VSingerS【バーチャルシンガーズ】~俺は歌姫【ゴリラ】の敏腕マネージャー〜

黄昏湖畔

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第一章_真昼の星の誕生

第二十七話_真昼野ステラ初ライブ配信へ

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 10月1日十八時頃。
 初配信当日。
 所は桜井家の離れもといスタジオ。
 チーム真昼野ステラは配信準備の真っ最中。

⦅はぁ~……緊張してきました⦆
「おいおい、そんな調子で大丈夫か?開始まであと三時間もあるんだぞ」
「桜井君、君はデリカシーが無いねぇ。ステラたんは実質初ライブなんだから緊張するのは当然だよ」
「……全く、リハで謡ってる時はノリノリだった癖に」
⦅ははぁ……すみません、ご心配をお掛けして⦆

 準備中と言っても作業をしているのは薄井だけ。
 緊張する要と雑談に興じる桜井と宇美。

「要君。桜井の言う事はあまり気にするな。それより食事とか飲み物は大丈夫か?今回は一時間半くらいの長さでやるつもりだから、水飲み以外は極力避けたいところだけど」
⦅アッ!言われてみればお腹空きましたね。なんか適当に作りますね⦆

 ガチガチの要を見かねた薄井が休憩を指示。
 それをニヤニヤと眺める宇美。

「真面目だねぇ~。緊張しているタレントを気遣うのもマネージャーの仕事かい?それに機材チャックは昨日の内に終わらせたんだろう?少し休憩したらどうだい?」
「宇美さん。気持ちはありがたいんだけど、どうしても気になって……特に要君の手元のモニターが━━」

 パソコンやマイク、周辺機器のチェックなどなど。
 薄井は自身の不安に追い立てられるように念入りにチャックを入れる。
 今回の配信は基本的にパソコン操作は薄井がやって、要は歌とトークに専念してもらう事にした。

 要は極端なシングルタスクでパソコン操作をしながら謡ったり喋ったりすることが出来ない。
 天は人に二物を与えず。
 桜井は呆れていたが、薄井はそれでも構わないと思っていた。
 彼にとって推しへの奉仕精神はファンとして当然の心構えなのだ。

「ふん、相変わらず小心者だな」

 図星だった。
 鼻を鳴らしながら漏らした桜井の言葉は、薄井の心情を過不足なく表現していた。
 その物言いに薄井は少しばかりイラっとした様子で眉をひそめた。

「うるせぇ。お前は真昼野ステラへの応援コメントでも考えてろ。楽曲提供してんだからそのくらいやる義務があるってもんだろう」
「お前じゃあるまいし問題ない」
「じゃあコメの内容教えてみぃ」
「『僕の楽曲を謡うんだから、せいぜい僕に恥をかかせない程度に頑張るんだな』……どうだ!?」

 特大級のため息。
 ドヤ顔の桜井に薄井のみならず、宇美も呆れ顔。

「はい0点」
「うぅ!何故だ!!」
「宇美さん、添削よろ」
「りょーかい、原型残らないけど構わないよな」
「はい、よろしくお願いします」
「こら!お前ら!勝手に話を進めるな!!」

 こうして愉快な二人組も退場。
 一人になった薄井が再び作業に没頭することしばし……

⦅薄井さん。休憩にしましょう⦆
「あぁ、ありがとう」

 静かな足音と扉を開く音。
 入室した要の手元にはおにぎりと湯気が立つみそ汁が載ったお盆。
 シンプルイズベスト。
 すきっ腹にありがたい。
 薄井は作業の手を止め、みそ汁のお椀に手を伸ばす。

「ふぅ~、生き返る……」
⦅ふふっ、お口に合いましたか?⦆
「あぁ、君が作ってくれる飯はいつも美味い」
⦅それはよかったです。さっきの薄井さん、眉間にしわを寄せていましたから⦆
「…………そっか」

 今更ながら感じる目の疲れと肩のこり……
 要に指摘されて、如何に気を張っていたのかにようやく気付かされた。

「全く、推しに心配かけるなんてファン失格だな」

 ため息と共に自嘲気味に呟く薄井。
 きっと今の自分は情けない顔をしているのだろう。

 そんな自分を優しい瞳で見つめる要。

⦅そんな事ありません。自分の為に一生懸命になってくれるファンがいる。それだけでわたしはとっても嬉しいんです⦆
「そっか」
⦅でも無理はいけませんよ。前にも言いましたが、わたしはファンの━━薄井さんの幸せを願っているんですから……⦆
「…………そっか」

 薄井は目を見開いた。
 完全に意表を突かれた。
 要の笑顔が真っ直ぐで、純粋な好意がなんだか気恥ずかしくて、薄井は思わず顔を背けた。

「要君。昨日の話、覚えているか?」
⦅ウチの親と薄井さんがした話ですか?⦆

 小首をかしげる要に薄井が頷く。

「あんな事言ったけど、あれは一旦忘れてくれ」
⦅エッ!?⦆

 ある意味いつもの薄井らしいいい加減な一言━━


 ━━要は素っ頓狂な声を上げた。
 音楽に対する熱意は生身もバーチャルも関係ない……
 薄井の言葉に要も感銘を受けた。

 故に上手くやろうと意気込んでいるし、緊張もしている。
 そんな要の心境を見透かしてか……
 おにぎりを食べながら気楽な様子で薄井は語った。

「あれはまぁ……君のご両親を説得する為の言わば方便だ」
⦅へっ!?⦆

 要は再び素っ頓狂な声を上げた。
 あれは方便うそ……
 自分はあの時、物凄く恥ずかしい想いをしたのに?

 肩を震わせる要。
 今まで持っていた薄井への好意が怒りに反転するのを感じた。
 不穏な空気に気付いたのか、薄井は慌てた様子で補足を入れた。

「待て待て、そう怒るな。別に手を抜けと言ってるわけじゃない。もっと肩の力を抜けって言ってるんだ。まぁ、これを見てくれ」

 薄井はPC画面を操作し、Wチューブのライブ動画を開く。
 ゴスロリ風改造着物。
 黒髪で幼さが残る可愛らしい顔立ちの美少女Vチューバーが謡う姿。

⦅〈綺羅星〉でした……みんな~~~!!聞いてくれてありがとう!!!⦆

[88888][👏👏👏👏👏👏][姫百合ちゃ~~~ん!!さいこ~~~~~!!!]

 彼女が謡ったのは少し前に流行ったポップスの大ヒット曲で、明るく元気の出るような一曲だった。
 技術的に言えば、要……真昼野ステラにも遠く及ばない稚拙さ、その上謡ったのは一番だけ。

⦅薄井さん?これって……⦆

 隼人が指摘した音楽に真剣に向き合ってないの音楽そのものだった。
 要には今、このタイミングでこれを見せる薄井の意図が理解できなかった。
 薄井は動画を一時停止し要に問いかけた。

「“枢木姫百合くるるぎひめゆり”。大手Vチューバー事務所“仮想恋歌”所属のVチューバーで登録者数は2万くらいだったかな。彼女の歌を聴いてどう思った?」
⦅えっと……言いにくいんですけど……⦆
「下手だろう?少なくとも真昼野ステラと比較したら」
⦅……はい⦆

 要はためらいながらも頷いた。

「姫百合は決して歌が下手なわけじゃない。むしろ世間一般から見れば上手いレベルだ……まぁ、地元では一番上手いレベルだけどな。確かに君や君のご両親なら彼女が一流じゃない事くらいすぐに見抜くだろう。だが普通の人はそこまでの大きな差は分からない」

 そう言いながら薄井は動画を再生した。

⦅ごめんね~~。この歌、練習中でまだ一番しか謡えないの~~~⦆

[エッ!まだ練習中なの!?][すごく良かったけど!!][これは完成に期待!!][謡ってくれてありがとう!!完成したらまた謡ってね~~]

⦅そう言ってくれて嬉しい!!みんな、本当にありがとうね~~~!!⦆

 姫百合の曲はおおむね好評。
 中途半端なの音楽であるにも関らずスーパーチャット(投げ銭)まで飛んでいた。
 この光景に要は心底困惑した。

「要君。別に技術的な上手さだけが人の心を打つわけじゃない。もちろんそれも重要だけど、一番大事なのはリスナーを楽しませようとする心。
 リスナーの為に努力する姿勢。人は自分を想って一生懸命になってくれる相手に好感を持つ。自分を好きになってくれた相手を好きになる。姫百合がリスナーの為に一生懸命だから、リスナーは姫百合を好きになる。姫百合はリスナーの好意を受けて、リスナーをより好きになる。そして姫百合はリスナーの為にもっと頑張るからリスナーは姫百合がもっと好きになる。この好循環こそが推しとファンの関係なんだ」

 薄井の説明に要は首を傾げた。
 言わんとしている事はなんとなく分かるがそれだけでは腑に落ちない。

⦅でしたらどうして未完成の歌を謡ったんですか?完成した歌の方がリスナーさんだって喜ぶはずなのに?⦆

 要は自分が思った疑問を口にした。
 問いに薄井は思わず苦笑いを浮かべた。
 色々言いたい事はあるけど、どう言葉にすればいいか考えがまとまらないのだろう。

 薄井が腕を組みながら考え込むことしばし……
 言葉を探りながらという様子でポツポツと語り出した。

「Vチューバーってやつは意外と忙しい。歌枠を一つ立てるのだって機材の準備をしたりセトリ(セットリスト)を作ったり、音源を集めたり、著作権を調べたり……だから曲ひとつ覚えるのだって大変なんだ。
 それでもリスナーの為に新しい曲を覚える。この〈綺羅星〉だってリリースされてからそんなに経っていなくて、でもリクエストが多い曲だったんだ。姫百合は何とかリスナーの要望に応えたい。でも完成版を謡うには時間が足りない。だから練習中の歌を謡った。それが許されるのはどうしてだと思う?」
⦅……分かりません⦆

 要にはおおよそ馴染みの無い考え方だった。
 要がいた世界では未完成の歌を公の場で謡うなんて言語道断……
 それでも分からないなりに必死で答えを考えてみた。

 そんな要の様子がおかしかったのか。
 薄井は口元を僅かに緩めながら言葉を紡いだ。

「さっきも言ったけど、大切なのはリスナーを楽しませようと思う心だ。リスナーは完璧な歌を求めているわけじゃない。歌を通じて配信者やリスナー同士が仲良くなれる居場所、楽しさを共有できる場が欲しいんだ。
 少しくらい失敗したっていい。ここに居たら楽しい、ここに居てもいい。そう思える場所を提供できたなら、それは間違いなく成功なんだと……俺はそう思ってる」
⦅…………⦆

 要にとっては異質な考え方だった。
 要の知っている音楽の世界は芸術の世界。
 芸術とは時として楽しむ事より完璧を求める側面がある。
 そこが娯楽であるV界隈との大きな違い。

 つまりはニーズの違い。
 古典音楽の観客は完璧を求めるのに対して、Vのリスナーは愉しみを求める。
 だが、どちらも根底にあるのは聴き手の為……
 薄井が言いたいのはそういう事なのだと要は思った。

「姫百合は聞いてくれてありがとうと言った。リスナーは謡ってくれてありがとうと言った。これこそが君の求めている世界なんじゃないかな?」
⦅……そう、かも知れませんね⦆

 無意識に出た言葉だった……
 要が言語化出来なかった想いを薄井が代わりに言ってくれた気がした。

 要は自分の本物リアルの声で謡いたい。
 でも現実リアルの身体ではそれが出来ない。
 だから仮想バーチャルの身体を借りた。

 自分の声で思いっきり謡いたいという欲求から始まった。
 でも今は自分の歌を届けたい星学者リスナーがいる。
 自分の歌を届けたい薄井ひとがいる。

「真昼野ステラの歌ってみたMVの再生数とコメント見てどう思った?」
⦅とても……嬉しかったです⦆
「どんな事が嬉しかった?」
⦅…………⦆

 要は言葉が出なかった。

〔歌が上手い〕〔歌声が綺麗〕〔曲が素敵〕〔ステラちゃんカワイイ〕〔また聞きたい〕〔次はどんな曲を謡うの?〕〔素敵な歌をありがとう〕〔デビュー配信楽しみ〕

 たくさんのコメントが要の脳内を駆け巡った。
 多分、一生忘れないだろう。
 自分に寄せられるコメントに流した涙を……

「自分が何を為すべきは何か、もう言わなくても分かるな?」
⦅はい!⦆

 薄井の問いに要が……真昼野ステラが力強く答える。

「思いっきり楽しんで来い!真昼野ステラ!!」
⦅はい!!⦆

 要は手元のおにぎりを口に放り込み、みそ汁で流し込んだ。
 もう迷いは無い。
 これから向かう舞台は今まで要が立っていた世界げんじつよりも、もっとずっと温かい場所だと教えてもらったから……
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