VSingerS【バーチャルシンガーズ】～俺は歌姫【ゴリラ】の敏腕マネージャー〜

第二章_小悪魔シンガーと母子の絆

閑話二：武藤英二の嫉妬その二

　薄暗い裏路地。
　武藤英二は一人、憂鬱な気持ちを抱えながら、ポツポツと歩いていた。

「クソ！面白くねぇ！なんなんだあのゴリラは！！」

　周りの目も気にせず喚き散らす武藤。
　彼の苛立ちの矛先はあのゴリラ……要に向けられていた。

「絶対、仕返ししてやる！俺は国会議員の息子なんだぞ！！」

　腹立たしかった。
　余裕な態度にイライラをした。
　武藤は先ほどの出来事を思い返しながら、苛立ちをまき散らした。
　時折、通行人とすれ違い奇異の目を向けられたが、今の武藤にそれを気にする余裕はなかった。

『君は花代さんに意地悪したいんですか？それともお話がしたいんですか？』

　要ゴリラの言葉が頭をよぎった。
　腹立たしかった……
　いきなりひょっこり現れて偉そうに講釈を垂れただけでなく、親し気にアイツの名前を呼んだ。

「花代さん……だって。馴れ馴れしいんだよ！！アイツは……あの貧乏人は俺の……俺の……」

　ふと思った。
　自分にとって、あの貧乏人……
　アイツは何なのだというのか？
　自分は国会議員の息子。
　このまま順調にいけば、それなりの大学に行って、国会議員のコネでそれなりの企業に就職して、適当にやっていっても将来は安泰。
　貧乏人とはそもそも住む世界が違う……
　そのはずなのにどうしてだろう？
　アイツへの執着だけはどうにも拭えない。

『ら～らららら～♪ら～～らら～～～♪』

　ふと……思い出したのはアイツの歌。
　優しくて、暖かくて、そしてどこか物悲しい……

（ん？物悲しい？）

　武藤は奇妙な感覚に囚われていた。
　あの女が謡う歌は優しい、暖かい、そして美しく慈愛に満ちていた。
　でも何故か今物悲しいと思ってしまった。

　それはまるで……

「俺……もしかして……」

　武藤は全力で頭を振った。
　今、感じた気持ちを振り払うので必死だった。

　それを認めてしまったら……

「俺……もしかして、すげぇ酷い事してたんじゃ……」

　自身の愚かさを認める事になってしまうから……

　武藤はただ……

「俺はただ……あの歌が聴きたかっただけなのに……なんで……なんで……」

　気づいてしまった。
　自分の本心を……自分の罪を……

「ははぁ……もう俺……あの歌……聴けないや……」

　武藤は初めて泣いた。
　本当の意味で泣いた。
　心底後悔した。
　その両の眼からボロボロと涙を流した。

「もうヤダ……死にたい……なんで生きてんだ？俺……」

　彼は初めて無知を知った。
　本物の恥を知った。
　自分が愚かである事を知った。
　自分が何も為していない事を知った。

「ら～らららら～！！ら～～らら～～～！！！」

　へたくそな歌……
　いや、歌ですらないがなり声。
　通行人からの奇異の目が彼に集中した。
　普段の見栄っ張りな彼なら恥ずかしくて慌てて逃げ去った事だろう。
　だが今の彼は有象無象の視線など気にならないくらい打ちのめされていた。

　彼は気付いてしまった……
　自分がアイツを『山田花代』と呼んでいなかった事実に……