ごーいんぐ魔人うぇい~魔人に転生しての気ままに我儘な異世界ライフ~

伊達メガネ

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第六章

魔人に改造されてみたけれど……。

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 あれからどれくらい経ったのだろうか? ほんの僅かな時間だったような気もするし、ひどく長い時間だったような気もする。
 目を開くと、光が見えた。
 体が動く……!
 上半身を起こして、状況を確認する。
 今は体に痛みは全く無かった。
 いつの間にか、川沿いの草の上に寝っ転がっていた。
 周りには木々が立ち並び、近くに小川が流れている。どうやら場所は、改造前に居た所と同じみたいだ。
 空を見上げると、雲一つない青空に陽が高く昇っていた。
 朝……か? いや、昼ぐらいか? いや、そうとも限らないのかな?
 周りを見渡す限り、人っ子一人見当たらない。
 元の世界さんと異世界ちゃんふたりはどこに行ったんだ? もう居ないのか?
 その代わりって訳ではないだろうが、直ぐ傍らにスタンドミラーが、ポツンと置かれていた。
 そのスタンドミラーには紙が貼られていて、よく見ると、「カッコいいでしょ~~!」と書かれていた。
 鏡? なんで鏡? 何が「カッコいいでしょ~~!」なん…………あっ!
 とある記憶が脳裏をかすめる。
 急いで立ち上がり、スタンドミラーを覗き込んだ。
 その瞬間、驚愕しのけ反った。
「オワァッ‼」
 スタンドミラーに映っていたのは、ファンタジー物に出てくるドラゴニュートのような肉体の上に、大きな一つ目の顔が乗った異形の姿。
 そう、異世界ちゃんがイラストで示した、“魔人”そのものであった。
 しかも、何故か一切服を着ておらず全裸であった。
 もう一度、スタンドミラーを覗き込んでみる。
 思わずその場で頭を抱えた。
 バケモノじゃん……完全にバケモノじゃん。イラストだけでも相当キテたのに、生だとまっしぐらに振り切ってるよ……。
 試しに右手を上げてみると、スタンドミラーの中の魔人も左手を上げ、左足を動かすと、魔人も同時に右足を動かし、尻尾を軽く振ると、もちろん魔人も同じように尻尾を振った。
 尻尾って普通に動かせるんだな……。いや、そうじゃなくて! ヤバい! 動きが加わると、キモさが更に倍率ドン! って感じだ。パンチが利き過ぎてんだよ。
 大きなため息がこぼれ落ちる。
「はぁぁぁ……ヤッちまったよ。これ、ヤッちまっているよ。ホントどう見たってバケモノだもんなぁ。早まっちまったか……」
 嫌な未来が頭に思い浮かんだ。

 どこからどう見てもバケモノ。
  ↓
 当然、周りに誰も近寄らないし、それどころか、魔物と勘違いされて狩られる恐れ。
  ↓
 誰にもバレないように、一人ぼっちのアウトローな日常生活。
  ↓
 良くて寂しく孤独死、悪くて野垂れ死に。

 耐えがたい未来から逃げ出したくて、空に向かって叫んだ。
「ああぁぁぁ――――嫌だぁぁぁ――――! そんなの嫌だぁぁぁ――――!」
 強烈な虚脱感に包まれて、その場にへたりこんだ。
 現実逃避して魔人になった筈のに、その結末は現実に苛まれている。
 ……ろくでもないことばっかりだなぁ。あ~~あぁ、なんにも良いことありゃしない。……なんでこうなったんだろ? どこで間違ったんだ?
 ひととき思いを巡らせる。
 多分……。そもそもが間違っていたんだろうな。オレみたいな奴が、転生なんてするべきじゃあなかったんだ……。
 トボトボと歩いて、近くに流れていた小川へと行く。
 もうこうなったら、いっそのこと……。
 小川には澄んだ水が緩やかに流れ、己の姿が揺らめていて映し出された。
 その姿を見て、力なく苦笑する。
「ハハ……水の中でも変わらないや、バケモノはバケモノだな。せめて姿だけでも、元に戻れば……」
 自分でもよくわからないが、突然、啓示を受けたかのように心が揺り動いた。
「……元に戻る⁉ ……元に戻ってどうするんだ? 元に戻ってどうなる? 元に戻ったところで良いことなんて何もないだろ! 元が受け入れられないから願ったんだ! 元に戻りたくないから変わったのだろうに!」
 心に火が付き沸騰していく。
「違う者になりたかったじゃないのか? 違う者になるんだろ! だったら“魔人”で良いじゃないか! “魔人”こそがふさわしいじゃないか‼」
 不意に、占い師の言葉が頭をよぎった。

「それと、貴方はかなり変わっているわね。欲望の赴くまま行動した方が、結果的に運命が良い方向に向かうの」

 ここにきて腹は完全に決まった。
「流石に「欲望の赴くまま」はどうかと思うけど、これからは心機一転、“魔人”として自分のやりたいように生きてやる‼」


 取り敢えず、先ずは……。
 暫く思案して、口を開いた。
「メニュー」
 目の前に、A4サイズほどのウインドウが現れた。

 ・アイテムボックス
 ・ステータス
 ・スキル
 ・召喚
 ・マップ
 ・その他

 フムフム……“授業”の際に教えられた通りだな。まあ、この辺の確認からが定番だよな。でもその前に、もしかしたら……ヨシ!
 メニュー項目の中から「アイテム」を選択する。
 すると、メニュー画面が切り替わり、「アイテム」の先には以下の三つの項目があった。

 ・アイテム
 ・ボックスカスタム
 ・特典

 今度はその中から、「特典」を選択する。
 この「特典」は、異世界へ転生する条件に、わがまま言ったものの一つだ。
 「特典」の中身を確認すると、現代日本では当たり前のように手に入る、生活必需品などが一通り揃っていた。
 しかし、お目当てにしていた代物が見当たらない。
 無いかぁ……。何か服が入っていないかと思ったんだけどなぁ。
 周りに人が居ないとはいえ、いつまでも全裸マッパのままではいられない。だが、服を着ようにも肝心の服が無ければ話にならない。“魔人”に改造されたおかげで、大分体格が変わってしまった。現在の手持ちの服では確実に入らないだろう。もしかしたらあの元の世界さんと異世界ちゃんふたりが気を利かせて、用意してくれているのではないかと思ったが、どうやらそんな気は利かせてくれなかったようだ。
 ……ティッシュとかはあるのになぁ。いやまあ、それはそれでありがたいではあるんだけど。
 服は用意されていなかったが、「特典」が非常に有益なものであることには変わりない。異世界では手に入らない、便利で実用性がある生活必需品が用意されている上、「魔石」を代価にして補充することだってできる。つまり、現代日本とある程度同じように生活できる訳だ。
 その対価となる「魔石」だが、異世界物には定番と言っていい代物だ。ご多分に漏れず、この世界でも魔物やモンスターを退治することによって、手に入れることができる。
 それ以外の取得方法だと、冒険者ギルドや特定の商店からも購入することができるが、この取得方法には一つ難点があり、どうしても手数料や換金率の関係で、少々割高になってしまうのだ。
 現実的には魔物やモンスターを退治して、「魔石」を手に入れていくことになるだろう。あの元の世界さんと異世界ちゃんふたりの思惑を感じるところはあるが、特に魔物は世界にとって障害となる存在の為、それを退治して「魔石」を得ることは、自分と異世界両方にとってWin―Winの関係だと言える。ただ、如何せんオレは至って普通の商人として、今まで生きてきた。某トル〇コ氏と違って、これまで魔物やモンスターと戦ったことなど一度もないのだ。
 う~~ん、実際にやってみないとなんとも言えないけど、まあ、“魔人”に改造されたことだし、この辺はどうにかなるだろう。
 因みに、「アイテムボックス」は現在3000平方メートル、大体、体育館ぐらいの収納スペースを有している。しかも、「ボックスカスタム」で任意のスペースに分割したり、「魔石」を対価にして拡張することだってできる。この世界にも同じような役割をする魔法具が存在するが、大きくても800リットルほどで、大型の冷蔵庫ほどの収納スペースしかない。それでも現代日本で家が買えるほどの金額をするのだ。
 “授業”で「アイテムボックス」について教えてもらった際は、異世界物によくある能力と思ってあまり気にしていなかったが、ハッキリ言って、規格外のチート能力である。 自分一人の移動だけで、大量の物資をなんの苦労もなく、秘密裏に運ぶことができるのだ。この能力があれば、物流に革命を起こすことができるし、軍事に転用すれば、戦争のやり方そのものが変わってしまうだろう。
 不本意だけど、あの元の世界さんと異世界ちゃんふたりには感謝だなぁ。アイテムボックスこれがあれば、あんなことやこんなことだって……。フムフム、良い感じだそ。まあ、服は入っていなかったけどね。


 服のことは一先ず置いておいて、メニューの他の項目も確認することにした。
 メニューウインドウから「ステータス」を選択する。
 メニューの表示が切り替わり、自分のステータスが示された。

 クラス:魔人ジンセイ(永久固定)
 戦闘力【A】
 HP【A】
 MP【A】
 OP【A】
 SP【A】
 体力【A】
 筋力【B+】
 魔力【B+】
 気力【B+】
 敏捷【B】
 器用【B】
 反応【B】
 注:ステータスは個人の力量を多少強引に数値化した値になり、戦闘力はスキルも加味しての総合評価になります。

 ステータスの値は“E”が普通の大人、“D”が一般的な冒険者ぐらいって、元の世界さんが“授業”の際に言ってたなぁ。それだと自分の各ステータスの数値は割と高いけど。戦闘力もメッチャ高いし、これなら異世界でも結構ブイブイ言わせそうな感じ? まあ、かなり痛い思いをしてまで、魔人こんな姿にされんだから、これぐらいの役得がないと、ホントやってられないよ。
 しかし、それにしてもクラスが「魔人ジンセイ」っていうのは、どういうことだ? 「魔人」に転生前の名前「人生」がくっついた形だけど、「魔人」にも色々と種類があって、「魔人ジンセイ」は自分専用のクラスっとことかな? う~~ん、よくわからないな。そもそも“授業”の時に、クラスの話なんて一切出なかったし。
 それよりも(永久固定)ってところが気になるんだけど……。なんかもう絶対に魔人この姿から変えさせないって、あの元の世界さんと異世界ちゃんふたりの断固たる執念を感じるよ……って言うか、もっと他に執念を燃やすことがあるだろ! 世界から毒素を早急に浄化するとか、魔物を簡単に倒す方法とか、ハダカデバネズミを可愛くして世間に知らしめるとか、色々と。
 それと、成長方式はレベル制じゃなくて、熟練度制みたいな感じだって言ってたな。スキルとかを使用していけば、なんか良さげになっていくんだろうな。ただ、値も数値じゃなくアルファベット評価だし、注意書きも含めて、そこはかとなく予防線を張っている気がする。誰がなんに対してかは、知らないけれど。


 今度はメニューの項目の中から、「スキル」を選択する。
 メニューウインドウが切り替わり、スキルの一覧が表示された。
 フムフム、これが今持っているスキルか……。いつの間にか幾つか新しいのが増えているな。魔人になったせいか? 取り敢えず気になるものを……。
 スキルは選択すると、説明文が出るようになっていた。

 強化外殻【B】強化装甲よりシフト。
 変わっている……⁉ 変わった理由がよくわかんないだけど、なんかすごく引っかかるな。

 オーラシールド【A】オーラガードよりバージョンアップ。闘気のシールドを常時、両腕に纏わせる。
 OPは消費するけど、シールドを出しっぱなしにできるのか。いいね。これは心強いよ。

 各種自動回復【A】HP、MP、OP、SPが自動で回復する。
 へー、かなり良いものじゃないか。ランクも高いし、こんなのが鉄人君と友情を切り結んでいた時にあったら、良かったのに……いや、中途半端に生き残って、苦しみが余計に長く続いただけか。

 全状態異常耐性【A】不利益を与える効果に対しての抵抗力。
 ゲームや異世界物で気になっていたけど、こういうのって風邪とかも引かなくなるのかね。

 危機感知アラート【A】危険を察知すると、警報を発する。
 Jアラート的な? いきなり大音量をかましてこないよな。

 メンチアイ【C】鋭い眼光で睨みつけ、対象にプレッシャーを与える。
 まあ、こんな大きな目で睨まれれば、スキルとか関係なく、誰だってプレッシャーに感じちゃうだろ。

 目ん玉ライト【A】目から光を照射する。
 ウン、明るい。不思議と眩しくないし、割と便利だな。でも、なんか嫌。

 ヤモリム【A】両手足にヤモリのように強力な結合力を発生させる。
 結合力? 壁とかに登りやすくなるってことかな? あっても無くてもどうでもいいような……。

 四肢伸縮【A】両手足が伸びる。
 う~~ん、微妙。ル〇ィやダ〇シムみたいな感じになるかと思ったけど、伸びて二、三十センチぐらいかぁ。

 毒霧【A】麻痺効果のある黒い霧を口から吐く。毒は一切無い。
 毒ないんかい! ややこしいな。

 ナパームハンド【C】掌に粘着性のある炎を出す。
 粘着性の炎……? ジェ〇スみたいな感じではない? ちょっと試してみたいけど、流石に街中ではマズいよな。

 クエイクフット【C】震脚から地面を走る衝撃波を出す。
 これもちょっとイメージがつかめないな。弾き飛ばすような感じ?

 異世界殺法【中伝】異世界ちゃん考案による徒手空拳術。
 これだけランクがアルファベットじゃないんだ。なんとなく異世界ちゃんの趣向の気がするけど。って言うか、免許皆伝って言っていなかったけ? 

 後は「スペルソーマ」と「操性自」か……んん⁉ な、ん、だ、これは……? エロエロスキルじゃないか! あ、もしかして「女性にモテモテ」って、これのこと? いやいやいや、それ以前に魔人この姿の時点で、完全にアウトでしょ! 誰も相手にしてくれないって。こんないくらあっても意味ないじゃんか! マジ嫌がらせか?
 残りの「メニュー」は「召喚」と「その他」だけど、「召喚」は一先ず今はいいか。どうせすぐには使えないんだし。「その他」は……画面表示や音量の設定にパーティーの編成か。マジでゲームみたいだな。あ! 「危機感知アラート」の音量の設定は、ここにあるのか。スマホみたいだな。取り敢えず音量は下げてと。これでいいかな。う~~ん、「スキル」はこんなもんか。


 アイテムボックスの「特典」の中から、とある物を探す。
 それは、直ぐに見つかり選択した。
 目の前の空間がポッカリと開いて、目当ての物が姿を現す。
 真ん中に丸く赤いマークがプリントされた小さな箱と、それを嗜む際に使用する品が二つ。
 つまりは、煙草とオイルライターに携帯灰皿だ。
 この世界にも煙草はあるが、刻み煙草をパイプや煙管などの器具を使用して、嗜むのが一般的だ。実はこれがどうにも苦手で、自分とは相性が良くなく、あまり好きではない。
 なんかねぇ、感触が合わないんだよ。
 元の世界では一般的であった紙巻き煙草も、あることにはあるのだが、紙の品質の影響から価格が高く、この世界はあまり普及していない。
 煙草を紙に包んで巻くのが、地味にめんどくさいだよね。最初から巻かれてるって、イイよね。
 それと、葉巻に関してはこちらの世界でも、一定以上の地位の人間が嗜む高級品だ。したがってこの世界でも自分とはあまり縁がなかった。
 ……上級国民じゃないからねぇ、今も転生前も。
 それにしても、転生して生まれ変わっても、ちょこちょこと色々な形で煙草を嗜んでいるのは、悲しき喫煙者の性なのだろうか。なかなか業が深いものである。
 ビニールをきれいに剥がして、煙草を一本取り出し、口に咥える。
 オイルライターのキャップを開け、フリントホイールを親指で勢いよく回すと、一発できれいに火が灯った。
 不思議と妙な感動を覚える。
「おお!」
 口に咥えた煙草をオイルライターに近づけ、深く吸い込んで着火させる。
 一気に肺に入り込んだ煙草の煙を、空に向かって大きく吐き出した。
「フゥゥゥ――……。お天道様の下、全裸マッパで煙草を吸う日が来るとはなぁ。夢にも思わなかったぜ。魔人に改造されることも、夢にも思わなかったけど」
 四十年ぶりの元の世界の煙草は、非常にうまかった。
「さて……これからどうしようかな?」
 魔人になった今、もう元の生活には戻れないし、戻るつもりもない。
 店主には米粒ほどは悪いと思うけど、まあ、いいや。このままトンズラさせてもらうぜ。
 では、魔人として、これからどう生きていくのか?
 これには、腹案が一つあった。
 しかし、それにはある程度、纏まった資金が必要だ。
 最も資金以前に、路銀で懐事情が寂しくなっていたので、生活の為にもお金を稼がねばならない。
 現在の状況で、その手段と考えると……。
「……冒険者だよな」
 改造前とは違って、今なら腕っぷしにも自信がある。それに、冒険者なら素性が怪しくても特に問題ではない。
 なによりも、これからの為に魔石を手に入れるには、冒険者になるのは色々と都合が良かった。
「う~~ん、しょうがないか。あんまり好きじゃないんだけど」
 一先ずは冒険者となり、金を稼いでいくことに決めた。
 まあ、それだけが理由じゃないんだけどね。やっぱりアイツらには、それなりのお礼をしなければな。その情報を集める為にも……。
 心の奥底から、黒いものが湧き上がっていくのを感じる
 フッフッフッ……どうしてくれようかな? どうしてやろうかな?
 ただ、その前にどうしても解決しないといけない問題があった。
 いつの間にか根元まで火が来ていた煙草を、携帯灰皿の中に押し潰す。
「それにしても、本気マジで服どうしよう……?」
 冒険者になるには、冒険者ギルドで登録する必要がある。
 つまり、衆人の前に出なけらばならないということだ。
 魔人この姿で赴けば、間違いなく魔物と勘違いされて、狩られてしまうだろう。
 それ以前に全裸マッパなので、公然わいせつ罪だ。普通に逮捕されてしまう。
 だが、服を着ようにも、今の体格に合った物を持ち合わせていないし、何よりもちょいワルどころか、極悪目玉おやじと言った顔を、隠す必要まである。
 しかし、そういった物を手に入れようにも、買いに行くのにも、衆人の前に出なければならない。
「う~~ん、まいったね。八方塞がりじゃないか。どうしよう……あっそうか!」
 不意に閃き、親指を立てて叫んだ。
「装着!」
 体全体を血流が駆け巡るような感触がし、内部から何かが這い上がってきた。
「んぅあっ⁉」
 一瞬にして体全体を装甲が覆う。
 なんだ今のは? 前はこんな感触じゃあなかったけど……。
 違和感を覚え、スタンドミラーの前へ足を運ぶ。
 己の姿を確認した瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あれ⁉ 変わっている?」
 転生前の「強化装甲」は、全体的に流線型で、どこかバイクのボディーアーマーのようであったが、スタンドミラーに映っている己の姿は、明らかにこれまでと違っていた。
 二本の短い角が付いた頭部全体を覆うヘルメットに、胴体部分にフィットした装甲と蛇腹状の肩当、太く短いスパイクを生やした肘当てに、蛇腹状の厚い籠手を着け、腰から腿の外側を覆うカバーと連なった股間プロテクター、膝あてにも太く短いスパイクが生え、足先まで頑丈そうな具足を履き、尻尾の先端は鼎の形で先端が尖っている。全体的に鋭角的なシルエットで、ダークグレイの下地に青いラインが入っていた。
「ああ! そう言えば「強化装甲」から「強化外殻」にシフトしたってなっていたな。そのせいなのか?」
 適当に体を動かして、「強化外殻」の感触を確かめる。
「軽いな。重さを全く感じないし、着ている感触すらない……」
 違和感を感じ、直視で「強化外殻」を確認する。
 細部まで注意深く見てみたが、体と「強化外殻」の境目が見当たらない。
「これ「強化外殻」を着ているんじゃなくて、体が変化して外殻になったんじゃないのか? 恐らく「魔人」になった影響だと思うけど、どんどん人の道から外れていっている気がする……」
 その後も体を動かして確認してみたが、「強化外殻」は動きを全く阻害することが無く、「強化装甲」よりも感触が良かった。
「まあ、いいか。ダークヒーローみたいで前よりカッコいいし、基本的には良いものだから、そんなに気にすることでもないか。どうせ魔人こんな姿なんだし、今更気にしてもな。それに……」
 改めてスタンドミラーに、己の姿を映し出す。
「これなら鎧を着ているようにしか見えないし、顔が丸ごと隠れるのもグッドだ。後は……上からローブかなんか適当に布でも羽織れば、なんの違和感はないだろう」


 道端に出ていた古着屋の露店の前で足を止めた。
 店先に無造作な形で古着が山積みにされていて、値段の表記は特にない。
 店のおばさんに自分の体格と合いそうなローブが在るか尋ねると、即座に山積みの古着の中からローブを掘り出してきた。
 こんな状態でもどこに何が在るかは、完全に把握しているみたいだ。不思議とプロ意識のような物を感じる。
 軽い値引き交渉の後に、ローブを購入してそのまま羽織った。
 一連のやり取りの中で、店のおばさんがオレのことを気にする様子は、一切見られなかった。強化外殻が剝き出しの状態ではあるが、単に鎧を着ているようにしか見えなかったのだろう。予想通りの反応ではあるが、どこか腑に落ちない感じがあった。
 その原因は、なんとなくわかっている。
 冒険者ギルドへと向かう道すがら、目に映る街の光景に違和感を覚えていた。
 恐らく、昨日までは気にすることすらなかっただろう。それが当たり前の光景だと思っていたからだ。
 ケモノ耳の獣人やゴツイ体格のドワーフ、豚に似たような顔のオークなど多種多様な人種が通りを行き交い、様式がバラバラの木造やレンガ造りの建物が立ち並び、街行く人の服装も統一感が無く、剣や鎧などを身に着け武装した者が、何事もなく普通に街を闊歩している。
 元の世界の常識で考えると、ありえない光景だ。
 今も自分の傍らを魔動輪転車オートモービルが通り過ぎて行った。
 その光景に、違和感を覚える。
 魔動輪転車オートモービルは魔石を動力とする馬車と、ヴィンテージカーを合わせたような形状の乗り物で、周りにそれを目にして、驚く人は見当たらない。物珍しそうな顔を浮かべる人は居ても、元の世界でのフェラーリやポルシェを見かけたような感じだ。貴重な代物ではあるが、存在することを知っているのだ。だから、特段驚くことはない。
 しかし、今の“自分”の感覚では、違和感を覚えるのだ。
 転生前に元の世界さんと異世界ちゃんふたりからは、転生先の異世界は中世ヨーロッパのような世界と聞いていた。しかし、実際の異世界は和洋中の文化が入り混じり、中世から近世初期までの文明が、分別なく混在している。
 勿論、元の世界の中世の時代に、魔動輪転車オートモービルなんて代物は存在しない。
 だから、違和感を覚えるのだ。感覚が異世界に生まれ生活してきた“自分”のではなく、元の世界から転生してきた転生者としての“自分”になっている。
 恐らく、これは魔人に改造された影響だろう。
 前世の記憶が戻ってからも、どこか他人事のような気がしていた。しかし、今は記憶の中のものが、完全にフィットしている。
 つまり、「薄井 人生」になっているのだ。
 基本的には良いことなんだろう。その方が酷い目に合いながらも覚えたスキルや、経験を今にフィードバックしやすい筈だ。
 それに、異世界の全てが新鮮に感じ、気持ちが華やいでくる。まるで新生活に夢や希望が膨らむ、地方から首都圏の大学に進学してきた学生や、大企業に就職した新社会人のような気分だ。
 このなんとも言えないワクワク感は、ホント独特だよなぁ。悪くない……悪くないねぇ。ただ、魔人になっただけなのに。
 しかし、その一方でどこかもの悲し気な、望郷の念のようなものも感じるのだ。
 なんか……遠くに来たって感じがするんだよねぇ。本当に遠くに……。
 それは今更ながらに、もう元の世界には戻ることができないことを、無意識に痛感しているのかもしれない。


 冒険者とは何者かと問われれば、「何でも屋だ」と答える。
 あくまでも自分の主観ではあるが、あながち的外れではないだろう。
 冒険者のやることと言えば、ダンジョンに潜っての宝探しに、要人の警護や施設の警備、未開拓地での調査や資源の採掘に、戦場に行っては傭兵の真似事なんてこともする。
 まさに「何でも屋だ」、実に多種多様な職務である。
 しかし、幾ら職務が多種多様とは言っても、共通点がない訳ではない。その性質からどうしても荒事が多いのだ。
 つまり、冒険者は腕っぷしが強くなくては話にならない、とまではちょっと言い過ぎかもしれないが、冒険者をやっていく上では、有利だと断言できる。
 その腕っぷしには、現在、少なからず自信があった。
 良いか悪いかは別として、魔人に改造されたおかげである。
 その力を試す時がきたのだ。
 目の前には、レンガ造りで頑丈そうな大きな建物があった。所々破損した個所が見られ、よく言えば歴史と趣があり、悪く言えば古臭く手入れの行き届いていない建物だ。
 ここは冒険者ギルド、冒険者の巣窟である。
 冒険者ギルドの前には少々ガラの悪い、鎧やローブを着た人たちがたむろしていた。ここに居る理由も特になく、ただ雑談しているように見える。
 ヤンキーかよ。これだから冒険者って奴は……。
 ソイツらをウンザリしながら避けて歩き、建物内部へ入った。
 外観の大きさ通り、冒険者ギルドの内部はかなり広かった。入り口から手前に複数のカウンターと、そこに並ぶ長い人の列に、壁際に依頼書と思わしき紙が貼られた大きな提示版、形やサイズがバラバラの机やイスが多数配置されていて、奥には飲食物を販売しているカウンターがあった。
 冒険者と思わしき大勢の人々が、受付の順番でも待って暇を持て余しているのか、机やイスなどに自由気ままな形で腰かけていた。それら人たちは皆一様に騒がしく、あまりお行儀がよろしくないように見える。中にはどこからどう見ても表の人間に見えない者や、酒をかっ食らって酔っぱらっている者まで居た。
 随分と人が多いなぁ。それに……相変わらず民度が低い。まあ、予想はしていたけど。
 冒険者ギルドに訪れるのは、今回が初めてではない。タカハの街の冒険者ギルドではないが、商人をやっていた頃に仕事を依頼する側として、何回が訪れたことがあった。人の多さは兎も角として、総じて同じような感じだ。風紀なんてものはお目にかかったことは無かった。
 ハッキリ言って、冒険者ギルドと冒険者が嫌いだ。
 そもそも冒険者という者は、基本的にアウトローばかりだ。田舎での暮らしが嫌になり田畑を捨てた者や、食い扶持を減らすため家から追い出された者、はたまた地位や名誉や一獲千金を求めた野心ある者や、中には犯罪者などが隠れ蓑として利用しているケースもある。どちらにせよ元の環境や、一般社会からはみ出した者たちだ。素行が悪いのもある意味、致し方のないことだろう。
 それに冒険者ギルドとしても、冒険者がそういう素行の悪い者でも別段構わないのだ。冒険者ギルドの業務はあくまでも依頼の斡旋である。冒険者の管理や育成などは一切行わないし、何かトラブルを起こせばペナルティを科すか、最悪、除籍すれば済むことだ。それでも冒険者になりたいという者は、掃いて捨てるほど居る為、冒険者不足に陥ることもない。
 これは一つの経験談だが、以前、冒険者ギルドに商品輸送の依頼したことがある。とある貴族からどうしても欲しい物があり、金に糸目は付けないので、どうにか手に入れてくれないかと相談を受けたからだ。
 しかし、その欲しい物が手に入るのは、魔境と呼ばれる未開の地。モンスターや魔物の蔓延る危険地域を通って、長距離を移動しなければならなかった。その上、かなりの貴重品の為、おいそれと全てを他人任せにすることもできず、自分自身も付いて行く必要もあった。おまけに相手は貴族だ。貴族という存在は色々とややこしい。多額の報酬は魅力的だったが、相当のリスクを背負い込む為、当初はこの話を断るつもりでいた。
 だが、金に目がくらんだ店主が、もみ手をしながら二つ返事で勝手に引き受けた。実際に取引の現場に赴く、オレのことなどお構いなしに。
 前にも言ったが、当時の自分には某ト〇ネコ氏のような行いをすることはできない。そこで、冒険者ギルドを利用することにしたのだが、最初からトラブル続きであった。
 仕事を依頼した際、冒険者ギルドからは予算に合った幾人かの冒険者を提示され、その中から選ぶように求められた。それと何故か当たり前のように、保険会社も一緒に紹介された。その意味は契約書の内容を確認した時に判明する。要約すると、この冒険者たちを、貴方の提示した予算内で紹介したのは冒険者ギルドだが、最終的に選んだのは貴方ですよね。だから何かトラブルが生じても、冒険者ギルドが責任を負うことは一切無いですし、保証することは無いですよ。ちゃんとそのフォローとして、保険会社も紹介していますからね。と言うことである。
 かなり不満ではあったが、背に腹は代えられない。しょうがないので冒険者と、保険の方も一緒に契約しようとしたが、今度は保険料が高いと店主が駄々をこねだし、最終的に保険の加入の方、オレの自腹となった。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
 どうにか雇い入れた冒険者だが、まあ、コイツらが言うことを聞かない。普段からの粗暴な振る舞いにもイライラさせられたが、勝手にフラッとどこかに行って居なくなり、肝心な時に頼りにならなかったり、行く先々でもトラブルばかり起こしてくれる。おかげで危険な地域を長期間移動する道中、心底、心身ともに擦り減れされた。高い依頼料を払ったのに、なぜこんなにも苦労せねばならないのか、身を悶えて歯ぎしりしたものだ。
 それでも、紆余曲折の末、どうにか目当ての物を手に入れることができた。
 後はとある貴族に買い取ってもらうだけだが、悪夢はまだ終わらない。
 そのとある貴族が、急に気が変わったから要らないと言い出したのだ。今思うと元々難癖付けて商品を掠め取る魂胆だったんだろう。依頼を受けた時点でアウトだったんだ。オマケに店主は自分のことは棚に上げ、全ての責任をオレに押し付けて喚き散らす始末。結局、散々に揉めに揉めた末、どうにか貴重品を買い取ってもらえたのだが、掛かった費用から報酬を差し引くと、雀の涙程の金しか残らなかった。骨折り損のくたびれ儲けって奴だ。
 みんな死ねばいいのに。


 冒険者の登録をする為、受付カウンターへと続く長い列へと加わった。
 う~~ん、結構かかりそうだな。ダンジョンのある街だし、冒険者が多いのもしょうがないか。
 ふと転生前に、マイナンバーカードを受け取りに、役所を訪れた時を思い出した。
 あの時って、二時間ぐらいかかったっけ。流石にそこまで待つことは無いと思うけど……。
 手持ち無沙汰にボケっと列を眺めていると、前に並んでいる強面の冒険者の腰に、どこかで見覚えのある物が付いていることに気が付いた。
 あれは……にやけ面の兵士クソ野郎のお守り?
 思わず凝視して確認するが、間違いなくにやけ面の兵士クソ野郎のお守りだ。
 ……買っちまったのか。こんなの買いそうもない感じなのに……あれ? そう言えば、他でも見たような……。
 記憶を必死に手繰ると、街中でもにやけ面の兵士クソ野郎のお守りを、身に着けている人を見たような覚えがあった。しかも、今までさして気にしていなかったが、周りを見渡すと、三割ぐらいの冒険者が、各々の場所に身に着けているのを見て取れる。
 意外だな。冒険者なんて、真っ先に断りそうなのに。もしかしてタカハの街で流行っているのか? 何の変哲もないコインのお守りだけど……。
 三十分ほど時間を要して、ようやく受付カウンターに辿り着いた。
 受付の女性が機械的に、抑揚のない口調で尋ねてきた。
「どのようなご用件でしょうか?」
 ここにきてあることに気が付いた。
 あれ⁉ 冒険者登録するのって、もしかして顔をみせなきゃいけない?
 魔人今の自分の顔をみたら、大抵の人間は魔物だと勘違いしてしまうだろう。実際、自分だったらそう勘違いするし、ましてやここは大勢の冒険者が集う冒険者ギルド。その中で魔物として勘違いされたら、どんな目に合わされるかわからない。考えただけでも背筋が凍りつく。
 マズいと思って焦っていると、受付の女性が不機嫌そうに言い放った。
「何の用?」
 受付の女性の妙なプレッシャーに気圧されて、頭が真っ白になり条件反射で口を滑らした。
「あ……あの……冒険者登録をお願いしたくて……」
 いや、そうじゃなくて! その前に顔を見せなきゃいけないかの問題が!
 だが、受付の女性はこちらの焦りなどお構いなしに、カウンターに紙を叩きつけた。
「それに必要事項を書いてください!」
 紙は冒険者の登録用紙で、名前や出身地の他に、職務経歴や使用できるスキルなどの記入欄があった。
 ……結構書く箇所が多いな。しかも細かく聞いているし、う~~ん、職務経歴なんてどう書けばいいんだ? 冒険者とはあまり関係ないけど、これまで商人だったから、そのまま書けばいいのかな?
 しかし、受付の女性が、今度はこちらの考えていることを見透かしたように言い放った。
「名前と出身地だけでいいいです!」
 またしても条件反射で返事を返した。
「あ、はい……」
 ホント、コミュ障でアドリブが効かないよなぁ、オレ。不思議と仕事での対応なら、それなりにできるのに。まあ、あくまでもそれなりだけど。
 一先ず登録用紙に、名前と出身地を書いて提出する。冒険者は一時的な腰掛のつもりなので、最低限の記載でいいだろう。出身地はこの世界のものだが、名前は転生前の名前「ジンセイ」で記載した。いっそのこと名前を新しく変えようかとも思ったが、良いのが直ぐに思いつかなかった。勿論、転生後の名前は論外だ。もうきれいさっぱり忘れました。その他諸々色々含めて思い出さないです。
 間髪入れず受付の女性が要求する。
「登録料として小金貨二枚ください!」
 小金貨二枚は日本円で、諭吉さんもしくは栄一さん三人分に相当する。商人ギルドの登録料と同じだが、やはり地味に高い。
 懐には結構堪えるが、払わない訳にはいかないので、泣く泣く財布から養子に出した。
 受付の女性は返す刀で、番号の書かれた木札を出した。
「番号が呼ばれたら、受け取りに来てください!」
 受付の女性はとっとと退けとばかりに顎をしゃくると、後ろに並ぶ人を呼び込んだ。
 いや、ちょっと待ってよ! 流石に説明が無さすぎじゃない? 色々と聞きたいことがあったんだけど。
 しかし、後ろに並んでいる人たちも、退けと言わんばかりの目を向けていた。
 ここから粘れるほど、自分の神経は図太くは出来ていない。並ぶ人の邪魔にならないように、すごすごと壁際へ退散して行く。魔人に改造されたからといって、小心者の性格が直ぐに変わる訳ではないのだ。
 う~~ん、しょうがない。後でカードの受け取りの時にでも聞くか。
 壁際へ歩いている最中、不意に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
 驚いて声をした方を見ると、いつの間にか若い男性が傍らに立っていた。


 若い男は「ローク」と名乗った。年齢は二十代中頃といったところか、ライトゴールドの髪を肩まで伸ばし、如何にも好青年という雰囲気を醸し出している。
 ロークが言うには、あまりにも自分が挙動不審だったらしく、それで思わず声をかけた次第だと言う。我ながら情けない限りだ。
 それにしても、ロークの話には感心させられる。冒険者や冒険者ギルド、ダンジョンについても熟知しているし、話す内容はどれも有益な情報ばかりだ。
 それもその筈だろう。驚いたことにこの若い男、ロークはこの冒険者ギルドのギルドマスターだと言う。
 通常、冒険者ギルドのギルドマスターになるには、二つのケースがある。
 一つは優秀な冒険者が現役を引退後に、実績を買われてギルドマスターになるケース。スポーツ選手が引退後に、指導者になるのと同じ具合だ。豊富な経験は後進を育てる上でも、冒険者ギルドを運営していく上でも非常に役に立つし、何よりも荒くれ者の多い冒険者を御するには、それなりの威厳と貫禄がなければ務まらない。そういうものはある程度の年齢と、経験の蓄積によって身についていくものだ。
 もう一つは貴族がギルドマスターになるケースだ。元々貴族という者たちは、過去に何かしらかの功績を立てて、今の地位を築いた人たちだ。なんだかんだ言って武力になるようなものは有しているし、それなりの知見も持ち合わせている。それと、現代の日本と違って、この世界は階級社会である。世の掟として存在するその影響力は大きく、たとえ荒くれ者や裏社会の人間でも、おいそれとおろそかにすることはできないのだ。
 とは言っても、実際に貴族が冒険者ギルドのギルドマスターになるケースは少ない。結論から先に言ってしまえば、貴族がギルドマスターを務めることに旨味が無い為、冒険者ギルド自体に関心が無いのだ。
 これはひとえにギルドマスターを務めるのには、色々と制約があるからだ。爵位が高位の貴族の場合、ある種の武装組織である冒険者ギルドを率いるのは、最高権力者から目を付けられる為に忌諱される。それと、領地や出身地などの縁故地は原則禁止されている。当然だが領主や嫡男が他の地域へ赴くことなど考えられず、役職の無い部屋住みの者が対象になるのだが、それなら国の騎士団へ入る方が顔も売れるし、よっぽど将来性もある。
 そもそも貴族という者は、働かない者である。一般的な貴族だと領地の運営などは、家臣が請け負うので本人が働く必要は無い。何もせずとも上りは来るのだ。働いたら負けとまでは言わないが、わざわざ働く必要もないのである。
 では、ロークがどちらのケースかと言うと、十中八九、貴族の方だろう。見た目も若いし冒険者としての貫禄も感じない。何より話し方に教養を感じる。ある一定の教育を受けていなければ、こうはならない。正直、元冒険者ならそういったものは、持ち合わせてないだろう。こう言っては偏見かもしれないが、そういったものを、持っていないから冒険者になるのだ。
 しかし、貴族にしては、ロークはえらく世間慣れしているように感じる。平民である自分に対して、尊大な態度を垣間見せることもないし、話し方もかなりフランクだ。その辺、何か事情がありそうな気がするが……。


「それにしても、ギルドマスター御自らから冒険者にお声がけしているとは」
「そんな大した者ではないですよ。タカハの街の冒険者ギルドここは利用する人が多いですからね。受付だけでは人手が足りず、適切に対応しきれなくて。だから、手が空いているときはホールに出て、フォローするようにしています。でないと、従業員の子たちにいじめられてしまいますからね」
 冗談交じりだけど、貴族にしては殊勝だな。
「奥の部屋でふんぞり返ってばかりはいられないと?」
 ロークはいたずらっぽく笑った。
「ハハ、そういうことです。もっとも貴方に声をかけたのは、それだけではないですが」
「?」
「冒険者ギルドは有事の事態に備えて、優秀な冒険者はできるだけ確保しておきたいのです」
 予想外な言葉に、半信半疑で己を指差す。
「自分が……?」
 ロークが自分のことを、上から下まで眺める。
「ええ、少なくとも腕は大分立ちそうですね。どこぞかの騎士団の出身ってところで?」
 腕が立つかどうかは兎も角として、ロークに騎士団の出に見られたのは、強化外殻のせいだろう。顔まで全身を隠しているから、フルプレートアーマーに見えなくもない。
 そんな期待をさせてもなぁ。中身はただの元商人なんだよね。
 先程のロークの言葉を拝借して、誤解を解こうと答える。
「いえいえいえ、そんな大したものではないですよ。腕が立つなんてとんでもない。ただの世間知らずの流れ者ですから」
「まだまだギルドマスターとして若輩者とはいえ、これまでそれなりに冒険者たちを接してきたつもりです。一応、人を見る目には自信があるのですがね」
 魔人こんななりだし、変に素性を詮索されたくないんだけど。
 これ以上はご勘弁とばかりに、無言で肩をすくめながら、両の手のひらを上に向けた。
 ロークは暫く考えて口を開いた。
「……まあ、いいでしょう。冒険者になる人間なんて、隠し事の一つや二つありますから」
「ホントに冒険者になるのは、これが初めてですから」
「冒険者としては、確かにそのように感じますけどね」
 含みのある言い方だな。変な流れだし、ちょっと話を変えるか。
「そう言えば、冒険者って最初は皆、「G」ランクから始まるのですよね?」
「ええ、冒険者登録をしてから三か月間は、見習い扱いとして「G」ランクに固定されます。その後は自動的に「F」ランクへと昇格します」
「ちょっと気になっていたんですけど、見習い扱いってことは、先輩冒険者あたりに師事しないと、イケないということですか?」
 子弟制度みたいなものだったら、ちょっとめんどいな。
 ロークは少々バツが悪そうな表情を浮かべた。
「建前としては……そうなりますね」
「建前としては……? 実際は違うと?」
「そうですね……。元々「G」というランクは、その期間中に先輩冒険者から見習いの冒険者に、冒険者としての心構えや基礎を指導し、能力の底上げを図る為に設けられました。しかし、正直に申せば、冒険者になるような人間は、自ら好んで誰かに指導するような人はほとんどいません。それに、見習い側の方も指導されたいと、考える方はほぼ皆無でして……」
「あ~~、なるほど。「F」ランクへも自動で上がるみたいですし、尚更そうなるでしょうね」
「本来は良い制度だとは思いますけど、現実的には有名無実化しているのが実情でして」
「見習いだからって、そのあたりはあまり気にしなくていいと。それ以降の昇格は、ギルドからの依頼をこなすことで?」
「ええ、基本的にはそうです。後は討伐対象に指定されている魔物やモンスターの退治に、ダンジョンの攻略の実績でも昇格します。先程は熱心に「灰色の迷宮」についてお尋ねでしたが、やはりそちらが目的で?」
「そうです。タカハの街の冒険者ギルドここへ来る他の冒険者たちと一緒で、「灰色の迷宮」でひと稼ぎしようかと思いましてね」
 ロークがギルド内で、飲み食いしている冒険者たちに目を向ける。
「パーティーはどうするつもりですか? どこかのパーティーにあてがあるとか? それともこれからメンバーを募集するつもりですか?」
 冒険者ギルドでたむろしている連中は、何も冒険者ギルドに用がある者たちばかりではない。冒険者自体に用がある者もいる。むしろそっちの目的の方が多いかもしれない。机やイスに自由に腰かける少々お行儀の悪い奴らも、冒険者ギルドに居座っているのはパーティーを組む為だ。冒険者ギルドここに居れば何かと情報も得やすいし、実際に会って人となりを確認するのにも適している。冒険者ギルド内で酒や食べ物を販売しているのも、それらを円滑にする為だという話だ。まあ、中には単に酒を飲み来ているだけの奴もいるらしいけど。
 それは兎も角として、今のところオレにパーティーを組むつもりはない。本来であればパーティーを組む方が得策だろう。リスクや負担も軽減するし、困りごとにも相談しやすい。ただ、他の人とパーティーを組んでしまうと、どうしても魔人であることがバレてしまう恐れがあるので、立ち回りには気を付けねばならない。そっちの方が何かとめんどくさいからだ。
「今は特にパーティーは考えていなくて、取り敢えずソロで行ってみようかなと」
 的を得たとばかりに、ロークの目がキラリと光った。
「へ~~ソロでですか。やっぱり腕には、相当自信があるようですね!」
 アチャ~、藪蛇だったか。まいったね。
 どうしようかと思ったが、思いがけない所から助け舟が出された。
 受付の女性が声を上げて、自分の番号を呼ぶ。
 無言で受付カウンターを、左右の人差し指を向けた。
 ロークもこちらに倣い、どうぞとばかりに両手を受付カウンターに向ける。
 片手を上げてロークに礼を示し、受付カウンターへと向かった。
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