隠れ御曹司の恋愛事情

秋月朔夕

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「これって……」

 寝起きの動揺から自分が何を着ているのかまで頭に入らなかったけれど、わたしが身に纏っているのはワイシャツ一枚だけだ。

 それも大きさからいって彼のもの。
 下着も身に付けないでワイシャツだけの状態で横抱きにされていると、太ももの辺りの裾が捲れ上がってくる。
 肌が露出しないように必死に裾を抑えると、彼がまた「可愛い」と口にした。


「桐山くん」
「すみません。桃子さんの服はまだ洗濯中でして……乾燥もしているので、あと一時間くらい掛かりそうです」

 一時間なら会社に行く時間までには間に合うだろう。

(だけど同じ服で行くのは……)

 いらない憶測をよばないか心配になる。


「もし桃子さんが良ければ、妹の服もありますけど……」
「あ。じゃあそれを借りても良い?」
「はい。もちろん」

 その話をしているうちにリビングへと辿り着く。
 アイランドキッチンの向かいには二人分の席があり、そこにサラダやオレンジジュースが用意されていた。
 壊れ物を扱うように降ろされると、彼は「朝食の準備をするから、もう少し待ってください」と言って、キッチンに向かおうとした。

「準備ならわたしも手伝うよ」
 そう提案して立ちあがろうとしたら、彼に肩を押さえられて止められる。


「駄目です。桃子さんはゆっくりしてください。じゃないと僕が落ち着きません」
「でも……」
「少しでも桃子さんの好感度を上げておきたい下心ですよ」
「それを言うと駄目なんじゃ……」

 彼の冗談にクスクスと笑うと、桐山くんがふっと目を細める。


「やっぱり笑った桃子さんの顔が一番好きです」
 そう言って、触れるだけのキスをした。
「桐山くん!」
「桃子さんが可愛いから悪いんです」


 極上の笑みを向けて戸惑うわたしに、彼はそのままキッチンへと向かっていった。
 取り残されたわたしの顔はきっと赤い。

(なんであんな恥ずかしいことばっかり言えるの?)


 それとも自分が知らないだけで世の男性達はあのようなことを好きな人の前で言っているのだろうか。

(分からない。だってそんな経験ないんだもの)

 諒一のことはノーカンだ。
 だって諒一はきっとわたしのことが好きじゃなかった。
 でなければ、あんなことしないはずだ。


(もう二度と会いたくない)


 朝から嫌なヤツを思い出した。
 その記憶を振り払うように部屋を見渡す。

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