたようですね」
「ありがとうございます。こうして紹介できて良かったです。彼女が、俺の妻になってくれる夕夏です」

 タクマはそう言って二柱に夕夏を紹介したのだが、夕夏は神様を目の前にして固まってしまっていた。慌ててタクマは夕夏に話しかける。

「夕夏、夕夏。大丈夫か? こちらの方たちは日本の神様で、鬼子母神様と伊耶那美命様だ。転移してきた俺をずっと気に掛けてくれているんだ」

 タクマが経緯を説明すると、夕夏はようやく落ち着きを取り戻していった。

「タ、タクマの婚約者で夕夏と申します。皆様のお陰でどうにか再会できました。本当にありがとうございます」

 夕夏が感謝を述べたのだが、二柱はなぜか申し訳なさそうな顔をしていた。鬼子母神が口を開く。

「感謝をされるのは違うかもしれません。私たちは、タクマさんを含め多くの人がこの世界に飛ばされるのを止められませんでした。お二人は、日本で結ばれていた可能性だってあったのに」

 鬼子母神は、伊耶那美命と共に頭を下げた。彼女たちはこちらの世界へ飛ばされた人々に、強い負い目を感じていたようだ。
 夕夏は首を横に振って、二柱に語りかける。

「確かに、飛ばされてきた人の中には神様をうらんでいる者もいるかもしれません。ですが、私は感謝しています。タクマに再会できただけでなく、日本では不可能だった、彼の子を産むチャンスをもらえたのですから」

 夕夏にとって、タクマとヴェルドミールで再会できたのは本当に嬉しかった。それに、日本ではあらがえなかった運命を変える事ができた。
 確かにヴェルドミールでの生活は辛かったが、こうしてタクマと触れ合う事ができ、彼女は本当に感謝していた。
 鬼子母神は、複雑そうに言う。

「そうですか……そう言っていただけると私たちも救われます。ユウカさん、本当に今までよく耐えましたね。これからはタクマさんのもとで、子を生し、今いる子供たちと一緒に愛をはぐくんでくださいね」

 夕夏が静かに涙を流すと、ヴェルドは湿っぽくなりかけた空気を強引に変えるべく口を開く。

「さ、さあ! 気を取り直しましょう! ここには私を含めて女神が三柱いるのです。せっかくですから、神前での婚約指輪の交換をしましょう!」

 ヴェルドのせいで妙な雰囲気になってしまった。タクマと日本の二柱は、ジト目をヴェルドに向ける。

「「「まったく……」」」
「え? ユウカさんは許してくれたのですよね? だったら、未来を祝福する方が良いじゃないですか!?」

 ヴェルドが慌ててそう言うと、夕夏は涙を拭いて告げる。

「タクマ、いいじゃない。鬼子母神様、伊耶那美命様。私たちの婚約の立会人になっていただけますか? 本物の神様の前で愛を誓えるなんて、私たちは幸せ者よ」
「ユウカさん……」

 夕夏は残念なヴェルドをフォローするように、タクマたちを促した。タクマはため息をついて言う。

「分かったよ。確かに神様の前で婚約指輪を交換するのは、俺たちしかできない事だろうしな」

 さっそく三柱は横に並び、その前でタクマたちは向かい合った。
 タクマは夕夏に向かってひざまずき、口を開く。

「夕夏……待たせてしまってすまない。これからは君とずっと一緒にいると誓う。どうか俺と一緒になってくれ」

 タクマは指輪を差し出し、夕夏の返答を待つ。

「ええ。私もあなたと一緒に生きていくわ。どうぞよろしくお願いします」

 夕夏は差し出された手を取って、タクマを立たせる。そして、お互い手にした指輪を相手の左手の薬指に嵌めた。


 三柱がおごそかに告げる。

「私、ヴェルドミールの神であるヴェルドが、二人の婚約を祝福します」
「日本の神である鬼子母神が、二人の愛を祝福します」
「同じく、日本の神である伊耶那美命が、二人の前途を祝福します」

 すると、タクマたちの周りでたくさんの精霊が飛び交いだした。精霊たちは、タクマと夕夏の周りを踊りながら回る。
 タクマと夕夏は精霊たちに感謝し、手の上から魔力を放出した。
 それに反応して、精霊たちはタクマと夕夏の体の中へ飛び込んでいく。精霊たちが入ってくるたびに、二人の心は歓喜で満たされていった。

「ああ、精霊たちがすごく喜んでくれているわ」
「そうだな。この祝福を受けられるのは、本当に幸せだ」

 すべての精霊がタクマと夕夏の中に吸収されると、辺りに静けさが戻った。ヴェルドが二人に告げる。

「タクマさん、ユウカさん。ご婚約、本当におめでとうございます」
「「ありがとうございます」」

 二人は三柱に向かって深く頭を下げた。
 そろそろ、タクマたちが元の場所へ戻る時間が来たようだ。タクマが頭を上げると、三柱は優しい笑みを浮かべていた。
 だが、最後の最後にヴェルドがまたしても爆弾を投下するのだった。

「あ! 先ほどの精霊たちによって、あなた方の子供が生まれた時に、素晴らしい事が起こりますから、楽しみにしていてくださいね!」

 笑顔のまま、固まる鬼子母神と伊耶那美命。

「ヴェルド神? なんで今言ってしまうのです?」
「だから、残念女神と言われてしまうのですよ」

 元の場所に戻り始めたタクマたちは、ヴェルドが二柱に頬っぺたを引っ張られているのを見て、こう呟くのだった。

「「一言余計なんだよな(ね)」」


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