6 / 20
6
しおりを挟む一人きりになって、わたしはぼんやりとお茶を飲みながら、ゲームのことを思い出していた。
『鏡の国』で『琴葉』につけられた女官は一人のみ……それも口がきけない女官だった。
ゲームの天佑は自分を頼るように、わざとコミュニケーションを取りにくい人物を選定していたのだ。
ーーだけど、さっきやってきた女官達はどの人物も愛想が良かった。
(ゲームの天佑と行動が変わっている?)
わたしの取った行動がゲームから逸脱しているからか……悪い方向ではないと思いたかった。
***
昼過ぎ。女官と共に部屋にやってきたのは一人の武官を紹介された。
名前は戌 皓月。彼は天佑に付いていた武官で、しばらくの期限付きで、わたしの護衛を受け持つらしい。
(皓月かぁ……)
彼を見て身構える。皓月は『鏡の国』に登場しているものの攻略キャラではない。けれど、問題は彼の行動だ。
ーーこの国は十二支にちなんだ家が権力を持ち、その家ごとに気風が分かれている。
たとえば、戌の一族の場合……王家に忠実で優れた武官を多く輩出していた。皓月も自身が仕える『王』には忠実だった。
***
ゲームの『琴葉』は最初。自分に執着を向ける天佑を恐れていた。
天佑からの愛を絶対に受け入れないルートを選んだ場合ーー『琴葉』は王を悲しませるだけの反逆者として、皓月に殺されてしまう。
(嫌だ。殺されたくはない)
皓月に非はない。けれどデッドエンドを知ってしまっているがゆえに緊張してしまう。
よろしければ後宮を案内します、と女官が申し出てくれたので、それに頷く。わたし達が回廊を歩けば、その後ろを皓月が護衛としてついてきた。
(せめて表情が顔に出れば良いのに)
チラリと後ろを振り返ると彼は無表情のまま、姿勢良く歩いている。
皓月が何を考えているか分からなかった。けれど、ひとたび彼が不敬であると判断されたら、わたしも斬られるのではないか。そんな恐怖が背筋を冷たくさせる。
(それにしても……またゲームと違う展開になっている)
ゲームで『琴葉』の護衛役となったのは皓月と攻略キャラの永嘉である。
永嘉は虎家の生まれだ。
虎家は戌家同様、優秀な武官を輩出しているものの、王家に忠実な戌家とは違って、プライドが高い者が多い。
ゲームの永嘉は名門の生まれということも相まって最初の頃は琴葉に冷たく接していた。
けれど、顔を合わせるうちに仲良くなり、ツンデレキャラになっていく。
表情がよく変わる永嘉ならば、まだ自分のことをどう思っているか知れる分、不安に思う必要はないだろう。
女官の話に相槌を打ちながら、案内された書庫に足を踏み入れる。
気まぐれに本を一冊手に取って捲ってみたものの、到底読めそうになかった。
(会話はできるのだから、文字だって読める仕様だったら良かったのに)
まぁ、嘆いていても仕方ない。
(せっかくだから文字を覚えようかな)
賭けに勝てたら、元の世界に戻れるように手配すると天佑は言っていた。けれど『必ず』とは言っていない。
天佑が今まで『琴葉』をこの世界に引き摺り込むために道術を研究していたことは知っている。
だけど元の世界に戻す研究はされていないのも知っていた。
(天佑からすれば当たり前か)
彼は『琴葉』をこの世界に縛り付ける気でいたのだから。そんな研究は必要ない。それにもし『琴葉』にその研究を知られ、帰られでもしたら……?
そう考えた天佑は今まで「琴葉を元の世界に戻す」研究はしていなかった。
ーー今から天佑が研究するにしても、私が元の世界に帰れる保証はないし、いつになるかも分からない。
だったら、まず字を覚えて、この世界で生き抜く術を身に付けた方が堅実なのかもしれない。
(……時間はあることだし)
もともとゲームを全てクリアするくらいに、この世界観が好きだった。
見聞を広めるためにも勉強しておいても損はないだろう。
55
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
じゃない方の私が何故かヤンデレ騎士団長に囚われたのですが
カレイ
恋愛
天使な妹。それに纏わりつく金魚のフンがこの私。
両親も妹にしか関心がなく兄からも無視される毎日だけれど、私は別に自分を慕ってくれる妹がいればそれで良かった。
でもある時、私に嫉妬する兄や婚約者に嵌められて、婚約破棄された上、実家を追い出されてしまう。しかしそのことを聞きつけた騎士団長が何故か私の前に現れた。
「ずっと好きでした、もう我慢しません!あぁ、貴方の匂いだけで私は……」
そうして、何故か最強騎士団長に囚われました。
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
『完結・R18』公爵様は異世界転移したモブ顔の私を溺愛しているそうですが、私はそれになかなか気付きませんでした。
カヨワイさつき
恋愛
「えっ?ない?!」
なんで?!
家に帰ると出し忘れたゴミのように、ビニール袋がポツンとあるだけだった。
自分の誕生日=中学生卒業後の日、母親に捨てられた私は生活の為、年齢を偽りバイトを掛け持ちしていたが……気づいたら見知らぬ場所に。
黒は尊く神に愛された色、白は"色なし"と呼ばれ忌み嫌われる色。
しかも小柄で黒髪に黒目、さらに女性である私は、皆から狙われる存在。
10人に1人いるかないかの貴重な女性。
小柄で黒い色はこの世界では、凄くモテるそうだ。
それに対して、銀色の髪に水色の目、王子様カラーなのにこの世界では忌み嫌われる色。
独特な美醜。
やたらとモテるモブ顔の私、それに気づかない私とイケメンなのに忌み嫌われている、不器用な公爵様との恋物語。
じれったい恋物語。
登場人物、割と少なめ(作者比)
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
第零騎士団諜報部潜入班のエレオノーラは男装して酒場に潜入していた。そこで第一騎士団団長のジルベルトとぶつかってしまい、胸を触られてしまうという事故によって女性とバレてしまう。
ジルベルトは責任をとると言ってエレオノーラに求婚し、エレオノーラも責任をとって婚約者を演じると言う。
エレオノーラはジルベルト好みの婚約者を演じようとするが、彼の前ではうまく演じることができない。またジルベルトもいろんな顔を持つ彼女が気になり始め、他の男が彼女に触れようとすると牽制し始める。
そんなちょっとズレてる二人が今日も任務を遂行します!!
―――
完結しました。
※他サイトでも公開しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる