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第二章_小悪魔シンガーと母子の絆
第二十八話_その頃母は……
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山田幸子は求人雑誌を眺めながらため息をついていた。
西多摩川市の飲み屋街からほど近くにあるボロアパート。
通称昼寝荘にて。
悩みの種は二つ。
一つは花代がバイト先で倒れた事。
そしてもう一つは……
(花代ちゃん……今日はお友達の家に行くって言ってたけど……)
最近バイト先で親しくなった男の子……金剛寺要についてだ。
娘が言うには、
身体が大きくて見た目は怖そうだけど力強くて頼りがいがあって、
中身はとても優しくて女性よりも繊細で、
頑固なところもあるけど芯の強さがあって、
将来は音楽家になる為に日々精進をしているような努力家な人らしい。
およそ花代の理想を具現化したような人柄。
それを花代から彼の話を聞いた時に幸子が思った事。
それは……
(やっぱり父親が恋しいのかしら……)
幸子は思わずため息を吐く。
脳裏によぎるのは人の好さそうな笑みを浮かべた男の顔。
もう名前も忘れた花代の血縁上の父親。
あの男に出会ったのは幸子が高校を卒業する少し前の事。
当時の幸子は誰にも言えない夢を持っていた。
幸子は夢を叶える為に努力したが、如何せん一人では限界があった。
そんな時に知り合ったのがあの男だった。
男は幸子の夢を応援すると言った。
夢の実現に必要な道筋を示してくれた。
夢の実現に必要な環境を整えてくれた。
もちろん無償では無かった。
夢の実現にはお金が必要だった。
幸子は親に内緒でバイトし、お金を工面した。
細かい金額は憶えていないが、少なくとも百万円以上は男に預けた。
夢の実現には人脈が必要だった。
男が連れてくる自称著名人を相手にホステスの真似事をさせられる事もあった。
ハゲ親父共のいやらしい手でべたべたと身体を触られるのは不快以外の何物でもなかった。
それでも幸子は耐えた。
それが夢に近づくための最短ルートだと信じて…………
そんな日々を過ごす中、ふとしたきっかけで幸子は男と関係を持ち懐妊した。
幸子が妊娠した事を告げると、男は強引に関係を断つと宣言し雲隠れした。
愚かだった幸子はこの時初めて自分が騙されていた事に気付いた。
その後は苦労の連続だった。
世間は未婚のシングルマザーに冷たかった。
花代を出産するまでの日々は地獄そのものだった。
幸子が最初に相談したのは両親だった。
だが幸子の両親は悪い意味で良識的な人間だった。
夢に向かって努力する幸子の姿は、両親には男と遊び呆ける不良娘に映っていた。
男と好き勝手やった挙句、子供を作って捨てられて都合が悪くなったから助けてくれなんて、両親から言わせて貰えば虫のいい話だった。
両親は幸子を勘当し、身重の幸子は一人冷たい世間に放り出されることとなった。
幸子は日々の糧を得る為に働いた。
だがお腹が大きくなると、どこも雇ってくれなくなった。
幸子は役所に相談した。
いくらかの支援と生活費の貸付を受ける事は出来たが、それでも暮らしていくには不足だった。
途方に暮れた幸子はとうとう街金に手を出した。
返す宛てなんてどこにも無い。
それでも借りないと生きていけない。
結果、借金が借金を生み出し、負債は雪だるま式に大きくなった。
そんなストレスフルで悪夢のような状況で生まれたのが花代だった。
妊娠中はお腹の中の子供を恨んだ事もあった。
自分の愚かさを棚に上げ、お腹の中の子供を呪った事もあった。
でも……それでも……
無事子供が生まれた瞬間、そんなものはどこかへ吹き飛んでいった。
我が子が上げた産声に涙が止まらなかった。
差し出した指を握り返す手の柔らかさ、そして温かさに涙が込み上げた。
初めて口にした『ママ』という言葉に人目をはばからずに号泣した。
幸子にとって娘は……
花代は光だった。
太陽だった。
幸せそのものだった。
生きる意味の全てだった。
花代は自分には勿体ないくらい優しくていい子に育った。
天使と言ってもいい。
貧しい環境のせいで肌は荒れ、痩せこけてはいるものの、顔立ち自体は整っている。
親のひいき目もあるかもしれないが、まともな家庭で育ってさえいれば、さぞや美人になっていた事だろう。
貧しい環境のせいで理不尽な想いもたくさんしただろう。
だが花代がそれに対して不平を言っているところを幸子は知らない。
花代が幼い時分に貧しさを謝った事があった。
だが花代は……
『いつもワタシの為にお仕事頑張ってくれてありがとう』
と笑って応えた。
貧しさを理由にイジメられて帰ってきた時も……
『ママを馬鹿にするヤツをひっぱたけなかったのが悔しかった』
悔し涙を堪えていた。
そんな天使のような我が子に何もしてやれない自分の無力さが悔しくて堪らなかった。
自分は愚かでどうしようもない母親だ。
でも、それでも……
(私は……あの子の……花代ちゃんの母親だ)
過去に想いを馳せるのを止め、再び求人雑誌に目を落とす幸子。
(スナック店員時給2500円疲れたお客様を癒す包容力のある女性募集。
キャバクラ店員時給3000円落ち着いた雰囲気の大人の女性募集、既婚者歓迎。
高級ラウンジ女性店員時給5000円会社役員などセレブの接客、気の利いた会話ができる繊細な方募集……)
求人内容は高時給の夜の仕事。
花代が生まれて以来、避けてきた仕事。
お酒を飲んでクタクタになる姿を花代に見られ、泣いて嫌がられたから足を洗った仕事。
(これ以上花代ちゃんに負担は掛けられない……私が…………私が何とかしないと)
求人を物色する幸子の濁った瞳には悲壮感に似た感情が含まれていた。
もう花代も高校生だ。
きっと分かってくれる。
それに何より……
(もう花代ちゃんをあのコンビニにはやれない。音楽家となんて……)
幸子はどんよりとした瞳で壊れかけた安物の携帯に手を掛けた。
「もしもし……エイトマートさんですか。わたくし、そちらに勤めております山田花代の母です。実は……」
きっと娘は愚かな母の行動を責めるだろう。
それでも構わない。
娘は……娘だけは私が守らなくては━━━━
西多摩川市の飲み屋街からほど近くにあるボロアパート。
通称昼寝荘にて。
悩みの種は二つ。
一つは花代がバイト先で倒れた事。
そしてもう一つは……
(花代ちゃん……今日はお友達の家に行くって言ってたけど……)
最近バイト先で親しくなった男の子……金剛寺要についてだ。
娘が言うには、
身体が大きくて見た目は怖そうだけど力強くて頼りがいがあって、
中身はとても優しくて女性よりも繊細で、
頑固なところもあるけど芯の強さがあって、
将来は音楽家になる為に日々精進をしているような努力家な人らしい。
およそ花代の理想を具現化したような人柄。
それを花代から彼の話を聞いた時に幸子が思った事。
それは……
(やっぱり父親が恋しいのかしら……)
幸子は思わずため息を吐く。
脳裏によぎるのは人の好さそうな笑みを浮かべた男の顔。
もう名前も忘れた花代の血縁上の父親。
あの男に出会ったのは幸子が高校を卒業する少し前の事。
当時の幸子は誰にも言えない夢を持っていた。
幸子は夢を叶える為に努力したが、如何せん一人では限界があった。
そんな時に知り合ったのがあの男だった。
男は幸子の夢を応援すると言った。
夢の実現に必要な道筋を示してくれた。
夢の実現に必要な環境を整えてくれた。
もちろん無償では無かった。
夢の実現にはお金が必要だった。
幸子は親に内緒でバイトし、お金を工面した。
細かい金額は憶えていないが、少なくとも百万円以上は男に預けた。
夢の実現には人脈が必要だった。
男が連れてくる自称著名人を相手にホステスの真似事をさせられる事もあった。
ハゲ親父共のいやらしい手でべたべたと身体を触られるのは不快以外の何物でもなかった。
それでも幸子は耐えた。
それが夢に近づくための最短ルートだと信じて…………
そんな日々を過ごす中、ふとしたきっかけで幸子は男と関係を持ち懐妊した。
幸子が妊娠した事を告げると、男は強引に関係を断つと宣言し雲隠れした。
愚かだった幸子はこの時初めて自分が騙されていた事に気付いた。
その後は苦労の連続だった。
世間は未婚のシングルマザーに冷たかった。
花代を出産するまでの日々は地獄そのものだった。
幸子が最初に相談したのは両親だった。
だが幸子の両親は悪い意味で良識的な人間だった。
夢に向かって努力する幸子の姿は、両親には男と遊び呆ける不良娘に映っていた。
男と好き勝手やった挙句、子供を作って捨てられて都合が悪くなったから助けてくれなんて、両親から言わせて貰えば虫のいい話だった。
両親は幸子を勘当し、身重の幸子は一人冷たい世間に放り出されることとなった。
幸子は日々の糧を得る為に働いた。
だがお腹が大きくなると、どこも雇ってくれなくなった。
幸子は役所に相談した。
いくらかの支援と生活費の貸付を受ける事は出来たが、それでも暮らしていくには不足だった。
途方に暮れた幸子はとうとう街金に手を出した。
返す宛てなんてどこにも無い。
それでも借りないと生きていけない。
結果、借金が借金を生み出し、負債は雪だるま式に大きくなった。
そんなストレスフルで悪夢のような状況で生まれたのが花代だった。
妊娠中はお腹の中の子供を恨んだ事もあった。
自分の愚かさを棚に上げ、お腹の中の子供を呪った事もあった。
でも……それでも……
無事子供が生まれた瞬間、そんなものはどこかへ吹き飛んでいった。
我が子が上げた産声に涙が止まらなかった。
差し出した指を握り返す手の柔らかさ、そして温かさに涙が込み上げた。
初めて口にした『ママ』という言葉に人目をはばからずに号泣した。
幸子にとって娘は……
花代は光だった。
太陽だった。
幸せそのものだった。
生きる意味の全てだった。
花代は自分には勿体ないくらい優しくていい子に育った。
天使と言ってもいい。
貧しい環境のせいで肌は荒れ、痩せこけてはいるものの、顔立ち自体は整っている。
親のひいき目もあるかもしれないが、まともな家庭で育ってさえいれば、さぞや美人になっていた事だろう。
貧しい環境のせいで理不尽な想いもたくさんしただろう。
だが花代がそれに対して不平を言っているところを幸子は知らない。
花代が幼い時分に貧しさを謝った事があった。
だが花代は……
『いつもワタシの為にお仕事頑張ってくれてありがとう』
と笑って応えた。
貧しさを理由にイジメられて帰ってきた時も……
『ママを馬鹿にするヤツをひっぱたけなかったのが悔しかった』
悔し涙を堪えていた。
そんな天使のような我が子に何もしてやれない自分の無力さが悔しくて堪らなかった。
自分は愚かでどうしようもない母親だ。
でも、それでも……
(私は……あの子の……花代ちゃんの母親だ)
過去に想いを馳せるのを止め、再び求人雑誌に目を落とす幸子。
(スナック店員時給2500円疲れたお客様を癒す包容力のある女性募集。
キャバクラ店員時給3000円落ち着いた雰囲気の大人の女性募集、既婚者歓迎。
高級ラウンジ女性店員時給5000円会社役員などセレブの接客、気の利いた会話ができる繊細な方募集……)
求人内容は高時給の夜の仕事。
花代が生まれて以来、避けてきた仕事。
お酒を飲んでクタクタになる姿を花代に見られ、泣いて嫌がられたから足を洗った仕事。
(これ以上花代ちゃんに負担は掛けられない……私が…………私が何とかしないと)
求人を物色する幸子の濁った瞳には悲壮感に似た感情が含まれていた。
もう花代も高校生だ。
きっと分かってくれる。
それに何より……
(もう花代ちゃんをあのコンビニにはやれない。音楽家となんて……)
幸子はどんよりとした瞳で壊れかけた安物の携帯に手を掛けた。
「もしもし……エイトマートさんですか。わたくし、そちらに勤めております山田花代の母です。実は……」
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