王子としらゆき

秋月朔夕

文字の大きさ
34 / 40

第三十四話 しらゆきと砂上の幸せな時間

しおりを挟む
 彼は仕事の忙しさに一段落着いたらしく、一緒に過ごす時間が増えた。今までの分を取り戻そうとしているのかマンションにいる間、わたしを離そうとしない。朝は彼の腕の中で目覚め、おはようのキスで起こされる。うん。それだけなら恋人達の爽やかな朝なのかもしれない。
  ――濃厚過ぎなければ……
 そのまま朝から――ということも、最近ではもう慣れた。そのために早く起こされることも。だけど眩しい朝日が降り注ぐ中の行為は恥ずかしい。しかも隠そうとすればするほどに、甘い囁きと行為の濃密さが増していくからひたすら耐えるしかない。羞恥プレイもいいところだ。そして、わたしが腰砕けになっている間に彼は朝ごはんを作って、お姫様抱っこでダイニングに運んでいく。いや、うん。その頃にはさすがに少しは回復しているから自力で歩ける。それなのに、彼が傍にいる時は鷹夜が運んでいくことが常になって しまった。そのたびに頬や髪、おでこにキスの雨を降らせて愛の言葉を紡いでいくことに、わたしは未だに慣れないでいる。
 (むしろ前のわたしはどうしてたっていうのよっ?)
  まごついているわたしをよそに、彼は膝の上にわたしを乗せ、優雅に朝食を開始する。
 「ほら、雪乃。口を開けて」
  当たり前のごとく『はい、あーん』する彼に、頭の片隅で慣れってすごいなって思ってしまった。最初の頃は恥ずかしくて食べ物の味がよく分からなかったのに、今では味わう余裕ができてしまったのだから。
  朝食の後は鷹夜のネクタイを結んであげて、いってらっしゃいのキスをして見送ってから朝食の後片付け。そのあとに昨夜の行為で悲鳴を上げている身体を休ませようともう一度ベッドに戻る。

  そして起きて洗濯機を回した頃に鷹夜から電話が掛かってくることが多い。以前のわたしはスマホを持っていなかったらしく、専らマンションに備えつけてある固定電話を活用している。電話は五分くらいで終わるけれど、疑問に思っていることが一つだけある。
 (どうして、寝ていると時間には掛かってこないのかしら?)
  もちろんその方が都合良いのだけれど、起きる時間がまちまちなのに不思議だ。
 (まぁ、お互いのタイミングが合っている証拠なのかな)
  余っている時間は家のことをするようにしている。掃除したり、夜ご飯の下準備をしたり。けれど、それもやがて終わってしまう。退屈は怖い。世界で孤立しているのだと思い知らされているようで。だから鷹夜を待つ時間が苦痛だ。そのために最近はわざと多く寝たり、掃除機を使わないで箒で掃いたり、時間の掛かるような手間の掛かる料理を作ったりしている。あとお風呂も長めに入るようにしている。日中にお湯に浸かるのは贅沢だと思うけれど、先に入っておかないと鷹夜は一緒に入ろうと提案してくることが多い。
――もちろん、彼とお風呂だなんて、ただ一緒に入るだけで済むはずがない。
 何度か共にしたけれど、色んな意味でのぼせてしまう。そのために彼が帰ってくる前に済ませておく必要がある。鷹夜は不満そうにしているけれど、そんなのは知らないフリだ。
  やがて彼が彼が帰ってくると、それを知らせるためのインターフォンが鳴る。もちろん鍵くらい持っているけれど、彼曰く新婚夫婦のように出迎えて欲しいのだそうだ。おかえりなさいのキスをして、鷹夜を出迎えて夕食を朝と同じスタイルで食べて後片付けを終えれば、リビングのソファーに並んで寛ぐ。一緒にテレビを見ているとやっぱり鷹夜は他の芸能人よりも格好いいと思ってしまう。
 「……雪乃、私以外の男に見とれてはいけないよ?」
  わたしを引き寄せて、耳を甘噛みする彼は若干拗ねているようだ。
 「鷹夜以上に格好いい人はいないなって思ってただけよ?」
  わたしが冗談めかして言えば、彼は安心したかのように息を吐き出した。
 (どうして鷹夜はこんなにも不安がるのかしら)
  こういうことはたびたびある。そのたびに少しだけ疑問に思ってしまう。 わたしたちはこんなにも一緒にいるのに彼は目に見えないなにかを恐れているように感じる。
  それでも、今ある幸せを崩したくなくて、なにも言えない。
 「ねぇ、雪乃」
 「うん?」
 「結婚しないか?」
…………一瞬だけ、時が止まったように感じた。
 「どうしたの、急に……」
 「急なんかじゃないよ。私達は婚約者って言ってあっただろう?」
  そうだ。たしかに鷹夜は病室で言っていた。いつになく力強く彼に肩を掴まれていることが、鷹夜の本気を物語っている。
 「雪乃、わたしじゃキミの王子さまにはなれないのかな?」
  そんなわけない。かぶりを振って否定すると、少しだけ彼の視線が和らぐ。
  ――もしも、わたしが断ったら……
(もう鷹夜の傍に居られなくなるのかな)
  そう考えたら、恐ろしくてぶるりと肩が震えた。
  ――この時、わたしは鷹夜に依存しすぎているのだということに気付いた。
  けれど、今更。鷹夜から離れたくない。
 (この腕の中は心地良いことをもう知ってしまったから)
 「わ、たし……」
 「うん?」
 「鷹夜と結婚する」
  緊張で擦れきったわたしに、彼は満足そうに唇にキスを落とした。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

毒味役の私がうっかり皇帝陛下の『呪い』を解いてしまった結果、異常な執着(物理)で迫られています

白桃
恋愛
「触れるな」――それが冷酷と噂される皇帝レオルの絶対の掟。 呪いにより誰にも触れられない孤独な彼に仕える毒味役のアリアは、ある日うっかりその呪いを解いてしまう。 初めて人の温もりを知った皇帝は、アリアに異常な執着を見せ始める。 「私のそばから離れるな」――物理的な距離感ゼロの溺愛(?)に戸惑うアリア。しかし、孤独な皇帝の心に触れるうち、二人の関係は思わぬ方向へ…? 呪いが繋いだ、凸凹主従(?)ラブファンタジー!

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

処理中です...