隠れ御曹司の恋愛事情

秋月朔夕

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 月曜日の朝。わたしは妙にドキドキしながら出社した。
 理由は分かっている。桐山くんに告白されて、意識しているのだ。

(平常心。大事なのは平常心なんだから)

 そう自分に言い聞かせて、デスクに座る。
 早めの出社にも関わらず、桐山君はもう席についていた。
 彼の隣の席に座る。それだけのことがなんだか今日は特別なことに思えるのはどうしてなのか。
 座ってしまえば、一メートルもない距離に彼が居るのだと思うとなおさら意識しそうになる。


(態度に出さないようにしないと)

 まだ出社していない人の方が多いとはいえ、他の人だっているのだ。その人達に変に思われないようにしなければ。そう思って、『いつも通り』のフリをして、挨拶する。

「おはよう」
「おはようございます、花咲さん」

 短い挨拶でもちゃんとできたことにホッとする。席に座ってパソコンを起動させれば、もう相手の顔を見なくていい。だけど、彼の何気ない動作や息遣いが近い距離のせいで明確に伝わって、意識してしまう。


(というか、なんで今まで意識しなかったの)

 それはきっと彼を遠い存在のように感じていたからなのかもしれない。
 仕事が優秀で、誰にでも好かれていて、女性人気のある桐山くん。

 わたしが彼とか関わるのは仕事を依頼された時くらいで、他は挨拶を交わす程度の関係。そんな彼がわたしを好きだなんて……
 チラリと桐山くんを盗み見る。
 彼の顔はいつも通りに見えて、わたしばかり意識しているんじゃないかと悔しく思う。


(こんなんじゃ駄目だ。集中しないと!)

 まだ始業時刻ではないとはいえ、いつまでも桐山くんのことばかり考えていはいられないだろう。だいたい、この週末。ずっと彼のことを考えていた。それでも結論が出ないのだから、ちゃんと割り切るべきだ。


(そもそもわたしのことが好きなんて本当なのかな?)

 ほとんど関わりのないわたしを好きになるのはどうしてなのか。

(桐山くんと仲の良い女性社員も居るし)

 メールのチェックが終わったから、今月作成した分の見積書に間違いがないか確認していたその時。桐山くんから声が掛かる。

「花咲さん」
「ひゃ、はい」


 驚いて、変な声が出てしまった。
 これでは彼を意識してますと公言しているようなものじゃないか。
 やってしまった羞恥に俯く。心なしか頬が熱い気がする。

「集中しているところにすみません。新しい指示書です。急ぎではないのですが、確認お願いしても良いですか?」
「……うん。ごめん。確認しておくね」


 本当になにをやっているのだろう。自己嫌悪に俯きがなら、その書類を受け取ろうとした。そのせいで距離を見誤ったのだろう。指先に触れてしまった。

「……あ。ごめんなさい」
「いえ」


 慌てて顔を上げると、視線が絡み合う。彼は驚いた様子で目を丸くした後にそっと離れる。けれど、視線が交差した一瞬。彼の瞳に熱が籠ったような気がした。
 蕩けるみたいな甘い視線。それを向けられているのだと思うと、こちらの顔が熱くなる。

(意識しちゃダメなのに)


 指先が触れるなんて些細なことだ。思春期の子供のように意識してはならない。
 落ち着くために息を吐きたい。けれど、その動作すら彼に聞こえるのだと思うと、身動きがとれない。

 ぎゅっと目を閉じてから、そろりと瞼を上げる。
 彼から受け取った書類をめくってみれば、付箋が貼ってあった。


 そこには『僕は本気です』と一言だけ書かれていた。

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