VSingerS【バーチャルシンガーズ】~俺は歌姫【ゴリラ】の敏腕マネージャー〜

黄昏湖畔

文字の大きさ
7 / 180
第一章_真昼の星の誕生

第六話_まずはお互いを知るところから ~要編~

しおりを挟む
 真昼野ステラの復活を宣言した二人。
 やってきたのは西多摩川市八王子町のボロアパート……つまり薄井の自宅だ。
 少しばかり年季が入った手狭な室内。
 ベッド、パソコン、冷蔵庫、洗濯機など生活に必要な最低限のモノしかない。


 少し意外に思う人もいるかもしれない。
 薄井は超ド級のVオタ。
 オタクという人種の部屋は熱量に比例して推しグッズで溢れかえっているモノだ。
 これは別に薄井の情熱が浅いとかそういう訳ではない。
 理由は簡単。
 彼が弱視で、部屋が物で溢れていると躓いたり踏みつけたりして、怪我やグッズの破損につながるからだ。
 尚、余談だが彼のグッズは部屋に無いだけで、近所のレンタルトランクルームに大切に保管されている。

 Vなどのグッズには特典ボイスやPC用の限定壁紙などもあり、それ目的で現地物販に足を運んだり、コンプリートグッズを購入するファンも少なくない。
 Vにとってグッズの収益は割と大きなウェイトを占めているので、推しに貢献する意味合いも大きい。


 閑話休題、薄井の後ろをついていく形で部屋の奥に進む要。
 育ちのいい要には薄井のボロアパートは新鮮だったのだろう。
 大きな身体でキョロキョロと周囲を見渡す要の仕草は好奇心旺盛な子供のようだった。

 薄井はクスリと笑みを浮かべながら、むわっとした室内の空気を冷やすべくエアコンのリモコンに手を掛ける。
 それから部屋の隅からちゃぶ台を引っ張り出し、麦茶の入ったコップを二つ並べた。

「さて、金剛寺さん。今後の方針を話し合う前にお互いの事を少し話そうか。何をやるにしてもまずはしっかり現状把握しておかないと」
「……はい、そうですね。じゃあまずわたしから」

 薄井の提案に頷く要。
 咳払いを一つ、要は考え込むように少し目線を上に向け、ポツポツと語り出した。

「まず改めて自己紹介です。わたしは金剛寺要。音楽家の家に生まれました。わたし自身は音大の四年生で来年の春には卒業予定です。先ほども話しましたが家では流行りのポップカルチャーみたいな音楽は禁止で、そのせいで真昼野ステラの活動は休止状態です。できれば両親に納得してもらった上で活動を再開したいのですが……」

 要の表情が曇る。
 薄井は漏れ出そうになるため息を必死に堪えた。

 別に要は両親が嫌いだったり、喧嘩したかったりするわけではないようだ。
 むしろ両親の事は好きだし、尊敬の念を抱いているのだろう。
 彼はただ自分が好きな歌を謡う事を認めてほしいだけなのだ。

 とは言ったモノの現実問題として他人の価値観を変える事は容易ではない。
 その事を重々承知しているからこそ、要の口調も弱々しくなる。

 薄井もその心境を察してはいたモノの、残念ながらその答えを持ち合わせていない。
 この話題について深堀しても無益であると判断。
 流れをぶった切る形で話題を転換した。

「金剛寺さんはどうしてVシンガーに?」
「はい……わたしって、こんな容姿ナリじゃないですか……」

 こんな容姿ナリ……
 この言葉が全てを物語っていた。

 要は身長190cm超えの厳つい男性。
 だが、その口から出てくるのは可憐な少女の声。
 違和感を覚えない人間はまずいないだろう……

 ……尤も薄井は別の事に違和感を覚えていた。

「なぁ、金剛寺さん?君の地声って真昼野ステラの方だろう?」
「えっ!?どうしてそれを!!」

 要は目を丸くした。
 驚天動地の出来事だったのだろう。

 薄井の指摘通り、要の地声は少女のように可憐な真昼野ステラの声。
 普段は無理をして男っぽい低い声(それでもほんの少し高い)で話しているのだろう。
 世間様は厳つい大男に、可愛らしい少女の声を発する権利など与えてくれないから……

「なんで分かったんですか!?親にだってバレてないのに……」
「なんとなくだよ。俺って人より少しだけ音に敏感なんだ。別に絶対音感を持ってるわけじゃない。ただ音の違和感みたいなものがなんとなく分かるんだ……」

 弱視と引き換えにね……薄井は心の中だけで自嘲気味に呟いた。

「…………」
「だから、ここでは地声で話しても大丈夫だぞ」

 要は驚いた顔で固まった……

 薄井の聴覚は特別製だった。
 自然な声とそうじゃない声を感覚的に識別できる。
 機械音声を使うボーカロイドが肌に合わなかったのもこのせいだ。
 正直なところこの能力で得をした事は一回もなかった。
 雑音が余計に耳に入るから集中したい時に集中できないし、眠りたい時に眠れない……

 だが、薄井は今日初めてこの能力に感謝した。

 真昼野ステラを間違わずに認識できたのだから……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!

コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。 性差とは何か?

処理中です...