VSingerS【バーチャルシンガーズ】~俺は歌姫【ゴリラ】の敏腕マネージャー〜

黄昏湖畔

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第三章_太陽に嫌われたVチューバーと枯れかけの白百合

第二十三話_お見舞い

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 西多摩川総合病院。
 西多摩川市の中でも有数の規模を誇る大病院。
 そこの入り口に三人の男女の姿。

「初めまして。あんたがロー……じゃなかった。山田花代さん?」
「はい、初めまして。“大神おおかみ”さん。山田花代です。それからこちらは……」
「初めまして。花代さんの付き添いで真昼野の代理人として来ました金剛寺要です」

 スポーティーなパンツルックの健康的な美女。
 花代と要に朗らかな笑顔で挨拶したのは“大神音夢おおかみねむ”。
 先日コラボ歌枠で共演した青狼寧音。
 自分とは反対の快活そうな人だと花代は思った。
 彼女達の目的はコラボ中に倒れた枢木姫百合……河野真琴のお見舞い。

「皆様~!お待たせしました!」
「いえ、大丈夫です。わたし達も来たばかりですし、まだ時間五分前ですから」

 自己紹介を終えた三人のもとに息を切らしながら駆け寄る女性。
 小綺麗なビジネススーツ姿に黒のローヒールパンプス。
 如何にも新人社会人と言った初々しい風情。

「はぁ~はぁ~……初めまして。私、枢木姫百合のマネージャーで大谷文と申します」
「これはご丁寧に……僕は……」

 息を整えながら、名刺を取り出す文。
 三人を代表して最年長の姉御肌音夢が名刺を受け取り自己紹介。
 全員が名乗り終えた所で、文が話を切り出す。

「あの……せっかく来て頂いて恐縮なのですが」
「あぁ……分かってるよ」

 文は言葉を濁す。
 花代達も思わず目を伏せる。

 失語症……現在真琴は喋る事ができない。
 その事はこの場にいる全員が前日に知らされていた。
 久しぶりに晴れた空とは裏腹にどんよりとした空気が場に立ち込める。

「……さぁ、行きましょう。ここに立っていても仕方ありません」

 項垂れる女性陣を励ますように要が中に入る様に促す。
 ここは病院……いつまでも入り口を占拠していては他の患者にも迷惑を掛けてしまう。
 落ち込む自分達を気遣いつつ、秩序はきちんと守る要らしい行動だと花代は少しだけ感心した。

 ノロノロと受付を済ませ、病室へ歩を進める四人。
 その足取りはひたすら重い。

「こんにちは、真琴さん!お見舞いに来ましたよ」
「…………」

 病院という場所に似つかわしくない威勢のいい声。
 文の空元気に真琴は弱々しい笑顔で会釈した。

「今日はお客さんも来てますよ!」
「おう!久しぶり……ってのも変か?初めまして、大神音夢だ」
「初めまして……山田花代です」
「こんにちは、金剛寺要です」

 朗らかな笑顔で元気よく挨拶する音夢。
 柔らかく落ち着いた声で丁寧に礼をする要。
 花代も緊張しながら、深々と頭を下げた。

 真琴は三人を一通り見回して……
 要の所で視線を止めた。

 何故こんなところに大男ゴリラがいるのかと思っているのだろう。
 目を白黒させる真琴の反応に要の表情が曇る。 

「あぁ……わたしは真昼野ステラの代理です。ステラはちょっとスケジュールが合わなくて」

 要は正体を明かせない。
 優しく繊細でお人好しな要の事だ。
 本当は自分の言葉で話したいはず。

 だが真昼野ステラが男である事はトップシークレット。
 肝心な時に正体が晒せないジレンマ。
 本心を誤魔化すような要の曖昧な笑みが痛々しい。

〔いらっしゃいませ。来てくれてありがとうございます〕

 真琴が手元のマジックでスケッチブックに丁寧な文字を書く。
 その笑顔はどこかぎこちない。

「いきなり悪りぃな。大勢でぞろぞろと」
〔いえいえ、こちらこそご心配をお掛けしてすみません〕
「気にすんなって。調子が悪い事なんて誰だってあるって」

 音夢が口角を上げながら屈託のない笑いで語り掛ける。
 その声は底抜けに明るい。

「こんな言い方をするのも変ですけど、思ったより元気で安心しました。ステラも心配しておりましたので……」
〔いきなり倒れちゃいましたからね。ステラさんにも宜しくお伝えください〕
「勿論です。今度は一緒に謡えるのを楽しみにしています」

 要は柔和だがぎこちない笑みを浮かべる。
 今の要はあくまでも真昼野ステラの
 思いを自分の言葉として話せないもどかしさがあるのかもしれない。
 もともと嘘が苦手な要だ。
 花代の目から見ても、申し訳なさが滲み出ていた

 心なしか真琴の笑顔が引きつって見えた。
 要の内心を薄々感じ取られたのかもしれない。

「体調はどうですか?どこか辛かったりはしませんか?」
〔はい、体調は悪くないです。声はこんな感じですけどね〕
「……早く治るといいですね」

 花代は心底そう思った。
 花代にとって声を失うほどの苦悩とはどのようなモノか想像もつかなかった。

 花代の憂いが感染うつったのか、真琴も眉をへの字に曲げ弱々しく微笑む。

 沈黙……重苦しい空気が病室に立ち込める。

「あっ!これ、お土産です。良かったら食べて下さい」
「ご丁寧にありがとうございます」

 要が無理に笑顔を作りながら、持参した紙袋を文に手渡す。

〔Vチューバーサブレ?〕
「はい……ウチの社長が持たせてくれたものです」
「……よくもまぁ、そんなもん見つけたな。オタクらの社長さん」
「ははぁ……」
「まぁ、味は保証するって言ってましたし」

 人気Vチューバーがプリントされた焼き菓子。
 薄井らしいチョイスに渇いた笑いを漏らすスターヌーンの二人。
 他の三人も愛想笑いを浮かべるばかり。

「すみません。そろそろお時間です」

 若い看護師の声。
 面会終了の合図だ。

 花代の耳に真琴が僅かに息を漏らす音が聞こえた。

〔今日は来てくれてありがとうございます〕
「おぅ、なんか悪かったな。大変な時に」
「それではわたし達はこの辺で」
「どうぞお大事に……」

 ペコリと頭を下げながら退室する三人。
 花代の視線の先には弱々しい笑みを浮かべる文と俯く真琴。

「今日は来ていただいてありがとうございます」

 深々と頭を下げる文の視線を背に花代達は病室を後にした。

 振り返り様に目に入った真琴は、ここではないどこかにいる様でぼんやりした様子。
 虚空を眺める彼女の瞳は……暗く濁っていた様に思えた。
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