VSingerS【バーチャルシンガーズ】~俺は歌姫【ゴリラ】の敏腕マネージャー〜

黄昏湖畔

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第四章_過去を悟る少女、未来に謡うVシンガー

第二十八話_遺言

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 所は西多摩川総合病院のエントランス。
 薄井がまず会ったのは朱音だった。

「朱音さん。詩織さんの事情はご存じですか?」
「はい」

 朱音が力なく頷く。

「私は電話越しに会話を聞いただけですが、詩織さんは精神的に不安定になっています。何かしらの手を打たないといけないと思いますが」
「そうですね……でもどうしていいのか?きっと詩織ちゃんは私や夫の言葉に耳を貸さないでしょう」

 朱音は悲しそうに俯いた。

『嘘つきのおじさんなんて大嫌い』

 詩織が放った言葉が薄井の耳にこびりついて離れない。
 詩織にとって悟の死は受け入れがたい事。
 それこそ大好きなおじさん達を拒絶するほどに。

「今、詩織さんは?」
「家に戻っているそうです。夫が説得を試みていますがなしのつぶてで……」

 朱音は今にも泣き出しそうな表情で薄井から目を逸らす。
 薄井には想像する事しかできないが、子供に嫌われるというのは親にとってかなりショッキングなのだろう。
 薄井は僅かに逡巡した後、言葉を紡ぐ。

「悟君について、お聞かせ頂けますか?もしかしたら何かヒントになるかもしれません」

 薄井はどうしても知っておきたかった。
 薄井はあまりにも中島悟について知らなさすぎる。

「…………はい」

 朱音は戸惑いながらも頷いた。
 亡くした息子の記憶を呼び起こす作業はとても辛いだろう。
 だが薄井には選択肢が無かった。
 現状を打破できるのは中島悟だけだと確信していたから……


 ……待つ事しばし。意を決した朱音がポツポツと語り始めた。

「悟は利発な子でした。頭がいいのは勿論ですが、相手に合わせた接し方を知っているという点でとても賢い子でした。反面、本当の意味で人に心を許す子でもありませんでした。そんなあの子が唯一全幅の信頼を置いていたのが詩織ちゃんでした。
 悟は特に音楽の才能に恵まれていましたが、その切っ掛けを作ったのも詩織ちゃん。どんな歌でも上手に謡う詩織ちゃんを見て、『自分の作った曲で詩織ちゃんを世界一にするんだ』、なんて息巻いていましたね。
 誕生日プレゼントに電子キーボードと作曲用のパソコン一式を買ってあげた時のあの子の喜びようと言ったら……」

 朱音が懐かしそうに微笑む。
 薄井も子供らしい夢に思わず笑みが零れた。

「小学生に上がるくらいまでは悟がデタラメに鳴らした音に合わせて詩織ちゃんが即興で謡って、それで笑いあって……そうしている内に悟が本気になって、学校の勉強なんかそっちのけで音楽にのめり込んで、詩織ちゃんも悟が作る曲を楽しそうに謡って……思えばあの頃が一番幸せだったかもしれません」

 朱音の声が哀愁に揺らぐ。

「悟が八歳の時、突然倒れました。その時悟は余命一年と診断されました」
「悟君はその事を?」
「知っていました。あの子はいい意味でも悪い意味でも聡い子でした。私達の異変に気付き、お医者様を問い詰めました」
「それで悟君は?」

 朱音は自らの肩を抱きながら震えていた。
 息子の死を思い出したのだから、精神的な負荷も計り知れない。
 それでも薄井は敢えて話を促した。
 詩織の為に……そして何より亡き悟の為に……

「あの子はこう言いました。『もう残り少ないなら好きに生きる』と」
「それで……」
「あの子はずっと詩織ちゃんと一緒にいました。学校にも一緒に行って、帰ってきたら詩織ちゃんが謡って、悟が曲を作って、夕飯を一緒に食べて、お泊りして……あの子達はいつも笑っていました。そのおかげでしょうか。悟はお医者様の宣告を無視するように一年、二年と歳を重ねていきました。実は病気なんて嘘でこのまま何事も無く悟が大人になってくれるのではないかと錯覚してしまうほどに……」

 朱音は声を詰まらせた。
 薄井の目には彼女が必死に涙を堪えているように見えた。

「でも幻想はあくまでも幻想でした。病気の発覚から七年目。とうとう悟の身体に限界がやってきました。お医者様が言うにはあの子の身体はもうだいぶ前から限界を超えていたそうです。想像を絶する苦痛に耐えていたのだろうと話していました。
 それでも悟は一切弱音を吐きませんでした。弱音を吐いてしまった瞬間、詩織ちゃんと引き離されると思っていたのでしょうね」

 薄井は胸が締め付けられるような想いだった。
 せめて自分達には弱音を吐いて欲しかった……
 朱音の声色はそう言っているようだった。

「あの子は亡くなる間際に特大の段ボールいっぱいに詰められた楽譜と音楽データを私達に託しました。そこにはあの子が作ったおびただしい量の楽曲が収められていました。
 そしてこう言いました。『この曲は全て詩織ちゃんに謡って欲しい』と……それがあの子の遺言になりました」

 朱音は俯き、肩を震わせていた。

「ごめんなさい。これ以上は話せそうにありません。ここは病院ですから」

 朱音は今にも泣きそうな声で呟いた。
 病院で泣くのは憚られる。
 子を持つ母の、孫を持つ祖母の良心と矜持だけで彼女は涙を堪えているのだ。

「すみません。辛い事を思い出させて」
「いえ……」
「ありがとうございました。詩織さんの件、微力を尽くさせて頂きます」
「はい」

 薄井は弱々しい声を背に病院を後にした。

(悟君……君の想い、絶対に詩織さんに届ける)

 薄井はこう思った。
 きっと悟は詩織の一番のファンだったのだと……
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