赤い目は踊る

伊達メガネ

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第八章

鉄槌

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 四号棟も探索したが、黒ネズミが二匹しかいなかった。
「これで終わり?」
「そうですね……そうなりますね」
 絹江さんは少し残念そうだ。
 黒ネズミが合計十一匹、苦労して探索した割には、成果が見合うとは言い難い結果だ。それも致し方ないだろう。
「後はKSS社向こうの進捗状況しだいですが、フォローが必要でしたら、そちらの方に回りましょう」
 絹江さんが俺の肩を叩いて、指を差した。
「狛彦くん、アレを見て!」
 見ると、四号棟に向かって、走って来る人が見えた。
 景虎か……? ずいぶん慌てているけど、何をしているのだ?
 景虎が一心不乱に駆けている。
 ……んん⁉
 景虎の後ろ側に、何かが見えた。
 濃い灰色で、大きな冷蔵庫ぐらいの大きさだ。
 景虎を、追いかけているように見える。
 そして、景虎はこちらから少し離れた位置を、全速力で通り過ぎて行く、そのすぐ後に、何かも同じように通り過ぎて行った。
 あっという間の出来事に、思わず面食らってしまった。
 景虎は勢いを殺さずに、四号棟の手前で強引にカットバックして、そのまま階段を駆け上がって行った。
 その直後に、凄まじい衝撃音が鳴り響いた。
 何かが、壁の手前で上手く曲がることが出来ずに、そのままの勢いで激突したのだ。
 そして、糸が切れた人形のように、その場にパタリと倒れた。
 思わず茫然として、絹江さんと顔を見合わせた。
 取り敢えず近づいて、何かを確認してみる。
 まるでサイと、猪を足して二で割ったような姿形だ。頭には大きなトンカチのような形をした角が付いて、分厚くて頑丈そうな胴体に、それに見合う筋骨隆々とした、太い足がついている。
 そして、目が赤く光っていた。
「……これってアレよね」
「……そうだと思います」
「赤目よね」
「赤目ですね」
 絹江さんとの、答え合わせは一緒であった。
 それにしても初めて見る赤目だなぁ。シゲさんなら何か知っているかもしれないけど、トンカチみたいな変な頭だ。
 絹江さんが素朴な疑問を口にした。
「これって……どうなの?」
「どうって……既にぽっくり、逝っているように見えますけど……」
「そうよね……」
「ああ、そういうことだったんですね」
「何が?」
「壁に妙な激突跡があるなって、思っていたんですよ」
「こいつの仕業だよね。赤目が少なかったのも、その関係かな?」
「……恐らく、そうでしょうね」
 そんな中、トンカチ頭が急に動き出し、先ほどの衝突のことなど無かったかのように、普通に立ち上がった。
「へッ……⁉ マジで⁉」
「えッえッえッ⁉」
 背筋が冷たくなり、血の気が引いていくのを感じた。
「絹江さん!」
 咄嗟に絹江さんの手を取ると、一目散に走り出した。
 トンカチ頭がゆっくりと方向転換する。
 そして、雄叫びを上げると、こちらに向かって動き出した。
『ブロォロォォ――ッ!』
 走りながら後ろ手に、45口径のオートを構える。
 狙いを定めると、引き金を引いた。
 銃声が鳴り響き、硬い金属音がした。
「なッ……!」
 弾丸は命中したが、ハンマーのような角に弾かれた。
 コンクリートの壁に、フルダイブしても大丈夫な奴だしな……クソッ!
 めげずに引き金を引いていく。
 だが、その都度弾丸は角に弾かれた。
 ヤバい! これ、どうしよう?
 急に手を引っ張られた。
「キャッ!」
 絹江さんは足がもつれて転倒したのだ。
 トンカチが迫ってくるのが見える。
「絹江さん急いで!」
 絹江さんの手を取って、無理やり立ち上がらそうとした。
「痛ッ!」
 絹江さんが悲鳴を上げ、左足首を抑えた。
 転んだ時に、足を捻ったか⁉
 絹江さんはよろめきながらも、何とか立ち上がった。
 これは無理だ。このままだと逃げきれない。
 しょうがない……こうなったら‼
「絹江さん先に行って!」
 絹江さんが、今にも泣きそうな顔で返す。
「で……でも……」
「大丈夫! 何とかしますから!」
 トンカチ頭から、絹江さんの盾になるように立ち塞がった。
 45口径のオートの弾倉を急いで交換し、更にリボルバーを引き抜くと、トンカチ頭に向けて、二丁で構える。
 頭にはトンカチがあるから……それなら足だ!
 狙いを定めて、引き金を引いた。
 銃声が轟き、強い反動が返ってくる。
 弾丸は狙い通り、トンカチ頭の足に命中した。
 だが、トンカチ頭の勢いは止まらない。
 少しぐらいよろめいたり、転んだりしろよ!
 続けて引き金を引き、辺りに銃声が木霊していく。
 弾丸は確実に、トンカチ頭の足の部分に命中しているのだが、その勢いは一向に止まらない。
 うぉ~~マジかよ~~!
 不意に自分のものとは別方向から、銃声が聞こえた。
 んん⁉
 一瞬トンカチ頭が、グラついた気がした。
 更に銃声が聞こえてきた。
 トンカチ頭の首の辺りに、着弾したように見えた。
 今度は明確に、トンカチ頭がグラついたのが分かった。
 なおも銃声は聞こえてくる。
 今だ‼
 ここぞとばかりに、トンカチ頭の足に向けて、銃弾を放っていく。
 トンカチ頭はグラつき、歩調が大きく乱れていく。
 それでもトンカチ頭は勢いに乗って、目の前にやって来た。
 しかし、トンカチ頭は手を伸ばせば届きそうな距離で、こちらを避けるように、右に逸れていった。
 そして、凄まじい衝撃音と、振動が伝わってきた。
 トンカチ頭は、二号棟の壁に激突して倒れた。
 間髪入れずに銃声が鳴り響いた。
 その音が鳴る毎に、トンカチ頭の体から、黒い鮮血が飛び散る。
 そして、静寂が訪れた。
 トンカチ頭が、二度と動き出すことはなかった。
 銃声が鳴っていた方に目を向ける。
 そこには44マグナムを掲げる、ツバメ姉さんがいた。
 トンカチ頭の厚い外装も、44マグナムには敵わなかったようだ。
 景虎が内緒で44マグナムを持ってきたおかげで、結果的に助かったな。ちょっとだけ感謝……イヤ! そもそも景虎アイツが、トンカチ頭を連れてきたのが元凶じゃないか!
 ツバメ姉さんはニカリと歯を見せた。
「危なかったな! 危機一髪ってところだ!」
 苦笑いを浮かべて、それに返した。
「ハハ……助かりましたよ。それにしても、どうしてここに?」
 中央の集会所付近で待機している筈の、ツバメ姉さんが何故に、ここにいるのか不思議だった。
 ツバメ姉さんの答えは、実に簡潔であった。
「勘だ!」
 獣かこの人は……まあ、助かったから、ありがたいのだけれども。
 絹江さんが足を引きずりながら、直ぐに寄ってきた。
「ごめんね……」
 絹江さんは申し訳なさそうなに、謝ってきた。
 先ほどのことを、大分気にしているみたいだ。
 それよりも、足を引きずる姿が痛々しかった。
「大丈夫ですか?」
 絹江さんに肩を貸す。
「ありがとう」
「イエイエ、お礼は体の方で痛いッ!」
 絹江さんに、左耳を思いっきり捻られた。
「調子にのんなよッ!」
 絹江さんの顔は笑っていたが、声にはドスが利いていた。
 軽い冗談じゃないですか、気持ちを和らげてあげようと、思っただけなのに……。
 ツバメ姉さんが、絹江さんの足を確認する。
「んん~~骨には異常はねぇ感じだけど……結構ひどい捻挫だな」
 絹江さんは「大丈夫」と口にするが、時折苦痛に顔を歪ませた。
 そんな時、景虎が半べそをかきながら、駆け寄ってきた。
「お姉ちゃ~~ん、助かっギャァ!」
 それに対して、ツバメ姉さんが鉄拳を振るった。
「何オマエだけ逃げてンだ!」
「だって仕方なガァッ!」
 再度鉄拳が飛んだ。
「口答えするな! んッ? そういえばオマエ、シュウはどうした? 一緒じゃなかったのか?」
 それは俺も気になっていた。
 景虎がいかにもバツが悪そうに答えた。
「いや~~実はトンカチ頭こいつがもう一匹いて、シュウ君はもう一方の相手をして、どっかに行っちゃった」
 景虎以外の全員の顔が、急速に青くなっていった。
「何だと――ッ‼」
 ツバメ姉さんが、渾身の鉄拳を振り下ろした。

「シュウ聞こえるか、返事をしろ!」
 ツバメ姉さんが何度も無線で呼びかけるが、シュウさんは一向に反応しなかった。
 最悪の結末が頭をよぎる。
 景虎に、怪我をしている絹江さんを任せると、ツバメ姉さんと共に、シュウさんの探索に向かった。
 途中でツバメ姉さんは五号棟方面へ、俺は八号棟方面に分かれた。
 周りを警戒しながらも、急いで駆けていく。
 八号棟に到着すると、可能な限り辺りを確認する。
 しかし、シュウさんも、トンカチ頭も見当たらない。
 念の為、大声で呼んでみるが、返事は無かった。
 ここにはいないか……。
 急いで次の七号棟へ向かう。
 その途中、銃声が聞こえてきた。
 どっちだ? 七号棟の方からか……!
 駆ける速度を一気に上げた。
 七号棟に到着すると、散弾銃を構える、シュウさんが目に入った。
 ああッ! 居た――ッ!
 取り敢えず無事な様子に、ホッと胸を撫で下ろした。
 シュウさんが散弾銃を構える先には、トンカチ頭がいた。
 シュウさんは、トンカチ頭とにらみ合っている。
 再度銃声が鳴った。
 シュウさんが散弾銃を撃ったのだ。
 銃弾は命中したようだが、トンカチ頭に有効なダメージを与えたようには見えなかった。
 シュウさんの散弾銃には、恐らくバードショットが装填されている。
 弾丸が小さく、拡散する密度が高い為、小型の赤目を相手するには適しているが、その分破壊力に乏しく、トンカチ頭の相手をするには、決定力にかける。
 正直、正面からだと、単発で威力の高いスラッグ弾でもないと、有効な打撃は与えられないと思う。
 トンカチ頭は闘志を表に出すように、足踏みを始めた。
 そして、雄叫びを上げると、シュウさんに向けて突進する。
『ブオオォォォ――!』
 シュウさんが、トンカチ頭に向けて散弾銃を放ち、立て続けに銃声が鳴り響く。
 だが、トンカチの勢いは止まらない。
 45口径のオートと、357マグナムのリボルバーを、トンカチ頭に向けて構えた。
 狙いは――。
 引き金を引き、銃声が鳴って、強い反動が両腕にかかる。
 弾丸は狙い通りに、トンカチ頭の首の辺りに命中した。
 トンカチ頭が一瞬グラついた。
 やっぱり! ここか!
 あの特徴的なトンカチは頑丈だが、大分重量がありそうだ。それを支える首には、相当な負担がかかっているだろう。
 一気に勝負を決めるべく、引き金を引き続け、辺りに銃声が轟いた。
 トンカチ頭は弾丸を食らってグラつき、バランスを崩して、勢いのついたまま滑り倒れた。
『ブオォォ……』
 トンカチ頭の元に急いで駆け寄ると、止めを刺す為に、間髪入れず弾丸を撃ち込んでいく。
 この動きにシュウさんも呼応して、追撃をかける。
 そして、トンカチは動かなくなった。
 何となくそんな気がしていたのだが、どうやら当たったようだ。
 シュウさんがハスキーな声で、お礼を述べた。
「……ありがとう」
 それに返したかったが、片手を上げて「待って」と、意思表示した。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
 ずっと走ってきたおかげで、ちょっと限界に達していた。
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