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第七章
団地
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絹江さんは久しぶりに、緊張した顔を覗かせた。
今日は、他社と合同での狩りだ。
他社と交流することによって、技術の向上を図るという目的もあるが、単純に予定の場所が、広すぎるというのが主な理由だ。
絹江さんは他社と合同での狩りは、今回が初めてだ。
その為であろう、口数がいつもより少ない。
「そう言えば向こうにも、絹江さんと同じ時期に狩人になった人が、いるみたいですよ」
「それ本当に?」
「ええ、そう聞いています」
絹江さんの表情が、少し柔らかくなった。
同じくらいの新人がいる方が、親近感もあって落ち着くのであろう。
因みに絹江さんは、名前の件は特に何も言わなくなった。納得はしていないようだが、これといった呼び名もないので、諦めたみたいだ。
目的地に到着すると、絹江さんは驚きの声を上げた。
「うわぁ……ここを全部?」
今回の場所は、元は団地だった所だ。七階建ての建物で、各階には部屋が六部屋ずつあり、それが八号棟まであった。
そこを各部屋隈なく調べて、赤目を駆除していくのだ。
数が多いだけに、かなり骨が折れる。
団地の中央にある集会所の近くに、トラックを停めた。
相手方は既に到着していたらしく、そこには三人の人影があった。
その内の二人は顔なじみだが、もう一人は初めて見る顔だ。
どうやらその人が、新しい人みたいだ。
トラックから降りると、男性が一人近寄ってきた。
男性は、俺やシゲさんには目もくれず、絹江さんにまっしぐらに進むと、いきなり話しかけてきた。
「やあ、初めまして、僕はKSS社の加賀美景虎という者だけど、君が小鳥遊さん所に新しく入ってきた子だね。これからよろしくね。何か分からないことがあれば、何でも聞いてくれ、こう見えても僕はベテランなんでね。えッ? そうは見えないだって? 困ったなぁ。僕みたいに若くて実力ある猟人なんて、他にはいないからね」
景虎はするりと絹江さんの手を握った。
「えッ……えッ……」
突然のことに、絹江さんは目をパチクリさせている。
「会社は違うけど、遠慮することはないよ。これから一緒に仕事をしていく仲だし、狩人同士率先的に、交流を持った方が良いと思うんだ。ところで、今度の休みは空いている? ドライブなんてどうかなぁ? この前免許を取ったのホギャッ!」
景虎は股間を抑えて、倒れこんだ。
その後ろでは、ヘルメットを小脇に抱えた防護服姿の女性が、一人立っていた。
ソバージュのかかった短い髪が、シンメトリーになっていて、キリっとしたシャープな顔立ちに、身長や体格は大きくないが、モデルの様に背筋の伸びた綺麗な立ち姿は、威風堂々した印象を受けた。
女性が、絹江さんに声をかける。
「このバカは、遠慮なくシバいていいからね!」
「えッ⁉ アッ……ハイ……」
絹江さんは状況が飲み込めていないようで、ドギマギしている。
女性に、シゲさんと揃って、声をかけた。
「よお、お疲れ」
「ツバメ姉さん、お疲れ様です」
「ああ、今日はヨロシコ!」
女性は、俺とシゲさんと挨拶を交わすと、絹江さんに向き直った。
「アンタが小鳥遊さんとこに、新しく入った子だね。アタシはKSSの加賀美燕っていう者さ。これからはヨロシク」
絹江さんが慌てて頭を下げた。
「蜂須賀絹江といいます。こちらこそよろしくお願いします」
「コイツみたいに『ツバメ姉さん』でもよいいし、呼び方は好きに呼んで構わないよ」
ツバメ姉さんは、俺を顎で指すと、タバコを取り出して火を点けた。
「それと……シュウ。こっち来い!」
ツバメ姉さんはタバコを吹かしながら、手招きをした。
シュウと呼ばれた人が、駆け寄ってきた。
身長は170センチ半ば位ありそうで、年齢はかなり若そうだ。俺や絹江さんと、同じぐらいの年齢に見える。
防護服の上からハーフコートを着込んでいて、体型までは正確に分からないが、顔立ちは綺麗に整っており、かなりの美少年だ。
それにしても、この夏場にハーフコートを着込むなんて、暑くないのであろうか?
その姿は少し奇異に感じた。
「コイツがKSS社に最近入った奴だ。オイ、挨拶しな」
「一之瀬鷲です。よろしくお願いします」
声は少ししゃがれていて、ハスキーボイスであった。
シゲさんが、シュウさんに声をかける。
「一之瀬? オマエさんもしかして、一之瀬の爺さんのお孫さんか?」
シュウさんはコクリと頷いた。
「知合いですか?」
「ああ、昔自衛隊でな……まあ、色々と世話になったわ」
そういえばシゲさんや、小鳥遊所長に、猪口主任は自衛隊出身って言っていたな。
「まあ、何にせよ、よろしく頼むわ。熊谷茂雄だ」
こっちも自己紹介がてら、シュウさんと挨拶を交わした。
「それじゃあボチボチと、始めるとするか……」
ツバメ姉さんは、携帯灰皿に煙草を捻りこんだ。
そして、倒れていた景虎の、お尻を蹴り上げた。
「いつまで寝ていんのさ! とっとと起きな!」
「痛いよ! お姉ちゃんのせいだろうが」
景虎がお尻を擦りながら立ち上がった。
「仕事中は『お姉ちゃん』と呼ぶなと、いつも言っているだろうが!」
ツバメ姉さんは、さらに景虎を蹴り上げた。
「ちょっとやめてよ! 蹴らないでよ!」
景虎は蹴られまいと逃げていき、ツバメ姉さんが追いかけていった。
呆気に取られている、絹江さんに向けて解説する。
「あの二人は、大体いつもあんな感じです」
「そうなんだ……」
シゲさんが呆れた顔で言った。
「このまま待っててもしょうがねぇや。ヤルことはいつもと変わらねぇから、アイツら抜きでミーティング始めるか?」
それに無言で頷くシュウさん。
勿論こっちも同意する。
「そうですね」
「……ハイ、分かりました」
今回は俺と、絹江さんは一号棟から、シュウさんと、景虎は八号棟を下から各部屋を探索していき、赤目を発見しだい駆除しながら、全ての部屋の確認する。
シゲさんと、ツバメ姉さんは中央の集会所付近に残って、何か問題が起こった時にフォローに回る。
「それじゃあ、準備が出来次第、取り掛かるとしよう」
今回の場所に出現する赤目は、小型サイズばかりだ。
室内での戦闘がメインになるので、俺はいつもの45口径のオートに、予備として357マグナム弾のリボルバーを、絹江さんはポリマーフレーム製のオートを装備していた。
シュウさんを見ると、ポリマーフレーム製のオートがホルスターに、それと、セミオートマチック式の散弾銃を手に持っていた。
正直、セミオートマチック式の散弾銃が羨ましかった。
今回のような小型の赤目とか、以前に相手した鳥型のように、動きが速い相手には、非常に使いやすい。
うちの事務所にある散弾銃は、全てポンプアクション式なので、連続して射撃する場合は、なかなか苦労する。その上装填する際も、弾丸を一つ一つ込めていくのが厄介だ。
セミオートマチック式の散弾銃なら、装填も弾倉の交換で済むので手軽だし、ポンプアクションの動作が無いので、連続して撃つ場合も素早く行える。
だが、お値段が少々お高い。
残念ながらこの辺は、会社の資金力の差だろう。KSS社は財閥系の加賀美グループの関連企業なので、元々の資金力が違いすぎる。
因みにツバメ姉さんと、景虎はそこの親族になり、つまるところ二人ともかなりのお嬢様と、お坊ちゃまである。猟人になったのも地域貢献と、社会勉強の為という話だ。
お金持ちはお金持ちで、平民にはないご苦労があるようだ。
戻ってきたツバメ姉さんが、頭を抱えて景虎の持ち物を指差した。
「アンタ、なんでその銃なの?」
景虎は、某刑事映画の主人公が使用することで有名な、44マグナムのリボルバーを手にしていた。
その銃自体は、決して悪い物ではないのだが、今回対象となる小型の赤目を相手するには、とてもじゃないが適しているとは言い難い。
「フッ……お姉ちゃんの言いたいことは分かるよ。でも、僕の実力をもってすればぁwせがぁ……」
ツバメ姉さんが、景虎に無言で鉄拳を振るった。
景虎はちゃんと実力はあるのだが、どうにも派手な銃を使いたがるので、現場で空回りすることが多かった。
あの様子だと、ツバメ姉さんに内緒で用意したのだろう。
ツバメ姉さんが、持っていた45口径のオートと、景虎の44マグナムのリボルバーを、鉄拳を振るいながら無理やり交換した。
そして、ため息をつきながらシュウさんに話しかける。
「ハァ……シュウ、お前はまだ経験は浅いけど腕は確かだ。このバカは当てにならないから、お前の方でしっかり頼んだよ」
シュウさんは無言で頷いた。
それに対して景虎はぶつくさ言っているが、ツバメ姉さんはそれを無視して、こちらに話しかける。
「色々と待たせて済まなかったね。それじゃあ、始めるとしよう」
部屋には鍵は掛かっていなかった。
ドアを慎重に開け、中の様子を窺うが、特に問題は見られない。
絹江さんに目配せすると、呼応して頷いた。
辺りに気を配りながら、中に入って行く。絹江さんが緊張した表情で、後について来る。
短い廊下の右手と、奥にドアがあった。
右手側のドアをゆっくりと開き、中を窺う。
部屋中に埃が積もっていて、家具などの物は一切見当たらず、特に異常は見られない。
続けて奥側のドアを開けて、中を窺う。
部屋の中は先程と同じで家具は一切なく、左手にキッチン、右手と奥に、更にドアがあった。
奥の部屋を確認すると、トイレや、浴室などが見て取れたが、特に異常は見られない。
残りの右手側のドアを開けて、中を覗く。
この感じだと、ここにはいな……あッ!
部屋の中は右手にクローゼットがあり、奥の窓際に黒い物体が見えた。
全長は一メートルぐらいで、ネズミのような姿形に、少し大きめの前歯と、黒い体毛を携えていた。
黒ネズミと呼ばれる小型の赤目だ。
戦闘力は低いのだが、建物などに隠れて住み、頑丈な前歯で建物や、機械設備などに損害を与える。
見たところ黒ネズミは休眠中で、一匹だけのようだ。
片手で、絹江さんに待つように伝える。
周りに気を配りながら、部屋の中に入った。
右手のクローゼットを慎重に覗くと、中は空で何もなかった。
手招きして絹江さんを誘導し、黒ネズミを指差した。
絹江さんはこちらの意をくみ、緊張した表情で頷いた。
絹江さんが一呼吸入れて、黒鼠に向けて銃を構える。
そして、部屋中に銃声が続けて響いた。
弾丸が黒ネズミに命中し、どす黒い鮮血が飛び散る。
黒ネズミは悲鳴さえ上げることなく、その生涯を閉じた。
周りに神経を尖らせ、警戒を強める。
暫く様子を見てみたが、特に変化はなかった。
う~~ん……来ないか……。
赤目は銃声などのように、何かしらの異変を察知すると、そこに向かってくる習性がある。いつもなら近くにいた赤目が、元気いっぱいに襲ってくるのだが、今回はその兆しが、全くなかった。
絹江さんに声をかける。
「大丈夫そうな感じですね」
絹江さんが緊張した表情を、少し緩ませた。
「……でも、銃声は響いているよね? それなのに何で一匹も、やって来ないのかしら?」
「う~~ん、赤目らせっかちですからね。部屋で待ち構えることはないと思いますから、単純に近くにいなかっただけかと」
「大体どれぐらい、居るのかな?」
「いつもですと、各階に2~3匹ぐらいの割合ですね」
「そうすると……56~84匹!」
流石は優等生、計算が早い。
「というか、168部屋も見て回るってこと?」
そのことに、気付いてしまいましてね。それに気付かなければ、割と辛くないのですけど、気付いてしまうと、つい数えてしまうから、余計に辛く感じてしまう。だから、ミーティングの際にも、あえてこの辺のことは、一切触れなかった。
それと、これもあえて言わないが、赤目の駆除が終わったら、回収作業が待っているので、実はさらに倍って感じになる。
「ええ、そうなりますね。合同で行うのもその為です」
絹江さんの顔が、一気にどんよりと曇った。
そんな絹江さんを引き連れて、次の部屋を向かった。
だが、ここから予想を、大きく外れる結果になった。
赤目の数が少ないのだ。一号棟は三匹で、二号棟に四匹、三号棟には二匹しかおらず、いつもと比べると、格段に数が少なかった。
そんな展開でも、確認する部屋の数は多い。各階に六部屋ある七階建ての建物を、三セット探索して、赤目とも戦闘をこなしてきた。
残すところ四号棟のみだが、絹江さんの顔には、かなりの疲労の色が見受けられた。
「少し休憩しましょうか?」
この提案に、絹江さんが素直に頷いた。
「うん、お願い」
三号棟の一階の階段のところで、一休みする。
絹江さんには階段に腰かけてもらいながらも、こっちで周りに注意を払い警戒は怠らない。
絹江さんは呼吸が乱れ、かなり汗をかいていた。
今日は曇り空で、この時期にしては、気温がそれほど高くないのだが、防護服などを身に纏っているおかげで、体温的にはかなり熱い。
ちょっとシュウさんのことが気になった。
シュウさんは防護服の上から、コートを羽織っていた。
あの格好はかなり熱いと思うけどなぁ。そもそもこの季節に、何であんな格好を? もの凄い冷え性とか? う~~ん、まあ、それでも大丈夫なら、それはそれでいいんだけれども……
絹江さんがポーチからペットボトルを取り出し、口に含んでゴクゴクと、一気に水を流し込む。
絹江さんの容姿が、大きな要因とは思うが、妙に絵になる光景だ。
こんな時に何だけれども、CMが取れそうだな。
それを横目で見ながら、ポーチからミ〇キーウェイを取り出した。
いかにも海外のお菓子って感じがする、他を寄せ付けない甘味の強者だが、疲労している時には、非常にありがたく感じる。因みに、疲れていない時でも、普通にありがたくいただいている。
「食べますか? 疲労回復には良いですよ」
「ありがとう。貰うわ」
絹江さんに、ミルキー〇ェイを仰々しく差し出した。
「どうぞ、お受け取り下さいませ」
それに対して、絹江さんがふんぞり返って受け取る。
「うむ、苦しゅうない」
「殿か!」
まだのってくる元気はあるから、大丈夫そうだな。
ふと、何気なしに壁が目についた。
あれ……こんな感じだったかな……?
建物の一階部分の壁が、所々破損していた。それは何か重たい物でも、衝突したような跡だ。
前に来た時には、無かったような……。
不意にイヤホンから、シゲさんの声が聞こえてきた。
「コマ、今返事できるか?」
「ハイ、大丈夫です」
「そっちの状況は、どんな感じだ?」
「進捗は早いですけと、赤目があんまりいませんね」
「そっちもかぁ……」
「ということは、向こうも?」
「ああ、まるっきりいないそうだ」
「んん~~何か変な感じしますね」
「ああ、事前調査から考えても、ちょっとな……。何もなければそれでいいんだが、一応用心はしといてくれ」
「ええ、分かりました」
赤目がいないことで、危機感を感じるとは……。
絹江さんが、ミルキーウェイを頬張りながら聞いてきた。
「これって、悪い感じなの?」
「う~~ん、何とも言えませんね。今のところ特別危険な目には、合っていませんから……」
明確にコレってものがなくて、判断つかないんだよな。兎にも角にも今はやれることを、やるしかないんだけど……
「絹江さん、そろそろ行きましょうか?」
「そうね」
絹江さんの声には、先程までと比べて張りがあった。
今日は、他社と合同での狩りだ。
他社と交流することによって、技術の向上を図るという目的もあるが、単純に予定の場所が、広すぎるというのが主な理由だ。
絹江さんは他社と合同での狩りは、今回が初めてだ。
その為であろう、口数がいつもより少ない。
「そう言えば向こうにも、絹江さんと同じ時期に狩人になった人が、いるみたいですよ」
「それ本当に?」
「ええ、そう聞いています」
絹江さんの表情が、少し柔らかくなった。
同じくらいの新人がいる方が、親近感もあって落ち着くのであろう。
因みに絹江さんは、名前の件は特に何も言わなくなった。納得はしていないようだが、これといった呼び名もないので、諦めたみたいだ。
目的地に到着すると、絹江さんは驚きの声を上げた。
「うわぁ……ここを全部?」
今回の場所は、元は団地だった所だ。七階建ての建物で、各階には部屋が六部屋ずつあり、それが八号棟まであった。
そこを各部屋隈なく調べて、赤目を駆除していくのだ。
数が多いだけに、かなり骨が折れる。
団地の中央にある集会所の近くに、トラックを停めた。
相手方は既に到着していたらしく、そこには三人の人影があった。
その内の二人は顔なじみだが、もう一人は初めて見る顔だ。
どうやらその人が、新しい人みたいだ。
トラックから降りると、男性が一人近寄ってきた。
男性は、俺やシゲさんには目もくれず、絹江さんにまっしぐらに進むと、いきなり話しかけてきた。
「やあ、初めまして、僕はKSS社の加賀美景虎という者だけど、君が小鳥遊さん所に新しく入ってきた子だね。これからよろしくね。何か分からないことがあれば、何でも聞いてくれ、こう見えても僕はベテランなんでね。えッ? そうは見えないだって? 困ったなぁ。僕みたいに若くて実力ある猟人なんて、他にはいないからね」
景虎はするりと絹江さんの手を握った。
「えッ……えッ……」
突然のことに、絹江さんは目をパチクリさせている。
「会社は違うけど、遠慮することはないよ。これから一緒に仕事をしていく仲だし、狩人同士率先的に、交流を持った方が良いと思うんだ。ところで、今度の休みは空いている? ドライブなんてどうかなぁ? この前免許を取ったのホギャッ!」
景虎は股間を抑えて、倒れこんだ。
その後ろでは、ヘルメットを小脇に抱えた防護服姿の女性が、一人立っていた。
ソバージュのかかった短い髪が、シンメトリーになっていて、キリっとしたシャープな顔立ちに、身長や体格は大きくないが、モデルの様に背筋の伸びた綺麗な立ち姿は、威風堂々した印象を受けた。
女性が、絹江さんに声をかける。
「このバカは、遠慮なくシバいていいからね!」
「えッ⁉ アッ……ハイ……」
絹江さんは状況が飲み込めていないようで、ドギマギしている。
女性に、シゲさんと揃って、声をかけた。
「よお、お疲れ」
「ツバメ姉さん、お疲れ様です」
「ああ、今日はヨロシコ!」
女性は、俺とシゲさんと挨拶を交わすと、絹江さんに向き直った。
「アンタが小鳥遊さんとこに、新しく入った子だね。アタシはKSSの加賀美燕っていう者さ。これからはヨロシク」
絹江さんが慌てて頭を下げた。
「蜂須賀絹江といいます。こちらこそよろしくお願いします」
「コイツみたいに『ツバメ姉さん』でもよいいし、呼び方は好きに呼んで構わないよ」
ツバメ姉さんは、俺を顎で指すと、タバコを取り出して火を点けた。
「それと……シュウ。こっち来い!」
ツバメ姉さんはタバコを吹かしながら、手招きをした。
シュウと呼ばれた人が、駆け寄ってきた。
身長は170センチ半ば位ありそうで、年齢はかなり若そうだ。俺や絹江さんと、同じぐらいの年齢に見える。
防護服の上からハーフコートを着込んでいて、体型までは正確に分からないが、顔立ちは綺麗に整っており、かなりの美少年だ。
それにしても、この夏場にハーフコートを着込むなんて、暑くないのであろうか?
その姿は少し奇異に感じた。
「コイツがKSS社に最近入った奴だ。オイ、挨拶しな」
「一之瀬鷲です。よろしくお願いします」
声は少ししゃがれていて、ハスキーボイスであった。
シゲさんが、シュウさんに声をかける。
「一之瀬? オマエさんもしかして、一之瀬の爺さんのお孫さんか?」
シュウさんはコクリと頷いた。
「知合いですか?」
「ああ、昔自衛隊でな……まあ、色々と世話になったわ」
そういえばシゲさんや、小鳥遊所長に、猪口主任は自衛隊出身って言っていたな。
「まあ、何にせよ、よろしく頼むわ。熊谷茂雄だ」
こっちも自己紹介がてら、シュウさんと挨拶を交わした。
「それじゃあボチボチと、始めるとするか……」
ツバメ姉さんは、携帯灰皿に煙草を捻りこんだ。
そして、倒れていた景虎の、お尻を蹴り上げた。
「いつまで寝ていんのさ! とっとと起きな!」
「痛いよ! お姉ちゃんのせいだろうが」
景虎がお尻を擦りながら立ち上がった。
「仕事中は『お姉ちゃん』と呼ぶなと、いつも言っているだろうが!」
ツバメ姉さんは、さらに景虎を蹴り上げた。
「ちょっとやめてよ! 蹴らないでよ!」
景虎は蹴られまいと逃げていき、ツバメ姉さんが追いかけていった。
呆気に取られている、絹江さんに向けて解説する。
「あの二人は、大体いつもあんな感じです」
「そうなんだ……」
シゲさんが呆れた顔で言った。
「このまま待っててもしょうがねぇや。ヤルことはいつもと変わらねぇから、アイツら抜きでミーティング始めるか?」
それに無言で頷くシュウさん。
勿論こっちも同意する。
「そうですね」
「……ハイ、分かりました」
今回は俺と、絹江さんは一号棟から、シュウさんと、景虎は八号棟を下から各部屋を探索していき、赤目を発見しだい駆除しながら、全ての部屋の確認する。
シゲさんと、ツバメ姉さんは中央の集会所付近に残って、何か問題が起こった時にフォローに回る。
「それじゃあ、準備が出来次第、取り掛かるとしよう」
今回の場所に出現する赤目は、小型サイズばかりだ。
室内での戦闘がメインになるので、俺はいつもの45口径のオートに、予備として357マグナム弾のリボルバーを、絹江さんはポリマーフレーム製のオートを装備していた。
シュウさんを見ると、ポリマーフレーム製のオートがホルスターに、それと、セミオートマチック式の散弾銃を手に持っていた。
正直、セミオートマチック式の散弾銃が羨ましかった。
今回のような小型の赤目とか、以前に相手した鳥型のように、動きが速い相手には、非常に使いやすい。
うちの事務所にある散弾銃は、全てポンプアクション式なので、連続して射撃する場合は、なかなか苦労する。その上装填する際も、弾丸を一つ一つ込めていくのが厄介だ。
セミオートマチック式の散弾銃なら、装填も弾倉の交換で済むので手軽だし、ポンプアクションの動作が無いので、連続して撃つ場合も素早く行える。
だが、お値段が少々お高い。
残念ながらこの辺は、会社の資金力の差だろう。KSS社は財閥系の加賀美グループの関連企業なので、元々の資金力が違いすぎる。
因みにツバメ姉さんと、景虎はそこの親族になり、つまるところ二人ともかなりのお嬢様と、お坊ちゃまである。猟人になったのも地域貢献と、社会勉強の為という話だ。
お金持ちはお金持ちで、平民にはないご苦労があるようだ。
戻ってきたツバメ姉さんが、頭を抱えて景虎の持ち物を指差した。
「アンタ、なんでその銃なの?」
景虎は、某刑事映画の主人公が使用することで有名な、44マグナムのリボルバーを手にしていた。
その銃自体は、決して悪い物ではないのだが、今回対象となる小型の赤目を相手するには、とてもじゃないが適しているとは言い難い。
「フッ……お姉ちゃんの言いたいことは分かるよ。でも、僕の実力をもってすればぁwせがぁ……」
ツバメ姉さんが、景虎に無言で鉄拳を振るった。
景虎はちゃんと実力はあるのだが、どうにも派手な銃を使いたがるので、現場で空回りすることが多かった。
あの様子だと、ツバメ姉さんに内緒で用意したのだろう。
ツバメ姉さんが、持っていた45口径のオートと、景虎の44マグナムのリボルバーを、鉄拳を振るいながら無理やり交換した。
そして、ため息をつきながらシュウさんに話しかける。
「ハァ……シュウ、お前はまだ経験は浅いけど腕は確かだ。このバカは当てにならないから、お前の方でしっかり頼んだよ」
シュウさんは無言で頷いた。
それに対して景虎はぶつくさ言っているが、ツバメ姉さんはそれを無視して、こちらに話しかける。
「色々と待たせて済まなかったね。それじゃあ、始めるとしよう」
部屋には鍵は掛かっていなかった。
ドアを慎重に開け、中の様子を窺うが、特に問題は見られない。
絹江さんに目配せすると、呼応して頷いた。
辺りに気を配りながら、中に入って行く。絹江さんが緊張した表情で、後について来る。
短い廊下の右手と、奥にドアがあった。
右手側のドアをゆっくりと開き、中を窺う。
部屋中に埃が積もっていて、家具などの物は一切見当たらず、特に異常は見られない。
続けて奥側のドアを開けて、中を窺う。
部屋の中は先程と同じで家具は一切なく、左手にキッチン、右手と奥に、更にドアがあった。
奥の部屋を確認すると、トイレや、浴室などが見て取れたが、特に異常は見られない。
残りの右手側のドアを開けて、中を覗く。
この感じだと、ここにはいな……あッ!
部屋の中は右手にクローゼットがあり、奥の窓際に黒い物体が見えた。
全長は一メートルぐらいで、ネズミのような姿形に、少し大きめの前歯と、黒い体毛を携えていた。
黒ネズミと呼ばれる小型の赤目だ。
戦闘力は低いのだが、建物などに隠れて住み、頑丈な前歯で建物や、機械設備などに損害を与える。
見たところ黒ネズミは休眠中で、一匹だけのようだ。
片手で、絹江さんに待つように伝える。
周りに気を配りながら、部屋の中に入った。
右手のクローゼットを慎重に覗くと、中は空で何もなかった。
手招きして絹江さんを誘導し、黒ネズミを指差した。
絹江さんはこちらの意をくみ、緊張した表情で頷いた。
絹江さんが一呼吸入れて、黒鼠に向けて銃を構える。
そして、部屋中に銃声が続けて響いた。
弾丸が黒ネズミに命中し、どす黒い鮮血が飛び散る。
黒ネズミは悲鳴さえ上げることなく、その生涯を閉じた。
周りに神経を尖らせ、警戒を強める。
暫く様子を見てみたが、特に変化はなかった。
う~~ん……来ないか……。
赤目は銃声などのように、何かしらの異変を察知すると、そこに向かってくる習性がある。いつもなら近くにいた赤目が、元気いっぱいに襲ってくるのだが、今回はその兆しが、全くなかった。
絹江さんに声をかける。
「大丈夫そうな感じですね」
絹江さんが緊張した表情を、少し緩ませた。
「……でも、銃声は響いているよね? それなのに何で一匹も、やって来ないのかしら?」
「う~~ん、赤目らせっかちですからね。部屋で待ち構えることはないと思いますから、単純に近くにいなかっただけかと」
「大体どれぐらい、居るのかな?」
「いつもですと、各階に2~3匹ぐらいの割合ですね」
「そうすると……56~84匹!」
流石は優等生、計算が早い。
「というか、168部屋も見て回るってこと?」
そのことに、気付いてしまいましてね。それに気付かなければ、割と辛くないのですけど、気付いてしまうと、つい数えてしまうから、余計に辛く感じてしまう。だから、ミーティングの際にも、あえてこの辺のことは、一切触れなかった。
それと、これもあえて言わないが、赤目の駆除が終わったら、回収作業が待っているので、実はさらに倍って感じになる。
「ええ、そうなりますね。合同で行うのもその為です」
絹江さんの顔が、一気にどんよりと曇った。
そんな絹江さんを引き連れて、次の部屋を向かった。
だが、ここから予想を、大きく外れる結果になった。
赤目の数が少ないのだ。一号棟は三匹で、二号棟に四匹、三号棟には二匹しかおらず、いつもと比べると、格段に数が少なかった。
そんな展開でも、確認する部屋の数は多い。各階に六部屋ある七階建ての建物を、三セット探索して、赤目とも戦闘をこなしてきた。
残すところ四号棟のみだが、絹江さんの顔には、かなりの疲労の色が見受けられた。
「少し休憩しましょうか?」
この提案に、絹江さんが素直に頷いた。
「うん、お願い」
三号棟の一階の階段のところで、一休みする。
絹江さんには階段に腰かけてもらいながらも、こっちで周りに注意を払い警戒は怠らない。
絹江さんは呼吸が乱れ、かなり汗をかいていた。
今日は曇り空で、この時期にしては、気温がそれほど高くないのだが、防護服などを身に纏っているおかげで、体温的にはかなり熱い。
ちょっとシュウさんのことが気になった。
シュウさんは防護服の上から、コートを羽織っていた。
あの格好はかなり熱いと思うけどなぁ。そもそもこの季節に、何であんな格好を? もの凄い冷え性とか? う~~ん、まあ、それでも大丈夫なら、それはそれでいいんだけれども……
絹江さんがポーチからペットボトルを取り出し、口に含んでゴクゴクと、一気に水を流し込む。
絹江さんの容姿が、大きな要因とは思うが、妙に絵になる光景だ。
こんな時に何だけれども、CMが取れそうだな。
それを横目で見ながら、ポーチからミ〇キーウェイを取り出した。
いかにも海外のお菓子って感じがする、他を寄せ付けない甘味の強者だが、疲労している時には、非常にありがたく感じる。因みに、疲れていない時でも、普通にありがたくいただいている。
「食べますか? 疲労回復には良いですよ」
「ありがとう。貰うわ」
絹江さんに、ミルキー〇ェイを仰々しく差し出した。
「どうぞ、お受け取り下さいませ」
それに対して、絹江さんがふんぞり返って受け取る。
「うむ、苦しゅうない」
「殿か!」
まだのってくる元気はあるから、大丈夫そうだな。
ふと、何気なしに壁が目についた。
あれ……こんな感じだったかな……?
建物の一階部分の壁が、所々破損していた。それは何か重たい物でも、衝突したような跡だ。
前に来た時には、無かったような……。
不意にイヤホンから、シゲさんの声が聞こえてきた。
「コマ、今返事できるか?」
「ハイ、大丈夫です」
「そっちの状況は、どんな感じだ?」
「進捗は早いですけと、赤目があんまりいませんね」
「そっちもかぁ……」
「ということは、向こうも?」
「ああ、まるっきりいないそうだ」
「んん~~何か変な感じしますね」
「ああ、事前調査から考えても、ちょっとな……。何もなければそれでいいんだが、一応用心はしといてくれ」
「ええ、分かりました」
赤目がいないことで、危機感を感じるとは……。
絹江さんが、ミルキーウェイを頬張りながら聞いてきた。
「これって、悪い感じなの?」
「う~~ん、何とも言えませんね。今のところ特別危険な目には、合っていませんから……」
明確にコレってものがなくて、判断つかないんだよな。兎にも角にも今はやれることを、やるしかないんだけど……
「絹江さん、そろそろ行きましょうか?」
「そうね」
絹江さんの声には、先程までと比べて張りがあった。
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