異世界に飛ばされたおっさんは何処へ行く?

シ・ガレット

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11巻

11-1

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 第1章 おっさん、愛を誓う



 1 商会と店の命名


 異世界・ヴェルドミールに飛ばされてきたおっさん、タクマ。
 タクマは孤児や困っている人々と触れ合い、彼らを家族と呼んでともに暮らすようになった。動物の姿をした守護獣しゅごじゅう達や、異世界で再会した恋人の夕夏ゆうかも一緒に暮らしている。
 夕夏と再会してから、タクマは結婚式の準備を進めていた。その途中、エルフの森で赤ん坊のユキを保護したり、トーランの町で宿と食堂のオーナーを始めたりした。
 こうした紆余曲折うよきょくせつを経ながらも、ついに本格的な結婚式のリハーサルを行うまでにこぎつけた。
 本番さながらのリハーサルでは、式の最後に行う食事会も開催された。会場となったのは、開店前のタクマの食堂だ。食堂で出すメニューの試食を兼ねたその会には、タクマの家族や知人が大勢集まった。そして、無事に大成功を収めたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 食事会を終え、タクマ達はトーランの町から少し離れた、湖畔こはんの自宅へ戻る。
 お腹いっぱい食べた子供達は風呂に直行していった。

「ふう。なんだか疲れたな」

 タクマがソファに座って一息く。
 その隣にはタクマの恋人であり、婚約者である夕夏がいる。

「リハーサルなのに、見物人も参加者もすごい規模だったものね」

 彼女はぐったりしながら言う。

「でも、トーランの人達が私達を好意的に見てくれているって分かって、嬉しかったわ」

 結婚式ではパレードを行う。そのリハーサルは、教会までの道を規制して行われたのだが、トーランの人々は規制を迷惑がりもせず、道沿いでにこやかに見守ってくれたのだ。
 二人のかたわらに控えていたタクマの執事、アークスが口を開く。

「トーランの住人は、珍しいものが好きなんです。鉱山都市で大した娯楽もありませんからね。めでたい催しがあれば、みな喜んで参加します」

 トーランでは、行事の際は町全体で協力し、とことん楽しみ尽くす気風があるという。

「なるほどね。要は騒げるネタが見つかって喜んでいるというわけかしら」
ふたもない言い方ですが、そうなります」

 夕夏の言葉に、アークスが苦笑いして言う。
 タクマは満足げに口を開く。

「今日は色んな人に、結婚式で出す料理を試食してもらえたな。開店後に食堂で出すメニューもあったが、そっちも喜んで食べてもらえそうだ」
「そうね。私達日本人に合わせた味つけで、ここで受け入れられるか心配だったけど、みんな満足そうだったわね」

 アークスも二人に続いて言う。

「私も以前から日本食をおいしいと感じていたので、大丈夫だと思っていましたよ」
「ああ、これで式の前に味つけを変更せずに済むな。ファリン達も食べてくれる人の姿をじかに見られて安心できただろう」

 食事会の料理は子供達にも大人達にも好評で、みんなが笑顔で楽しんでいた。食堂を任されているファリンをはじめとした従業員は、その光景を嬉しそうに見ていたのだ。
 ふとアークスが、思い出したように言う。

「食堂は式の翌日から開店予定ですが、そういえば大切な事が決まっていません」

 その言葉に、タクマも気付く。

「あ、店の名前か……」
「そうです。開店前に商業ギルドに登録しなければなりません」

 食堂と宿の名前を考えなくてはならないのを、タクマは忘れていた。加えてギルドに登録する商会の名前も必要だ。特に食堂と宿は、名前が決まらないと看板の注文もできない。

「できればなるべく早くお願いします」

 オーナーはタクマなので、責任を持って名前をつけるように、アークスから念を押される。
 しかし、タクマは自分一人で名前を決める事に違和感があった。

「うーん、名前か……」

 タクマが悩んでいると、風呂から出た子供達が居間に戻ってきた。
 たくさん動いて、お腹いっぱい食べて、お風呂で十分に温まった子供達は、すっかり眠そうな様子だ。少し早い時間だったが、部屋へ戻って寝るようにと、アークスが子供達を促す。

「うん……寝るー……」
「おとうさん、おかあさん。おやすみー」
「「おやすみ」」

 子供達はとろんとした目をこすりながら、寝室へ移動していくのだった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日――タクマは朝早くから、居間に関係者を集めた。
 やって来たのは、ファリン達食堂の従業員、宿屋まり木亭ぎていを営んでいたスミス一家をはじめとした、タクマの食堂や宿で働く予定の湖畔の大人達だ。
 スミスが不思議そうな表情で口を開く。

「タクマさん。みんなで屋号やごうを決めると聞いて集まったが……」

 他のメンバー達も同様に意外そうな顔をしている。新店を作る際、店の屋号は組織のトップが決めるのが通例だからだ。
 タクマはみんなの顔を見まわすと、店名決定のために集まってもらった理由を告げる。

「普通の商会では、トップが決めるのかもしれない。でも、俺の商会は家族全員で、協力し合って運営していきたいんだ。だから屋号も、みんなで決めたい。その方が自分達の店という感じがして働く気概きがいも出るし、繁盛はんじょうさせたいって気持ちも強まるだろ?」

 それから、タクマはスミス一家に目をやる。

「ただ、宿の名前はまり木亭ぎていにしたいなら、それでも……」
「それはダメです!」

 タクマが言い終わる前に、止まり木亭の看板娘だったアンリが拒否した。彼女は更に続ける。

「宿はタクマさんのものなんですから、新しい名前を決めないと! 止まり木亭という屋号は、私達にとって大事なものです。でも、タクマさんの宿に使うのは違う気がするんです!」

 止まり木亭は、かつてタクマが客とひと悶着もんちゃく起こしたあとで悪い噂が広まり、廃業に追い込まれてしまった。だからタクマは責任を取ろうと考えたのだが……
 スミスも、アンリと同じように首を横に振って言う。

「タクマさん。私達の事を気遣ってくれるのはとても嬉しい。だが、もうあの宿は閉めたんだ。止まり木亭の屋号は、俺達の思い出の中にしまってある。俺達は新しい一歩を踏み出すためにここへ来たんだ。だからこそ、宿の名は新しく決めたい」

 タクマは少し考えたあと、納得して頷いた。

「分かった。宿の名前だけはスミスさん達の意向に沿いたいと思っていたが、そういう事なら新しい名前を考えよう」

 そして、全員に明るく声をかける。

「じゃあ、早速さっそく命名会議だ。案があれば遠慮なく言ってくれよ」

 こうして、会議が始まった。

「タクマの宿じゃダメなのか?」
「そのまんまじゃない。タクマさんの名前を表に出すのも、なんかピンとこないわ」

 がやがやと意見が交わされるものの、これといった案は出てこなかった。
 タクマの後ろで控えていたアークスが、見かねて声をかける。

「皆さん。タクマ様の名前をストレートに出すのではなく、タクマ様の身近な存在を名前に使うのはどうでしょう? そうすればおのずとタクマ様の事が連想されると思うのです」
「身近な存在……? あ、そうか! ヴァイス達だ!」

 ファリンが思わずといった調子で声をあげた。
 タクマはたくさんの守護獣を率いる存在として認知されている。
 おおかみの守護獣ヴァイス、とらの守護獣ゲール、たかの守護獣アフダル、さるの守護獣ネーロ、うさぎの守護獣ブラン、へびの守護獣レウコン。かわいい守護獣達に囲まれている姿は、トーランの住人達にも馴染なじみ深い。
 だからこそヴァイス達をモチーフにすれば、タクマの商会だとすぐ分かり、同時に守護獣達の姿が浮かんで親しみを感じてもらえるだろうと誰もが感じた。

「いいなそれ……」
「それに、全部の店にタクマさんに関連性のある名前がつけられるわ」

 アークスにきっかけを与えられ、議論が一気に進む。
 早速大人達が声をあげる。

「じゃあ、一番規模の大きい商会の名前にヴァイスを使いましょうよ。ヴァイスの名前をそのまま使うのはありきたりだから……そうね、白狼商会はくろうしょうかいなんてどう?」
「ヴァイスの毛並みは真っ白だからな。タクマさん、どう思う?」

 タクマもぴったりだと感じ、商会の名前は白狼商会にすると決まった。

「宿にはアフダルを使うのがいいと思うんです。鳥は旅を連想させるし……」

 そう語り始めたのはアンリだ。アンリは少し考えたあと、ゆっくりと口を開く。

たか巣亭すてい……はどうかな?」

 止まり木亭という以前の宿の名も、鳥を思わせるものだった。そこには一時の宿ではあるが、鳥が巣に帰った時のようなほっとした気持ちをお客に味わってもらいたいというスミス一家の思いが込められていた。
 だからアンリは、今回も鳥であるアフダルを使いたいという。
 その気持ちをタクマ達も理解し、みんなが賛同する。

「じゃあ、宿は鷹の巣亭に決定だ。最後に、食堂はどうする?」

 タクマがそう問うと、ファリンが勢いよく言う。

「食堂はゲールがいいわ。ヴァイスの次にタクマさんの所に来た古株ふるかぶだもの」

 ファリンは守護獣がタクマのもとに来た順番まで考慮していた。
 いったん考え込むと、何かひらめいた顔で口にする。

「ゲールの毛色はきれいな黄色……だから食事処琥珀しょくじどころこはくっていうのはどうかしら?」
「食事処琥珀……いいんじゃないか?」

 タクマがそう答えると、他の家族達もうんうんと頷いた。

「食事処琥珀で決まり?」
「ゲールも喜びそうだ」

 全員が支持し、食堂の名は食事処琥珀となった。
 こうして、タクマの立ち上げた商会は白狼商会、宿は鷹の巣亭、食堂は食事処琥珀と、それぞれ名づけられ、ギルドに登録される事になった。


 ◇ ◇ ◇


 タクマ達が屋号について話し合いをしている頃――結婚式が行われる予定のトーランでは、ヴァイス達と子供達が、パレードの練習を行っていた。

「はい! ヴァイスとマロンはこの位置で待機を。ここから教会まで馬車を引いていただきます。他の守護獣と従魔じゅうまの皆さんは、馬車の上の決められた立ち位置に向かってください」

 ヴァイス達に丁寧に説明しているのはレンジだ。彼はトーランの領主・コラルの部下であり、式を取り仕きる役目を担っている。
 ちなみにマロンは夕夏につき従う従魔の牛で、馬車を引くにはぴったりだった。

「アウン?(ここでいいのかなー?)」
「ブルル……(おそらくは……このあとで指示があるだろうな……)」

 ヴァイスとマロンがレンジに言われた通り待っていると、馬車のくびきが二匹に繋がれた。
 作業が終わったところで、レンジが話しかける。

「いかがです? 動きやすさに問題はないですか?」

 少し体を動かしてから、二匹は頷く。

「良かったです。では、実際に歩いてみましょう」

 レンジはヴァイス達に、人間と同じように接していた。ヴァイス達が人の言葉を理解し、賢くて個性もあると聞いていたからだ。
 レンジは二匹の準備が整ったところで、子供達にも声をかける。

「では、全員で練習を行います。怪我けがには気を付けてくださいね。用意はいいですか?」
「「「「「はーい!」」」」」

 子供達とヴァイス達は元気に返事をして、行進の練習に入るのだった。


 ◇ ◇ ◇


 話し合いを終えたタクマは執務室しつむしつに移動し、ギルドに出す登録書類に目を通していた。
 大量の書類全てを確認し、サインをし終えると、アークスに手渡す。

「ふう……これで全部かな?」
「はい。これでとどこおりなく登録ができます」

 アークスは書類をチェックし、すぐに退室していった。

「あとは開店を待つだけだな」

 タクマはそう呟くと、使用人に飲み物を頼んで一息吐いた。
 その時、遠くにいる相手と会話ができる遠話えんわのカードが光り始めた。
 タクマは魔力を流して応答する。

『タクマ殿か? 忙しいところすまん。今、大丈夫か?』

 カードから聞こえたのは、コラルの声だった。

「休憩していたので大丈夫です。どうかしましたか?」
『ちょっと聞きたいのだが、宿と食堂の開店日時は決まったか?』
「俺と夕夏の結婚式が済み次第、開店する予定です」

 すると遠話のカードの向こうで、コラルが黙り込んだ。

「? 何か不都合がありますか?」

 不思議に思ったタクマは、コラルに詳しく話すよう促す。

『う、うむ。君が結婚式が近く、忙しいのは重々じゅうじゅう分かっているのだが……』

 タクマの宿と食堂の開店を、できる限り早めてほしい。それがコラルの用件だった。
 トーランの町はタクマの手ですさまじい発展をとげている。おかげでたくさんの人が流れ込み、宿や食堂は混雑していた。
 しかもやって来る人は日に日に増えつつあり、そろそろ既存の宿や食堂で対応するには限界を迎えそうだという。他の宿も拡張工事を予定しているが、間に合いそうにない。

『君の宿なら相当な人数を泊められる。それに食堂も客の回転が早いそうじゃないか。だから君の宿と食堂さえ開店したら、他の宿の拡張が終わるまで、どうにかできると思うのだ』
「なるほど……しかし開店のタイミングは、みんなで話し合わないとなんとも言えません。確かに俺の店ではありますが、運営は家族に任せていますので」

 コラルはタクマの事情も承知しているようで、返事は話し合いのあとで構わないと言う。
 そこでタクマは、コラルに確認する。

「では、今から全員を集めて話し合います。返事は明日でも構いませんか?」

 コラルは了承した。ただし話し合いが終わり次第結論を聞きたいので、結果を伝えに来てほしいとの事だった。
 タクマは通話を切った。それから家族みんなで話し合うために、トーランの食事処琥珀へ――一度行った場所を訪れる事のできる魔法・空間跳躍くうかんちょうやくで移動する。そこで食堂の従業員達を集めると、そのまま全員を引き連れて鷹の巣亭へ向かった。


 宿でタクマ達を出迎えたアンリは、やや不安そうな表情を受かべて言う。

「あれ、タクマさん。どうしたんですか。お店の名前に不備でも?」
「いや、急いで決めたい問題が出てきてな。悪いんだけど、みんなを集めてくれるか?」
「は、はい。今呼んできますね」

 アンリはすぐさま宿の者を集める。これでタクマの店の関係者全員が揃った。



 2 開店


「さて、商会長のタクマ殿が来たという事は、何かあったのじゃな?」

 集まった従業員の代表として、商会の相談役であるプロックが尋ねた。
 そこでタクマは、コラルから聞いた話をみんなに共有する。

「ああ、コラル様から要請があったんだ。この宿と食堂の開店を急いでほしいと言われている。他の宿も拡張工事を進める予定だが、町にやって来る人間が多すぎて満員になりそうらしい」
「ふむ。つまり他の宿の工事のため、タクマ殿の宿や食堂に時間を稼いでほしいというわけじゃな」
「おおむねそんな感じだ」

 タクマの話を聞いたプロックが、スミスに問いかける。

「……スミス亭主、宿の準備はどうかのう?」
「人手の確保や教育は滞りなく進んでいます。開店が早まっても問題ありません」

 スミスが余裕を持って準備していたのを知って、タクマは感心して口にする。

「じゃあ、開店を早められるのか?」
「ええ。それどころか、実はみんな今か今かと待っていたくらいなんです」

 スミスが言うと、宿の従業員から次々に「そうだ」「いつでもいけるぜ」と声があがった。
 その様子を見て、スミスは満足げな表情でタクマに告げる。

「この通り、やる気は最高潮です。タクマさんが開店と言えば、いつでも動き出せますよ」
「というわけで商会長、鷹の巣亭は問題ないようじゃ。食事処琥珀も似たようなものじゃろう?」

 プロックに聞かれ、今度はファリンが胸を張って答える。

「私達も準備は整っているわ。食堂も宿も、出すメニューは決まってる。いつでも大丈夫よ」

 ファリンだけでなく、他の従業員達も自信に満ちた表情だ。
 こうしてみんなの士気の高さを確認したところで、プロックがタクマに決断を促す。

「ならば、あとは開店の日を決めてもらうだけじゃな。商会長、いつがいいんじゃ?」

 知らぬ間に準備を整えてくれた従業員に感謝しつつ、タクマは口を開く。

「三日後の昼に、同時開店でどうだ? こんなにやる気が充実しているなら、なるべく早く開店すべきだ。コラル様に報告すれば、町中にしらせてくれるだろう。それまでは各自、最高のスタートを切れるように抜かりなく準備を進めてくれ」
「「「「「ハイ‼」」」」」

 集まった従業員達は大きな声で答えると、それぞれの持ち場へ足早に戻っていった。
 タクマはその後ろ姿を誇らしい気持ちで見送る。
 すると、プロックがしみじみとした様子で声をかけてきた。

「みんな、目が輝いておるのう。まるで店を始められる時を待っていたかのようじゃ」
「そうか……俺は式が終わったあとで取りかかる気でいたから、コラル様の要請があった時は少し焦ってしまったんだが……」

 苦笑いを浮かべたタクマに、プロックは微笑みながら言う。

「普通は焦るのが当然じゃ。じゃが、彼らはいつでも店を開けられるよう、熱意を持って行動していたんじゃな」
「なるほどな。俺とは心構えに差があったのか……」

 そのおかげで開店を早められる事に感謝しながら、タクマはコラルに報告へ向かった。


 コラルていに到着すると、すぐに執務室へ通される。

「タクマ殿、すまんな。君も大事な式が控えているというのに……」

 出会うなり、コラルがすまなそうに頭を下げた。

「お気になさらないでください。みんなと話し合って、開店日を決めてきましたから」

 タクマの言葉に、コラルは驚いて顔を上げた。まさかこんなにすぐに決まると思わなかったのだ。
 タクマは笑みを浮かべながら告げる。

「宿と食堂、どちらも三日後の昼に開店できます」
「なんだと⁉ そんなにすぐ開けられるのか⁉」

 コラルの表情がパッと明るくなった。

「みんな、いつでも店を開けられるように、準備を進めてくれていたんです」
「ありがたい……分かった。では、すぐに各宿に連絡を行おう。誰か、誰かいないか⁉」

 コラルは大きな声で部下を呼ぶ。そして、やって来た部下に手短に告げる。

「各宿に、三日後の昼に富裕層向けの宿がオープンすると伝えろ。ただし客がタクマ殿の宿に押し寄せては混乱が起きる。それを防ぐために、我々が宿の拡張予定地で事前受付を行う」
「分かりました。各部署に協力を要請後、他の宿に通達を行います」

 コラルの部下はそう言うと、すみやかに執務室から出ていった。


 ◇ ◇ ◇


 開店の日時が決まってからは、あっという間に時間が過ぎた。
 鷹の巣亭と食事処琥珀では慌ただしく従業員が働き、開店に備えていた。
 アンリとファリンは、オープン記念に初日だけ浴衣を着る事に決まった。
 そうして開店当日の昼前――タクマは夕夏とともに食事処琥珀にやって来た。
 二人は、目の前の光景に唖然あぜんとする。

「これは……すごいな……」
「たかが食堂よ? なんでこんなに並んでるの⁉」

 食堂の前はたくさんの人でごった返している。

「ちゃんと列に並んでください! 最後尾さいこうびはこちらです! そこの方! はみ出さないで!」

 コラルから派遣された役人が、客が道を占拠せんきょしないよう列の形成を行っている。
 タクマ達はその行列の間をかいくぐり、なんとか食堂の中へ入る。
 食事処琥珀の中では、ファリンが従業員達に声をかけ、士気を高めていた。

「みんな! もう少しで開店よ! 準備はいい⁉」
「ファリン。外にすごい行列ができてるが、大丈夫か?」

 タクマが若干不安になって尋ねると、ファリンは笑顔で答える。

「私達も驚いたわ。だけど大丈夫! 今日は扱うメニューをどんぶりに絞ったの」
「なるほど……すぐ食べられるメニューにして、回転率を上げるのね」

 夕夏は感心して頷く。たくさんの人が来るだろうと予想して、先手を打っていたというわけだ。
 ファリンが嬉しそうに言う。

「せっかく開店できたんだから、オープン直後はできるだけたくさんの人達に食べていってほしいのよ」
「そうだな。開店直後は一番客が集まる時期だ。そこで多くの固定客がつけば店にとっても言う事なしだろう。数日は大変だろうが、頑張ってくれ」

 やって来る客に備える店内は戦場のようだ。
 タクマと夕夏はこれ以上留まっても邪魔になると思い、みんなを励まして食堂の外に出ようとした。
 するとそこに、扉を叩く音が響いた。


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