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第三章
初陣
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汚染区は全てが国有地となっており、四方八方からコンクリートの壁が三重に設置され、外界から完全に封鎖されている。
数か所ある出入り口は、警備員が常駐して管理しているので、一般人はまず立ち入ることは出来ない。
警備員に身分証を提示し、目的と、予定を告げた。予定時刻を過ぎても戻らなかった場合、警備員から衛星電話を使って連絡が入り、状況によっては武装警察が投入される。
あまりないケースだが、全くないということでもない。まあ、その場合は最悪のケースになっていると、言えるのだが。
確認が済むと、警備員が門を開けてくれた。
門は大きなアーチ形の三重構造となっていて、重く分厚い扉が、大きな軋む音を立てながら、一つ一つゆっくりと開いた。
警備員と会釈を躱し、門を潜って抜けると、扉が再び軋む音を立てながら動いて、ゆっくりと閉まった。
毎度のことながらこの瞬間、独特な緊張感の高まりを感じる。
中の道路は舗装されることが無いので、アスファルトは朽ち果て、その周りを雑草などの草木が、縦横無尽に生い茂っていた。
当然といえば当然だが、人が生活している気配は無く、トラックのエンジン音だけが響いていた。
そのまま二十分ほど進むと、目的地に到着した。
グラウンドや体育館、校舎などが見える。
元は小学校だった場所だ。
絹江さんは移動中の車内では、ほとんど言葉を発せず、大分緊張していることが伝わってきた。
トラックから降りると、周りを注意深く確認する。
特に異常は見られない。
絹江さんに対して、体育館を指差した。
「絹江さん、あそこがミーティングの時に話した、目的地になります」
絹江さんが、強張った面持ちで頷いた。
トラックの荷台から、予備の弾薬などの荷物を取り出すと、体育館に向けて移動を始めた。
進んで行くと、チラホラと奴らが目に映ってきた。
錆鴉と呼ばれる鳥型の赤目で、名前の通り鴉に似た姿形なのだが、全長はその倍近くあり、鋭く硬い嘴に、赤褐色の体毛を携えていた。
絹江さんの表情が、より一層険しくなる。
手を上下させて、少し落ち着くように促す。
「大丈夫ですよ。今は赤目らにとっては、夜ですから」
赤目は総じて夜行性で、昼間は休眠している。だから、この時間帯は積極的に行動を起こさない。
こちらが目立った行動でもしない限り、赤目から襲い掛かってくるようなことは、まずないのだ。
絹江さんは、硬い表情で頷いた。
「ハイ……」
足早に突き進んでいくと、体育館に辿り着いた。
ドアは閉まっていたが、鍵は掛かっていない。
警戒しながら慎重にドアを開けて、中の様子を窺う。
特に目立った異常は見られない。
それでも注意深く、慎重に体育館の中に入った。
体育館の中は薄暗く、片面のコートにバレーボールのネットが、所々破れた状態でダラリと垂れ下がり、あちらこちらに、空気が抜けて変形したバスケットボールや、バレーボールが転がっていた。
床には埃が積もっていて、歩くたびに舞い上がった。
絹江さんが顔をしかめて、口を手で覆った。
体育館の壇上の横に、スライド式の扉があって、半分ほど開いていた。
注意深く気を配りながら、中に入る。
中は用具などの倉庫になっており、跳び箱や、マットなどが無残な形で散らばっていて、奥には鉄製の錆びついた細い階段があった。
慎重に階段を上って二階に出ると、大人二人分ぐらいの幅の通路に、鉄格子が付いた窓があった。
窓は所々割れていて、鉄格子は錆びた状態で変形していた。
今いる位置からはグラウンドを一望することが出来、その反対側は校舎が隣接している為に、見通しが悪かった。
ここが最終目的地だ。
一通り周りを見渡して確認するが、特に異常は見られない。
窓から外を指差しながら、絹江さんに具体的な状況を説明する。
「絹江さん外を見てください。錆鴉が居るのが見えますよね?」
グラウンドの所々に、錆鴉が特徴的な赤い目を光らせ、留まっていた。
赤目は不思議なことに、休眠中でも目だけは、いつも赤く光っている。
絹江さんが、緊張した面持ちで頷いた。
「ハイ」
「この場所から錆鴉を銃撃して、駆除していきます」
絹江さんは、少々怪訝そうな表情を浮かべた。
「あの……ミーティングの時にも思ったのですけど、銃声で逃げていかないものですか?」
絹江さんの疑問はもっともだ。
普通の鳥なら銃声を聞けば、驚いて逃げてしまうだろう。
だが、赤目は違う。
「その辺は大丈夫です。赤目ら逃げるどころか、向かってきますから」
「向かってくる……?」
絹江さんはイマイチ、ピンときていない様子だ。
赤目は異常を察すると、そこに集まってくる習性がある。
鳥型の赤目の場合だと、こちらを狙って突撃してくるのだ。
この場所を選んだのは、それを防ぐ為だ。体育館ならボールなどから窓を守る為に、必ず鉄格子が備え付けられているし、二回なら見晴らしも良く、何かと錆烏を迎撃しやすい。
シゲさんが追加して、フォローを入れる。
「アレだ……何て言ったかな……名前は忘れたが、昔の映画であったろう? 鳥が一斉に襲ってくる有名な映画……大体あんな感じだ」
絹江さんは話を理解していくごとに、段々と顔が青ざめていった。
「えぇ……⁉」
猪口昭正は心配であった。
我が社に、初の女性猟人が入ってきた。
だが、猟人の世界は荒事が常の、大変危険な業界だ。
そんな業界で女性が、上手くやっていけるだろうか?
その上、彼女の歳は若く、まだ十代ときている。
もし彼女の身に何かあれば、世間は黙っていないだろうし、何よりも親御さんに対して、申し訳が立たない。
唯一の救いは、一緒にチームを組むのが、経験豊富で頼りになるシゲさんと、同じく十代と歳は若いが、腕は立つコマという点だ。
この二人が一緒なら、問題は無いと思う……のだが、どうしても心配事が尽きず、悪いイメージばかり浮かんでくる。
小鳥遊所長は、どう考えているのだろうか?
彼女は、小鳥遊所長の親友の娘さんだという。その縁故から、うちの会社に入ってきたのだが、小鳥遊所長は心配じゃないのだろうか?
小鳥遊所長は窓辺に立ち、晴れた空を穏やかな表情で眺めていた。
小鳥遊所長とは自衛隊時代も含めると、もう十年以上の付き合いになるが、取り乱した所を、一切見たことが無い。
どんな時でも泰然自若としていて、その姿は見ているだけで、気持ちを落ち着かせる。
だが、それでも今回は聞かずにはおられない。
「小鳥遊所長、一つ伺ってもよろしいですか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「蜂須賀絹江さんのことは、心配じゃないのですか?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情で答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
流石、小鳥遊所長は、落ち着いておられるな。
いつもと変わらぬその口ぶりに、気持ちが落ち着いてきた。
不意に、固定電話の内線が鳴った。
相手は事務員の蜂須賀美咲である。
「猪口主任すみません、小鳥遊所長に、環境省に提出する書類が出来ているか、確認できますか?」
小鳥遊所長にその旨を伝えると、直ぐに返事が返ってきた。
「ええ、大丈夫ですよ」
美咲に、小鳥遊所長の返事を伝え、内線を切った。
何気ない、いつもの業務のやり取りである。
しかし、何か違和感がある。
美咲の尋ねていた書類は、小鳥遊所長のデスクの上に、今置かれている物ではないのか?
それだと出来ているようには、見えないのだが……。
う~~ん、気になるな……。
「環境省への書類を作成されるの、今回は随分と早かったですね?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
窓から外を眺めていて、静止したままで動かない。
「今日は、雨が降っていますね」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「明日は火曜日ですか?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「隣の客はよく柿食う客だ」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
どうやらかなり心配のようだ。
シゲさんが気楽な感じで、絹江さんに声をかけた。
「ホイじゃあ、頼むわな」
絹江さんが、緊張した表情で頷く。
「ハイ……」
絹江さんは深く一呼吸すると、窓から外に向けてライフルを構えた。
スコープを覗く表情から、集中していくのが分かった。
「いきます……」
絹江さんが一声発してから、少し間をおいて銃声が鳴った。
グラウンドで蹲るように佇んでいた錆鴉が、コトリと横に倒れた。
シゲさんと一緒に、称賛の声を上げる。
「おッ! ナ~~イス!」
「上等! 上等!」
初めての実戦で、初段を当てるのはなかなか難しい。
最初の緊張した面持ちを見たときは、どうなることかと思ったが、これなら何とかなりそうだ。
絹江さんの表情も、幾分か和らいだように見える。
「奴さんたち目を覚ましたな……これから忙しくなるぞ!」
グラウンドを見ると、錆鴉が鳴き声を上げ始める。
赤く光る眼も加味されて、何とも異様な光景だ。
窓から外に向けて、散弾銃を構えた。
「絹江さん、これからが本番何で、よろしくお願いします」
絹江さんの表情が、また硬くなった。
そんな絹江さんに、シゲさんが声を掛ける。
「なあに、そんなに気負うことはねえさ。やることは単純だ。撃って、撃って、撃ちまくるだけだ!」
グラウンドから錆鴉が一匹、コチラに向かって、飛んで来るのが見えた。
主に絹江さんに向けて、注意を促す。
「来ます!」
それに狙いを定めると、引き金を引いた。
轟音と共に、強い反動が体に掛かる。
飛んできた錆鴉は散弾を受けて、ゆっくりと落ちていった。
錆鴉が次々とコチラに向かって、飛んで来るのが見えた。
それら狙いを定めて、引き金を引いていく。
体育館に銃声が鳴り響き、硝煙が充満していく。
あまりの轟音に、耳がバカになりそうだ。
錆鴉たちは銃弾を受けて、次々と落下していった。
今回散弾銃には、鹿などの中型の動物を相手する際に、よく使用されるバックショットを使用しているが、通常鳥類などの飛行する対象には、バードショットを使用する。
バックショットと比べると威力は下がるが、粒が小さく、その分量が多くて範囲密度が高くなる為、対象に命中させやすいからだ。
だが、錆鴉が相手だとどうしても打撃力が足りず、一回の攻撃では行動不能にしきれない。
それにバックショットでも、錆鴉大きいおかげで命中率はあまり変わらず、次々と錆鴉を打ち落とすことが出来た。
錆鴉は、次々と飛んできた。
それらを、手当たり次第に撃っていく。
だが、一向に錆鴉の襲撃は止まらない。
グラウンドには、更に錆鴉が集まってきていた。
今までどこに、これほどの数がいたんだ……っていうか、いつもより大分多くない?
続けざまの強い反動に、体が悲鳴を上げてきていた。
流石に、ちょっとしんどくなってきたな……
それでも、我慢して撃ち続ける。
今はそれしか手がなかった。
突然、シゲさんが声を張り上げた。
「嬢ちゃん! 弾が入っとらんぞ!」
絹江さんはスコープを覗き、一心不乱に引き金を引いていた。
だが、銃が発砲することは無かった。
絹江さんはそれさえ気づかずに、ボルトを引いては、引き金を引くことを繰り返している。
この状況に、気が動転しているのだろう。
絹江さんの肩に手を掛けて、声をかけた。
「絹江さん! 弾が切れていますよ」
絹江さんはビクンと体を揺らした後、驚いてをコチラに顔を向けた。
もう一度、今度はゆっくりと声をかける。
「絹江さん弾が切れているので、弾倉を交換して下さい」
次の瞬間、衝撃と共に鈍い音が響いた。
撃ち漏らした錆鴉が、鉄格子に衝突したのだ。
絹江さんが、悲鳴を上げて固まる。
「きゃぁぁぁ――ッ!」
絹江さんを落ち着かせる為に、諭すように語りかけた。
「絹江さん落ち着いてください。鉄格子が守ってくれますから大丈夫です。今のうちに弾倉を交換しましょう」
絹江さんはおぼつかない手つきながらも、弾倉の交換を始めた。
やはり初めての実戦で、かなり一杯一杯ようだ。
状況が状況だしな……こればっかりはしょうがない。
絹江さんはどうにか弾倉を交換し終えると、射撃を再開させた。
……一応大丈夫そうな感じだな。
こちらも錆鴉に向けて、射撃を再開させる。
その後も絶え間なく錆鴉は飛んできたが、全て迎撃していった。
絹江さんはグラウンドに降り立つと、何とも言えない表情を浮かべて、驚きの声を上げた。
「うわぁ……凄い……」
辺り一面を埋め尽くすように、錆鴉の死体が広がっていた。
チラホラと、まだ僅かに動いている奴もいる。
ホルスターから、45口径のオートを抜いた。
「まだ生きている奴もいるので、気を付けて下さい」
まだ動いている錆鴉に、止めの弾丸を撃ち込んだ。
『ギギィィ……』
錆烏は軽い悲鳴を上げて、動かなくなった。
「周りを見てきますので、少し休んでいて下さい。もし生きている奴を見かけたら、危険なので止めを刺しといて下さい」
絹江さんは無言でコクリと頷いた。幾分か和らいでいた表情が、また、硬くなっていく。
他に赤目がいなかい確認しながら、周りの錆鴉に止めを刺していった。
戻ってくると、絹江さんがしゃがみ込んで、錆鴉を触っていた。
……何かのアニメの再放送で、こういう光景を見たな。
こっちに気付いた絹江さんは、不思議そうな顔で聞いてきた。
「柏木さん、これは……生き物……?」
赤目を初めて間近で見た人は、皆そう思うだろう。
正直、生き物という感じが、全くしないのだ。
大体の赤目は、体毛は硬く針金みたいで、筋肉はバネ様になっており、骨は鉄のように硬く、内臓部分にはチューブのような管が、ギッシリと張り巡っている。
普段見ている生き物と比べると、明らかに異質な感じだ。
「それに……これは血なの……?」
辺りにはどす黒い鮮血が、飛び散っていた。
粘着性があり、血というよりまるでオイルのようだ。
まさに生き物というより、機械という感じしかしない。
それでも一応、分類的には生き物になるらしい。
出現から二十年は経過しているのだが、黒い球体を含めて、赤目について正確な正体は判明していない。色々と学説はあって、赤目は他の世界の生物兵器で侵略者という、なかなかの学説まである。
現状としては百花繚乱、色々と学説がありすぎて、意見が統一出来ないというのが実情だ。
「ところで絹江さん、まだ体力の方は大丈夫ですか?」
「……一応まだ大丈夫です」
「それなら助かります」
絹江さんが、不安そうな顔を浮かべた。
「まだ何かあるのですか?」
「そうですね……どちらかというと、今からの方が大変かも」
絹江さんは、さらに不安そうな顔を浮かべた。
その時、車のエンジン音が聞こえてきた。
シゲさんがグラウンドに、トラックを乗り入れて停車させた。
そしてトラックから降りると、辺りを見渡して声を上げた。
「こりゃあ……随分と大漁だな」
「ええ、いつもよりかなり多いですね」
絹江さんがおずおずと尋ねた。
「いつもは、もっと少ないのですか?」
「大体、今日の半分ぐらいですね」
「今日は嬢ちゃんのおかげで、大分助かったわい」
「確かにそうですね」
「そんなこと無いですよ。足を引っ張ってばかりで……」
そうは言っても、絹江さんはうれしそうな表情を浮かべた。
これはお世辞抜きで、本当に助かった。
通常と比べると、倍近い数の錆烏だ。もし、今回シゲさんと二人だけなら、かなりヤバかっただろう。
絹江さんがいてくれたおかげで、どうにか捌ききれたような感じだ。
「だがなぁ……そのおかげで、これから大変何だが……」
「そうですね」
絹江さんが、不安げに尋ねる。
「……これからいったい……?」
シゲさんは辺りを示すように、指を一回転させた。
「錆鴉(これ)を全部、トラックに積み込む」
絹江さんは目を丸くさせた。
「えッ……」
猟人という職業は、ボランティアでは無い。
赤目を駆除することによって、賃金を得ているのだ。
その為には、赤目を駆除したことを、証明しなければならない。
駆除した赤目を環境省直轄の専門の施設、回収センターに運んで行き、そこで確認してもらうと、駆除証明書を発行してくれる。後日、それを元に事務所が国に請求して、お金が発生する。
いっぱい倒せば、いっぱいお金が入ってくるのだが、いっぱい運び込まなければならない。
倒したら終わり、という訳では無いのだ。
「先週よりは、マシだけどな」
シゲさんは、俺を見て豪快に笑った。
先週は中型サイズの黒狼を、三匹倒したのは良いが、全長が約二メートルを超え、体重も百キロを超えていた。
それを担架に乗せて、シゲさんと二人で四階から担いで降ろしたのだが、一匹をトラックに積み込んだ時点で、汗は滝のように流れ、腕はパンパンで、膝はガクガクと笑っていた。
しかも、一匹だけでもこんなに大変なのに、三匹も倒してしまったばかりに、三往復もする羽目になった。
あれは本当にきつかった……。
「確かに、先週よりかはマシですけど……」
だからと言って、今回が楽という訳でもないけどね。
事情が分からずに、絹江さんは怪訝そうな顔をしていたが、これからのことも考えて、この話は軽く流した。
初日からキツイ話ばかり聞くのも、どうかと思うし、先週みたいなのはイレギュラーで、稀なケースだから、そうそう出会わないだろう。
「数も多いし、とっとと積み込むぞ。でなきゃ日が暮れちまう」
「そうですね」
「分かりました」
手分けして錆鴉をトラックに積み込んでいったが、やはり数が数なだけに、かなりの時間と労力を要した。
錆鴉を回収センターに持ち運んで、駆除証明書を発行してもらい、会社に戻るころには、絹江さんは疲労で、大分グッタリとしていた。
会社に戻ってくると、小鳥遊所長が笑顔で出迎えてくれた。
「ご苦労様です」
銃を整備して残った弾薬を一緒に返還し、それを小鳥遊所長と、猪口主任に確認してもらった。
後は報告書を作成して、今日の業務は終了だ。
報告書の提出を終えて、着替えようかと思ったが、絹江さんが更衣室を使用していたので、時間を潰すことにした。
一階の販売機でアイスティーを買い、三階に上がって行った。
三階の入り口手前には灰皿と、ソファーが置いてあって、小鳥遊所長と、シゲさんがタバコを吹かしていた。
「お疲れ様です」
シゲさんがタバコを差し出した。
「吸うか?」
「一応、未成年です」
シゲさんが豪快に笑った。
「ハッハッハ――ッ、お前見ているとそう感じなくてなぁ」
確かに高校生には見えないと、よく言われますけどね。
それから小鳥遊所長と今日の狩りの話になり、絹江さんの話になった。
「どうでしたか、絹江は?」
「まぁ、良かったんじゃねえの……なあ?」
シゲさんから振られて頷いた。
「初戦にしては、よく動けていたと思います」
「そうですか……」
小鳥遊所長の表情は、どこか残念そうに見えた。
それからシゲさんと他愛もない話をしていると、下の方から事務所内に向けてと思われる、絹江さんの声が聞こえてきた。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
絹江さんらしき女性が、階段を下って行くのが見える。
「俺らも帰るか?」
「ですね」
小鳥遊所長に挨拶をして、その日はそのまま帰宅の途に就いた。
数か所ある出入り口は、警備員が常駐して管理しているので、一般人はまず立ち入ることは出来ない。
警備員に身分証を提示し、目的と、予定を告げた。予定時刻を過ぎても戻らなかった場合、警備員から衛星電話を使って連絡が入り、状況によっては武装警察が投入される。
あまりないケースだが、全くないということでもない。まあ、その場合は最悪のケースになっていると、言えるのだが。
確認が済むと、警備員が門を開けてくれた。
門は大きなアーチ形の三重構造となっていて、重く分厚い扉が、大きな軋む音を立てながら、一つ一つゆっくりと開いた。
警備員と会釈を躱し、門を潜って抜けると、扉が再び軋む音を立てながら動いて、ゆっくりと閉まった。
毎度のことながらこの瞬間、独特な緊張感の高まりを感じる。
中の道路は舗装されることが無いので、アスファルトは朽ち果て、その周りを雑草などの草木が、縦横無尽に生い茂っていた。
当然といえば当然だが、人が生活している気配は無く、トラックのエンジン音だけが響いていた。
そのまま二十分ほど進むと、目的地に到着した。
グラウンドや体育館、校舎などが見える。
元は小学校だった場所だ。
絹江さんは移動中の車内では、ほとんど言葉を発せず、大分緊張していることが伝わってきた。
トラックから降りると、周りを注意深く確認する。
特に異常は見られない。
絹江さんに対して、体育館を指差した。
「絹江さん、あそこがミーティングの時に話した、目的地になります」
絹江さんが、強張った面持ちで頷いた。
トラックの荷台から、予備の弾薬などの荷物を取り出すと、体育館に向けて移動を始めた。
進んで行くと、チラホラと奴らが目に映ってきた。
錆鴉と呼ばれる鳥型の赤目で、名前の通り鴉に似た姿形なのだが、全長はその倍近くあり、鋭く硬い嘴に、赤褐色の体毛を携えていた。
絹江さんの表情が、より一層険しくなる。
手を上下させて、少し落ち着くように促す。
「大丈夫ですよ。今は赤目らにとっては、夜ですから」
赤目は総じて夜行性で、昼間は休眠している。だから、この時間帯は積極的に行動を起こさない。
こちらが目立った行動でもしない限り、赤目から襲い掛かってくるようなことは、まずないのだ。
絹江さんは、硬い表情で頷いた。
「ハイ……」
足早に突き進んでいくと、体育館に辿り着いた。
ドアは閉まっていたが、鍵は掛かっていない。
警戒しながら慎重にドアを開けて、中の様子を窺う。
特に目立った異常は見られない。
それでも注意深く、慎重に体育館の中に入った。
体育館の中は薄暗く、片面のコートにバレーボールのネットが、所々破れた状態でダラリと垂れ下がり、あちらこちらに、空気が抜けて変形したバスケットボールや、バレーボールが転がっていた。
床には埃が積もっていて、歩くたびに舞い上がった。
絹江さんが顔をしかめて、口を手で覆った。
体育館の壇上の横に、スライド式の扉があって、半分ほど開いていた。
注意深く気を配りながら、中に入る。
中は用具などの倉庫になっており、跳び箱や、マットなどが無残な形で散らばっていて、奥には鉄製の錆びついた細い階段があった。
慎重に階段を上って二階に出ると、大人二人分ぐらいの幅の通路に、鉄格子が付いた窓があった。
窓は所々割れていて、鉄格子は錆びた状態で変形していた。
今いる位置からはグラウンドを一望することが出来、その反対側は校舎が隣接している為に、見通しが悪かった。
ここが最終目的地だ。
一通り周りを見渡して確認するが、特に異常は見られない。
窓から外を指差しながら、絹江さんに具体的な状況を説明する。
「絹江さん外を見てください。錆鴉が居るのが見えますよね?」
グラウンドの所々に、錆鴉が特徴的な赤い目を光らせ、留まっていた。
赤目は不思議なことに、休眠中でも目だけは、いつも赤く光っている。
絹江さんが、緊張した面持ちで頷いた。
「ハイ」
「この場所から錆鴉を銃撃して、駆除していきます」
絹江さんは、少々怪訝そうな表情を浮かべた。
「あの……ミーティングの時にも思ったのですけど、銃声で逃げていかないものですか?」
絹江さんの疑問はもっともだ。
普通の鳥なら銃声を聞けば、驚いて逃げてしまうだろう。
だが、赤目は違う。
「その辺は大丈夫です。赤目ら逃げるどころか、向かってきますから」
「向かってくる……?」
絹江さんはイマイチ、ピンときていない様子だ。
赤目は異常を察すると、そこに集まってくる習性がある。
鳥型の赤目の場合だと、こちらを狙って突撃してくるのだ。
この場所を選んだのは、それを防ぐ為だ。体育館ならボールなどから窓を守る為に、必ず鉄格子が備え付けられているし、二回なら見晴らしも良く、何かと錆烏を迎撃しやすい。
シゲさんが追加して、フォローを入れる。
「アレだ……何て言ったかな……名前は忘れたが、昔の映画であったろう? 鳥が一斉に襲ってくる有名な映画……大体あんな感じだ」
絹江さんは話を理解していくごとに、段々と顔が青ざめていった。
「えぇ……⁉」
猪口昭正は心配であった。
我が社に、初の女性猟人が入ってきた。
だが、猟人の世界は荒事が常の、大変危険な業界だ。
そんな業界で女性が、上手くやっていけるだろうか?
その上、彼女の歳は若く、まだ十代ときている。
もし彼女の身に何かあれば、世間は黙っていないだろうし、何よりも親御さんに対して、申し訳が立たない。
唯一の救いは、一緒にチームを組むのが、経験豊富で頼りになるシゲさんと、同じく十代と歳は若いが、腕は立つコマという点だ。
この二人が一緒なら、問題は無いと思う……のだが、どうしても心配事が尽きず、悪いイメージばかり浮かんでくる。
小鳥遊所長は、どう考えているのだろうか?
彼女は、小鳥遊所長の親友の娘さんだという。その縁故から、うちの会社に入ってきたのだが、小鳥遊所長は心配じゃないのだろうか?
小鳥遊所長は窓辺に立ち、晴れた空を穏やかな表情で眺めていた。
小鳥遊所長とは自衛隊時代も含めると、もう十年以上の付き合いになるが、取り乱した所を、一切見たことが無い。
どんな時でも泰然自若としていて、その姿は見ているだけで、気持ちを落ち着かせる。
だが、それでも今回は聞かずにはおられない。
「小鳥遊所長、一つ伺ってもよろしいですか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「蜂須賀絹江さんのことは、心配じゃないのですか?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情で答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
流石、小鳥遊所長は、落ち着いておられるな。
いつもと変わらぬその口ぶりに、気持ちが落ち着いてきた。
不意に、固定電話の内線が鳴った。
相手は事務員の蜂須賀美咲である。
「猪口主任すみません、小鳥遊所長に、環境省に提出する書類が出来ているか、確認できますか?」
小鳥遊所長にその旨を伝えると、直ぐに返事が返ってきた。
「ええ、大丈夫ですよ」
美咲に、小鳥遊所長の返事を伝え、内線を切った。
何気ない、いつもの業務のやり取りである。
しかし、何か違和感がある。
美咲の尋ねていた書類は、小鳥遊所長のデスクの上に、今置かれている物ではないのか?
それだと出来ているようには、見えないのだが……。
う~~ん、気になるな……。
「環境省への書類を作成されるの、今回は随分と早かったですね?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
窓から外を眺めていて、静止したままで動かない。
「今日は、雨が降っていますね」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「明日は火曜日ですか?」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
「隣の客はよく柿食う客だ」
小鳥遊所長はいつもの様に、穏やかな表情を浮かべて答えた。
「ええ、大丈夫ですよ」
どうやらかなり心配のようだ。
シゲさんが気楽な感じで、絹江さんに声をかけた。
「ホイじゃあ、頼むわな」
絹江さんが、緊張した表情で頷く。
「ハイ……」
絹江さんは深く一呼吸すると、窓から外に向けてライフルを構えた。
スコープを覗く表情から、集中していくのが分かった。
「いきます……」
絹江さんが一声発してから、少し間をおいて銃声が鳴った。
グラウンドで蹲るように佇んでいた錆鴉が、コトリと横に倒れた。
シゲさんと一緒に、称賛の声を上げる。
「おッ! ナ~~イス!」
「上等! 上等!」
初めての実戦で、初段を当てるのはなかなか難しい。
最初の緊張した面持ちを見たときは、どうなることかと思ったが、これなら何とかなりそうだ。
絹江さんの表情も、幾分か和らいだように見える。
「奴さんたち目を覚ましたな……これから忙しくなるぞ!」
グラウンドを見ると、錆鴉が鳴き声を上げ始める。
赤く光る眼も加味されて、何とも異様な光景だ。
窓から外に向けて、散弾銃を構えた。
「絹江さん、これからが本番何で、よろしくお願いします」
絹江さんの表情が、また硬くなった。
そんな絹江さんに、シゲさんが声を掛ける。
「なあに、そんなに気負うことはねえさ。やることは単純だ。撃って、撃って、撃ちまくるだけだ!」
グラウンドから錆鴉が一匹、コチラに向かって、飛んで来るのが見えた。
主に絹江さんに向けて、注意を促す。
「来ます!」
それに狙いを定めると、引き金を引いた。
轟音と共に、強い反動が体に掛かる。
飛んできた錆鴉は散弾を受けて、ゆっくりと落ちていった。
錆鴉が次々とコチラに向かって、飛んで来るのが見えた。
それら狙いを定めて、引き金を引いていく。
体育館に銃声が鳴り響き、硝煙が充満していく。
あまりの轟音に、耳がバカになりそうだ。
錆鴉たちは銃弾を受けて、次々と落下していった。
今回散弾銃には、鹿などの中型の動物を相手する際に、よく使用されるバックショットを使用しているが、通常鳥類などの飛行する対象には、バードショットを使用する。
バックショットと比べると威力は下がるが、粒が小さく、その分量が多くて範囲密度が高くなる為、対象に命中させやすいからだ。
だが、錆鴉が相手だとどうしても打撃力が足りず、一回の攻撃では行動不能にしきれない。
それにバックショットでも、錆鴉大きいおかげで命中率はあまり変わらず、次々と錆鴉を打ち落とすことが出来た。
錆鴉は、次々と飛んできた。
それらを、手当たり次第に撃っていく。
だが、一向に錆鴉の襲撃は止まらない。
グラウンドには、更に錆鴉が集まってきていた。
今までどこに、これほどの数がいたんだ……っていうか、いつもより大分多くない?
続けざまの強い反動に、体が悲鳴を上げてきていた。
流石に、ちょっとしんどくなってきたな……
それでも、我慢して撃ち続ける。
今はそれしか手がなかった。
突然、シゲさんが声を張り上げた。
「嬢ちゃん! 弾が入っとらんぞ!」
絹江さんはスコープを覗き、一心不乱に引き金を引いていた。
だが、銃が発砲することは無かった。
絹江さんはそれさえ気づかずに、ボルトを引いては、引き金を引くことを繰り返している。
この状況に、気が動転しているのだろう。
絹江さんの肩に手を掛けて、声をかけた。
「絹江さん! 弾が切れていますよ」
絹江さんはビクンと体を揺らした後、驚いてをコチラに顔を向けた。
もう一度、今度はゆっくりと声をかける。
「絹江さん弾が切れているので、弾倉を交換して下さい」
次の瞬間、衝撃と共に鈍い音が響いた。
撃ち漏らした錆鴉が、鉄格子に衝突したのだ。
絹江さんが、悲鳴を上げて固まる。
「きゃぁぁぁ――ッ!」
絹江さんを落ち着かせる為に、諭すように語りかけた。
「絹江さん落ち着いてください。鉄格子が守ってくれますから大丈夫です。今のうちに弾倉を交換しましょう」
絹江さんはおぼつかない手つきながらも、弾倉の交換を始めた。
やはり初めての実戦で、かなり一杯一杯ようだ。
状況が状況だしな……こればっかりはしょうがない。
絹江さんはどうにか弾倉を交換し終えると、射撃を再開させた。
……一応大丈夫そうな感じだな。
こちらも錆鴉に向けて、射撃を再開させる。
その後も絶え間なく錆鴉は飛んできたが、全て迎撃していった。
絹江さんはグラウンドに降り立つと、何とも言えない表情を浮かべて、驚きの声を上げた。
「うわぁ……凄い……」
辺り一面を埋め尽くすように、錆鴉の死体が広がっていた。
チラホラと、まだ僅かに動いている奴もいる。
ホルスターから、45口径のオートを抜いた。
「まだ生きている奴もいるので、気を付けて下さい」
まだ動いている錆鴉に、止めの弾丸を撃ち込んだ。
『ギギィィ……』
錆烏は軽い悲鳴を上げて、動かなくなった。
「周りを見てきますので、少し休んでいて下さい。もし生きている奴を見かけたら、危険なので止めを刺しといて下さい」
絹江さんは無言でコクリと頷いた。幾分か和らいでいた表情が、また、硬くなっていく。
他に赤目がいなかい確認しながら、周りの錆鴉に止めを刺していった。
戻ってくると、絹江さんがしゃがみ込んで、錆鴉を触っていた。
……何かのアニメの再放送で、こういう光景を見たな。
こっちに気付いた絹江さんは、不思議そうな顔で聞いてきた。
「柏木さん、これは……生き物……?」
赤目を初めて間近で見た人は、皆そう思うだろう。
正直、生き物という感じが、全くしないのだ。
大体の赤目は、体毛は硬く針金みたいで、筋肉はバネ様になっており、骨は鉄のように硬く、内臓部分にはチューブのような管が、ギッシリと張り巡っている。
普段見ている生き物と比べると、明らかに異質な感じだ。
「それに……これは血なの……?」
辺りにはどす黒い鮮血が、飛び散っていた。
粘着性があり、血というよりまるでオイルのようだ。
まさに生き物というより、機械という感じしかしない。
それでも一応、分類的には生き物になるらしい。
出現から二十年は経過しているのだが、黒い球体を含めて、赤目について正確な正体は判明していない。色々と学説はあって、赤目は他の世界の生物兵器で侵略者という、なかなかの学説まである。
現状としては百花繚乱、色々と学説がありすぎて、意見が統一出来ないというのが実情だ。
「ところで絹江さん、まだ体力の方は大丈夫ですか?」
「……一応まだ大丈夫です」
「それなら助かります」
絹江さんが、不安そうな顔を浮かべた。
「まだ何かあるのですか?」
「そうですね……どちらかというと、今からの方が大変かも」
絹江さんは、さらに不安そうな顔を浮かべた。
その時、車のエンジン音が聞こえてきた。
シゲさんがグラウンドに、トラックを乗り入れて停車させた。
そしてトラックから降りると、辺りを見渡して声を上げた。
「こりゃあ……随分と大漁だな」
「ええ、いつもよりかなり多いですね」
絹江さんがおずおずと尋ねた。
「いつもは、もっと少ないのですか?」
「大体、今日の半分ぐらいですね」
「今日は嬢ちゃんのおかげで、大分助かったわい」
「確かにそうですね」
「そんなこと無いですよ。足を引っ張ってばかりで……」
そうは言っても、絹江さんはうれしそうな表情を浮かべた。
これはお世辞抜きで、本当に助かった。
通常と比べると、倍近い数の錆烏だ。もし、今回シゲさんと二人だけなら、かなりヤバかっただろう。
絹江さんがいてくれたおかげで、どうにか捌ききれたような感じだ。
「だがなぁ……そのおかげで、これから大変何だが……」
「そうですね」
絹江さんが、不安げに尋ねる。
「……これからいったい……?」
シゲさんは辺りを示すように、指を一回転させた。
「錆鴉(これ)を全部、トラックに積み込む」
絹江さんは目を丸くさせた。
「えッ……」
猟人という職業は、ボランティアでは無い。
赤目を駆除することによって、賃金を得ているのだ。
その為には、赤目を駆除したことを、証明しなければならない。
駆除した赤目を環境省直轄の専門の施設、回収センターに運んで行き、そこで確認してもらうと、駆除証明書を発行してくれる。後日、それを元に事務所が国に請求して、お金が発生する。
いっぱい倒せば、いっぱいお金が入ってくるのだが、いっぱい運び込まなければならない。
倒したら終わり、という訳では無いのだ。
「先週よりは、マシだけどな」
シゲさんは、俺を見て豪快に笑った。
先週は中型サイズの黒狼を、三匹倒したのは良いが、全長が約二メートルを超え、体重も百キロを超えていた。
それを担架に乗せて、シゲさんと二人で四階から担いで降ろしたのだが、一匹をトラックに積み込んだ時点で、汗は滝のように流れ、腕はパンパンで、膝はガクガクと笑っていた。
しかも、一匹だけでもこんなに大変なのに、三匹も倒してしまったばかりに、三往復もする羽目になった。
あれは本当にきつかった……。
「確かに、先週よりかはマシですけど……」
だからと言って、今回が楽という訳でもないけどね。
事情が分からずに、絹江さんは怪訝そうな顔をしていたが、これからのことも考えて、この話は軽く流した。
初日からキツイ話ばかり聞くのも、どうかと思うし、先週みたいなのはイレギュラーで、稀なケースだから、そうそう出会わないだろう。
「数も多いし、とっとと積み込むぞ。でなきゃ日が暮れちまう」
「そうですね」
「分かりました」
手分けして錆鴉をトラックに積み込んでいったが、やはり数が数なだけに、かなりの時間と労力を要した。
錆鴉を回収センターに持ち運んで、駆除証明書を発行してもらい、会社に戻るころには、絹江さんは疲労で、大分グッタリとしていた。
会社に戻ってくると、小鳥遊所長が笑顔で出迎えてくれた。
「ご苦労様です」
銃を整備して残った弾薬を一緒に返還し、それを小鳥遊所長と、猪口主任に確認してもらった。
後は報告書を作成して、今日の業務は終了だ。
報告書の提出を終えて、着替えようかと思ったが、絹江さんが更衣室を使用していたので、時間を潰すことにした。
一階の販売機でアイスティーを買い、三階に上がって行った。
三階の入り口手前には灰皿と、ソファーが置いてあって、小鳥遊所長と、シゲさんがタバコを吹かしていた。
「お疲れ様です」
シゲさんがタバコを差し出した。
「吸うか?」
「一応、未成年です」
シゲさんが豪快に笑った。
「ハッハッハ――ッ、お前見ているとそう感じなくてなぁ」
確かに高校生には見えないと、よく言われますけどね。
それから小鳥遊所長と今日の狩りの話になり、絹江さんの話になった。
「どうでしたか、絹江は?」
「まぁ、良かったんじゃねえの……なあ?」
シゲさんから振られて頷いた。
「初戦にしては、よく動けていたと思います」
「そうですか……」
小鳥遊所長の表情は、どこか残念そうに見えた。
それからシゲさんと他愛もない話をしていると、下の方から事務所内に向けてと思われる、絹江さんの声が聞こえてきた。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
絹江さんらしき女性が、階段を下って行くのが見える。
「俺らも帰るか?」
「ですね」
小鳥遊所長に挨拶をして、その日はそのまま帰宅の途に就いた。
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