赤い目は踊る

伊達メガネ

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第一章

猟人

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 目の前には、階段が続いていた。
 照明は点灯しておらず、昼間とはいえ辺りはかなり薄暗く、長いこと遺棄されているおかげで、階段には埃が大量に積もり、かび臭い臭いが鼻についてきた。
 階段の先を、目を凝らして窺うが、異常は感じられない。
 ……大丈夫そうだな。
 両手で銃を構え、前後左右に気を配ながら、慎重に階段を上る。
 薄暗い階段を、一歩一歩確かめるように進んで行くと、扉が見えてきた。防火扉になっているようで、かなり大きく、分厚い作りだ。
 扉は半分ほど開いていた。
 警戒しながら扉の反対側を覗き込むが、特に異常は見受けられない。
「ハァ…ハァ……」
 長い階段を上がってきたおかげで、少し息が乱れていた。
 幸い周りには異常は見受けられないので、ここで一息つくことにした。
 背中から壁に寄り掛かり、深く深呼吸をする。
 それにしても暑いなぁ。
 額からは汗が流れ落ちて、背中はびっしょりと濡れていた。
 季節は初夏、まだ六月前半だとゆうのに、気温は三十度近くまで上がっていた。
 オマケに身を守る為とはいえ、頭にはヘルメットを被り、体にはタクティカルベストに、厚手の衣服身に纏い、両手両足にはプロテクターまで着けている。
 まるで我慢大会にでも、出場している気分だ。
 少し自分の境遇を呪いながら一息つくと、また探索を再開させた。
 防火扉の先は廊下になっていて、そこを起点に、L字型の形で二手に分かれていた。廊下に沿って内側には、幾つかの部屋が見える。
 相変わらず照明は点灯していなかったが、階段付近とは違って窓があり、自然光が入ってくるおかげで、辺りは明るかった。
 廊下を、そのまま真っ直ぐに進んでみる。
 各部屋のドアの上側には、表札が掲げられているが、何も記載がされていなかった。
 ドアはスライド式になっていて、全てが開いた状態になっていた。
 中を覗いてみると、ベッドが数台放置されているだけで、あとは特に何も無かった。
 そのまま進んで、他の部屋も確認してみたが、皆同じであった。
 今度は反対側の廊下を、確認することにした。
 一つ目と二つ目の部屋は、先程と同じような感じであったが、三つ目の部屋は違った。
 部屋の表札には、リハビリテーション室と記載されていて、ドアも大きく、観音開きのように左右両側に開く、スライド式になっていた。
 開いた状態のドアから、慎重に中を覗いてみる。
 これまでの部屋と比べると、内部はかなり広く、手前の方にカウンターがあって、奥のほうにベッドや、リハビリ器具など放置されていた。
 特に何もないな……んん⁉
 部屋の中央に放置されていたベッドの陰に、何やら動くものが見えた。
 全長は二メートルを超え、狼のような姿形に、鋭く大きな牙を生やし、針金のような鋭い漆黒の体毛を身に纏い、その存在を表す、特徴的な赤い眼を光らせていた。
 赤目だ。その中でも仲間内から黒狼と呼ばれ、鋭い牙と、頑強な爪が武器で、俊敏で力も強く、赤目の中でも高い戦闘力を有する、かなりの難敵だ。
 予想外の相手に、思わず呟いた。
「マズいな……」
 想定していた赤目は、小型のものだ。猫やイタチ位のサイズで、すばしっこく、建物の中に隠れ、物陰から襲ってくる習性があった。
 その為に、持ってきた武器は、速射性が高く、取り回しのしやすい拳銃だけであった。
 だが、目の前の赤目は、どう見ても中型以上の相手だ。
 通常であれば大口径のライフルや、スラッグ弾を装弾したショットガンなどで対処する。
 手持ちの武器は、45口径の弾が入ったポリマーフレーム製のオートと、サブとして左腿のホルスターに、357マグナム弾の入ったリボルバーが釣り下がっていた。
 現在の武装で、黒狼を相手するには、あまりにも心許ない。
 イヤホンマイクに呼びかける。
「シゲさん、シゲさん聞こえますか?」
「オウ! コマどうした?」
 イヤホンから、同僚の野太い声が聞こえた。
「4階のリハビリテーション室で、赤目を発見しました。相手は黒狼が一匹です」
「そいつは、強敵じゃねえかッ!」
「ええ、なのでヘルプお願いします」
「アイヨ、今直ぐに行く!」
 無線で救援を呼ぶと、黒狼の動向を確認する為に、もう一度部屋を覗き込んだ。
 だが、部屋を覗き込んだ瞬間、丁度黒狼と目が合ってしまった。
 ゲッヤバい!
 黒狼はこちらの存在に気付くと、低い唸り声を上げて威嚇してきた。
『ググウゥゥゥーーッ』
 手にしていた拳銃を、咄嗟に黒狼に向けた。
 即座に対応策を思案する。
 応援が到着するまでの、時間は無いだろし、現在の武装では、黒狼を相手するのはかなり無理がある。
 しかし、幸いにも黒狼とはまだ距離が離れていることだし、一度後退し、応援と合流して体勢を立て直してから、対処する方が賢明だ。
 そう結論を下すと、直ぐに行動に移そうとした。
 だが、黒狼の行動の方が一足早かった。
 黒狼は鋭く大きな牙を剥き出しにして、唸り声を上げながら襲い掛かってきた。
「マジかッ!」
 黒狼が一瞬にして、間を詰めてきた。
 こうなっては……。
 襲い掛かってくる黒狼に、銃を向けて引き金を引いた。
 重たい銃声音が鳴り響き、強い反動が腕に掛かる。
 弾丸が、黒狼の胴部をかすめた。
 しかし、黒狼の勢いは止まらない。
 立て続けに引き金を引いていく。
 二発目は頭部をかすり、三発目は背部付近に命中したが、それでも怯むどころか、黒狼の勢いは止まらない。
 黒狼はあっという間に、目前にまで迫ってきた。
「くッ……」
 それでも粘り強く、黒狼に狙いを定め引き金を引く。
 次の瞬間、弾丸が黒狼の左目に命中した。
 黒狼が悲鳴を上げて倒れ込む。
 今がチャンス!
 倒れた黒狼の頭部目掛けて、勢い込んで引き金を引き続けた。
『ギャァヒィン!』
 黒狼が叫び声を上げながら、辺りに黒い鮮血を散らした。
 そして、黒狼はピクリとも動かなくなった。
 殺ったのか……?
 弾倉をリリースさせて取り出すと、タクティカルベストから、予備の弾倉を出して装填する。
 黒狼の状態を確認する為に、前に踏み出した。
 すると、低い唸り声が聞こえてきた。
『ヴヴヴゥゥ――ッ』
 驚いて目を見開くと、部屋の奥に置かれていたリハビリ器具の陰から、黒狼が一匹顔を出した。
 また、その近くの柱から、更にもう一匹姿を現した。
 一匹でも難敵の黒狼が、合計二匹だ。
 先程までの暑さが嘘のように、今は背筋が冷たく感じる。
 イヤイヤイヤ……こんなのってありか? マジでどうしよう……?
 二匹の黒狼が、唸り声を上げながら、ゆっくりと近づいてくる。
『ググウゥゥゥーーッ』
 どうやら迷っている暇はなさそうだ。
 ……しょうがない……ひとつ仕掛けてみるか!
 二匹の黒狼に牽制して発砲すると、瞬時に後ろを振り向いて、猛然と駆け出した。
 背後を垣間見ると、二匹の黒狼が追い駆けて来るのが見える。
 黒狼の速さに冷や汗をかきながら、全速力で駆けていく。
 階段手前の角を、速度を落とさず強引に曲がった。
 猛然と駆けて、二つ目の部屋の前で急停止をかける。
 強い慣性が掛かってきたが、それを無理やり力で抑え込んで、後ろに振り返る。
「うぐぐぅ……」
 銃を曲がり角に向けて構えた瞬間、一匹の黒狼が目に入ってきた。
 黒狼は角を曲がる為に、減速して入ってきた。
 この隙をッ!
 不用意な体勢の黒狼に向けて、立て続けに引き金を引いた。
 廊下に銃声と、黒狼の悲鳴が響き渡った。
『ギャヒィィンン!』
 上手い具合に黒狼の頭部に、弾丸が命中していく。
 黒狼は無防備な状態で弾丸を受けて、勢いよく転がり倒れた。
 その隙に、もう一匹の黒狼が、角から飛び出してきた。
 それを避ける為に、即座に横の部屋に飛び込む。
 回転しながら受け身を取って振り返ると、即座に入り口に銃を向けた。
 黒狼が部屋の前に差し掛かり、スピードを落として、入り口から入ってくる。
 好機!
 その黒狼に目掛けて、立て続けに引き金を引いた。
 部屋に銃声が響き渡り、黒狼は弾丸を続けて食らっていく。
 だが、黒狼はそれを物ともせずに、強引に迫ってきた。
 黒狼が目の前で、口を大きく開く。
『グガガアァァーーッ!』
 咄嗟に開いた口に目掛けて、引き金を引いた。
 黒狼が凄まじい悲鳴を上げる。
『ギギャァアアヒィィーーン!』
 流石の黒狼も、もんどりうって倒れ込んだ。
 止めとばかりに黒狼の頭部に、弾丸を撃ち込んでいく。
 銃声が途絶えて、拳銃のスライドが引きっぱなしになり、弾倉が空になったことを示した。
 黒狼はピクリとも動かない。
 既に絶命していたようだ。
 口の中に撃ち込んで致命傷を与え、頭部にあれだけの弾丸を食らわせたのだから、当然と言えば当然だ。
「ハハ……」
 自然と笑みがこぼれてきた。
 咄嗟に考えた作戦が上手くいき、気分が高揚していく。
 小躍りしたい衝動を抑えて、弾倉を交換しながら、部屋から廊下に出た。
 同僚に成果を報告しようとして、意気揚々とマイクに手を掛ける。
 その時、横から強い衝撃を受けて、押し倒された。
「ぐわッ……⁉」
 何が起こったか理解出来ない。
 視界には、黒狼が牙を剥き出しに、口を大きく開いて迫ってきた。
『ガアァァーーッ!』
 マジかよッ⁉
 間一髪、右手に持っていた銃を、黒狼の口に挟み込んだ。
 黒狼の強い力で、体を抑え込まれている。
 二メートルを超える巨体は、思うように振り払う事が出来ない。
「ぐぅ……」
 右手には拳銃と、黒狼の牙がせめぎ合って、金属が引っ掛かるような硬い感触が伝わってきた。
 クソ……どうにかしないと……。
 渾身の力を振り絞って、何とか左手を動かすと、左腿のホルスターから、357マグナムのリボルバーを取り出した。
 それを黒狼の腹部に添えて、引き金を引いた。
 銃声が轟き、痛みに近い衝撃が、左手に掛かってきた。
 それでも構わず、我慢して引き金を引き続けた。
『ギャァヒィン!』
 黒狼の悲鳴が、部屋中に響き渡った。
 不意に黒狼の力が弱まる。
 ここぞとばかりに、強引に黒狼を振り払った。
 即座に黒狼の頭部に目掛けて、容赦なく弾丸を撃ち込んでいく。
 黒狼はピクリとも動かなくなった。
「ハァ……ハァ……」
 異常なほど鼓動が高鳴り、呼吸は乱れていた。
 状況を確認する為に、弾倉を交換しながら辺りを見渡した。
 どうやら最初に角を曲がってきた黒狼が、銃弾を食らってもまだ死んでおらずに、再び襲い掛かってきたようだ。
 先程とは打って変わって、自分の迂闊さを後悔する。
 その時、突然声がした。
「コマ、無事か?」
 驚いて声がした方に、銃を向けた。
 次の瞬間、強い怒声を浴びせられた。
「バカ野郎! 撃つなよ! 俺だ‼」
 そこに居たのは、同僚の熊谷茂雄であった。
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