60 / 180
第二章_小悪魔シンガーと母子の絆
第二十六話_職場環境改善日誌(桜井編)
しおりを挟む
桜井透は陰鬱な気分だった。
要と三日月が花代のもとに向かったのと時を同じく、桜井の私室にて。
「薄井……説教か?」
「そんな気は毛頭ねぇよ」
パタンと扉が開く音。
デスクに向かったままの桜井は、勝手に部屋に入ってきた薄井に吐き捨てた。
「怒らないんだな?」
「来ると分かっていたからな」
「……そっか」
薄井が言及したのは勝手に私室に入った事だ。
普段の桜井なら追い返す所だが、今回に限って言えば、薄井の来訪は想定の範囲内。
二人にとってこんな風に話せるのはお互いだけ。
その事実に桜井は僅かに苦いモノを感じながら、薄井が話を切り出すのを待った。
「お前が山田さんにキツく当たった理由はなんとなく想像がつく」
「……じゃあ、なんでここに来た?」
「言語化の手伝い」
「……」
桜井は心の中で舌打ちを打った。
目の前で薄ら笑いを浮かべるグラサン男の顔面に容赦なく拳をぶち込みたい気分でいっぱいだった。
この男、普段はコミュ障でいい加減な癖に懐に入れた相手に対しては恐ろしく敏感だ。
薄井が桜井家に居候するようになって、その傾向がより顕著に表れるようになった。
ここで一つ、二人の普段の生活について言及しておこう。
普段、二人は必要最小限の話しかしない。
それは二人とも自分の時間を何よりも大切にし、他人に時間を奪われる事を何よりも嫌う性質だからだ。
故に接点は最小限、仕事の話が無ければ一日中話さない時だってある。
桜井家の家事は基本的に薄井がやる。
食事は弁当かカップ麺。
掃除は適当。
洗濯物はハンガーにかけっぱなし。
神経質な人間からすれば発狂モノだろう。
だが桜井にはそのいい加減さが心地良かった。
変に自分に干渉しない。
自分が散らかしても全く気にしない。
何か頼み事をすればウンザリした表情を浮かべながら適当に対応してくれる。
桜井は足が不自由だ。
普通ならヘルパーさんなどの介助が必要な立場だ。
だが桜井はそういったモノを雇っていない。
ヘルパーさんを雇えば過度の干渉を受けると考えたからだ。
桜井は基本的に自分でできる事は自分でやる。
薄井が来る前は掃除も洗濯も食事も自分一人でやってきた。
コミュ障の彼は他人と関わる煩わしさより、不自由な体で家事をやる苦労を選択した。
そんな彼が薄井だけは居候させている。
これが要だったら家から叩き出していたことだろう。
それは相性がいいからだけではない。
薄井が桜井の性質を知り、桜井が不快にならない様に無意識に配慮しているからに他ならない。
趣味も人付き合いも狭く深く。
それが彼らの特性だと言えるのかもしれない。
閑話休題。
お互いを知り過ぎている故に躊躇なく踏み込んでくる薄井に苛立ちと安心感を覚えながら、桜井はポツポツと語り出した。
「……既に走り方を知っている人間がハイハイについて話し始めたらイライラするだろう」
「はぁ?」
「あぁっ!あの3D女の話だ!なんで分からないかな!」
「分かるかよ!比喩無しで状況から説明しろ!!」
「ったく、面倒くさい…………」
話が噛み合わず苛立ちを覚える二人。
桜井は口下手でコミュ障で相手の知っている情報と自分の知っている情報の差異を考慮できないところがある。
薄井は桜井の電話から大まかな状況は予想しているが、細かい事情までは把握していない。
桜井は文句を言いながらも、拙い言葉で状況を説明した。
「……というわけだ」
「なるほどねぇ。お前が怒りそうな事だな」
「だろ」
薄井は納得した表情で頷いた。
「僕は別にあの3D女の曲を作る事自体は構わないんだ。だが、作るにしても何が謡いたいかについては把握しておく必要がある。なのにあの女……あぁ!考えただけでイライラする!!」
「だからってそうやって癇癪を起こすな。相手はお前より立場も年齢も低い女の子なんだぞ。お前がやってる事は完璧にパワハラだ」
「あのなぁ!人の事をモラハラ親父みたいに言うな!!だいたい立場を言うならシンガーとライターは対等だし、年齢なんてこの業界では関係ない」
「相手は入社したての新人で社会人経験がほぼない女子高生だ。こっちが配慮しなくてどうする」
「…………」
苛立ちを抑えきれない桜井を正論パンチでボコボコにする薄井。
「お前、ちゃんと山田さんに聞いたのか?売れるとか考えず、自分の好きな歌は何なのか?って」
「…………」
「聞いたのか?」
「……聞いてない」
薄井に追及にとうとう音を上げる桜井。
薄井のサングラスに映るその表情は宿題を忘れて先生に怒られる小学生のようだ。
桜井が花代に聞きたかったのは自分が好きな歌、自分が心から謡いたい歌について……
売れるとか人気があるとか流行っているとかそういった些末な事とは関係ない好みの話だ。
桜井は長く活動をやっていくに当たって内面的動機……
自分の内側からわき出す感情を元にした行動を重視している。
内面的動機を持っている人間は外面的動機……
金銭や損得を元に行動する人間より遥かに強い。
例えばゲーム好きの引きこもりがいたとしよう。
そいつは金にもならないのに何十時間もゲームをしていられるが、お金になるバイトはしたがらない。
それはゲームが楽しいし、バイトがつまらないからだ。
何を当たり前の事を……そう思うかもしれない。
しかしながら、このマインドを理解する事は非常に重要だ。
ぶっちゃけ音楽活動というのは割に合わない。
前にも言ったかもしれないが、こんな商売をするのはよっぽどのモノ好きか、これでしか生きていけない事情がある人間だけだ。
その両方を満たしている桜井が、花代の内面的動機について知っておきたいと思うのは必然だろう。
だが少しでも早く売れて、母に楽をさせたいという考えに囚われた花代に、その意図は伝わらなかった。
それが今回のいざこざの要因だ。
説明不足を指摘され落ち込む桜井。
「まぁ、お前らを二人きりにした俺にも責任はあるし、この点については今後の課題だな」
項垂れる陰キャを見下ろしながら、思わずため息を吐く薄井だった。
要と三日月が花代のもとに向かったのと時を同じく、桜井の私室にて。
「薄井……説教か?」
「そんな気は毛頭ねぇよ」
パタンと扉が開く音。
デスクに向かったままの桜井は、勝手に部屋に入ってきた薄井に吐き捨てた。
「怒らないんだな?」
「来ると分かっていたからな」
「……そっか」
薄井が言及したのは勝手に私室に入った事だ。
普段の桜井なら追い返す所だが、今回に限って言えば、薄井の来訪は想定の範囲内。
二人にとってこんな風に話せるのはお互いだけ。
その事実に桜井は僅かに苦いモノを感じながら、薄井が話を切り出すのを待った。
「お前が山田さんにキツく当たった理由はなんとなく想像がつく」
「……じゃあ、なんでここに来た?」
「言語化の手伝い」
「……」
桜井は心の中で舌打ちを打った。
目の前で薄ら笑いを浮かべるグラサン男の顔面に容赦なく拳をぶち込みたい気分でいっぱいだった。
この男、普段はコミュ障でいい加減な癖に懐に入れた相手に対しては恐ろしく敏感だ。
薄井が桜井家に居候するようになって、その傾向がより顕著に表れるようになった。
ここで一つ、二人の普段の生活について言及しておこう。
普段、二人は必要最小限の話しかしない。
それは二人とも自分の時間を何よりも大切にし、他人に時間を奪われる事を何よりも嫌う性質だからだ。
故に接点は最小限、仕事の話が無ければ一日中話さない時だってある。
桜井家の家事は基本的に薄井がやる。
食事は弁当かカップ麺。
掃除は適当。
洗濯物はハンガーにかけっぱなし。
神経質な人間からすれば発狂モノだろう。
だが桜井にはそのいい加減さが心地良かった。
変に自分に干渉しない。
自分が散らかしても全く気にしない。
何か頼み事をすればウンザリした表情を浮かべながら適当に対応してくれる。
桜井は足が不自由だ。
普通ならヘルパーさんなどの介助が必要な立場だ。
だが桜井はそういったモノを雇っていない。
ヘルパーさんを雇えば過度の干渉を受けると考えたからだ。
桜井は基本的に自分でできる事は自分でやる。
薄井が来る前は掃除も洗濯も食事も自分一人でやってきた。
コミュ障の彼は他人と関わる煩わしさより、不自由な体で家事をやる苦労を選択した。
そんな彼が薄井だけは居候させている。
これが要だったら家から叩き出していたことだろう。
それは相性がいいからだけではない。
薄井が桜井の性質を知り、桜井が不快にならない様に無意識に配慮しているからに他ならない。
趣味も人付き合いも狭く深く。
それが彼らの特性だと言えるのかもしれない。
閑話休題。
お互いを知り過ぎている故に躊躇なく踏み込んでくる薄井に苛立ちと安心感を覚えながら、桜井はポツポツと語り出した。
「……既に走り方を知っている人間がハイハイについて話し始めたらイライラするだろう」
「はぁ?」
「あぁっ!あの3D女の話だ!なんで分からないかな!」
「分かるかよ!比喩無しで状況から説明しろ!!」
「ったく、面倒くさい…………」
話が噛み合わず苛立ちを覚える二人。
桜井は口下手でコミュ障で相手の知っている情報と自分の知っている情報の差異を考慮できないところがある。
薄井は桜井の電話から大まかな状況は予想しているが、細かい事情までは把握していない。
桜井は文句を言いながらも、拙い言葉で状況を説明した。
「……というわけだ」
「なるほどねぇ。お前が怒りそうな事だな」
「だろ」
薄井は納得した表情で頷いた。
「僕は別にあの3D女の曲を作る事自体は構わないんだ。だが、作るにしても何が謡いたいかについては把握しておく必要がある。なのにあの女……あぁ!考えただけでイライラする!!」
「だからってそうやって癇癪を起こすな。相手はお前より立場も年齢も低い女の子なんだぞ。お前がやってる事は完璧にパワハラだ」
「あのなぁ!人の事をモラハラ親父みたいに言うな!!だいたい立場を言うならシンガーとライターは対等だし、年齢なんてこの業界では関係ない」
「相手は入社したての新人で社会人経験がほぼない女子高生だ。こっちが配慮しなくてどうする」
「…………」
苛立ちを抑えきれない桜井を正論パンチでボコボコにする薄井。
「お前、ちゃんと山田さんに聞いたのか?売れるとか考えず、自分の好きな歌は何なのか?って」
「…………」
「聞いたのか?」
「……聞いてない」
薄井に追及にとうとう音を上げる桜井。
薄井のサングラスに映るその表情は宿題を忘れて先生に怒られる小学生のようだ。
桜井が花代に聞きたかったのは自分が好きな歌、自分が心から謡いたい歌について……
売れるとか人気があるとか流行っているとかそういった些末な事とは関係ない好みの話だ。
桜井は長く活動をやっていくに当たって内面的動機……
自分の内側からわき出す感情を元にした行動を重視している。
内面的動機を持っている人間は外面的動機……
金銭や損得を元に行動する人間より遥かに強い。
例えばゲーム好きの引きこもりがいたとしよう。
そいつは金にもならないのに何十時間もゲームをしていられるが、お金になるバイトはしたがらない。
それはゲームが楽しいし、バイトがつまらないからだ。
何を当たり前の事を……そう思うかもしれない。
しかしながら、このマインドを理解する事は非常に重要だ。
ぶっちゃけ音楽活動というのは割に合わない。
前にも言ったかもしれないが、こんな商売をするのはよっぽどのモノ好きか、これでしか生きていけない事情がある人間だけだ。
その両方を満たしている桜井が、花代の内面的動機について知っておきたいと思うのは必然だろう。
だが少しでも早く売れて、母に楽をさせたいという考えに囚われた花代に、その意図は伝わらなかった。
それが今回のいざこざの要因だ。
説明不足を指摘され落ち込む桜井。
「まぁ、お前らを二人きりにした俺にも責任はあるし、この点については今後の課題だな」
項垂れる陰キャを見下ろしながら、思わずため息を吐く薄井だった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ!
コバひろ
大衆娯楽
格闘技を通して、男と女がリングで戦うことの意味、ジェンダー論を描きたく思います。また、それによる両者の苦悩、家族愛、宿命。
性差とは何か?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる