5 / 9
第五章
異世界に転生してもなんにも変わらないな、オレの人生。
しおりを挟む
タカハの街に来てから一週間が経った。
朝から晩まで商談に駆けずり回っているのに、一向に成果が上がってこない。
う~~ん、ある程度予想していたとはいえ、なんだかんだ言って、この結果はツライなぁ。
商人ギルドが紹介してくれるのもあって、大勢の者が話は聞いてくれる。しかし、誰一人として契約に至らない。話がかみ合うようでかみ合わないのだ。
商人とは基本的に利己的な者だ。利益を求めることに労力を惜しまず、利益のない物に労力を一切払わない。そうすることで糧を得ているし、そうでなければ商人としてやっていけないだろう。だから、話を聞いてくれということは、興味があるということであり、脈があることは確かだ。
問題は、その対象が何かということだ。
基本的にこちらが売りたいのは、無用の長物となった軍事物資だが、相手が買いたいのは、こちらの地域の特産品。要は、人気観光地という店店が鎬を削る激戦区のタカハの街で、他との差別化が図れる地元に無い、目玉になるような物が欲しいのだ。
無論、それは軍事物資などではない。
ぶっちゃけ安定した物流ルートを確保できれば、そっちの方がはるかに有益だろう。しかし、そちらに乗り換えようにも軍事物資を捌けなければ、その運用資金も無い。それどころか店が潰れてしまう。あちらを立てればこちらが立たずの、両方立てれば身が立たぬ状態だ。
これってもしかして、もう詰んじゃってない……?
そんなことに気を揉みながら、露店通りを歩いていた。
周りは相変わらず多くの人で溢れ、皆楽し気に露店を満喫している。
タカハの街には、最初の日に訪れた場所以外にも露店通りが多数存在し、幾つか赴いてみたが、どこも期待値を簡単に超えてきた。
商談の方は全く上手くいっていないが、露店に関しては今のところ大満足である。正直ハマっていると言っていいだろう。
宿屋の婆さんからは「当たりハズレがあるから気を付けるよ!」と注意されたが、今のところ入る屋台、皆当たりで美味しいものばかりである。おまけに懐にも優しく、出来上がるのも早いときては、ハマってしまうのも無理もないだろう。
まあ、いいか。人間万事塞翁が馬、上手くいく時もあれば上手くいかない時もあるさ。最悪、困るのは店主だ。オレ自身は独り身だし、どうとでもなるだろう。
転生前から問題ごとを先延ばしにして、現実逃避するのは得意な方だ。今は面倒事は忘れて、美味い飯でも食って楽しむことにした。
溢れんばかりの人ごみをかき分けて進む中、ふと前から歩いてくる人物に目が付いた。
んん……⁉
ゆったりとした長めのローブを、頭から深々と被っているおかげで顔は見えないが、シルエットからなんとなく女性であることは分かる。しかし、それ以外は何も窺い知ることは出来ない。
これといって特に目立つところは無いのだが、不思議と妙に気になり、自然と目を向けてしまう。
この感じ、なんだろうな……?
だが、気になったからと言って、いつもでも凝視している訳にはいかない。普通におかしい人と思われてしまう。一先ず意識しないように、明後日の方向に目を向けることにした。
互いに距離が縮まっていく。
不意に、ローブの女性が思いがけない行動をとってきた。
すれ違いざまいきなり、こちらの片手を掴んだのだ。
「えっ⁉」
突然のことにギョッとして、ローブの女性の方に振り返る。
割と近い距離だが、それでもローブを頭から深く被っているおかげで、女性の顔は確認できない。
「貴方……」
「なっなんですか⁉ 急に!」
ローブの女性は片手を掴まえながらもが、自分のことを上から下までマジマジと見定める。
「ふ~~ん……ああ! ここでは流石に邪魔になってしまうわね。ちょっとついて来てもらえるかしら?」
ローブの女性はこちらの返事も聞かずに、強引に手を引っ張った。
「え⁉ ちょっと⁉ あの……待って……!」
あたふたするこちらのことなどお構いなしに、ローブの女性はしっかりと自分の手を掴まえながら、人ごみを歩いて行く。
そこには小さなロウソクが幾つも置かれていた。
手前には丸いテーブル、その上にはボーリング玉程の水晶玉が小さなクッションに鎮座し、その向こうには先ほどのローブの女性が座っていた。
ここは露店通りから5分ほど歩いた路地裏の一角。
ロウソクだけの薄暗い部屋の中、所在なさげにイスに腰かけていた。
ローブの女性が妖しげに、水晶玉に向けて手をユラユラを動かしている。相変わらずその素顔は全く見えない。
「あの、すみません……?」
「……もう少し……もう少しだけ待って……」
「はぁ……」
待てと言われれば待ちますけど……。
ローブの女性に露店通りから強引に連れてこられて、有無を言わさず占われていた。一切説明もないままに。
占いって苦手なんだよねぇ。結果が良くても悪くても、変な風に気にしちゃうんだよなぁ。
それから暫くして、ローブの女性が口を開いた。
「取り敢えず、今は……さんでいいのかしら?」
ローブの女性の言葉に驚いた。
「えっ⁉」
ローブの女性が告げたのは、間違いなくこの世界での自分の名前であった。しかし、取り付く島もなく占いに突入したおかげで、こっちは名乗ってすらいない。当然ながらローブの女性が、自分の名前を知る筈はないのだ。
「どうして、それを……?」
ローブの女性の声には、どこか蠱惑的な響きがあった。
「うふふ、占いを生業としている者として、それぐらいはねぇ。私の名前はネェサっていうの、よろしくね」
「あ、どうも。これはご丁寧に、こちらこそよろしく……って、これいきなりなんなんですか?」
「あらあら何が?」
ネェサさんはさも身に覚えがないとばかりの口ぶりだ。
「いや、何がじゃなくて! 急にこんなところ連れてこられて、訳も分からずに占われて! これってもしかして、あれですか? そういう営業の仕方なんですかっ?」
「それは心外ねぇ……。こう見えても私、この街で結構な売れっ子占い師なんだけどなぁー。知らない?」
そういえばこのテントの周りに、結構な人がたむろしていたな。あれは占ってもらおうと、待っている客だったのか。
「知りませんよ。最近こっちに来たばかりですから……それよりも! これはどういう訳ですかっ?」
「う~~ん、凄い目立っていたのよね、貴方が。だからあまりにも気になっちゃって、ついね……」
ネェサさんの予想外な言葉に、思わず目を丸くした。
「目立つ⁉ 自分が⁇」
居るか居ないか分からないとはよく言われるけど……。そう言えば、元の世界でも似たようなことよく言われていたな。
「ええ、あれだけ多くの人の中で、ひときわ目立っていたのよ」
「そんなに目立つかな……? そんなこと言われたのは、初めてだけど……」
「見る人が見れば、凄く……ね」
「でも、だからって流石にやり方が強引過ぎませんか!」
「ごめんなさい。それについては謝るわ」
「……それで、もう満足ですかね?」
「そうね。視たいと思っていたところは、大体視れたかな。ところで……気になる?」
「何がですか?」
「う・ら・な・い」
聞きたくないな……聞きたくないんだけど……やっぱり滅茶苦茶気になるッ‼
「あの……なんて言ううか、ど、どんな感じですかね……?」
「うふふ、それじゃあご期待に応えまして、先ずは良い結果と悪い結果、どちらから先に聞きたい?」
なんだ、その二択は⁉ ぐぬぬぅ……どちらかと言うと、嫌なことから先に終わらせたいかな?
「……悪い結果の方から、お願いできますか?」
「悪い結果からだと……近いうちに、大きな災いが降りかかるわね。それも恥辱にまみれ、人格にも影響を及ぼすほど強烈なものが」
「マジですかッ‼ いや、人格にまで影響を及ぼすなんて、どんだけなのっ? それは、どうにか回避出来ないんですか?」
「う~~ん、難しいわね。悪い運命が蜘蛛の糸のように至る所に張り巡らされ、手ぐすね引いて待っているのよ」
「そんなに! オレが何したって言うの……」
「ただね。それは貴方にとって、大きな蹶起になるのよ。その後は運命が大きく好転していくわ」
「そう言われても……」
「それと、貴方はかなり変わっているわね。欲望の赴くまま行動した方が、結果的に運命が良い方向に向かうの」
「……それ、全く好転しそうな感じがしないんですけど」
どっちかって言うと、バッドエンドへまっしぐらって感じだけど。
「うふふ、まあ、こう言っては身も蓋もないけど、あくまでも占いの結果だからね。当たるも八卦当たらぬも八卦、結局は貴方次第ってところかしら」
そう言って、ネェサさんは蠱惑的な響きで笑った。
お腹が痛い。ひたすらお腹が痛い。
朝から腹の調子が悪くて、頻繁にトイレに通って唸っていた。
それを見た宿屋の婆さんが、ぶっきらぼうに言った。
「だから言っただろ、当たりハズレがあるって……」
当たりハズレがあるって、そういう意味だったのかよ!
だからと言って、宿屋の婆さんのことは責められない。
油断があった。旅先ので食事はことさら気を付けねばならないのに、初日から連日通い詰めている露店通りは、どれを選んでも安くて早くて美味く、常にこちらの期待以上の満足感を与えてくれた。おかげでつい油断してしまった。
昨夜、露店通りで食したのは、エビや貝などの海鮮ものの串焼き。こんな海から離れた場所でも味わえるのかと、心を惹きつけ、ついつい選んでしまった。
今にして思えば、この時点でアウトだ。味は良かったが、少々味が濃かったのも、色々と誤魔化す為であったのだろう。
現在、その油断した報いが、諸に降りかかっている。
だが、いつまでもトイレで、唸ってばかりもいられない。
今日は商人ギルドに紹介してもらった、商談相手と会う約束があるのだ。幾ら体調が悪いからと言って、これをドタキャンする訳にはいかない。
商いをするということは、誰かと取引をするということだ。
誰かと取引を行う上で、最も大事なことは信頼関係だろう。そうでなければ物を売ることも、買うこともできよう筈がない。
その信頼関係を築くのに手っ取り早く効果的なのは、約束を守ることだ。逆に言えば、約束を守らない相手に信頼関係は築けない。
もしここで商人ギルドから紹介された、商談相手との約束をドタキャンすれば、オレの信頼はガタ落ちだ。このことは商人ギルドから周りに伝わるだろうし、ダダでさえ上手くいっていない一連の商談は、完全にダメになってしまう。
仮に、店主のことを見捨てて、軍事物資を捌くことをあきらめたとしよう。
その際はタカハの街で得た縁を利用しない手はない。商談の時、話をしていてかなり手応えに感じていたし、新たに商いを始めることは悪くないように思える。
結構イケると思うんだよなぁ。物流ルートの確保が一番の課題だけど、そこさえクリアできれば……。
ならばそれを見据えても、流石に信用が悪くなる事態に陥るのは、どうしても避けたいところだ。
だが、そんなに難しく考えることもないかもしれない。要は約束に間に合えば問題ないんだ。この際、商談の内容は二の次にしよう。
体調の悪い体を、気力を振り絞ってゆり動かし、商談相手との約束の場所へ向かった。
約束の場所へと向かって、人気の少ない通りを歩いていた。
広い空を覆うように、大きな雲が幾つも泳いでいた。おかげで直射日光少なく、気温がなだらかで過ごしやすい。
体調が悪い現在の自分には、それが凄くありがたく感じた。
ただ、いささか雨が降りそうな気配もあるが……。
不意に、大きな声が発せられた。
「オイ! そこの奴ちょっと待て!」
声のした方を見ると、女性が手招きをしていた。年の頃は30代前半ぐらいだろう。身長は180センチぐらいで独特の赤い肌に、オレンジに近いブラウン色の髪を無造作に伸ばし、額の真ん中に小さな角が生え、大きな瞳にハッキリとした鼻筋、革の鎧を直に身に纏っているおかげで、元の世界でいうところのビキニアーマーのような形になっているのだが、その隙間からアスリートを思わせる屈強な筋肉を覗かせていた。どことなくやさぐれた雰囲気を醸し出しているが、基本的に美人と言っていいだろう。こちらは服の上からだが、同じような革の鎧を身に纏った四人の男を、後ろに従えていた。
あの感じ……オーガの血でも、引いているのかな?
オーガは自分たちと同じ、言語によって意思の疎通が取れる人族と呼ばれる分類に区別されるが、街中で見かけることは滅多に無く、大きな体格に鍛え抜かれた筋肉を備え、性質は残忍で粗暴な上に暴力的、洗練された文化はあまり持っておらず、戦うことを生きがいとする戦闘民族だ。直接会って話したことはこれまで無いが、正直あまり良いイメージは無かった。
残念なことに、更に印象を悪く感じる物に気が付いた。
女性と男たちは二の腕に、この街の警ら隊であることを示す腕章を着けていた。
初日の嫌な記憶が頭をよぎる。
出来るだけ関わりたくないな。ただでさえ約束まであまり時間もないのに、体調も悪いんだよ。よし、よく分からないふりでもして切り抜けるか。
己の顔を指差して尋ねた。
「えっ……と、もしかして自分のことですか?」
警ら隊の女性があからさまに不機嫌な顔を表した。
「もしかしなくてもオメーだよ! 他に誰が居るってんだ!」
……感じ悪いな。
「自分がどうかしましたか?」
「この辺じゃあ見ない顔だな。冒険者って感じでもねぇし、アンタここで何やってんだ?」
これ以上ない程にこやかな表情を浮かべて、懐から商人ギルドのギルドカードを女性に見せた。
ギルドカードは商人ギルドに登録している証でもあるが、れっきとした身分証明書としても効果がある。
「これから商談に向かうところです。商人をやっておりまして、新たな商いを求め、最近この街にやって参りました」
警ら隊の女性はしげしげとギルドカードを見ながらも、イマイチ納得いっていない顔つきだ。
「ふぅ~~ん、商人をねぇ……。それにしてもオメェ、随分と遠くから来てんだな?」
「実りの良い商いがあれば、どこへだって参ります。商人とはそういう者でして」
「まあ、いいや。取り敢えず詳しく話が聞きたいから、ちょっと一緒に来てもらおうか」
ハァッ? なんでそういう話になるんだ! これから約束があるというのに、そんな時間なんかねぇーよ!
「……どういうことですか?」
「最近この辺りで見慣れない奴がうろついていて、コソコソと変な薬を売っているって、タレコミがあってさ」
「ちょっと待って下さい! それを疑っているのですか?」
「商人ってことは、色んな物を扱ってるよな? 例えば……ギンギンになって、ハイになっちまうような物とかさ!」
「それはいくらなんでも言いがかりですよ! こっちは正式に商人ギルドに登録している――」
警ら隊の女性が、こちらの言葉を遮るように拳を振り上げた。
「うるせぇ――っ‼」
「ウグゥッ!」
警ら隊の女性に殴られ、鼻血を出しながら尻もちをついた。
「それを判断するのは、こっちだ! オメェじゃねぇ―!」
警ら隊の女性が、こちらに向けて顎をしゃくると、後ろに控えていた警ら隊の男たちが、自分の周りを取り囲んだ。
「グダグダ言っていないで、とっととついて来な!」
「ぐぅ……」
事この状況に至っては、もう警ら隊の女性に従うしかなかった。
警ら隊の会話から察するに、女性は『リーデン』という名前らしい。
そのリーデンが机を派手に叩きながら、強い口調でまくし立てる。
「いい加減ゲロしやがれ! オメェーは薬の売人なんだろうが!」
こちらも負けじと応戦する。
「だから、さっきから何回も違うと言っているでしょうが‼ ちがいます‼ 第一証拠もグガァッ‼」
オレの言葉はリーデンの拳によって遮られた。更に襟首を掴まえて、ブンブンと強く揺さぶってきた。
「うるせぇ――っ! 黙れ黙れ! グダグダ生意気なことばかりぬかしねぇで、黙って吐きやがれ!」
いや、黙っていたら吐けないじゃねーか。リーデンはマジでバカなのか?
襟首を捕まえているリーデンの手を、強引に振り解いた。
「痛い! 何するんですか! 訳のわからないことばかり言ってないで、もういい加減してください!」
「オメェーがいつまでも、しらばっくれてるからだろーが! オラッ!」
リーデンがまたしても拳を繰り出す。
「アッグァ! やめて下さい! さっきから何するんですか!」
この野郎~~! 何度もバカみたいに同じことばかり繰り返して殴りやがって! そもそも完全に不当逮捕だろ! ふざけんな!
警ら隊の兵舎に来てから一時間ほどになるが、リーデンはずっとこの調子だ。一方的に薬の売人だと決めつけて、こちら話を全く聞かずに、堂々巡りを繰り返すばかりで一向にらちが明かない。
不意に、取調室の扉が開き、一人の警ら隊の隊員が入って来た。その手には、長方形の双眼鏡のような物を持っている。
警ら隊の隊員がリーデンの肩を叩くと、それをテーブルの上に置いた。
なんだあれは? ……もしかして魔法具か⁉
元の世界ではありえない話だが、この異世界では魔法という現象が、当たり前のように存在する。
しかし、だからと言って誰でも魔法が使えるかと言うと、そうではない。通常、魔法使いなどに属する者でなければ、魔法を使うことは出来ないし、魔法使いになる為にもある程度の才能と、それなりの訓練が必要だ。
では、一般人は一切魔法が使えないのかと言うと、これもそうではない。間接的にだが、ある物を介することによって、一般人でも魔法という現象を起こすことができる。
それが魔法具だ。
詳しい製法までは分からないが、任意の魔法を魔石に封じ込めて法玉を作成し、それを専用の法台にセットすることで、魔法を発動させることが出来る。普通に広く販売されている為、一般人でも簡単に手に入れることができるのだ。お値段のほうは物によってまちまちって感じだ。
警ら隊の隊員が魔法具を通してこちらを覗き込み、リーデンがまた尋問を再開させた。
魔法具って噓発見器のような代物だよな。って言うか、噓発見器持っているんだったら、最初っから出せよ! 余計な時間をかけさせやがって!
……………………………………
……………………………………
……………………………………
一通り尋問が終わると、リーデンと警ら隊の隊員はお互いの顔を見合わせた。
そして二人はイスから立ち上がり、そそくさと取調室の隅へ行って、額を合わせて何やら相談し始める。
恐らく、こちらに聞こえないようにする措置だと思われるが、リーデンの地声は大きかった。
「どう見ても怪しい奴じゃねぇか! 妙に顔も青白くフラフラしているし、何かキメているからに違いねぇ!」
それは昨日、当たりを引いてしまって体調が悪いからだ! 断じてなにもキメてない!
「それに遠くからやって来ているのも、きっと足がつかねぇようにする為だ!」
そっちは店主が余計なことをやらかしてくれたおかげで、地元近隣ではまともに物資を捌けないからだ!
「第一オレのカンが言っているんだよッ! こいつは絶対に普通じゃねぇ! 間違いなくヤバい奴だ!」
カン……? いや、カンって、マジかよ! そんなもんで決めつけてたのか? 勘弁してくれよ……。
半ばこっちの存在など無視して、他の隊員たちも加わり、リーデンを説得するように話し合いは続く。
いい加減堪忍袋も限界間近のところで、突如として話し合いが終了した。
リーデンがありありと不貞腐れた表情を浮かべて、ぶっきらぼうに言い放つ。
「オマエ、もう帰っていいよ……」
リーデンの言葉を聞くと、他の隊員たちがやれやれといった表情で取調室から出て行く。
オイ! ここまで妙ないちゃもんつけといて、それで終わりかっ? 詫びの一言も無しかよ!
流石に頭にきて、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、商談相手との約束の時間はとうに過ぎていた。
マジで腹立たしいけど、もうこれ以上コイツらに、一秒たりとも時間を使いたくない!
態度に怒りを滲ませながらも、リーデンらを一瞥することなく、無言で取調室を後にした。
当然と言えば当然だが、約束の場所に到着すると、商談相手は激怒していた。
理由は兎も角、遅れてきたのは事実なので、こちらは平身低頭に謝るしかない。
それに対して、商談相手は散々な嫌味と高圧的な説教に加え、どうでもいい己の自慢話まで喚く始末。
最初は一時間以上も遅刻してきたのに、よくも待っていてくれたとありがたく思ったが、ぶっちゃけて今は、ヤッちゃっていいならブチのめしたい、とさえ思っている。
しかし、大幅に遅刻してきた手前、何も反論できず黙って拝聴するしかなかった。
最終的に商談相手の独演会は、二時間ほど続いた。
無論、商談は上手くいかなかった。いや、それ以前に商談になることさえなかったし、何一つリカバーすることも出来なかった。
間違いなく今回の件は、商人ギルドにも話が伝わるであろう。
それは、自己の商人としての評判が地に落ちると共に、遠くタカハの街までやって来たこと全てが、無意味となることを意味している。
約束を守れない者と商いは出来ない。これは商人としての鉄則だ。
今後タカハの街で、自分とまともに商談しよとする者は居ないだろう。
最悪、店主の尻拭いが上手くいかなくて店が潰れても、タカハの街で得た知古を利用して、新たに何かできないかと密かに野望を持っていたが、それも完全にダメになってしまった。
詰んだな、マジで……。
調子のよくないお腹の具合が、更に悪くなっていくのを感じた。
辺りの景色が薄暗くなっていた。
まるで自分の心情を表しているみたいだ。
いつもなら今の時間帯、タカハの街は茜色に染まってノスタルジックな情景を見せてくれるのだが、今日はどんよりと黒い雲が空を覆っていて、今にも雨が降り出しそうな気配だ。
足早に歩を進めていた。現在の体調で可能な限りに。
お腹が痛い……お腹が痛いよ……。
体から嫌な感じの汗が、大量に滲み出ていた。
ピーピーゴロゴロとお腹が悲鳴を上げ、臨界点へと差し迫っている。
マジ……これホントに、マジでちょっと……。
未だ土地勘のないタカハの街では、近場に適当な場所を見つけることが出来ない。そもそも元の世界と違って、気軽にトイレを借りれる心優しい施設は、異世界には無い。まあ、元の世界でも、現代日本以外の国ではそうだと思うが。
兎にも角にも、今は現実的に利用できるトイレは、宿屋の物しかなかった。
一刻を争う事態に、思わず走り出したい衝動に駆られるが、急激に体を動かすことはお腹様が許してくれない。何とも歯がゆい状況である。
それでも頑張って歩を進めていく。
暫く進むと、円形の広場に辿り着いた。中央には噴水があり、その真ん中には男性の銅像が立っている。
銅像のモデルは古の錬金術師ショー=タローク=サマーで、この世界の者なら誰もが知っていると言っても、過言ではない有名人だ。タカハの街とは深い縁があり、この場所は観光名所になっている。
そのせいで、やたらと人が多い。円形の広場には観光客と思しき人で賑わっていた。
多いな……冒険者みたいな奴らもいっぱいいるし、こんなところで油売っていないで、ダンジョンにでも潜っていろよ。
だが、ここまで来れば宿屋は目と鼻の先だ。
ラストスパートとばかりに、人ごみを縫うようにして円形の広場の中を進んでいく。
不意に、後ろからやかましい声がした。
「イッテェ――!」
やかましい声は気になったが、今はそれどころじゃない。一切無視してドンドンと歩を進めていく。
今度は後ろ手に、何やら騒がしいものが近づいてくるのを感じた。
んん⁉
流石に気になって後ろに振り返った瞬間、けたたましい怒鳴り声が辺りに響いた。
「オイ! 止まれ、止まれ、止まれよ! ちょっと待ちやがれ!」
目の前で、ハーフハイトの男がいきり立っていた。その種族を表すような150センチほどの身長に、癖の入ったブロンズの短髪とアクの強い顔つき、年齢は二十代後半ってところで、革の鎧を身につけて弓矢を背中に背負っている。いかにも冒険者って感じだ。
ハーフハイトの男が大声でがなり立てる。
「てめぇぶつかっといて、何シカトこいてんだ!」
突然の事態に目を丸くした。
「はぁ……?」
何を言っているんだ、コイツは? 人ごみの中を急いでいたが、誰一人としてぶつかっていないだろ。
ハーフハイトの男は見ろとばかりに、後ろへ顎をしゃくり上げた。
そこには、薄い緑色の肌の上から直にチェインメイルを着込み、スキンヘッドの額から小さな日本の角を生やした、ゴツイ顔の2メートルを超える大男と、派手な装飾のローブを羽織り、鮮やかなブロンドの髪の隙間から尖った耳を生やした、彫りの深い少々コッテリ顔のイケメン風の若い男が居た。
スキンヘッドの大男はオーガの血でも引いてそうな感じだが、イケメン風の若い男の鮮やかなブロンドの髪と、特徴的な耳はエルフであるように見える。どことなくバッチもん臭い匂いがするが……。
もしかしてエルフ? こんな都会の街中で?
エルフは緑豊かな地を好み、閉鎖的で他の人種を毛嫌いする習性がある為、自ら率先して交流することなど無いと聞く。実際これまで生きてきた中でエルフを見たのは、一度辺境の街でチラっと見かけたことがあるくらいだ。
イケメン風の若い男が右肩を押さえ、わざとらしい程のオーバーアクションで、大きな声を上げて痛がっている。それをスキンヘッドの大男が、その見た目とは似つかわしくないオロオロとした態度で窺っていた。
「痛い! 痛いよ――! これ骨折れちゃってんじゃないの? スゲェ痛いんだけど――!」
……何やってんだコイツらは……?
ハーフハイトの男が周りにアピールするように、大きな声を上げた。
「てめぇがぶつかったおかげで、オレのダチが怪我しちまったじゃねぇか!」
広場にいる大勢の人たちも、何事かと興味津々な眼差しを向けてきた。
「はい……⁇ いや、ぶつかっていないでしょ」
「ア”ア”ンッ! てめぇしらばっくれてんじゃねぇぞ! コラッ!」
ハーフハイトの男は無遠慮に近づいてくると、おもむろにオレのお腹にパンチを繰り出した。
「グゥッ!」
パンチの威力自体はそれほどでもなかったが、如何せんお腹の調子が最悪の状態だ。
「いきなり何するんですかッ‼」
この野郎~~! マジで身がコンニチワって出てくるかと思ったぞ!
「てめぇがしらばっくれるからじゃねぇか! こっちは何も取って食おうってわけじゃねぇんだ。それなりの誠意ってものを見せてくれればいいのさ。それぐらい分かるだろ?」
ハーフハイトの男はニヤついた顔で、意味ありげに指で輪っかを作って見せた。
ああ、そういうことね。この茶番はそういうことか。要するにコイツらは当たり屋ってやつだ。
「……つまり、おこづかいが欲しいと?」
「オイオイオイオイ、人聞きの悪いこと言うなよ。こっちは怪我人が出てんだぜ。だから誠意ってもんを見せて欲しいって言ってんだ、誠意をよ!」
ふざけんな‼ お前らの茶番と違って、こっちのお腹はマジなんだよ‼
「何が誠意ですか! 怪我なんかしていないでしょ! そもそもぶつかってもないんだから!」
「うるせぇ――! グダグダ言ってねぇで、さっさと出すもん出しやがれ!」
突然、辺りに鋭い声が響いた。
「テメェら何やってんだ――‼」
それは聞き覚えのある声、警ら隊のリーデンであった。
いつの間にかリーデンと、数人の警ら隊員が周りを取り囲んでいた。
リーデンがハーフハイトの男を、鋭い眼差しで睨め付けた。
「これはいったいなんの騒ぎだ? 何を揉めている?」
先程までの強気な態度とは打って変わって、ハーフリングの男はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「いやぁ……別に揉めてなんかないですぜぇ。そ、そうだよなぁ?」
これまた先ほどまで大げさなリアクションをとって、痛がっていたイケメン風の若い男と、オロオロしていたスキンヘッドの大男が、何事もなかったかのようにウンウンと大きく頷いた。
こ・い・つ・らぁ……!
リーデンは鋭い視線を、今度はオレの方に向けてきた。
「またテメェか……で、なんだ? ここで何やってんだ?」
リーデンの言葉に、思わずカチンときた。
「……「また」? 「また」ってなんですか、「また」って! そもそもそっちが勝手に絡んできたんでしょ! チンピラ三人となんにも変わらな――」
オレの言葉はまたしても、リーデンによって遮られた。
「うるせぇ黙れ! 生意気なんだよ、テメェは!」
ハーフハイトの男よりも遥かに強い、リーデンのボディブローが炸裂する。
「オゲェッ!」
弱り切っていたお腹が、悲鳴を上げる。
お腹の中で煮えたぎっていたマグマが、今にも噴火してしまいそうだ。
マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい――っ‼
渾身の力をお尻に込めて、どうにか噴火を押しとどめる。
動けない。微動だにすることさえ出来ない。少しでも気を抜くと、公衆の面前で出してはイケナイ物を、ぶちまけてしまいそうだ。
リーデンのあまりにも理不尽な振る舞いに、色々と言ってやりたいではあったが、今は少しでもマグマを沈静化させる為に、黙ってやり過ごすしかない。
「……………………………………」
だが、なおも矛盾した言動で、リーデンが無情にも追撃をかけたきた。
「テメェ何シカトこいてんだよ! 黙ってねぇでなんとかぬかせ!」
傍若無人な言動を体現するような動きで、リーデンが体重を乗せたヤクザキックを放ってきた。
それをお腹に諸に食らう。
後ろの飛ばされて、二、三歩とよろめきながら、途切れ途切れに口から悲嘆が漏れた。
「お……お前……なんて……ことを……」
お腹を抱えて、その場に座り込んだ。
リーデンがざまぁみろとばかりに、オレのことを見下ろす。
「フン、舐めた態度ばかりとっているからだ!」
無理だった。
もうどうすることも出来なかった。
何かが崩壊して壊れるのを感じた。
そして、お尻の方で大噴火が起きた。
公衆の面前で、出してはイケナイ物が、ズボンの中に拡散していくのを感じる。
あああぁぁぁぁ……。
ハーフハイトの男が鼻を鳴らして訝しげた。
「なんか……くせぇなぁ……?」
リーデンも、それに同調する。
「……ああ、確かにクサいね! クソくせぇ……いったいどこからだ……?」
暫しの間をおいて、リーデンとハーフハイトの男は顔を見合わせた。
そしてオレを指差すと、まるでクイズ番組の回答者が、制限時間ギリギリで答えが閃いたように、ここぞとばかりに広場に響き渡るほどの大声を上げた。
「テメェだぁ――っ‼」
「オメェかぁ――っ‼」
ハーフリングの男が下品な笑い声を上げて、周りに聞こえるように囃し立てる。
「ヒャァァハッハッハァァァ――‼ マジかよ‼ こいつクソ漏らしてやがんのっ‼ ダッッセェェ奴ぅぅ‼」
リーデンが冷たい眼差しで蔑む。
「……とんだクソ野郎だぜ。オイ‼ バッチィからコッチ来るんじゃねぇぞ‼ このチビクソ野郎が‼」
事の元凶のくせに、リーデンとハーフハイトの男はまるで自分らに一切非がないかのように、散々な言い草だ。
黙れ……お前ら……マジで死んでくれ‼
なおも、リーデンは見下すように「罰が当たった」や、「ざまぁみろ」だとかほざき、ハーフハイトの男は事を面白おかしく大きな声で吹聴し、イケメン風の若い男とスキンヘッドの大男が井戸端会議の主婦のような仕草で、こちらをチラチラと見ながら、何やらヒソヒソと話している。
周りからも、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
円形の広場には、多くの人で賑わっていた。
それらの多くの人々が、話に花を咲かせているのであろう。
オレのことで。
俯いて、石畳の一点を見つめていた。
今はそうすることしかできなかった。
周りの様子が気になったが、顔を上げて確認するなんて、とてもじゃないができない。
不意に、石畳の上に水滴が落ちた。オレの頬から伝うのとは別に。
それは直ぐに、ポツリポツリと段々増えていき、一気に大粒の雨へと変化した。
辺り一帯を激しい雨のカーテンが覆う。
あれだけ多くいた人々が、蜘蛛の子を散らすように立ち去っていく。
無論リーデンやハーフリングの男たちも。
激しい雨の中、自分だけが只一人、広場の中でポツンと佇んでいた。
気が付いた時には、街外れの川のほとりに立っていた。
いつの間にか夜を迎え、目の前には暗闇だけが広がり、周りには一切明かりは無く、人っ子一人居ない。
あれからどうしたか、よく覚えていない。
と言うか、思い出したくもない。
訳も分からず涙が溢れてきてた。
心の中で様々な感情が複雑に渦巻き、今にも溢れて張り裂けんばかりだ。
突如として強烈な衝動に襲われ、発狂して暗闇に向けて絶叫する。
「ヴゥギャァァァ――――ッ‼ 無理っ‼ もう無理っ‼ 生きていけないっ‼ 死ぬっ‼ 死ぬっ‼ 死ぬ――――っ‼ もう殺せっ‼ 殺せよっ‼ もういっそ殺してくれ――――っ‼」
強烈な衝動をどうにも抑えることができず、勢い余って地面に頭突きを繰り返した。
だが、直ぐに感情が翻って、今度は別の衝動に襲われる。
「ハァァアアァンッ⁇ なんでオレが死ぬんだよっ‼ おかしいだろっ‼ 悪いのは全部アイツらじゃないかっ‼ 死ねばいいのにッ‼ アイツら全員死ねばいいのにッ‼ 餅を喉に詰まらせてもがき苦しんでいる最中に、タンスの角に思いっきり足の小指をぶつけてのたうち回った挙句、馬にフルパワーで蹴り飛ばされて死んじまえっ‼」
だが、幾ら叫んだところで、逃れられない記憶が心を殺そうと追いかけてくる。
変わりたかった。
兎に角、変わりたかった。
今とは違う者になりたかった。
「メニュー!」
目の前にウインドウが出てきた。
そして、初めて目にした時と同じように、改造するか問いかけてきた。
「応よ!」
自分でも不思議なくらいの異様なテンションで、なんの躊躇もなく「承諾」を選択する。
すると、念を押すように、再度、改造するか問いかけてきた。
決断に迷いはなかった。
ここまで来て躊躇することなど何一つない。
「あたぼーよ!」
断固たる決意で「承諾」を選択する。
どこからか懐かしい声が聞こえてきた。
それは、元の世界さんと異世界ちゃんの声であった。
『またお会いしましたね。どうでしたか、異世界は? 今まで息災でしたか?』
『アイルビィィィバァァァ~~クッ! 戻ってきたぜぇ~~!」
「……息災だったら正直、貴方がたに用は無かったです……。それに、そもそも異世界ちゃんは異世界そのものなんだし、元から異世界に居たのでは?」
悪態をつきながらも、数十年ぶりの元の世界さんと異世界ちゃんの声に、どこか懐かしさと誠に不本意ながら安心感も覚えた。
『それでは、これより貴方のご希望通り、「魔人」へと改造します。ただ、幾つか留意しなければならないことがありまして、まず、改造は途中で止めることはできません。それと、一度改造してしまうと、もう二度と元に戻ることはできませんので、ご注意を』
『あとは~~、改造中は一切動けないし~~、ちょほいと痛いけど我慢してね~~』
「フッ……それがどうしました? 昔のオレならビビっちまってたでしょうが、今のオレには、そんな些末なことは問題になりません!」
『これが最後の確認です。それでも改造しますか?』
『ファイナルアンサ~~?』
元の世界さんと異世界ちゃんからの最終通告に、断固たる決意をもって答えた。
「応よ――‼ ファイナルアンサだぁぁぁ――――‼」
突然、体を横に倒されて、台のような物の上に乗せられた。どうやら手術台のようだ。
「うぉ……⁉」
今度は体が全く動かなくなった。指先どころか、声すら発することができない。
へっ……⁇ なんだ? どうなっているんだ……?
夜の暗闇の中、傍らにスポットライトが二つ降り注ぐ。
そこに、元の世界さんと異世界ちゃんが不気味に浮かび上がった。
なんかメッチャ怖いんですけど……。
『では、手術を始めましょう』
『ホイじゃあ、スイッチオ~~フ!』
突然テレビの画面が消えるように、視界が真っ暗となった。決して夜のせいではない。
それにしても不思議な感覚であった。意識はハッキリとしているのに、体は一切動かすことができない。
金縛りってこんな感じなのかね? まあ、あれを見せられたままよりかは、遥かにマシだけど…………痛い? ちょっと痛い……かも? あれ? 痛っ! 痛いっ! 痛いよっ! イッッタァァァ――――イッ‼
体に強烈な痛みが走ってきた。
それは、異世界ちゃんが言うところの、「ちょほいと痛い」どころの騒ぎではない。体全身、皮膚も骨も内臓も全てに、鋭いメスを刺しこんでグチャグチャにかき混ぜる様な、激しい痛みであった。
マジか⁉ 痛いっ‼ 痛すぎるってっ‼ ウオォォォ――――ッ‼ 痛いっ‼ イテェェ――ヨォォ――ッ‼
おまけに、金縛り状態になっているおかげで、体を動かして痛みを紛らわしたりすることが一切出来ない。ただひたすらに、無抵抗で痛みを享受するしかないのだ。
それは、まさに地獄であった。
生来から生粋のヘタレは、断固たる決意をあっさりと翻した。
ちょっと待ってっ‼ タイムッ‼ タイムッ‼ やっぱりヤメッ‼ 無しでっ‼ 改造するのは無しでお願いしますっ‼
言葉を発することができなかったが、元の世界さんと異世界ちゃんにはしっかりと通じたみたいだ。
しかし、元の世界さんと異世界ちゃんはこれまたあっさりと、ヘタレの言葉を却下した。
『先程、注意点としてお話ししましたけど、改造は途中で止めることができませんので、あきらめて下さい。それに、ちゃんと確認して、貴方の了承を得ましたよね?』
そうですけど! 痛いっ‼ いや、全然「ちょほいと痛い」程度じゃないでしょ‼ イッッテェェ――‼ だっだから、止めてぇぇぇ――――‼
『無~~理~~。終わるまでガンバって我慢してね~~』
最後の望みをかけて、懇願して聞いた。
じゃっじゃあ‼ いつっ? 痛っ‼ 痛たぁ――っ‼ いっいつ終わるんですかっ? 時間はどれくらいっ? なるはやで終わらせてっ‼
『う~~ん、現在は時間の流れから完全に切り離していますので、正確な値を提示するのは難しいですねぇ』
『そうだね~~。観念や基準が違うからね~~。で~~も~~、どうしてもって言うなら~~……だいたいマンガを一つ読み終えるぐらいだよ~~』
ちょっっと待てぇぇぇ――――一いっ‼ 痛たぁ――いっ‼ そっそれ、なんのマンガっ? マンガにもよるでしょうがっ‼ 痛いよ――っ‼ こ〇亀やゴ〇ゴだったらどうすんのっ‼」
オレの切迫した事情とは打って変わって、返ってきたのは緊張感のかけらも無い、のんびりとした口調であった。
『そうですね……H〇NT〇R×H〇NT〇RやB〇STA〇D‼を、最後まで読み切るぐらいですかね?』
『ウンとねぇ……喧〇商〇や強〇装〇ガ〇バーを、エンディングまで読むぐらいかな~~?』
「永遠に終わんねぇだろうがぁぁぁ――――っ‼」
ヘタレの魂の叫びは、己の中で虚しく木霊するだけであった。
朝から晩まで商談に駆けずり回っているのに、一向に成果が上がってこない。
う~~ん、ある程度予想していたとはいえ、なんだかんだ言って、この結果はツライなぁ。
商人ギルドが紹介してくれるのもあって、大勢の者が話は聞いてくれる。しかし、誰一人として契約に至らない。話がかみ合うようでかみ合わないのだ。
商人とは基本的に利己的な者だ。利益を求めることに労力を惜しまず、利益のない物に労力を一切払わない。そうすることで糧を得ているし、そうでなければ商人としてやっていけないだろう。だから、話を聞いてくれということは、興味があるということであり、脈があることは確かだ。
問題は、その対象が何かということだ。
基本的にこちらが売りたいのは、無用の長物となった軍事物資だが、相手が買いたいのは、こちらの地域の特産品。要は、人気観光地という店店が鎬を削る激戦区のタカハの街で、他との差別化が図れる地元に無い、目玉になるような物が欲しいのだ。
無論、それは軍事物資などではない。
ぶっちゃけ安定した物流ルートを確保できれば、そっちの方がはるかに有益だろう。しかし、そちらに乗り換えようにも軍事物資を捌けなければ、その運用資金も無い。それどころか店が潰れてしまう。あちらを立てればこちらが立たずの、両方立てれば身が立たぬ状態だ。
これってもしかして、もう詰んじゃってない……?
そんなことに気を揉みながら、露店通りを歩いていた。
周りは相変わらず多くの人で溢れ、皆楽し気に露店を満喫している。
タカハの街には、最初の日に訪れた場所以外にも露店通りが多数存在し、幾つか赴いてみたが、どこも期待値を簡単に超えてきた。
商談の方は全く上手くいっていないが、露店に関しては今のところ大満足である。正直ハマっていると言っていいだろう。
宿屋の婆さんからは「当たりハズレがあるから気を付けるよ!」と注意されたが、今のところ入る屋台、皆当たりで美味しいものばかりである。おまけに懐にも優しく、出来上がるのも早いときては、ハマってしまうのも無理もないだろう。
まあ、いいか。人間万事塞翁が馬、上手くいく時もあれば上手くいかない時もあるさ。最悪、困るのは店主だ。オレ自身は独り身だし、どうとでもなるだろう。
転生前から問題ごとを先延ばしにして、現実逃避するのは得意な方だ。今は面倒事は忘れて、美味い飯でも食って楽しむことにした。
溢れんばかりの人ごみをかき分けて進む中、ふと前から歩いてくる人物に目が付いた。
んん……⁉
ゆったりとした長めのローブを、頭から深々と被っているおかげで顔は見えないが、シルエットからなんとなく女性であることは分かる。しかし、それ以外は何も窺い知ることは出来ない。
これといって特に目立つところは無いのだが、不思議と妙に気になり、自然と目を向けてしまう。
この感じ、なんだろうな……?
だが、気になったからと言って、いつもでも凝視している訳にはいかない。普通におかしい人と思われてしまう。一先ず意識しないように、明後日の方向に目を向けることにした。
互いに距離が縮まっていく。
不意に、ローブの女性が思いがけない行動をとってきた。
すれ違いざまいきなり、こちらの片手を掴んだのだ。
「えっ⁉」
突然のことにギョッとして、ローブの女性の方に振り返る。
割と近い距離だが、それでもローブを頭から深く被っているおかげで、女性の顔は確認できない。
「貴方……」
「なっなんですか⁉ 急に!」
ローブの女性は片手を掴まえながらもが、自分のことを上から下までマジマジと見定める。
「ふ~~ん……ああ! ここでは流石に邪魔になってしまうわね。ちょっとついて来てもらえるかしら?」
ローブの女性はこちらの返事も聞かずに、強引に手を引っ張った。
「え⁉ ちょっと⁉ あの……待って……!」
あたふたするこちらのことなどお構いなしに、ローブの女性はしっかりと自分の手を掴まえながら、人ごみを歩いて行く。
そこには小さなロウソクが幾つも置かれていた。
手前には丸いテーブル、その上にはボーリング玉程の水晶玉が小さなクッションに鎮座し、その向こうには先ほどのローブの女性が座っていた。
ここは露店通りから5分ほど歩いた路地裏の一角。
ロウソクだけの薄暗い部屋の中、所在なさげにイスに腰かけていた。
ローブの女性が妖しげに、水晶玉に向けて手をユラユラを動かしている。相変わらずその素顔は全く見えない。
「あの、すみません……?」
「……もう少し……もう少しだけ待って……」
「はぁ……」
待てと言われれば待ちますけど……。
ローブの女性に露店通りから強引に連れてこられて、有無を言わさず占われていた。一切説明もないままに。
占いって苦手なんだよねぇ。結果が良くても悪くても、変な風に気にしちゃうんだよなぁ。
それから暫くして、ローブの女性が口を開いた。
「取り敢えず、今は……さんでいいのかしら?」
ローブの女性の言葉に驚いた。
「えっ⁉」
ローブの女性が告げたのは、間違いなくこの世界での自分の名前であった。しかし、取り付く島もなく占いに突入したおかげで、こっちは名乗ってすらいない。当然ながらローブの女性が、自分の名前を知る筈はないのだ。
「どうして、それを……?」
ローブの女性の声には、どこか蠱惑的な響きがあった。
「うふふ、占いを生業としている者として、それぐらいはねぇ。私の名前はネェサっていうの、よろしくね」
「あ、どうも。これはご丁寧に、こちらこそよろしく……って、これいきなりなんなんですか?」
「あらあら何が?」
ネェサさんはさも身に覚えがないとばかりの口ぶりだ。
「いや、何がじゃなくて! 急にこんなところ連れてこられて、訳も分からずに占われて! これってもしかして、あれですか? そういう営業の仕方なんですかっ?」
「それは心外ねぇ……。こう見えても私、この街で結構な売れっ子占い師なんだけどなぁー。知らない?」
そういえばこのテントの周りに、結構な人がたむろしていたな。あれは占ってもらおうと、待っている客だったのか。
「知りませんよ。最近こっちに来たばかりですから……それよりも! これはどういう訳ですかっ?」
「う~~ん、凄い目立っていたのよね、貴方が。だからあまりにも気になっちゃって、ついね……」
ネェサさんの予想外な言葉に、思わず目を丸くした。
「目立つ⁉ 自分が⁇」
居るか居ないか分からないとはよく言われるけど……。そう言えば、元の世界でも似たようなことよく言われていたな。
「ええ、あれだけ多くの人の中で、ひときわ目立っていたのよ」
「そんなに目立つかな……? そんなこと言われたのは、初めてだけど……」
「見る人が見れば、凄く……ね」
「でも、だからって流石にやり方が強引過ぎませんか!」
「ごめんなさい。それについては謝るわ」
「……それで、もう満足ですかね?」
「そうね。視たいと思っていたところは、大体視れたかな。ところで……気になる?」
「何がですか?」
「う・ら・な・い」
聞きたくないな……聞きたくないんだけど……やっぱり滅茶苦茶気になるッ‼
「あの……なんて言ううか、ど、どんな感じですかね……?」
「うふふ、それじゃあご期待に応えまして、先ずは良い結果と悪い結果、どちらから先に聞きたい?」
なんだ、その二択は⁉ ぐぬぬぅ……どちらかと言うと、嫌なことから先に終わらせたいかな?
「……悪い結果の方から、お願いできますか?」
「悪い結果からだと……近いうちに、大きな災いが降りかかるわね。それも恥辱にまみれ、人格にも影響を及ぼすほど強烈なものが」
「マジですかッ‼ いや、人格にまで影響を及ぼすなんて、どんだけなのっ? それは、どうにか回避出来ないんですか?」
「う~~ん、難しいわね。悪い運命が蜘蛛の糸のように至る所に張り巡らされ、手ぐすね引いて待っているのよ」
「そんなに! オレが何したって言うの……」
「ただね。それは貴方にとって、大きな蹶起になるのよ。その後は運命が大きく好転していくわ」
「そう言われても……」
「それと、貴方はかなり変わっているわね。欲望の赴くまま行動した方が、結果的に運命が良い方向に向かうの」
「……それ、全く好転しそうな感じがしないんですけど」
どっちかって言うと、バッドエンドへまっしぐらって感じだけど。
「うふふ、まあ、こう言っては身も蓋もないけど、あくまでも占いの結果だからね。当たるも八卦当たらぬも八卦、結局は貴方次第ってところかしら」
そう言って、ネェサさんは蠱惑的な響きで笑った。
お腹が痛い。ひたすらお腹が痛い。
朝から腹の調子が悪くて、頻繁にトイレに通って唸っていた。
それを見た宿屋の婆さんが、ぶっきらぼうに言った。
「だから言っただろ、当たりハズレがあるって……」
当たりハズレがあるって、そういう意味だったのかよ!
だからと言って、宿屋の婆さんのことは責められない。
油断があった。旅先ので食事はことさら気を付けねばならないのに、初日から連日通い詰めている露店通りは、どれを選んでも安くて早くて美味く、常にこちらの期待以上の満足感を与えてくれた。おかげでつい油断してしまった。
昨夜、露店通りで食したのは、エビや貝などの海鮮ものの串焼き。こんな海から離れた場所でも味わえるのかと、心を惹きつけ、ついつい選んでしまった。
今にして思えば、この時点でアウトだ。味は良かったが、少々味が濃かったのも、色々と誤魔化す為であったのだろう。
現在、その油断した報いが、諸に降りかかっている。
だが、いつまでもトイレで、唸ってばかりもいられない。
今日は商人ギルドに紹介してもらった、商談相手と会う約束があるのだ。幾ら体調が悪いからと言って、これをドタキャンする訳にはいかない。
商いをするということは、誰かと取引をするということだ。
誰かと取引を行う上で、最も大事なことは信頼関係だろう。そうでなければ物を売ることも、買うこともできよう筈がない。
その信頼関係を築くのに手っ取り早く効果的なのは、約束を守ることだ。逆に言えば、約束を守らない相手に信頼関係は築けない。
もしここで商人ギルドから紹介された、商談相手との約束をドタキャンすれば、オレの信頼はガタ落ちだ。このことは商人ギルドから周りに伝わるだろうし、ダダでさえ上手くいっていない一連の商談は、完全にダメになってしまう。
仮に、店主のことを見捨てて、軍事物資を捌くことをあきらめたとしよう。
その際はタカハの街で得た縁を利用しない手はない。商談の時、話をしていてかなり手応えに感じていたし、新たに商いを始めることは悪くないように思える。
結構イケると思うんだよなぁ。物流ルートの確保が一番の課題だけど、そこさえクリアできれば……。
ならばそれを見据えても、流石に信用が悪くなる事態に陥るのは、どうしても避けたいところだ。
だが、そんなに難しく考えることもないかもしれない。要は約束に間に合えば問題ないんだ。この際、商談の内容は二の次にしよう。
体調の悪い体を、気力を振り絞ってゆり動かし、商談相手との約束の場所へ向かった。
約束の場所へと向かって、人気の少ない通りを歩いていた。
広い空を覆うように、大きな雲が幾つも泳いでいた。おかげで直射日光少なく、気温がなだらかで過ごしやすい。
体調が悪い現在の自分には、それが凄くありがたく感じた。
ただ、いささか雨が降りそうな気配もあるが……。
不意に、大きな声が発せられた。
「オイ! そこの奴ちょっと待て!」
声のした方を見ると、女性が手招きをしていた。年の頃は30代前半ぐらいだろう。身長は180センチぐらいで独特の赤い肌に、オレンジに近いブラウン色の髪を無造作に伸ばし、額の真ん中に小さな角が生え、大きな瞳にハッキリとした鼻筋、革の鎧を直に身に纏っているおかげで、元の世界でいうところのビキニアーマーのような形になっているのだが、その隙間からアスリートを思わせる屈強な筋肉を覗かせていた。どことなくやさぐれた雰囲気を醸し出しているが、基本的に美人と言っていいだろう。こちらは服の上からだが、同じような革の鎧を身に纏った四人の男を、後ろに従えていた。
あの感じ……オーガの血でも、引いているのかな?
オーガは自分たちと同じ、言語によって意思の疎通が取れる人族と呼ばれる分類に区別されるが、街中で見かけることは滅多に無く、大きな体格に鍛え抜かれた筋肉を備え、性質は残忍で粗暴な上に暴力的、洗練された文化はあまり持っておらず、戦うことを生きがいとする戦闘民族だ。直接会って話したことはこれまで無いが、正直あまり良いイメージは無かった。
残念なことに、更に印象を悪く感じる物に気が付いた。
女性と男たちは二の腕に、この街の警ら隊であることを示す腕章を着けていた。
初日の嫌な記憶が頭をよぎる。
出来るだけ関わりたくないな。ただでさえ約束まであまり時間もないのに、体調も悪いんだよ。よし、よく分からないふりでもして切り抜けるか。
己の顔を指差して尋ねた。
「えっ……と、もしかして自分のことですか?」
警ら隊の女性があからさまに不機嫌な顔を表した。
「もしかしなくてもオメーだよ! 他に誰が居るってんだ!」
……感じ悪いな。
「自分がどうかしましたか?」
「この辺じゃあ見ない顔だな。冒険者って感じでもねぇし、アンタここで何やってんだ?」
これ以上ない程にこやかな表情を浮かべて、懐から商人ギルドのギルドカードを女性に見せた。
ギルドカードは商人ギルドに登録している証でもあるが、れっきとした身分証明書としても効果がある。
「これから商談に向かうところです。商人をやっておりまして、新たな商いを求め、最近この街にやって参りました」
警ら隊の女性はしげしげとギルドカードを見ながらも、イマイチ納得いっていない顔つきだ。
「ふぅ~~ん、商人をねぇ……。それにしてもオメェ、随分と遠くから来てんだな?」
「実りの良い商いがあれば、どこへだって参ります。商人とはそういう者でして」
「まあ、いいや。取り敢えず詳しく話が聞きたいから、ちょっと一緒に来てもらおうか」
ハァッ? なんでそういう話になるんだ! これから約束があるというのに、そんな時間なんかねぇーよ!
「……どういうことですか?」
「最近この辺りで見慣れない奴がうろついていて、コソコソと変な薬を売っているって、タレコミがあってさ」
「ちょっと待って下さい! それを疑っているのですか?」
「商人ってことは、色んな物を扱ってるよな? 例えば……ギンギンになって、ハイになっちまうような物とかさ!」
「それはいくらなんでも言いがかりですよ! こっちは正式に商人ギルドに登録している――」
警ら隊の女性が、こちらの言葉を遮るように拳を振り上げた。
「うるせぇ――っ‼」
「ウグゥッ!」
警ら隊の女性に殴られ、鼻血を出しながら尻もちをついた。
「それを判断するのは、こっちだ! オメェじゃねぇ―!」
警ら隊の女性が、こちらに向けて顎をしゃくると、後ろに控えていた警ら隊の男たちが、自分の周りを取り囲んだ。
「グダグダ言っていないで、とっととついて来な!」
「ぐぅ……」
事この状況に至っては、もう警ら隊の女性に従うしかなかった。
警ら隊の会話から察するに、女性は『リーデン』という名前らしい。
そのリーデンが机を派手に叩きながら、強い口調でまくし立てる。
「いい加減ゲロしやがれ! オメェーは薬の売人なんだろうが!」
こちらも負けじと応戦する。
「だから、さっきから何回も違うと言っているでしょうが‼ ちがいます‼ 第一証拠もグガァッ‼」
オレの言葉はリーデンの拳によって遮られた。更に襟首を掴まえて、ブンブンと強く揺さぶってきた。
「うるせぇ――っ! 黙れ黙れ! グダグダ生意気なことばかりぬかしねぇで、黙って吐きやがれ!」
いや、黙っていたら吐けないじゃねーか。リーデンはマジでバカなのか?
襟首を捕まえているリーデンの手を、強引に振り解いた。
「痛い! 何するんですか! 訳のわからないことばかり言ってないで、もういい加減してください!」
「オメェーがいつまでも、しらばっくれてるからだろーが! オラッ!」
リーデンがまたしても拳を繰り出す。
「アッグァ! やめて下さい! さっきから何するんですか!」
この野郎~~! 何度もバカみたいに同じことばかり繰り返して殴りやがって! そもそも完全に不当逮捕だろ! ふざけんな!
警ら隊の兵舎に来てから一時間ほどになるが、リーデンはずっとこの調子だ。一方的に薬の売人だと決めつけて、こちら話を全く聞かずに、堂々巡りを繰り返すばかりで一向にらちが明かない。
不意に、取調室の扉が開き、一人の警ら隊の隊員が入って来た。その手には、長方形の双眼鏡のような物を持っている。
警ら隊の隊員がリーデンの肩を叩くと、それをテーブルの上に置いた。
なんだあれは? ……もしかして魔法具か⁉
元の世界ではありえない話だが、この異世界では魔法という現象が、当たり前のように存在する。
しかし、だからと言って誰でも魔法が使えるかと言うと、そうではない。通常、魔法使いなどに属する者でなければ、魔法を使うことは出来ないし、魔法使いになる為にもある程度の才能と、それなりの訓練が必要だ。
では、一般人は一切魔法が使えないのかと言うと、これもそうではない。間接的にだが、ある物を介することによって、一般人でも魔法という現象を起こすことができる。
それが魔法具だ。
詳しい製法までは分からないが、任意の魔法を魔石に封じ込めて法玉を作成し、それを専用の法台にセットすることで、魔法を発動させることが出来る。普通に広く販売されている為、一般人でも簡単に手に入れることができるのだ。お値段のほうは物によってまちまちって感じだ。
警ら隊の隊員が魔法具を通してこちらを覗き込み、リーデンがまた尋問を再開させた。
魔法具って噓発見器のような代物だよな。って言うか、噓発見器持っているんだったら、最初っから出せよ! 余計な時間をかけさせやがって!
……………………………………
……………………………………
……………………………………
一通り尋問が終わると、リーデンと警ら隊の隊員はお互いの顔を見合わせた。
そして二人はイスから立ち上がり、そそくさと取調室の隅へ行って、額を合わせて何やら相談し始める。
恐らく、こちらに聞こえないようにする措置だと思われるが、リーデンの地声は大きかった。
「どう見ても怪しい奴じゃねぇか! 妙に顔も青白くフラフラしているし、何かキメているからに違いねぇ!」
それは昨日、当たりを引いてしまって体調が悪いからだ! 断じてなにもキメてない!
「それに遠くからやって来ているのも、きっと足がつかねぇようにする為だ!」
そっちは店主が余計なことをやらかしてくれたおかげで、地元近隣ではまともに物資を捌けないからだ!
「第一オレのカンが言っているんだよッ! こいつは絶対に普通じゃねぇ! 間違いなくヤバい奴だ!」
カン……? いや、カンって、マジかよ! そんなもんで決めつけてたのか? 勘弁してくれよ……。
半ばこっちの存在など無視して、他の隊員たちも加わり、リーデンを説得するように話し合いは続く。
いい加減堪忍袋も限界間近のところで、突如として話し合いが終了した。
リーデンがありありと不貞腐れた表情を浮かべて、ぶっきらぼうに言い放つ。
「オマエ、もう帰っていいよ……」
リーデンの言葉を聞くと、他の隊員たちがやれやれといった表情で取調室から出て行く。
オイ! ここまで妙ないちゃもんつけといて、それで終わりかっ? 詫びの一言も無しかよ!
流石に頭にきて、文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、商談相手との約束の時間はとうに過ぎていた。
マジで腹立たしいけど、もうこれ以上コイツらに、一秒たりとも時間を使いたくない!
態度に怒りを滲ませながらも、リーデンらを一瞥することなく、無言で取調室を後にした。
当然と言えば当然だが、約束の場所に到着すると、商談相手は激怒していた。
理由は兎も角、遅れてきたのは事実なので、こちらは平身低頭に謝るしかない。
それに対して、商談相手は散々な嫌味と高圧的な説教に加え、どうでもいい己の自慢話まで喚く始末。
最初は一時間以上も遅刻してきたのに、よくも待っていてくれたとありがたく思ったが、ぶっちゃけて今は、ヤッちゃっていいならブチのめしたい、とさえ思っている。
しかし、大幅に遅刻してきた手前、何も反論できず黙って拝聴するしかなかった。
最終的に商談相手の独演会は、二時間ほど続いた。
無論、商談は上手くいかなかった。いや、それ以前に商談になることさえなかったし、何一つリカバーすることも出来なかった。
間違いなく今回の件は、商人ギルドにも話が伝わるであろう。
それは、自己の商人としての評判が地に落ちると共に、遠くタカハの街までやって来たこと全てが、無意味となることを意味している。
約束を守れない者と商いは出来ない。これは商人としての鉄則だ。
今後タカハの街で、自分とまともに商談しよとする者は居ないだろう。
最悪、店主の尻拭いが上手くいかなくて店が潰れても、タカハの街で得た知古を利用して、新たに何かできないかと密かに野望を持っていたが、それも完全にダメになってしまった。
詰んだな、マジで……。
調子のよくないお腹の具合が、更に悪くなっていくのを感じた。
辺りの景色が薄暗くなっていた。
まるで自分の心情を表しているみたいだ。
いつもなら今の時間帯、タカハの街は茜色に染まってノスタルジックな情景を見せてくれるのだが、今日はどんよりと黒い雲が空を覆っていて、今にも雨が降り出しそうな気配だ。
足早に歩を進めていた。現在の体調で可能な限りに。
お腹が痛い……お腹が痛いよ……。
体から嫌な感じの汗が、大量に滲み出ていた。
ピーピーゴロゴロとお腹が悲鳴を上げ、臨界点へと差し迫っている。
マジ……これホントに、マジでちょっと……。
未だ土地勘のないタカハの街では、近場に適当な場所を見つけることが出来ない。そもそも元の世界と違って、気軽にトイレを借りれる心優しい施設は、異世界には無い。まあ、元の世界でも、現代日本以外の国ではそうだと思うが。
兎にも角にも、今は現実的に利用できるトイレは、宿屋の物しかなかった。
一刻を争う事態に、思わず走り出したい衝動に駆られるが、急激に体を動かすことはお腹様が許してくれない。何とも歯がゆい状況である。
それでも頑張って歩を進めていく。
暫く進むと、円形の広場に辿り着いた。中央には噴水があり、その真ん中には男性の銅像が立っている。
銅像のモデルは古の錬金術師ショー=タローク=サマーで、この世界の者なら誰もが知っていると言っても、過言ではない有名人だ。タカハの街とは深い縁があり、この場所は観光名所になっている。
そのせいで、やたらと人が多い。円形の広場には観光客と思しき人で賑わっていた。
多いな……冒険者みたいな奴らもいっぱいいるし、こんなところで油売っていないで、ダンジョンにでも潜っていろよ。
だが、ここまで来れば宿屋は目と鼻の先だ。
ラストスパートとばかりに、人ごみを縫うようにして円形の広場の中を進んでいく。
不意に、後ろからやかましい声がした。
「イッテェ――!」
やかましい声は気になったが、今はそれどころじゃない。一切無視してドンドンと歩を進めていく。
今度は後ろ手に、何やら騒がしいものが近づいてくるのを感じた。
んん⁉
流石に気になって後ろに振り返った瞬間、けたたましい怒鳴り声が辺りに響いた。
「オイ! 止まれ、止まれ、止まれよ! ちょっと待ちやがれ!」
目の前で、ハーフハイトの男がいきり立っていた。その種族を表すような150センチほどの身長に、癖の入ったブロンズの短髪とアクの強い顔つき、年齢は二十代後半ってところで、革の鎧を身につけて弓矢を背中に背負っている。いかにも冒険者って感じだ。
ハーフハイトの男が大声でがなり立てる。
「てめぇぶつかっといて、何シカトこいてんだ!」
突然の事態に目を丸くした。
「はぁ……?」
何を言っているんだ、コイツは? 人ごみの中を急いでいたが、誰一人としてぶつかっていないだろ。
ハーフハイトの男は見ろとばかりに、後ろへ顎をしゃくり上げた。
そこには、薄い緑色の肌の上から直にチェインメイルを着込み、スキンヘッドの額から小さな日本の角を生やした、ゴツイ顔の2メートルを超える大男と、派手な装飾のローブを羽織り、鮮やかなブロンドの髪の隙間から尖った耳を生やした、彫りの深い少々コッテリ顔のイケメン風の若い男が居た。
スキンヘッドの大男はオーガの血でも引いてそうな感じだが、イケメン風の若い男の鮮やかなブロンドの髪と、特徴的な耳はエルフであるように見える。どことなくバッチもん臭い匂いがするが……。
もしかしてエルフ? こんな都会の街中で?
エルフは緑豊かな地を好み、閉鎖的で他の人種を毛嫌いする習性がある為、自ら率先して交流することなど無いと聞く。実際これまで生きてきた中でエルフを見たのは、一度辺境の街でチラっと見かけたことがあるくらいだ。
イケメン風の若い男が右肩を押さえ、わざとらしい程のオーバーアクションで、大きな声を上げて痛がっている。それをスキンヘッドの大男が、その見た目とは似つかわしくないオロオロとした態度で窺っていた。
「痛い! 痛いよ――! これ骨折れちゃってんじゃないの? スゲェ痛いんだけど――!」
……何やってんだコイツらは……?
ハーフハイトの男が周りにアピールするように、大きな声を上げた。
「てめぇがぶつかったおかげで、オレのダチが怪我しちまったじゃねぇか!」
広場にいる大勢の人たちも、何事かと興味津々な眼差しを向けてきた。
「はい……⁇ いや、ぶつかっていないでしょ」
「ア”ア”ンッ! てめぇしらばっくれてんじゃねぇぞ! コラッ!」
ハーフハイトの男は無遠慮に近づいてくると、おもむろにオレのお腹にパンチを繰り出した。
「グゥッ!」
パンチの威力自体はそれほどでもなかったが、如何せんお腹の調子が最悪の状態だ。
「いきなり何するんですかッ‼」
この野郎~~! マジで身がコンニチワって出てくるかと思ったぞ!
「てめぇがしらばっくれるからじゃねぇか! こっちは何も取って食おうってわけじゃねぇんだ。それなりの誠意ってものを見せてくれればいいのさ。それぐらい分かるだろ?」
ハーフハイトの男はニヤついた顔で、意味ありげに指で輪っかを作って見せた。
ああ、そういうことね。この茶番はそういうことか。要するにコイツらは当たり屋ってやつだ。
「……つまり、おこづかいが欲しいと?」
「オイオイオイオイ、人聞きの悪いこと言うなよ。こっちは怪我人が出てんだぜ。だから誠意ってもんを見せて欲しいって言ってんだ、誠意をよ!」
ふざけんな‼ お前らの茶番と違って、こっちのお腹はマジなんだよ‼
「何が誠意ですか! 怪我なんかしていないでしょ! そもそもぶつかってもないんだから!」
「うるせぇ――! グダグダ言ってねぇで、さっさと出すもん出しやがれ!」
突然、辺りに鋭い声が響いた。
「テメェら何やってんだ――‼」
それは聞き覚えのある声、警ら隊のリーデンであった。
いつの間にかリーデンと、数人の警ら隊員が周りを取り囲んでいた。
リーデンがハーフハイトの男を、鋭い眼差しで睨め付けた。
「これはいったいなんの騒ぎだ? 何を揉めている?」
先程までの強気な態度とは打って変わって、ハーフリングの男はバツが悪そうな表情を浮かべた。
「いやぁ……別に揉めてなんかないですぜぇ。そ、そうだよなぁ?」
これまた先ほどまで大げさなリアクションをとって、痛がっていたイケメン風の若い男と、オロオロしていたスキンヘッドの大男が、何事もなかったかのようにウンウンと大きく頷いた。
こ・い・つ・らぁ……!
リーデンは鋭い視線を、今度はオレの方に向けてきた。
「またテメェか……で、なんだ? ここで何やってんだ?」
リーデンの言葉に、思わずカチンときた。
「……「また」? 「また」ってなんですか、「また」って! そもそもそっちが勝手に絡んできたんでしょ! チンピラ三人となんにも変わらな――」
オレの言葉はまたしても、リーデンによって遮られた。
「うるせぇ黙れ! 生意気なんだよ、テメェは!」
ハーフハイトの男よりも遥かに強い、リーデンのボディブローが炸裂する。
「オゲェッ!」
弱り切っていたお腹が、悲鳴を上げる。
お腹の中で煮えたぎっていたマグマが、今にも噴火してしまいそうだ。
マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい‼ マズい――っ‼
渾身の力をお尻に込めて、どうにか噴火を押しとどめる。
動けない。微動だにすることさえ出来ない。少しでも気を抜くと、公衆の面前で出してはイケナイ物を、ぶちまけてしまいそうだ。
リーデンのあまりにも理不尽な振る舞いに、色々と言ってやりたいではあったが、今は少しでもマグマを沈静化させる為に、黙ってやり過ごすしかない。
「……………………………………」
だが、なおも矛盾した言動で、リーデンが無情にも追撃をかけたきた。
「テメェ何シカトこいてんだよ! 黙ってねぇでなんとかぬかせ!」
傍若無人な言動を体現するような動きで、リーデンが体重を乗せたヤクザキックを放ってきた。
それをお腹に諸に食らう。
後ろの飛ばされて、二、三歩とよろめきながら、途切れ途切れに口から悲嘆が漏れた。
「お……お前……なんて……ことを……」
お腹を抱えて、その場に座り込んだ。
リーデンがざまぁみろとばかりに、オレのことを見下ろす。
「フン、舐めた態度ばかりとっているからだ!」
無理だった。
もうどうすることも出来なかった。
何かが崩壊して壊れるのを感じた。
そして、お尻の方で大噴火が起きた。
公衆の面前で、出してはイケナイ物が、ズボンの中に拡散していくのを感じる。
あああぁぁぁぁ……。
ハーフハイトの男が鼻を鳴らして訝しげた。
「なんか……くせぇなぁ……?」
リーデンも、それに同調する。
「……ああ、確かにクサいね! クソくせぇ……いったいどこからだ……?」
暫しの間をおいて、リーデンとハーフハイトの男は顔を見合わせた。
そしてオレを指差すと、まるでクイズ番組の回答者が、制限時間ギリギリで答えが閃いたように、ここぞとばかりに広場に響き渡るほどの大声を上げた。
「テメェだぁ――っ‼」
「オメェかぁ――っ‼」
ハーフリングの男が下品な笑い声を上げて、周りに聞こえるように囃し立てる。
「ヒャァァハッハッハァァァ――‼ マジかよ‼ こいつクソ漏らしてやがんのっ‼ ダッッセェェ奴ぅぅ‼」
リーデンが冷たい眼差しで蔑む。
「……とんだクソ野郎だぜ。オイ‼ バッチィからコッチ来るんじゃねぇぞ‼ このチビクソ野郎が‼」
事の元凶のくせに、リーデンとハーフハイトの男はまるで自分らに一切非がないかのように、散々な言い草だ。
黙れ……お前ら……マジで死んでくれ‼
なおも、リーデンは見下すように「罰が当たった」や、「ざまぁみろ」だとかほざき、ハーフハイトの男は事を面白おかしく大きな声で吹聴し、イケメン風の若い男とスキンヘッドの大男が井戸端会議の主婦のような仕草で、こちらをチラチラと見ながら、何やらヒソヒソと話している。
周りからも、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえてきた。
円形の広場には、多くの人で賑わっていた。
それらの多くの人々が、話に花を咲かせているのであろう。
オレのことで。
俯いて、石畳の一点を見つめていた。
今はそうすることしかできなかった。
周りの様子が気になったが、顔を上げて確認するなんて、とてもじゃないができない。
不意に、石畳の上に水滴が落ちた。オレの頬から伝うのとは別に。
それは直ぐに、ポツリポツリと段々増えていき、一気に大粒の雨へと変化した。
辺り一帯を激しい雨のカーテンが覆う。
あれだけ多くいた人々が、蜘蛛の子を散らすように立ち去っていく。
無論リーデンやハーフリングの男たちも。
激しい雨の中、自分だけが只一人、広場の中でポツンと佇んでいた。
気が付いた時には、街外れの川のほとりに立っていた。
いつの間にか夜を迎え、目の前には暗闇だけが広がり、周りには一切明かりは無く、人っ子一人居ない。
あれからどうしたか、よく覚えていない。
と言うか、思い出したくもない。
訳も分からず涙が溢れてきてた。
心の中で様々な感情が複雑に渦巻き、今にも溢れて張り裂けんばかりだ。
突如として強烈な衝動に襲われ、発狂して暗闇に向けて絶叫する。
「ヴゥギャァァァ――――ッ‼ 無理っ‼ もう無理っ‼ 生きていけないっ‼ 死ぬっ‼ 死ぬっ‼ 死ぬ――――っ‼ もう殺せっ‼ 殺せよっ‼ もういっそ殺してくれ――――っ‼」
強烈な衝動をどうにも抑えることができず、勢い余って地面に頭突きを繰り返した。
だが、直ぐに感情が翻って、今度は別の衝動に襲われる。
「ハァァアアァンッ⁇ なんでオレが死ぬんだよっ‼ おかしいだろっ‼ 悪いのは全部アイツらじゃないかっ‼ 死ねばいいのにッ‼ アイツら全員死ねばいいのにッ‼ 餅を喉に詰まらせてもがき苦しんでいる最中に、タンスの角に思いっきり足の小指をぶつけてのたうち回った挙句、馬にフルパワーで蹴り飛ばされて死んじまえっ‼」
だが、幾ら叫んだところで、逃れられない記憶が心を殺そうと追いかけてくる。
変わりたかった。
兎に角、変わりたかった。
今とは違う者になりたかった。
「メニュー!」
目の前にウインドウが出てきた。
そして、初めて目にした時と同じように、改造するか問いかけてきた。
「応よ!」
自分でも不思議なくらいの異様なテンションで、なんの躊躇もなく「承諾」を選択する。
すると、念を押すように、再度、改造するか問いかけてきた。
決断に迷いはなかった。
ここまで来て躊躇することなど何一つない。
「あたぼーよ!」
断固たる決意で「承諾」を選択する。
どこからか懐かしい声が聞こえてきた。
それは、元の世界さんと異世界ちゃんの声であった。
『またお会いしましたね。どうでしたか、異世界は? 今まで息災でしたか?』
『アイルビィィィバァァァ~~クッ! 戻ってきたぜぇ~~!」
「……息災だったら正直、貴方がたに用は無かったです……。それに、そもそも異世界ちゃんは異世界そのものなんだし、元から異世界に居たのでは?」
悪態をつきながらも、数十年ぶりの元の世界さんと異世界ちゃんの声に、どこか懐かしさと誠に不本意ながら安心感も覚えた。
『それでは、これより貴方のご希望通り、「魔人」へと改造します。ただ、幾つか留意しなければならないことがありまして、まず、改造は途中で止めることはできません。それと、一度改造してしまうと、もう二度と元に戻ることはできませんので、ご注意を』
『あとは~~、改造中は一切動けないし~~、ちょほいと痛いけど我慢してね~~』
「フッ……それがどうしました? 昔のオレならビビっちまってたでしょうが、今のオレには、そんな些末なことは問題になりません!」
『これが最後の確認です。それでも改造しますか?』
『ファイナルアンサ~~?』
元の世界さんと異世界ちゃんからの最終通告に、断固たる決意をもって答えた。
「応よ――‼ ファイナルアンサだぁぁぁ――――‼」
突然、体を横に倒されて、台のような物の上に乗せられた。どうやら手術台のようだ。
「うぉ……⁉」
今度は体が全く動かなくなった。指先どころか、声すら発することができない。
へっ……⁇ なんだ? どうなっているんだ……?
夜の暗闇の中、傍らにスポットライトが二つ降り注ぐ。
そこに、元の世界さんと異世界ちゃんが不気味に浮かび上がった。
なんかメッチャ怖いんですけど……。
『では、手術を始めましょう』
『ホイじゃあ、スイッチオ~~フ!』
突然テレビの画面が消えるように、視界が真っ暗となった。決して夜のせいではない。
それにしても不思議な感覚であった。意識はハッキリとしているのに、体は一切動かすことができない。
金縛りってこんな感じなのかね? まあ、あれを見せられたままよりかは、遥かにマシだけど…………痛い? ちょっと痛い……かも? あれ? 痛っ! 痛いっ! 痛いよっ! イッッタァァァ――――イッ‼
体に強烈な痛みが走ってきた。
それは、異世界ちゃんが言うところの、「ちょほいと痛い」どころの騒ぎではない。体全身、皮膚も骨も内臓も全てに、鋭いメスを刺しこんでグチャグチャにかき混ぜる様な、激しい痛みであった。
マジか⁉ 痛いっ‼ 痛すぎるってっ‼ ウオォォォ――――ッ‼ 痛いっ‼ イテェェ――ヨォォ――ッ‼
おまけに、金縛り状態になっているおかげで、体を動かして痛みを紛らわしたりすることが一切出来ない。ただひたすらに、無抵抗で痛みを享受するしかないのだ。
それは、まさに地獄であった。
生来から生粋のヘタレは、断固たる決意をあっさりと翻した。
ちょっと待ってっ‼ タイムッ‼ タイムッ‼ やっぱりヤメッ‼ 無しでっ‼ 改造するのは無しでお願いしますっ‼
言葉を発することができなかったが、元の世界さんと異世界ちゃんにはしっかりと通じたみたいだ。
しかし、元の世界さんと異世界ちゃんはこれまたあっさりと、ヘタレの言葉を却下した。
『先程、注意点としてお話ししましたけど、改造は途中で止めることができませんので、あきらめて下さい。それに、ちゃんと確認して、貴方の了承を得ましたよね?』
そうですけど! 痛いっ‼ いや、全然「ちょほいと痛い」程度じゃないでしょ‼ イッッテェェ――‼ だっだから、止めてぇぇぇ――――‼
『無~~理~~。終わるまでガンバって我慢してね~~』
最後の望みをかけて、懇願して聞いた。
じゃっじゃあ‼ いつっ? 痛っ‼ 痛たぁ――っ‼ いっいつ終わるんですかっ? 時間はどれくらいっ? なるはやで終わらせてっ‼
『う~~ん、現在は時間の流れから完全に切り離していますので、正確な値を提示するのは難しいですねぇ』
『そうだね~~。観念や基準が違うからね~~。で~~も~~、どうしてもって言うなら~~……だいたいマンガを一つ読み終えるぐらいだよ~~』
ちょっっと待てぇぇぇ――――一いっ‼ 痛たぁ――いっ‼ そっそれ、なんのマンガっ? マンガにもよるでしょうがっ‼ 痛いよ――っ‼ こ〇亀やゴ〇ゴだったらどうすんのっ‼」
オレの切迫した事情とは打って変わって、返ってきたのは緊張感のかけらも無い、のんびりとした口調であった。
『そうですね……H〇NT〇R×H〇NT〇RやB〇STA〇D‼を、最後まで読み切るぐらいですかね?』
『ウンとねぇ……喧〇商〇や強〇装〇ガ〇バーを、エンディングまで読むぐらいかな~~?』
「永遠に終わんねぇだろうがぁぁぁ――――っ‼」
ヘタレの魂の叫びは、己の中で虚しく木霊するだけであった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる