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第八話 魔女は発情と恋の区別がつかない
2★
しおりを挟む昼食の後、キルケは本を読むふりをしてしばらく台所に居座った。
本当に読んでいたわけではなく、ただここにいればもしかしたらという期待があったからだ。
それはつまり――。
(襲ってこないだろうか……)
忙しく立ち働くルーの背中をちらちら見ながら、キルケは考えた。
魔女熱病のせいか、どうにも火照りが止まらない。もちろん夜まで待っていれば、またルーにしてもらえるだろう。寝台にいっしょに入って、ゆっくりたくさん……そう思うのだが、思えば思うほど夜まで待っていられない気分になってしまうのはどうしてだろうか。
(……情けない、なんであさましいんだ!)
ルーがバケツを持って勝手口から出て行って、キルケは頭を抱えた。
襲ってくれとただ一言、それだけでルーは彼女に望むものを与えてくれるはずだ。ところがちっぽけな自尊心からそれを言い出せず、できることと言えばさりげなくルーの近くでうろちょろすることだけ。
餌を与えられるのを待っている犬かなにかだろうか。キルケは情けなさにため息をついた。
(やっぱりこれではいけないな)
キルケはきょろきょろと周囲を見回し、耳をそばだてた。風でこすれあう木々の音と、ルーが外の井戸でなにか仕事をしている音が聞こえる。
彼がまだしばらくは帰ってこないだろうと踏んで、魔女は自分を見下ろし――そろそろとスカートの裾をつかんで引き上げた。
「……はあ……」
重いため息をつく。
腿の半ばまでの絹の靴下の先には、薄い下着一枚。
恐る恐る上から覗き込むと、危惧した通り、べったりとそこが湿っているのがわかった。
特になにもしていないのにもかかわらずこれだ。キルケは戸惑い半分、恥ずかしさ半分でさっとスカートを下ろした。
自分の身体のことながら、どうしていいかわからなかった。一番いいのは、ルーに正直にこうなっていることを打ち明けることだろう。しかしそれができれば苦労しないわけで――。
キルケはごくりと喉を鳴らした。
(もしかして……自分で処理するのもありなのでは?)
その思い付きは天啓のように彼女を打ち据えた。
男性だって自分でするのだから、女だって自分でできるはずだ。指をそこに差し入れればそれでことたりるはずである。キルケは急にそわそわしだした。
(やりかたはわかる……)
やったことはないが、できるはずだ。
そしてなんどか達すれば、夜まで時間をやり過ごすことも可能だろう。
(そうだ……そうすればいい。だいたい、ルーだってあんまり頼られると困るかもしれないじゃないか)
なにしろ、昨日の夜と今朝とで相当彼だってがんばっている。……と言っても、時間をかけた割にはそこまでの回数を射精したわけではなかったが――それはともかく。
いくら恋人になったとは言っても、自分でなんとかできる部分についてはなんとかした方がいいのは当たり前だ。キルケは机の上に置いた本をじっと見つめた。文字は暗号のようで、まったく頭に入ってこない。
(……)
考えれば考えるほど、それが正しいような気がしてきた。
彼女はもじもじと内腿をこすり合わせた。
(寝室へ行って、ちょっと自分でなぐさめるだけで――)
外で物音がして、キルケははっと身体をこわばらせた。
勝手口の扉が開いてルーが入ってくる。
そして水がなみなみと入ったバケツを床に置いた。そのあいだキルケの方は一切見ず、彼は彼の仕事に集中しているように見えた。
(……やっぱり、ルーは忙しそうだし……)
キルケはそう言い訳をしながら、そろそろと立ち上がった。このまま音もなくここを去り、寝室に閉じこもろう。そして――。
「キルケ」
ルーが言った。
「ちょっとそこで待ってて。……隠してもわかってるよ」
「な、なにが」
わかっているのだろうか?
キルケは激しい動揺に襲われ、すとんと椅子へ尻もちをついた。足から力が抜けてへなへなと座り込んでしまったのだ。
ルーがきれいな水で手を洗うのを、魔女は黙って眺めていた。
いったい、なにをわかっているのだろうか。もしかして自慰をしようとしたことがバレているのだろうか。動揺で頭が真っ白になったキルケは口を開いたり閉じたりした――言い訳をしようとしたのだが、まったく言葉が出てこない。
ルーが振り向いた。
「したいんだろ」
「そっ――」
彼はあきれたような顔だった。なにもかもわかっているというように、眉根にしわを寄せ首をかしげる。
「というか……さっきも言ったけど、僕でなくたって君の様子が変なのには気づく。そんな顔をしてたらね」
「……」
そんな顔とは、どんな顔なのか。キルケは騒ぎ立てる心臓が口から飛び出さないよう、黙ったままでいた。
「僕がほしいって顔だよ」
わかりやすくも、ルーはそうつけくわえた。そして、ため息をつく。
「なのに、それを言い出せずに困ってるって顔だ」
まさしくその通りであったので、キルケはうなだれた。
なにもかも見抜かれている。
そして、見抜いてくれているのなら、この先があるはずだとキルケは知らずのうちに考えた。貪欲であさましい期待だ。
「……君のそういうところは、直さないといけないよ」
ルーが言って、キルケの肩を抱いて立ち上がらせた。先ほどまで冷たい井戸水に触れていたせいか、服越しでもわかるぐらいに彼の手は冷たい。
ぞっとして、キルケは彼を見上げた。ルーはいつものやさしい彼の顔をしていて、少しほっとする。
「ど、どういうところを、直さないといけない?」
「黙ってれば僕がなんとかしてくれるって無意識に考えてるところをだよ。ただ座って期待してれば君を暴いて犯してくれると思ってるだろう」
ルーが素っ気なく言った。
「大間違いだ」
耳元に口を寄せてささやかれる。
「昨日も言ったけど、セックスをしたいならしたいでちゃんとおねだりする習慣をつけようね」
「……」
もうそれだけで、キルケはぼうっとしてなにも考えられなくなってしまった。
これまでの彼女だったらごちゃごちゃとごねて反論していただろう。もしくは素直に間違いを認めて謝り、前向きに対処するとルーに約束していたに違いない。
が、そのどちらもできなかった。ただ肩を抱いたルーにうながされるまま、テーブルに手をついて前傾姿勢になる。
「今日は特別だよ。君が物欲しそうな顔をして僕を視線で追いかけるから、かわいそうになった。でも、明日からはだめだ……ちゃんと言わないと。約束できる?」
「……い、言わないと、してくれない?」
「そう。したいってちゃんと僕にわかるように教えてくれるだけでいいんだ」
「そ……そんなことを言われても……」
スカートがまくりあげられて、キルケはびくりと肩をふるわせた。
ルーはそこをのぞきこんで一目で彼女がずいぶん前から期待していた証拠を見たはずだ。しかしそれには触れず、ただ下着をひんやりした手で中途半端に引きずりおろした。
「簡単じゃないか。ここに――」
と、ルーのもう片方の手が前にまわって、へその下を抑えた。
「入れてくださいって。それだけだよ」
「そ……それだけって言っても。わたしにとっては難しい……」
ルーは彼女の後ろから覆いかぶさるような体勢だ。キルケはしぼりだすように答えた。
「お、お前の言うことはわかる。でもどうしてもはしたないことをしている気分になって……」
「……魔女熱病なんだから、仕方ないんじゃないの?」
キルケははっと後ろを振り向いた。姿勢のせいでちらりとしか見えなかったが、ルーはなぜそんなことを思い悩むのかという顔をしている。そして、彼女の下腹部を抑えた手を撫でるように動かした。
「かわいそうにね。今もつらいの?」
「つらい……」
事実、気が狂いそうだった。
まだなにもされていないのに、勝手に息が上がってしまう。
ルーが同情するように言った。
「病気のせいだよ」
「……」
病気のせい。
確かにそれはそうだ。そもそも普通の魔女はこんなになるまで火照りを我慢したりしない。さっさと処理をしてすっきり終わりだろう。
「君はよくがんばってる」
彼女の内心を読んだかのように、ルーがおだやかに続けた。
「でも、がんばりすぎだよ。ちょっと素直になるだけで、楽になれるのに……」
キルケが迷っていると、脚のあいだにルーのそれが押し付けられたのがわかった。
「明日からは我慢せずに言える?」
「……い……言える、ように努力する……」
彼女はいつの間にか、そう答えていた。
だが、不正解だったようだ。
「努力するだけ?」
ルーが低い声で言って、それをぬるぬるとすべらせた。彼さえその気ならすぐに挿入できるにもかかわらず、ただ焦らすように。
「あ、ああ」
「ただしたいって言うだけだよ。言わなくたって君がしたいのはわかってるんだ。そういう顔をしてるから。……君は隠そうとするけど、隠せてないしね」
「ふ、うううっ……」
キルケはぎゅっと口を引き結んだ。
浅くそれが入ってきたからだ。
入ったとも言えないような、ただ入り口にわずかにくぐらせただけのそれに、どっと汗が出てくる。
「言えるよね?」
「う、くっ……」
もはやなにも考えられず、キルケはがくがくとうなずいていた。
ルーのやさしい声が降ってくる。
「うなずくだけじゃだめだよ。ちゃんと約束して」
「わ……わかった……い、言う……ちゃんと言うから……」
「恋人だから、隠し事はなしだ。わかった?」
「うん……隠し事はもうしない」
ルーがその答えに満足したのがわかった。お腹にまわされた手にぐっと力が入って――。
「う、あ……、~~~~ッ」
待ち望んだそれが彼女の中を割り開いて入ってくる。
「好きだよ」
たったそれだけで、キルケはもうなにも考えられなくなってしまった。
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よろしくお願いしますm(__)m
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