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第四章_過去を悟る少女、未来に謡うVシンガー
第十三話_一周年
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八月三十日。
薄井はこの日、自主的に休みを取った。
三日月を始めとするスターヌーンの面々は驚天動地の出来事に恐慌状態だったが、気にしても仕方がない。
彼が今いるのは立川町にある大衆食堂……
そう、薄井はここで……
⦅やっぱりここでしたか。薄井さん⦆
「うん、やっぱり君には分かったか」
⦅当然です。だってここは……⦆
要は薄井の隣に腰掛け、サバの味噌煮定食を頼む。
⦅生姜焼き定食ですか?⦆
「当然」
⦅今日はため息ついてませんね⦆
「そりゃそうだろ」
クスクスと笑う要に釣られて、薄井も笑みが零れる。
ここは二人の思い出の場所。
ちょうど一年前、マネージャー薄井明とVシンガー金剛寺要が出会った場所。
「要君。どうしてここに?」
⦅薄井さんと同じです⦆
「……そっか」
感傷……この一年間、本当に色々な事があった。
宇美にアバターの依頼をして、桜井に楽曲の依頼をして、要の両親を説得して、花代と出会い、ローザとクリスマスコラボをし、笑美に出会い、何故か真琴を元気づける為に奔走して、そして天音が新加入し……
⦅今度のライブ、楽しみですね⦆
「あぁ、やっぱり一番手は笑美さんかな。会場の空気を盛り上げるなら彼女が一番だからね」
⦅え!私じゃないんですか?⦆
「真打は最後だって相場が決まってるんだよ」
⦅はぁ~……また調子のいい事言って⦆
ヘラヘラと笑う薄井。
呆れたように肩をすくめる要。
他愛のない会話だった。
同じ夢を目指す者同士、夢を語り合う。
一年前のただ推し活の為だけに生きていた自分には考えられない充実感があった。
「要君。君が真昼野ステラでよかった」
⦅えっ!どうしたんですか?急に?⦆
ノスタルジックな気持ちになったからだろうか。
はたまた、ずっと胸に抱えている不安のせいだろうか。
薄井は、彼らしくも無く真面目な口調で呟く。
「君の大きな身体は俺の弱い視力でも決して見失う事は無く、君の可憐な声は決して聴き間違えない」
⦅……本当にどうしたんですか?⦆
要が心配そうに薄井の顔を覗き込む。
「要君……俺がもし……仮の話なんだけど……配信を手伝えなくなっても謡い続けてくれるかな」
薄井は不安だった。
少しずつ落ちていく視力。
溜まり続ける疲労。
その癖、いつも目が冴えて眠る事も出来ない自分。
楽しすぎて眠る事すら勿体ないと思う自分。
ライブの事を考えただけで止まらなくなる自分。
薄井は思った。
おそらく自分は狂ってしまったのだと……
そんな薄井に要は……小さくため息をついた。
⦅薄井さん、この後ちょっと付き合って下さい⦆
「えっ?」
⦅薄井さんにとっての幸せは推しの幸せ。それは今も変わりませんよね?⦆
「……うん」
薄井は黙って頷いた。
要の控えめな笑顔が、まるで小さく瞬く星のように優しかったから……
薄井はこの日、自主的に休みを取った。
三日月を始めとするスターヌーンの面々は驚天動地の出来事に恐慌状態だったが、気にしても仕方がない。
彼が今いるのは立川町にある大衆食堂……
そう、薄井はここで……
⦅やっぱりここでしたか。薄井さん⦆
「うん、やっぱり君には分かったか」
⦅当然です。だってここは……⦆
要は薄井の隣に腰掛け、サバの味噌煮定食を頼む。
⦅生姜焼き定食ですか?⦆
「当然」
⦅今日はため息ついてませんね⦆
「そりゃそうだろ」
クスクスと笑う要に釣られて、薄井も笑みが零れる。
ここは二人の思い出の場所。
ちょうど一年前、マネージャー薄井明とVシンガー金剛寺要が出会った場所。
「要君。どうしてここに?」
⦅薄井さんと同じです⦆
「……そっか」
感傷……この一年間、本当に色々な事があった。
宇美にアバターの依頼をして、桜井に楽曲の依頼をして、要の両親を説得して、花代と出会い、ローザとクリスマスコラボをし、笑美に出会い、何故か真琴を元気づける為に奔走して、そして天音が新加入し……
⦅今度のライブ、楽しみですね⦆
「あぁ、やっぱり一番手は笑美さんかな。会場の空気を盛り上げるなら彼女が一番だからね」
⦅え!私じゃないんですか?⦆
「真打は最後だって相場が決まってるんだよ」
⦅はぁ~……また調子のいい事言って⦆
ヘラヘラと笑う薄井。
呆れたように肩をすくめる要。
他愛のない会話だった。
同じ夢を目指す者同士、夢を語り合う。
一年前のただ推し活の為だけに生きていた自分には考えられない充実感があった。
「要君。君が真昼野ステラでよかった」
⦅えっ!どうしたんですか?急に?⦆
ノスタルジックな気持ちになったからだろうか。
はたまた、ずっと胸に抱えている不安のせいだろうか。
薄井は、彼らしくも無く真面目な口調で呟く。
「君の大きな身体は俺の弱い視力でも決して見失う事は無く、君の可憐な声は決して聴き間違えない」
⦅……本当にどうしたんですか?⦆
要が心配そうに薄井の顔を覗き込む。
「要君……俺がもし……仮の話なんだけど……配信を手伝えなくなっても謡い続けてくれるかな」
薄井は不安だった。
少しずつ落ちていく視力。
溜まり続ける疲労。
その癖、いつも目が冴えて眠る事も出来ない自分。
楽しすぎて眠る事すら勿体ないと思う自分。
ライブの事を考えただけで止まらなくなる自分。
薄井は思った。
おそらく自分は狂ってしまったのだと……
そんな薄井に要は……小さくため息をついた。
⦅薄井さん、この後ちょっと付き合って下さい⦆
「えっ?」
⦅薄井さんにとっての幸せは推しの幸せ。それは今も変わりませんよね?⦆
「……うん」
薄井は黙って頷いた。
要の控えめな笑顔が、まるで小さく瞬く星のように優しかったから……
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