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第六章
魔人に改造されてみたけれど……。
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あれからどれくらい経ったのだろうか? ほんの僅かな時間だったような気もするし、ひどく長い時間だったような気もする。
目を開くと、光が見えた。
体が動く……!
上半身を起こして、状況を確認する。
今は体に痛みは全く無かった。
いつの間にか、川沿いの草の上に寝っ転がっていた。
周りには木々が立ち並び、近くに小川が流れている。どうやら場所は、改造前に居た所と同じみたいだ。
空を見上げると、雲一つない青空に陽が高く昇っていた。
朝……か? いや、昼ぐらいか? いや、そうとも限らないのかな?
周りを見渡す限り、人っ子一人見当たらない。
元の世界さんと異世界ちゃんはどこに行ったんだ? もう居ないのか?
その代わりって訳ではないだろうが、直ぐ傍らにスタンドミラーが、ポツンと置かれていた。
そのスタンドミラーには紙が貼られていて、よく見ると、「カッコいいでしょ~~!」と書かれていた。
鏡? なんで鏡? 何が「カッコいいでしょ~~!」なん…………あっ!
とある記憶が脳裏をかすめる。
急いで立ち上がり、スタンドミラーを覗き込んだ。
その瞬間、驚愕しのけ反った。
「オワァッ‼」
スタンドミラーに映っていたのは、ファンタジー物に出てくるドラゴニュートのような肉体の上に、大きな一つ目の顔が乗った異形の姿。
そう、異世界ちゃんがイラストで示した、“魔人”そのものであった。
しかも、何故か一切服を着ておらず全裸であった。
もう一度、スタンドミラーを覗き込んでみる。
思わずその場で頭を抱えた。
バケモノじゃん……完全にバケモノじゃん。イラストだけでも相当キテたのに、生だとまっしぐらに振り切ってるよ……。
試しに右手を上げてみると、スタンドミラーの中の魔人も左手を上げ、左足を動かすと、魔人も同時に右足を動かし、尻尾を軽く振ると、もちろん魔人も同じように尻尾を振った。
尻尾って普通に動かせるんだな……。いや、そうじゃなくて! ヤバい! 動きが加わると、キモさが更に倍率ドン! って感じだ。パンチが利き過ぎてんだよ。
大きなため息がこぼれ落ちる。
「はぁぁぁ……ヤッちまったよ。これ、ヤッちまっているよ。ホントどう見たってバケモノだもんなぁ。早まっちまったか……」
嫌な未来が頭に思い浮かんだ。
どこからどう見てもバケモノ。
↓
当然、周りに誰も近寄らないし、それどころか、魔物と勘違いされて狩られる恐れ。
↓
誰にもバレないように、一人ぼっちのアウトローな日常生活。
↓
良くて寂しく孤独死、悪くて野垂れ死に。
耐えがたい未来から逃げ出したくて、空に向かって叫んだ。
「ああぁぁぁ――――嫌だぁぁぁ――――! そんなの嫌だぁぁぁ――――!」
強烈な虚脱感に包まれて、その場にへたりこんだ。
現実逃避して魔人になった筈のに、その結末は現実に苛まれている。
……ろくでもないことばっかりだなぁ。あ~~あぁ、なんにも良いことありゃしない。……なんでこうなったんだろ? どこで間違ったんだ?
ひととき思いを巡らせる。
多分……。そもそもが間違っていたんだろうな。オレみたいな奴が、転生なんてするべきじゃあなかったんだ……。
トボトボと歩いて、近くに流れていた小川へと行く。
もうこうなったら、いっそのこと……。
小川には澄んだ水が緩やかに流れ、己の姿が揺らめていて映し出された。
その姿を見て、力なく苦笑する。
「ハハ……水の中でも変わらないや、バケモノはバケモノだな。せめて姿だけでも、元に戻れば……」
自分でもよくわからないが、突然、啓示を受けたかのように心が揺り動いた。
「……元に戻る⁉ ……元に戻ってどうするんだ? 元に戻ってどうなる? 元に戻ったところで良いことなんて何もないだろ! 元が受け入れられないから願ったんだ! 元に戻りたくないから変わったのだろうに!」
心に火が付き沸騰していく。
「違う者になりたかったじゃないのか? 違う者になるんだろ! だったら“魔人”で良いじゃないか! “魔人”こそがふさわしいじゃないか‼」
不意に、占い師の言葉が頭をよぎった。
「それと、貴方はかなり変わっているわね。欲望の赴くまま行動した方が、結果的に運命が良い方向に向かうの」
ここにきて腹は完全に決まった。
「流石に「欲望の赴くまま」はどうかと思うけど、これからは心機一転、“魔人”として自分のやりたいように生きてやる‼」
取り敢えず、先ずは……。
暫く思案して、口を開いた。
「メニュー」
目の前に、A4サイズほどのウインドウが現れた。
・アイテムボックス
・ステータス
・スキル
・召喚
・マップ
・その他
フムフム……“授業”の際に教えられた通りだな。まあ、この辺の確認からが定番だよな。でもその前に、もしかしたら……ヨシ!
メニュー項目の中から「アイテム」を選択する。
すると、メニュー画面が切り替わり、「アイテム」の先には以下の三つの項目があった。
・アイテム
・ボックスカスタム
・特典
今度はその中から、「特典」を選択する。
この「特典」は、異世界へ転生する条件に、わがまま言ったものの一つだ。
「特典」の中身を確認すると、現代日本では当たり前のように手に入る、生活必需品などが一通り揃っていた。
しかし、お目当てにしていた代物が見当たらない。
無いかぁ……。何か服が入っていないかと思ったんだけどなぁ。
周りに人が居ないとはいえ、いつまでも全裸のままではいられない。だが、服を着ようにも肝心の服が無ければ話にならない。“魔人”に改造されたおかげで、大分体格が変わってしまった。現在の手持ちの服では確実に入らないだろう。もしかしたらあの元の世界さんと異世界ちゃんが気を利かせて、用意してくれているのではないかと思ったが、どうやらそんな気は利かせてくれなかったようだ。
……ティッシュとかはあるのになぁ。いやまあ、それはそれでありがたいではあるんだけど。
服は用意されていなかったが、「特典」が非常に有益なものであることには変わりない。異世界では手に入らない、便利で実用性がある生活必需品が用意されている上、「魔石」を代価にして補充することだってできる。つまり、現代日本とある程度同じように生活できる訳だ。
その対価となる「魔石」だが、異世界物には定番と言っていい代物だ。ご多分に漏れず、この世界でも魔物やモンスターを退治することによって、手に入れることができる。
それ以外の取得方法だと、冒険者ギルドや特定の商店からも購入することができるが、この取得方法には一つ難点があり、どうしても手数料や換金率の関係で、少々割高になってしまうのだ。
現実的には魔物やモンスターを退治して、「魔石」を手に入れていくことになるだろう。あの元の世界さんと異世界ちゃんの思惑を感じるところはあるが、特に魔物は世界にとって障害となる存在の為、それを退治して「魔石」を得ることは、自分と異世界にとってWin―Winの関係だと言える。ただ、如何せんオレは至って普通の商人として、今まで生きてきた。某トル〇コ氏と違って、これまで魔物やモンスターと戦ったことなど一度もないのだ。
う~~ん、実際にやってみないとなんとも言えないけど、まあ、“魔人”に改造されたことだし、この辺はどうにかなるだろう。
因みに、「アイテムボックス」は現在3000平方メートル、大体、体育館ぐらいの収納スペースを有している。しかも、「ボックスカスタム」で任意のスペースに分割したり、「魔石」を対価にして拡張することだってできる。この世界にも同じような役割をする魔法具が存在するが、大きくても800リットルほどで、大型の冷蔵庫ほどの収納スペースしかない。それでも現代日本で家が買えるほどの金額をするのだ。
“授業”で「アイテムボックス」について教えてもらった際は、異世界物によくある能力と思ってあまり気にしていなかったが、ハッキリ言って、規格外のチート能力である。 自分一人の移動だけで、大量の物資をなんの苦労もなく、秘密裏に運ぶことができるのだ。この能力があれば、物流に革命を起こすことができるし、軍事に転用すれば、戦争のやり方そのものが変わってしまうだろう。
不本意だけど、あの元の世界さんと異世界ちゃんには感謝だなぁ。アイテムボックスがあれば、あんなことやこんなことだって……。フムフム、良い感じだそ。まあ、服は入っていなかったけどね。
服のことは一先ず置いておいて、メニューの他の項目も確認することにした。
メニューウインドウから「ステータス」を選択する。
メニューの表示が切り替わり、自分のステータスが示された。
クラス:魔人ジンセイ(永久固定)
戦闘力【A】
HP【A】
MP【A】
OP【A】
SP【A】
体力【A】
筋力【B+】
魔力【B+】
気力【B+】
敏捷【B】
器用【B】
反応【B】
注:ステータスは個人の力量を多少強引に数値化した値になり、戦闘力はスキルも加味しての総合評価になります。
ステータスの値は“E”が普通の大人、“D”が一般的な冒険者ぐらいって、元の世界さんが“授業”の際に言ってたなぁ。それだと自分の各ステータスの数値は割と高いけど。戦闘力もメッチャ高いし、これなら異世界でも結構ブイブイ言わせそうな感じ? まあ、かなり痛い思いをしてまで、魔人にされんだから、これぐらいの役得がないと、ホントやってられないよ。
しかし、それにしてもクラスが「魔人ジンセイ」っていうのは、どういうことだ? 「魔人」に転生前の名前「人生」がくっついた形だけど、「魔人」にも色々と種類があって、「魔人ジンセイ」は自分専用のクラスっとことかな? う~~ん、よくわからないな。そもそも“授業”の時に、クラスの話なんて一切出なかったし。
それよりも(永久固定)ってところが気になるんだけど……。なんかもう絶対に魔人から変えさせないって、あの元の世界さんと異世界ちゃんの断固たる執念を感じるよ……って言うか、もっと他に執念を燃やすことがあるだろ! 世界から毒素を早急に浄化するとか、魔物を簡単に倒す方法とか、ハダカデバネズミを可愛くして世間に知らしめるとか、色々と。
それと、成長方式はレベル制じゃなくて、熟練度制みたいな感じだって言ってたな。スキルとかを使用していけば、なんか良さげになっていくんだろうな。ただ、値も数値じゃなくアルファベット評価だし、注意書きも含めて、そこはかとなく予防線を張っている気がする。誰がなんに対してかは、知らないけれど。
今度はメニューの項目の中から、「スキル」を選択する。
メニューウインドウが切り替わり、スキルの一覧が表示された。
フムフム、これが今持っているスキルか……。いつの間にか幾つか新しいのが増えているな。魔人になったせいか? 取り敢えず気になるものを……。
スキルは選択すると、説明文が出るようになっていた。
強化外殻【B】強化装甲よりシフト。
変わっている……⁉ 変わった理由がよくわかんないだけど、なんかすごく引っかかるな。
オーラシールド【A】オーラガードよりバージョンアップ。闘気のシールドを常時、両腕に纏わせる。
OPは消費するけど、シールドを出しっぱなしにできるのか。いいね。これは心強いよ。
各種自動回復【A】HP、MP、OP、SPが自動で回復する。
へー、かなり良いものじゃないか。ランクも高いし、こんなのが鉄人君と友情を切り結んでいた時にあったら、良かったのに……いや、中途半端に生き残って、苦しみが余計に長く続いただけか。
全状態異常耐性【A】不利益を与える効果に対しての抵抗力。
ゲームや異世界物で気になっていたけど、こういうのって風邪とかも引かなくなるのかね。
危機感知アラート【A】危険を察知すると、警報を発する。
Jアラート的な? いきなり大音量をかましてこないよな。
メンチアイ【C】鋭い眼光で睨みつけ、対象にプレッシャーを与える。
まあ、こんな大きな目で睨まれれば、スキルとか関係なく、誰だってプレッシャーに感じちゃうだろ。
目ん玉ライト【A】目から光を照射する。
ウン、明るい。不思議と眩しくないし、割と便利だな。でも、なんか嫌。
ヤモリム【A】両手足にヤモリのように強力な結合力を発生させる。
結合力? 壁とかに登りやすくなるってことかな? あっても無くてもどうでもいいような……。
四肢伸縮【A】両手足が伸びる。
う~~ん、微妙。ル〇ィやダ〇シムみたいな感じになるかと思ったけど、伸びて二、三十センチぐらいかぁ。
毒霧【A】麻痺効果のある黒い霧を口から吐く。毒は一切無い。
毒ないんかい! ややこしいな。
ナパームハンド【C】掌に粘着性のある炎を出す。
粘着性の炎……? ジェ〇スみたいな感じではない? ちょっと試してみたいけど、流石に街中ではマズいよな。
クエイクフット【C】震脚から地面を走る衝撃波を出す。
これもちょっとイメージがつかめないな。弾き飛ばすような感じ?
異世界殺法【中伝】異世界ちゃん考案による徒手空拳術。
これだけランクがアルファベットじゃないんだ。なんとなく異世界ちゃんの趣向の気がするけど。って言うか、免許皆伝って言っていなかったけ?
後は「スペルソーマ」と「操性自」か……んん⁉ な、ん、だ、これは……? エロエロスキルじゃないか! あ、もしかして「女性にモテモテ」って、これのこと? いやいやいや、それ以前に魔人の時点で、完全にアウトでしょ! 誰も相手にしてくれないって。こんないくらあっても意味ないじゃんか! マジ嫌がらせか?
残りの「メニュー」は「召喚」と「その他」だけど、「召喚」は一先ず今はいいか。どうせすぐには使えないんだし。「その他」は……画面表示や音量の設定にパーティーの編成か。マジでゲームみたいだな。あ! 「危機感知アラート」の音量の設定は、ここにあるのか。スマホみたいだな。取り敢えず音量は下げてと。これでいいかな。う~~ん、「スキル」はこんなもんか。
アイテムボックスの「特典」の中から、とある物を探す。
それは、直ぐに見つかり選択した。
目の前の空間がポッカリと開いて、目当ての物が姿を現す。
真ん中に丸く赤いマークがプリントされた小さな箱と、それを嗜む際に使用する品が二つ。
つまりは、煙草とオイルライターに携帯灰皿だ。
この世界にも煙草はあるが、刻み煙草をパイプや煙管などの器具を使用して、嗜むのが一般的だ。実はこれがどうにも苦手で、自分とは相性が良くなく、あまり好きではない。
なんかねぇ、感触が合わないんだよ。
元の世界では一般的であった紙巻き煙草も、あることにはあるのだが、紙の品質の影響から価格が高く、この世界はあまり普及していない。
煙草を紙に包んで巻くのが、地味にめんどくさいだよね。最初から巻かれてるって、イイよね。
それと、葉巻に関してはこちらの世界でも、一定以上の地位の人間が嗜む高級品だ。したがってこの世界でも自分とはあまり縁がなかった。
……上級国民じゃないからねぇ、今も転生前も。
それにしても、転生して生まれ変わっても、ちょこちょこと色々な形で煙草を嗜んでいるのは、悲しき喫煙者の性なのだろうか。なかなか業が深いものである。
ビニールをきれいに剥がして、煙草を一本取り出し、口に咥える。
オイルライターのキャップを開け、フリントホイールを親指で勢いよく回すと、一発できれいに火が灯った。
不思議と妙な感動を覚える。
「おお!」
口に咥えた煙草をオイルライターに近づけ、深く吸い込んで着火させる。
一気に肺に入り込んだ煙草の煙を、空に向かって大きく吐き出した。
「フゥゥゥ――……。お天道様の下、全裸で煙草を吸う日が来るとはなぁ。夢にも思わなかったぜ。魔人に改造されることも、夢にも思わなかったけど」
四十年ぶりの元の世界の煙草は、非常にうまかった。
「さて……これからどうしようかな?」
魔人になった今、もう元の生活には戻れないし、戻るつもりもない。
店主には米粒ほどは悪いと思うけど、まあ、いいや。このままトンズラさせてもらうぜ。
では、魔人として、これからどう生きていくのか?
これには、腹案が一つあった。
しかし、それにはある程度、纏まった資金が必要だ。
最も資金以前に、路銀で懐事情が寂しくなっていたので、生活の為にもお金を稼がねばならない。
現在の状況で、その手段と考えると……。
「……冒険者だよな」
改造前とは違って、今なら腕っぷしにも自信がある。それに、冒険者なら素性が怪しくても特に問題ではない。
なによりも、これからの為に魔石を手に入れるには、冒険者になるのは色々と都合が良かった。
「う~~ん、しょうがないか。あんまり好きじゃないんだけど」
一先ずは冒険者となり、金を稼いでいくことに決めた。
まあ、それだけが理由じゃないんだけどね。やっぱりアイツらには、それなりのお礼をしなければな。その情報を集める為にも……。
心の奥底から、黒いものが湧き上がっていくのを感じる
フッフッフッ……どうしてくれようかな? どうしてやろうかな?
ただ、その前にどうしても解決しないといけない問題があった。
いつの間にか根元まで火が来ていた煙草を、携帯灰皿の中に押し潰す。
「それにしても、本気で服どうしよう……?」
冒険者になるには、冒険者ギルドで登録する必要がある。
つまり、衆人の前に出なけらばならないということだ。
魔人で赴けば、間違いなく魔物と勘違いされて、狩られてしまうだろう。
それ以前に全裸なので、公然わいせつ罪だ。普通に逮捕されてしまう。
だが、服を着ようにも、今の体格に合った物を持ち合わせていないし、何よりもちょいワルどころか、極悪目玉おやじと言った顔を、隠す必要まである。
しかし、そういった物を手に入れようにも、買いに行くのにも、衆人の前に出なければならない。
「う~~ん、まいったね。八方塞がりじゃないか。どうしよう……あっそうか!」
不意に閃き、親指を立てて叫んだ。
「装着!」
体全体を血流が駆け巡るような感触がし、内部から何かが這い上がってきた。
「んぅあっ⁉」
一瞬にして体全体を装甲が覆う。
なんだ今のは? 前はこんな感触じゃあなかったけど……。
違和感を覚え、スタンドミラーの前へ足を運ぶ。
己の姿を確認した瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あれ⁉ 変わっている?」
転生前の「強化装甲」は、全体的に流線型で、どこかバイクのボディーアーマーのようであったが、スタンドミラーに映っている己の姿は、明らかにこれまでと違っていた。
二本の短い角が付いた頭部全体を覆うヘルメットに、胴体部分にフィットした装甲と蛇腹状の肩当、太く短いスパイクを生やした肘当てに、蛇腹状の厚い籠手を着け、腰から腿の外側を覆うカバーと連なった股間プロテクター、膝あてにも太く短いスパイクが生え、足先まで頑丈そうな具足を履き、尻尾の先端は鼎の形で先端が尖っている。全体的に鋭角的なシルエットで、ダークグレイの下地に青いラインが入っていた。
「ああ! そう言えば「強化装甲」から「強化外殻」にシフトしたってなっていたな。そのせいなのか?」
適当に体を動かして、「強化外殻」の感触を確かめる。
「軽いな。重さを全く感じないし、着ている感触すらない……」
違和感を感じ、直視で「強化外殻」を確認する。
細部まで注意深く見てみたが、体と「強化外殻」の境目が見当たらない。
「これ「強化外殻」を着ているんじゃなくて、体が変化して外殻になったんじゃないのか? 恐らく「魔人」になった影響だと思うけど、どんどん人の道から外れていっている気がする……」
その後も体を動かして確認してみたが、「強化外殻」は動きを全く阻害することが無く、「強化装甲」よりも感触が良かった。
「まあ、いいか。ダークヒーローみたいで前よりカッコいいし、基本的には良いものだから、そんなに気にすることでもないか。どうせ魔人なんだし、今更気にしてもな。それに……」
改めてスタンドミラーに、己の姿を映し出す。
「これなら鎧を着ているようにしか見えないし、顔が丸ごと隠れるのもグッドだ。後は……上からローブかなんか適当に布でも羽織れば、なんの違和感はないだろう」
道端に出ていた古着屋の露店の前で足を止めた。
店先に無造作な形で古着が山積みにされていて、値段の表記は特にない。
店のおばさんに自分の体格と合いそうなローブが在るか尋ねると、即座に山積みの古着の中からローブを掘り出してきた。
こんな状態でもどこに何が在るかは、完全に把握しているみたいだ。不思議とプロ意識のような物を感じる。
軽い値引き交渉の後に、ローブを購入してそのまま羽織った。
一連のやり取りの中で、店のおばさんがオレのことを気にする様子は、一切見られなかった。強化外殻が剝き出しの状態ではあるが、単に鎧を着ているようにしか見えなかったのだろう。予想通りの反応ではあるが、どこか腑に落ちない感じがあった。
その原因は、なんとなくわかっている。
冒険者ギルドへと向かう道すがら、目に映る街の光景に違和感を覚えていた。
恐らく、昨日までは気にすることすらなかっただろう。それが当たり前の光景だと思っていたからだ。
ケモノ耳の獣人やゴツイ体格のドワーフ、豚に似たような顔のオークなど多種多様な人種が通りを行き交い、様式がバラバラの木造やレンガ造りの建物が立ち並び、街行く人の服装も統一感が無く、剣や鎧などを身に着け武装した者が、何事もなく普通に街を闊歩している。
元の世界の常識で考えると、ありえない光景だ。
今も自分の傍らを魔動輪転車が通り過ぎて行った。
その光景に、違和感を覚える。
魔動輪転車は魔石を動力とする馬車と、ヴィンテージカーを合わせたような形状の乗り物で、周りにそれを目にして、驚く人は見当たらない。物珍しそうな顔を浮かべる人は居ても、元の世界でのフェラーリやポルシェを見かけたような感じだ。貴重な代物ではあるが、存在することを知っているのだ。だから、特段驚くことはない。
しかし、今の“自分”の感覚では、違和感を覚えるのだ。
転生前に元の世界さんと異世界ちゃんからは、転生先の異世界は中世ヨーロッパのような世界と聞いていた。しかし、実際の異世界は和洋中の文化が入り混じり、中世から近世初期までの文明が、分別なく混在している。
勿論、元の世界の中世の時代に、魔動輪転車なんて代物は存在しない。
だから、違和感を覚えるのだ。感覚が異世界に生まれ生活してきた“自分”のではなく、元の世界から転生してきた転生者としての“自分”になっている。
恐らく、これは魔人に改造された影響だろう。
前世の記憶が戻ってからも、どこか他人事のような気がしていた。しかし、今は記憶の中のものが、完全にフィットしている。
つまり、「薄井 人生」になっているのだ。
基本的には良いことなんだろう。その方が酷い目に合いながらも覚えたスキルや、経験を今にフィードバックしやすい筈だ。
それに、異世界の全てが新鮮に感じ、気持ちが華やいでくる。まるで新生活に夢や希望が膨らむ、地方から首都圏の大学に進学してきた学生や、大企業に就職した新社会人のような気分だ。
このなんとも言えないワクワク感は、ホント独特だよなぁ。悪くない……悪くないねぇ。ただ、魔人になっただけなのに。
しかし、その一方でどこかもの悲し気な、望郷の念のようなものも感じるのだ。
なんか……遠くに来たって感じがするんだよねぇ。本当に遠くに……。
それは今更ながらに、もう元の世界には戻ることができないことを、無意識に痛感しているのかもしれない。
冒険者とは何者かと問われれば、「何でも屋だ」と答える。
あくまでも自分の主観ではあるが、あながち的外れではないだろう。
冒険者のやることと言えば、ダンジョンに潜っての宝探しに、要人の警護や施設の警備、未開拓地での調査や資源の採掘に、戦場に行っては傭兵の真似事なんてこともする。
まさに「何でも屋だ」、実に多種多様な職務である。
しかし、幾ら職務が多種多様とは言っても、共通点がない訳ではない。その性質からどうしても荒事が多いのだ。
つまり、冒険者は腕っぷしが強くなくては話にならない、とまではちょっと言い過ぎかもしれないが、冒険者をやっていく上では、有利だと断言できる。
その腕っぷしには、現在、少なからず自信があった。
良いか悪いかは別として、魔人に改造されたおかげである。
その力を試す時がきたのだ。
目の前には、レンガ造りで頑丈そうな大きな建物があった。所々破損した個所が見られ、よく言えば歴史と趣があり、悪く言えば古臭く手入れの行き届いていない建物だ。
ここは冒険者ギルド、冒険者の巣窟である。
冒険者ギルドの前には少々ガラの悪い、鎧やローブを着た人たちがたむろしていた。ここに居る理由も特になく、ただ雑談しているように見える。
ヤンキーかよ。これだから冒険者って奴は……。
ソイツらをウンザリしながら避けて歩き、建物内部へ入った。
外観の大きさ通り、冒険者ギルドの内部はかなり広かった。入り口から手前に複数のカウンターと、そこに並ぶ長い人の列に、壁際に依頼書と思わしき紙が貼られた大きな提示版、形やサイズがバラバラの机やイスが多数配置されていて、奥には飲食物を販売しているカウンターがあった。
冒険者と思わしき大勢の人々が、受付の順番でも待って暇を持て余しているのか、机やイスなどに自由気ままな形で腰かけていた。それら人たちは皆一様に騒がしく、あまりお行儀がよろしくないように見える。中にはどこからどう見ても表の人間に見えない者や、酒をかっ食らって酔っぱらっている者まで居た。
随分と人が多いなぁ。それに……相変わらず民度が低い。まあ、予想はしていたけど。
冒険者ギルドに訪れるのは、今回が初めてではない。タカハの街の冒険者ギルドではないが、商人をやっていた頃に仕事を依頼する側として、何回が訪れたことがあった。人の多さは兎も角として、総じて同じような感じだ。風紀なんてものはお目にかかったことは無かった。
ハッキリ言って、冒険者ギルドと冒険者が嫌いだ。
そもそも冒険者という者は、基本的にアウトローばかりだ。田舎での暮らしが嫌になり田畑を捨てた者や、食い扶持を減らすため家から追い出された者、はたまた地位や名誉や一獲千金を求めた野心ある者や、中には犯罪者などが隠れ蓑として利用しているケースもある。どちらにせよ元の環境や、一般社会からはみ出した者たちだ。素行が悪いのもある意味、致し方のないことだろう。
それに冒険者ギルドとしても、冒険者がそういう素行の悪い者でも別段構わないのだ。冒険者ギルドの業務はあくまでも依頼の斡旋である。冒険者の管理や育成などは一切行わないし、何かトラブルを起こせばペナルティを科すか、最悪、除籍すれば済むことだ。それでも冒険者になりたいという者は、掃いて捨てるほど居る為、冒険者不足に陥ることもない。
これは一つの経験談だが、以前、冒険者ギルドに商品輸送の依頼したことがある。とある貴族からどうしても欲しい物があり、金に糸目は付けないので、どうにか手に入れてくれないかと相談を受けたからだ。
しかし、その欲しい物が手に入るのは、魔境と呼ばれる未開の地。モンスターや魔物の蔓延る危険地域を通って、長距離を移動しなければならなかった。その上、かなりの貴重品の為、おいそれと全てを他人任せにすることもできず、自分自身も付いて行く必要もあった。おまけに相手は貴族だ。貴族という存在は色々とややこしい。多額の報酬は魅力的だったが、相当のリスクを背負い込む為、当初はこの話を断るつもりでいた。
だが、金に目がくらんだ店主が、もみ手をしながら二つ返事で勝手に引き受けた。実際に取引の現場に赴く、オレのことなどお構いなしに。
前にも言ったが、当時の自分には某ト〇ネコ氏のような行いをすることはできない。そこで、冒険者ギルドを利用することにしたのだが、最初からトラブル続きであった。
仕事を依頼した際、冒険者ギルドからは予算に合った幾人かの冒険者を提示され、その中から選ぶように求められた。それと何故か当たり前のように、保険会社も一緒に紹介された。その意味は契約書の内容を確認した時に判明する。要約すると、この冒険者たちを、貴方の提示した予算内で紹介したのは冒険者ギルドだが、最終的に選んだのは貴方ですよね。だから何かトラブルが生じても、冒険者ギルドが責任を負うことは一切無いですし、保証することは無いですよ。ちゃんとそのフォローとして、保険会社も紹介していますからね。と言うことである。
かなり不満ではあったが、背に腹は代えられない。しょうがないので冒険者と、保険の方も一緒に契約しようとしたが、今度は保険料が高いと店主が駄々をこねだし、最終的に保険の加入の方、オレの自腹となった。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
どうにか雇い入れた冒険者だが、まあ、コイツらが言うことを聞かない。普段からの粗暴な振る舞いにもイライラさせられたが、勝手にフラッとどこかに行って居なくなり、肝心な時に頼りにならなかったり、行く先々でもトラブルばかり起こしてくれる。おかげで危険な地域を長期間移動する道中、心底、心身ともに擦り減れされた。高い依頼料を払ったのに、なぜこんなにも苦労せねばならないのか、身を悶えて歯ぎしりしたものだ。
それでも、紆余曲折の末、どうにか目当ての物を手に入れることができた。
後はとある貴族に買い取ってもらうだけだが、悪夢はまだ終わらない。
そのとある貴族が、急に気が変わったから要らないと言い出したのだ。今思うと元々難癖付けて商品を掠め取る魂胆だったんだろう。依頼を受けた時点でアウトだったんだ。オマケに店主は自分のことは棚に上げ、全ての責任をオレに押し付けて喚き散らす始末。結局、散々に揉めに揉めた末、どうにか貴重品を買い取ってもらえたのだが、掛かった費用から報酬を差し引くと、雀の涙程の金しか残らなかった。骨折り損のくたびれ儲けって奴だ。
みんな死ねばいいのに。
冒険者の登録をする為、受付カウンターへと続く長い列へと加わった。
う~~ん、結構かかりそうだな。ダンジョンのある街だし、冒険者が多いのもしょうがないか。
ふと転生前に、マイナンバーカードを受け取りに、役所を訪れた時を思い出した。
あの時って、二時間ぐらいかかったっけ。流石にそこまで待つことは無いと思うけど……。
手持ち無沙汰にボケっと列を眺めていると、前に並んでいる強面の冒険者の腰に、どこかで見覚えのある物が付いていることに気が付いた。
あれは……にやけ面の兵士のお守り?
思わず凝視して確認するが、間違いなくにやけ面の兵士のお守りだ。
……買っちまったのか。こんなの買いそうもない感じなのに……あれ? そう言えば、他でも見たような……。
記憶を必死に手繰ると、街中でもにやけ面の兵士のお守りを、身に着けている人を見たような覚えがあった。しかも、今までさして気にしていなかったが、周りを見渡すと、三割ぐらいの冒険者が、各々の場所に身に着けているのを見て取れる。
意外だな。冒険者なんて、真っ先に断りそうなのに。もしかしてタカハの街で流行っているのか? 何の変哲もないコインのお守りだけど……。
三十分ほど時間を要して、ようやく受付カウンターに辿り着いた。
受付の女性が機械的に、抑揚のない口調で尋ねてきた。
「どのようなご用件でしょうか?」
ここにきてあることに気が付いた。
あれ⁉ 冒険者登録するのって、もしかして顔をみせなきゃいけない?
魔人の顔をみたら、大抵の人間は魔物だと勘違いしてしまうだろう。実際、自分だったらそう勘違いするし、ましてやここは大勢の冒険者が集う冒険者ギルド。その中で魔物として勘違いされたら、どんな目に合わされるかわからない。考えただけでも背筋が凍りつく。
マズいと思って焦っていると、受付の女性が不機嫌そうに言い放った。
「何の用?」
受付の女性の妙なプレッシャーに気圧されて、頭が真っ白になり条件反射で口を滑らした。
「あ……あの……冒険者登録をお願いしたくて……」
いや、そうじゃなくて! その前に顔を見せなきゃいけないかの問題が!
だが、受付の女性はこちらの焦りなどお構いなしに、カウンターに紙を叩きつけた。
「それに必要事項を書いてください!」
紙は冒険者の登録用紙で、名前や出身地の他に、職務経歴や使用できるスキルなどの記入欄があった。
……結構書く箇所が多いな。しかも細かく聞いているし、う~~ん、職務経歴なんてどう書けばいいんだ? 冒険者とはあまり関係ないけど、これまで商人だったから、そのまま書けばいいのかな?
しかし、受付の女性が、今度はこちらの考えていることを見透かしたように言い放った。
「名前と出身地だけでいいいです!」
またしても条件反射で返事を返した。
「あ、はい……」
ホント、コミュ障でアドリブが効かないよなぁ、オレ。不思議と仕事での対応なら、それなりにできるのに。まあ、あくまでもそれなりだけど。
一先ず登録用紙に、名前と出身地を書いて提出する。冒険者は一時的な腰掛のつもりなので、最低限の記載でいいだろう。出身地はこの世界のものだが、名前は転生前の名前「ジンセイ」で記載した。いっそのこと名前を新しく変えようかとも思ったが、良いのが直ぐに思いつかなかった。勿論、転生後の名前は論外だ。もうきれいさっぱり忘れました。その他諸々色々含めて思い出さないです。
間髪入れず受付の女性が要求する。
「登録料として小金貨二枚ください!」
小金貨二枚は日本円で、諭吉さんもしくは栄一さん三人分に相当する。商人ギルドの登録料と同じだが、やはり地味に高い。
懐には結構堪えるが、払わない訳にはいかないので、泣く泣く財布から養子に出した。
受付の女性は返す刀で、番号の書かれた木札を出した。
「番号が呼ばれたら、受け取りに来てください!」
受付の女性はとっとと退けとばかりに顎をしゃくると、後ろに並ぶ人を呼び込んだ。
いや、ちょっと待ってよ! 流石に説明が無さすぎじゃない? 色々と聞きたいことがあったんだけど。
しかし、後ろに並んでいる人たちも、退けと言わんばかりの目を向けていた。
ここから粘れるほど、自分の神経は図太くは出来ていない。並ぶ人の邪魔にならないように、すごすごと壁際へ退散して行く。魔人に改造されたからといって、小心者の性格が直ぐに変わる訳ではないのだ。
う~~ん、しょうがない。後でカードの受け取りの時にでも聞くか。
壁際へ歩いている最中、不意に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
驚いて声をした方を見ると、いつの間にか若い男性が傍らに立っていた。
若い男は「ローク」と名乗った。年齢は二十代中頃といったところか、ライトゴールドの髪を肩まで伸ばし、如何にも好青年という雰囲気を醸し出している。
ロークが言うには、あまりにも自分が挙動不審だったらしく、それで思わず声をかけた次第だと言う。我ながら情けない限りだ。
それにしても、ロークの話には感心させられる。冒険者や冒険者ギルド、ダンジョンについても熟知しているし、話す内容はどれも有益な情報ばかりだ。
それもその筈だろう。驚いたことにこの若い男、ロークはこの冒険者ギルドのギルドマスターだと言う。
通常、冒険者ギルドのギルドマスターになるには、二つのケースがある。
一つは優秀な冒険者が現役を引退後に、実績を買われてギルドマスターになるケース。スポーツ選手が引退後に、指導者になるのと同じ具合だ。豊富な経験は後進を育てる上でも、冒険者ギルドを運営していく上でも非常に役に立つし、何よりも荒くれ者の多い冒険者を御するには、それなりの威厳と貫禄がなければ務まらない。そういうものはある程度の年齢と、経験の蓄積によって身についていくものだ。
もう一つは貴族がギルドマスターになるケースだ。元々貴族という者たちは、過去に何かしらかの功績を立てて、今の地位を築いた人たちだ。なんだかんだ言って武力になるようなものは有しているし、それなりの知見も持ち合わせている。それと、現代の日本と違って、この世界は階級社会である。世の掟として存在するその影響力は大きく、たとえ荒くれ者や裏社会の人間でも、おいそれとおろそかにすることはできないのだ。
とは言っても、実際に貴族が冒険者ギルドのギルドマスターになるケースは少ない。結論から先に言ってしまえば、貴族がギルドマスターを務めることに旨味が無い為、冒険者ギルド自体に関心が無いのだ。
これはひとえにギルドマスターを務めるのには、色々と制約があるからだ。爵位が高位の貴族の場合、ある種の武装組織である冒険者ギルドを率いるのは、最高権力者から目を付けられる為に忌諱される。それと、領地や出身地などの縁故地は原則禁止されている。当然だが領主や嫡男が他の地域へ赴くことなど考えられず、役職の無い部屋住みの者が対象になるのだが、それなら国の騎士団へ入る方が顔も売れるし、よっぽど将来性もある。
そもそも貴族という者は、働かない者である。一般的な貴族だと領地の運営などは、家臣が請け負うので本人が働く必要は無い。何もせずとも上りは来るのだ。働いたら負けとまでは言わないが、わざわざ働く必要もないのである。
では、ロークがどちらのケースかと言うと、十中八九、貴族の方だろう。見た目も若いし冒険者としての貫禄も感じない。何より話し方に教養を感じる。ある一定の教育を受けていなければ、こうはならない。正直、元冒険者ならそういったものは、持ち合わせてないだろう。こう言っては偏見かもしれないが、そういったものを、持っていないから冒険者になるのだ。
しかし、貴族にしては、ロークはえらく世間慣れしているように感じる。平民である自分に対して、尊大な態度を垣間見せることもないし、話し方もかなりフランクだ。その辺、何か事情がありそうな気がするが……。
「それにしても、ギルドマスター御自らから冒険者にお声がけしているとは」
「そんな大した者ではないですよ。タカハの街の冒険者ギルドは利用する人が多いですからね。受付だけでは人手が足りず、適切に対応しきれなくて。だから、手が空いているときはホールに出て、フォローするようにしています。でないと、従業員の子たちにいじめられてしまいますからね」
冗談交じりだけど、貴族にしては殊勝だな。
「奥の部屋でふんぞり返ってばかりはいられないと?」
ロークはいたずらっぽく笑った。
「ハハ、そういうことです。もっとも貴方に声をかけたのは、それだけではないですが」
「?」
「冒険者ギルドは有事の事態に備えて、優秀な冒険者はできるだけ確保しておきたいのです」
予想外な言葉に、半信半疑で己を指差す。
「自分が……?」
ロークが自分のことを、上から下まで眺める。
「ええ、少なくとも腕は大分立ちそうですね。どこぞかの騎士団の出身ってところで?」
腕が立つかどうかは兎も角として、ロークに騎士団の出に見られたのは、強化外殻のせいだろう。顔まで全身を隠しているから、フルプレートアーマーに見えなくもない。
そんな期待をさせてもなぁ。中身はただの元商人なんだよね。
先程のロークの言葉を拝借して、誤解を解こうと答える。
「いえいえいえ、そんな大したものではないですよ。腕が立つなんてとんでもない。ただの世間知らずの流れ者ですから」
「まだまだギルドマスターとして若輩者とはいえ、これまでそれなりに冒険者たちを接してきたつもりです。一応、人を見る目には自信があるのですがね」
魔人なりだし、変に素性を詮索されたくないんだけど。
これ以上はご勘弁とばかりに、無言で肩をすくめながら、両の手のひらを上に向けた。
ロークは暫く考えて口を開いた。
「……まあ、いいでしょう。冒険者になる人間なんて、隠し事の一つや二つありますから」
「ホントに冒険者になるのは、これが初めてですから」
「冒険者としては、確かにそのように感じますけどね」
含みのある言い方だな。変な流れだし、ちょっと話を変えるか。
「そう言えば、冒険者って最初は皆、「G」ランクから始まるのですよね?」
「ええ、冒険者登録をしてから三か月間は、見習い扱いとして「G」ランクに固定されます。その後は自動的に「F」ランクへと昇格します」
「ちょっと気になっていたんですけど、見習い扱いってことは、先輩冒険者あたりに師事しないと、イケないということですか?」
子弟制度みたいなものだったら、ちょっとめんどいな。
ロークは少々バツが悪そうな表情を浮かべた。
「建前としては……そうなりますね」
「建前としては……? 実際は違うと?」
「そうですね……。元々「G」というランクは、その期間中に先輩冒険者から見習いの冒険者に、冒険者としての心構えや基礎を指導し、能力の底上げを図る為に設けられました。しかし、正直に申せば、冒険者になるような人間は、自ら好んで誰かに指導するような人はほとんどいません。それに、見習い側の方も指導されたいと、考える方はほぼ皆無でして……」
「あ~~、なるほど。「F」ランクへも自動で上がるみたいですし、尚更そうなるでしょうね」
「本来は良い制度だとは思いますけど、現実的には有名無実化しているのが実情でして」
「見習いだからって、そのあたりはあまり気にしなくていいと。それ以降の昇格は、ギルドからの依頼をこなすことで?」
「ええ、基本的にはそうです。後は討伐対象に指定されている魔物やモンスターの退治に、ダンジョンの攻略の実績でも昇格します。先程は熱心に「灰色の迷宮」についてお尋ねでしたが、やはりそちらが目的で?」
「そうです。タカハの街の冒険者ギルドへ来る他の冒険者たちと一緒で、「灰色の迷宮」でひと稼ぎしようかと思いましてね」
ロークがギルド内で、飲み食いしている冒険者たちに目を向ける。
「パーティーはどうするつもりですか? どこかのパーティーにあてがあるとか? それともこれからメンバーを募集するつもりですか?」
冒険者ギルドでたむろしている連中は、何も冒険者ギルドに用がある者たちばかりではない。冒険者自体に用がある者もいる。むしろそっちの目的の方が多いかもしれない。机やイスに自由に腰かける少々お行儀の悪い奴らも、冒険者ギルドに居座っているのはパーティーを組む為だ。冒険者ギルドに居れば何かと情報も得やすいし、実際に会って人となりを確認するのにも適している。冒険者ギルド内で酒や食べ物を販売しているのも、それらを円滑にする為だという話だ。まあ、中には単に酒を飲み来ているだけの奴もいるらしいけど。
それは兎も角として、今のところオレにパーティーを組むつもりはない。本来であればパーティーを組む方が得策だろう。リスクや負担も軽減するし、困りごとにも相談しやすい。ただ、他の人とパーティーを組んでしまうと、どうしても魔人であることがバレてしまう恐れがあるので、立ち回りには気を付けねばならない。そっちの方が何かとめんどくさいからだ。
「今は特にパーティーは考えていなくて、取り敢えずソロで行ってみようかなと」
的を得たとばかりに、ロークの目がキラリと光った。
「へ~~ソロでですか。やっぱり腕には、相当自信があるようですね!」
アチャ~、藪蛇だったか。まいったね。
どうしようかと思ったが、思いがけない所から助け舟が出された。
受付の女性が声を上げて、自分の番号を呼ぶ。
無言で受付カウンターを、左右の人差し指を向けた。
ロークもこちらに倣い、どうぞとばかりに両手を受付カウンターに向ける。
片手を上げてロークに礼を示し、受付カウンターへと向かった。
目を開くと、光が見えた。
体が動く……!
上半身を起こして、状況を確認する。
今は体に痛みは全く無かった。
いつの間にか、川沿いの草の上に寝っ転がっていた。
周りには木々が立ち並び、近くに小川が流れている。どうやら場所は、改造前に居た所と同じみたいだ。
空を見上げると、雲一つない青空に陽が高く昇っていた。
朝……か? いや、昼ぐらいか? いや、そうとも限らないのかな?
周りを見渡す限り、人っ子一人見当たらない。
元の世界さんと異世界ちゃんはどこに行ったんだ? もう居ないのか?
その代わりって訳ではないだろうが、直ぐ傍らにスタンドミラーが、ポツンと置かれていた。
そのスタンドミラーには紙が貼られていて、よく見ると、「カッコいいでしょ~~!」と書かれていた。
鏡? なんで鏡? 何が「カッコいいでしょ~~!」なん…………あっ!
とある記憶が脳裏をかすめる。
急いで立ち上がり、スタンドミラーを覗き込んだ。
その瞬間、驚愕しのけ反った。
「オワァッ‼」
スタンドミラーに映っていたのは、ファンタジー物に出てくるドラゴニュートのような肉体の上に、大きな一つ目の顔が乗った異形の姿。
そう、異世界ちゃんがイラストで示した、“魔人”そのものであった。
しかも、何故か一切服を着ておらず全裸であった。
もう一度、スタンドミラーを覗き込んでみる。
思わずその場で頭を抱えた。
バケモノじゃん……完全にバケモノじゃん。イラストだけでも相当キテたのに、生だとまっしぐらに振り切ってるよ……。
試しに右手を上げてみると、スタンドミラーの中の魔人も左手を上げ、左足を動かすと、魔人も同時に右足を動かし、尻尾を軽く振ると、もちろん魔人も同じように尻尾を振った。
尻尾って普通に動かせるんだな……。いや、そうじゃなくて! ヤバい! 動きが加わると、キモさが更に倍率ドン! って感じだ。パンチが利き過ぎてんだよ。
大きなため息がこぼれ落ちる。
「はぁぁぁ……ヤッちまったよ。これ、ヤッちまっているよ。ホントどう見たってバケモノだもんなぁ。早まっちまったか……」
嫌な未来が頭に思い浮かんだ。
どこからどう見てもバケモノ。
↓
当然、周りに誰も近寄らないし、それどころか、魔物と勘違いされて狩られる恐れ。
↓
誰にもバレないように、一人ぼっちのアウトローな日常生活。
↓
良くて寂しく孤独死、悪くて野垂れ死に。
耐えがたい未来から逃げ出したくて、空に向かって叫んだ。
「ああぁぁぁ――――嫌だぁぁぁ――――! そんなの嫌だぁぁぁ――――!」
強烈な虚脱感に包まれて、その場にへたりこんだ。
現実逃避して魔人になった筈のに、その結末は現実に苛まれている。
……ろくでもないことばっかりだなぁ。あ~~あぁ、なんにも良いことありゃしない。……なんでこうなったんだろ? どこで間違ったんだ?
ひととき思いを巡らせる。
多分……。そもそもが間違っていたんだろうな。オレみたいな奴が、転生なんてするべきじゃあなかったんだ……。
トボトボと歩いて、近くに流れていた小川へと行く。
もうこうなったら、いっそのこと……。
小川には澄んだ水が緩やかに流れ、己の姿が揺らめていて映し出された。
その姿を見て、力なく苦笑する。
「ハハ……水の中でも変わらないや、バケモノはバケモノだな。せめて姿だけでも、元に戻れば……」
自分でもよくわからないが、突然、啓示を受けたかのように心が揺り動いた。
「……元に戻る⁉ ……元に戻ってどうするんだ? 元に戻ってどうなる? 元に戻ったところで良いことなんて何もないだろ! 元が受け入れられないから願ったんだ! 元に戻りたくないから変わったのだろうに!」
心に火が付き沸騰していく。
「違う者になりたかったじゃないのか? 違う者になるんだろ! だったら“魔人”で良いじゃないか! “魔人”こそがふさわしいじゃないか‼」
不意に、占い師の言葉が頭をよぎった。
「それと、貴方はかなり変わっているわね。欲望の赴くまま行動した方が、結果的に運命が良い方向に向かうの」
ここにきて腹は完全に決まった。
「流石に「欲望の赴くまま」はどうかと思うけど、これからは心機一転、“魔人”として自分のやりたいように生きてやる‼」
取り敢えず、先ずは……。
暫く思案して、口を開いた。
「メニュー」
目の前に、A4サイズほどのウインドウが現れた。
・アイテムボックス
・ステータス
・スキル
・召喚
・マップ
・その他
フムフム……“授業”の際に教えられた通りだな。まあ、この辺の確認からが定番だよな。でもその前に、もしかしたら……ヨシ!
メニュー項目の中から「アイテム」を選択する。
すると、メニュー画面が切り替わり、「アイテム」の先には以下の三つの項目があった。
・アイテム
・ボックスカスタム
・特典
今度はその中から、「特典」を選択する。
この「特典」は、異世界へ転生する条件に、わがまま言ったものの一つだ。
「特典」の中身を確認すると、現代日本では当たり前のように手に入る、生活必需品などが一通り揃っていた。
しかし、お目当てにしていた代物が見当たらない。
無いかぁ……。何か服が入っていないかと思ったんだけどなぁ。
周りに人が居ないとはいえ、いつまでも全裸のままではいられない。だが、服を着ようにも肝心の服が無ければ話にならない。“魔人”に改造されたおかげで、大分体格が変わってしまった。現在の手持ちの服では確実に入らないだろう。もしかしたらあの元の世界さんと異世界ちゃんが気を利かせて、用意してくれているのではないかと思ったが、どうやらそんな気は利かせてくれなかったようだ。
……ティッシュとかはあるのになぁ。いやまあ、それはそれでありがたいではあるんだけど。
服は用意されていなかったが、「特典」が非常に有益なものであることには変わりない。異世界では手に入らない、便利で実用性がある生活必需品が用意されている上、「魔石」を代価にして補充することだってできる。つまり、現代日本とある程度同じように生活できる訳だ。
その対価となる「魔石」だが、異世界物には定番と言っていい代物だ。ご多分に漏れず、この世界でも魔物やモンスターを退治することによって、手に入れることができる。
それ以外の取得方法だと、冒険者ギルドや特定の商店からも購入することができるが、この取得方法には一つ難点があり、どうしても手数料や換金率の関係で、少々割高になってしまうのだ。
現実的には魔物やモンスターを退治して、「魔石」を手に入れていくことになるだろう。あの元の世界さんと異世界ちゃんの思惑を感じるところはあるが、特に魔物は世界にとって障害となる存在の為、それを退治して「魔石」を得ることは、自分と異世界にとってWin―Winの関係だと言える。ただ、如何せんオレは至って普通の商人として、今まで生きてきた。某トル〇コ氏と違って、これまで魔物やモンスターと戦ったことなど一度もないのだ。
う~~ん、実際にやってみないとなんとも言えないけど、まあ、“魔人”に改造されたことだし、この辺はどうにかなるだろう。
因みに、「アイテムボックス」は現在3000平方メートル、大体、体育館ぐらいの収納スペースを有している。しかも、「ボックスカスタム」で任意のスペースに分割したり、「魔石」を対価にして拡張することだってできる。この世界にも同じような役割をする魔法具が存在するが、大きくても800リットルほどで、大型の冷蔵庫ほどの収納スペースしかない。それでも現代日本で家が買えるほどの金額をするのだ。
“授業”で「アイテムボックス」について教えてもらった際は、異世界物によくある能力と思ってあまり気にしていなかったが、ハッキリ言って、規格外のチート能力である。 自分一人の移動だけで、大量の物資をなんの苦労もなく、秘密裏に運ぶことができるのだ。この能力があれば、物流に革命を起こすことができるし、軍事に転用すれば、戦争のやり方そのものが変わってしまうだろう。
不本意だけど、あの元の世界さんと異世界ちゃんには感謝だなぁ。アイテムボックスがあれば、あんなことやこんなことだって……。フムフム、良い感じだそ。まあ、服は入っていなかったけどね。
服のことは一先ず置いておいて、メニューの他の項目も確認することにした。
メニューウインドウから「ステータス」を選択する。
メニューの表示が切り替わり、自分のステータスが示された。
クラス:魔人ジンセイ(永久固定)
戦闘力【A】
HP【A】
MP【A】
OP【A】
SP【A】
体力【A】
筋力【B+】
魔力【B+】
気力【B+】
敏捷【B】
器用【B】
反応【B】
注:ステータスは個人の力量を多少強引に数値化した値になり、戦闘力はスキルも加味しての総合評価になります。
ステータスの値は“E”が普通の大人、“D”が一般的な冒険者ぐらいって、元の世界さんが“授業”の際に言ってたなぁ。それだと自分の各ステータスの数値は割と高いけど。戦闘力もメッチャ高いし、これなら異世界でも結構ブイブイ言わせそうな感じ? まあ、かなり痛い思いをしてまで、魔人にされんだから、これぐらいの役得がないと、ホントやってられないよ。
しかし、それにしてもクラスが「魔人ジンセイ」っていうのは、どういうことだ? 「魔人」に転生前の名前「人生」がくっついた形だけど、「魔人」にも色々と種類があって、「魔人ジンセイ」は自分専用のクラスっとことかな? う~~ん、よくわからないな。そもそも“授業”の時に、クラスの話なんて一切出なかったし。
それよりも(永久固定)ってところが気になるんだけど……。なんかもう絶対に魔人から変えさせないって、あの元の世界さんと異世界ちゃんの断固たる執念を感じるよ……って言うか、もっと他に執念を燃やすことがあるだろ! 世界から毒素を早急に浄化するとか、魔物を簡単に倒す方法とか、ハダカデバネズミを可愛くして世間に知らしめるとか、色々と。
それと、成長方式はレベル制じゃなくて、熟練度制みたいな感じだって言ってたな。スキルとかを使用していけば、なんか良さげになっていくんだろうな。ただ、値も数値じゃなくアルファベット評価だし、注意書きも含めて、そこはかとなく予防線を張っている気がする。誰がなんに対してかは、知らないけれど。
今度はメニューの項目の中から、「スキル」を選択する。
メニューウインドウが切り替わり、スキルの一覧が表示された。
フムフム、これが今持っているスキルか……。いつの間にか幾つか新しいのが増えているな。魔人になったせいか? 取り敢えず気になるものを……。
スキルは選択すると、説明文が出るようになっていた。
強化外殻【B】強化装甲よりシフト。
変わっている……⁉ 変わった理由がよくわかんないだけど、なんかすごく引っかかるな。
オーラシールド【A】オーラガードよりバージョンアップ。闘気のシールドを常時、両腕に纏わせる。
OPは消費するけど、シールドを出しっぱなしにできるのか。いいね。これは心強いよ。
各種自動回復【A】HP、MP、OP、SPが自動で回復する。
へー、かなり良いものじゃないか。ランクも高いし、こんなのが鉄人君と友情を切り結んでいた時にあったら、良かったのに……いや、中途半端に生き残って、苦しみが余計に長く続いただけか。
全状態異常耐性【A】不利益を与える効果に対しての抵抗力。
ゲームや異世界物で気になっていたけど、こういうのって風邪とかも引かなくなるのかね。
危機感知アラート【A】危険を察知すると、警報を発する。
Jアラート的な? いきなり大音量をかましてこないよな。
メンチアイ【C】鋭い眼光で睨みつけ、対象にプレッシャーを与える。
まあ、こんな大きな目で睨まれれば、スキルとか関係なく、誰だってプレッシャーに感じちゃうだろ。
目ん玉ライト【A】目から光を照射する。
ウン、明るい。不思議と眩しくないし、割と便利だな。でも、なんか嫌。
ヤモリム【A】両手足にヤモリのように強力な結合力を発生させる。
結合力? 壁とかに登りやすくなるってことかな? あっても無くてもどうでもいいような……。
四肢伸縮【A】両手足が伸びる。
う~~ん、微妙。ル〇ィやダ〇シムみたいな感じになるかと思ったけど、伸びて二、三十センチぐらいかぁ。
毒霧【A】麻痺効果のある黒い霧を口から吐く。毒は一切無い。
毒ないんかい! ややこしいな。
ナパームハンド【C】掌に粘着性のある炎を出す。
粘着性の炎……? ジェ〇スみたいな感じではない? ちょっと試してみたいけど、流石に街中ではマズいよな。
クエイクフット【C】震脚から地面を走る衝撃波を出す。
これもちょっとイメージがつかめないな。弾き飛ばすような感じ?
異世界殺法【中伝】異世界ちゃん考案による徒手空拳術。
これだけランクがアルファベットじゃないんだ。なんとなく異世界ちゃんの趣向の気がするけど。って言うか、免許皆伝って言っていなかったけ?
後は「スペルソーマ」と「操性自」か……んん⁉ な、ん、だ、これは……? エロエロスキルじゃないか! あ、もしかして「女性にモテモテ」って、これのこと? いやいやいや、それ以前に魔人の時点で、完全にアウトでしょ! 誰も相手にしてくれないって。こんないくらあっても意味ないじゃんか! マジ嫌がらせか?
残りの「メニュー」は「召喚」と「その他」だけど、「召喚」は一先ず今はいいか。どうせすぐには使えないんだし。「その他」は……画面表示や音量の設定にパーティーの編成か。マジでゲームみたいだな。あ! 「危機感知アラート」の音量の設定は、ここにあるのか。スマホみたいだな。取り敢えず音量は下げてと。これでいいかな。う~~ん、「スキル」はこんなもんか。
アイテムボックスの「特典」の中から、とある物を探す。
それは、直ぐに見つかり選択した。
目の前の空間がポッカリと開いて、目当ての物が姿を現す。
真ん中に丸く赤いマークがプリントされた小さな箱と、それを嗜む際に使用する品が二つ。
つまりは、煙草とオイルライターに携帯灰皿だ。
この世界にも煙草はあるが、刻み煙草をパイプや煙管などの器具を使用して、嗜むのが一般的だ。実はこれがどうにも苦手で、自分とは相性が良くなく、あまり好きではない。
なんかねぇ、感触が合わないんだよ。
元の世界では一般的であった紙巻き煙草も、あることにはあるのだが、紙の品質の影響から価格が高く、この世界はあまり普及していない。
煙草を紙に包んで巻くのが、地味にめんどくさいだよね。最初から巻かれてるって、イイよね。
それと、葉巻に関してはこちらの世界でも、一定以上の地位の人間が嗜む高級品だ。したがってこの世界でも自分とはあまり縁がなかった。
……上級国民じゃないからねぇ、今も転生前も。
それにしても、転生して生まれ変わっても、ちょこちょこと色々な形で煙草を嗜んでいるのは、悲しき喫煙者の性なのだろうか。なかなか業が深いものである。
ビニールをきれいに剥がして、煙草を一本取り出し、口に咥える。
オイルライターのキャップを開け、フリントホイールを親指で勢いよく回すと、一発できれいに火が灯った。
不思議と妙な感動を覚える。
「おお!」
口に咥えた煙草をオイルライターに近づけ、深く吸い込んで着火させる。
一気に肺に入り込んだ煙草の煙を、空に向かって大きく吐き出した。
「フゥゥゥ――……。お天道様の下、全裸で煙草を吸う日が来るとはなぁ。夢にも思わなかったぜ。魔人に改造されることも、夢にも思わなかったけど」
四十年ぶりの元の世界の煙草は、非常にうまかった。
「さて……これからどうしようかな?」
魔人になった今、もう元の生活には戻れないし、戻るつもりもない。
店主には米粒ほどは悪いと思うけど、まあ、いいや。このままトンズラさせてもらうぜ。
では、魔人として、これからどう生きていくのか?
これには、腹案が一つあった。
しかし、それにはある程度、纏まった資金が必要だ。
最も資金以前に、路銀で懐事情が寂しくなっていたので、生活の為にもお金を稼がねばならない。
現在の状況で、その手段と考えると……。
「……冒険者だよな」
改造前とは違って、今なら腕っぷしにも自信がある。それに、冒険者なら素性が怪しくても特に問題ではない。
なによりも、これからの為に魔石を手に入れるには、冒険者になるのは色々と都合が良かった。
「う~~ん、しょうがないか。あんまり好きじゃないんだけど」
一先ずは冒険者となり、金を稼いでいくことに決めた。
まあ、それだけが理由じゃないんだけどね。やっぱりアイツらには、それなりのお礼をしなければな。その情報を集める為にも……。
心の奥底から、黒いものが湧き上がっていくのを感じる
フッフッフッ……どうしてくれようかな? どうしてやろうかな?
ただ、その前にどうしても解決しないといけない問題があった。
いつの間にか根元まで火が来ていた煙草を、携帯灰皿の中に押し潰す。
「それにしても、本気で服どうしよう……?」
冒険者になるには、冒険者ギルドで登録する必要がある。
つまり、衆人の前に出なけらばならないということだ。
魔人で赴けば、間違いなく魔物と勘違いされて、狩られてしまうだろう。
それ以前に全裸なので、公然わいせつ罪だ。普通に逮捕されてしまう。
だが、服を着ようにも、今の体格に合った物を持ち合わせていないし、何よりもちょいワルどころか、極悪目玉おやじと言った顔を、隠す必要まである。
しかし、そういった物を手に入れようにも、買いに行くのにも、衆人の前に出なければならない。
「う~~ん、まいったね。八方塞がりじゃないか。どうしよう……あっそうか!」
不意に閃き、親指を立てて叫んだ。
「装着!」
体全体を血流が駆け巡るような感触がし、内部から何かが這い上がってきた。
「んぅあっ⁉」
一瞬にして体全体を装甲が覆う。
なんだ今のは? 前はこんな感触じゃあなかったけど……。
違和感を覚え、スタンドミラーの前へ足を運ぶ。
己の姿を確認した瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げた。
「あれ⁉ 変わっている?」
転生前の「強化装甲」は、全体的に流線型で、どこかバイクのボディーアーマーのようであったが、スタンドミラーに映っている己の姿は、明らかにこれまでと違っていた。
二本の短い角が付いた頭部全体を覆うヘルメットに、胴体部分にフィットした装甲と蛇腹状の肩当、太く短いスパイクを生やした肘当てに、蛇腹状の厚い籠手を着け、腰から腿の外側を覆うカバーと連なった股間プロテクター、膝あてにも太く短いスパイクが生え、足先まで頑丈そうな具足を履き、尻尾の先端は鼎の形で先端が尖っている。全体的に鋭角的なシルエットで、ダークグレイの下地に青いラインが入っていた。
「ああ! そう言えば「強化装甲」から「強化外殻」にシフトしたってなっていたな。そのせいなのか?」
適当に体を動かして、「強化外殻」の感触を確かめる。
「軽いな。重さを全く感じないし、着ている感触すらない……」
違和感を感じ、直視で「強化外殻」を確認する。
細部まで注意深く見てみたが、体と「強化外殻」の境目が見当たらない。
「これ「強化外殻」を着ているんじゃなくて、体が変化して外殻になったんじゃないのか? 恐らく「魔人」になった影響だと思うけど、どんどん人の道から外れていっている気がする……」
その後も体を動かして確認してみたが、「強化外殻」は動きを全く阻害することが無く、「強化装甲」よりも感触が良かった。
「まあ、いいか。ダークヒーローみたいで前よりカッコいいし、基本的には良いものだから、そんなに気にすることでもないか。どうせ魔人なんだし、今更気にしてもな。それに……」
改めてスタンドミラーに、己の姿を映し出す。
「これなら鎧を着ているようにしか見えないし、顔が丸ごと隠れるのもグッドだ。後は……上からローブかなんか適当に布でも羽織れば、なんの違和感はないだろう」
道端に出ていた古着屋の露店の前で足を止めた。
店先に無造作な形で古着が山積みにされていて、値段の表記は特にない。
店のおばさんに自分の体格と合いそうなローブが在るか尋ねると、即座に山積みの古着の中からローブを掘り出してきた。
こんな状態でもどこに何が在るかは、完全に把握しているみたいだ。不思議とプロ意識のような物を感じる。
軽い値引き交渉の後に、ローブを購入してそのまま羽織った。
一連のやり取りの中で、店のおばさんがオレのことを気にする様子は、一切見られなかった。強化外殻が剝き出しの状態ではあるが、単に鎧を着ているようにしか見えなかったのだろう。予想通りの反応ではあるが、どこか腑に落ちない感じがあった。
その原因は、なんとなくわかっている。
冒険者ギルドへと向かう道すがら、目に映る街の光景に違和感を覚えていた。
恐らく、昨日までは気にすることすらなかっただろう。それが当たり前の光景だと思っていたからだ。
ケモノ耳の獣人やゴツイ体格のドワーフ、豚に似たような顔のオークなど多種多様な人種が通りを行き交い、様式がバラバラの木造やレンガ造りの建物が立ち並び、街行く人の服装も統一感が無く、剣や鎧などを身に着け武装した者が、何事もなく普通に街を闊歩している。
元の世界の常識で考えると、ありえない光景だ。
今も自分の傍らを魔動輪転車が通り過ぎて行った。
その光景に、違和感を覚える。
魔動輪転車は魔石を動力とする馬車と、ヴィンテージカーを合わせたような形状の乗り物で、周りにそれを目にして、驚く人は見当たらない。物珍しそうな顔を浮かべる人は居ても、元の世界でのフェラーリやポルシェを見かけたような感じだ。貴重な代物ではあるが、存在することを知っているのだ。だから、特段驚くことはない。
しかし、今の“自分”の感覚では、違和感を覚えるのだ。
転生前に元の世界さんと異世界ちゃんからは、転生先の異世界は中世ヨーロッパのような世界と聞いていた。しかし、実際の異世界は和洋中の文化が入り混じり、中世から近世初期までの文明が、分別なく混在している。
勿論、元の世界の中世の時代に、魔動輪転車なんて代物は存在しない。
だから、違和感を覚えるのだ。感覚が異世界に生まれ生活してきた“自分”のではなく、元の世界から転生してきた転生者としての“自分”になっている。
恐らく、これは魔人に改造された影響だろう。
前世の記憶が戻ってからも、どこか他人事のような気がしていた。しかし、今は記憶の中のものが、完全にフィットしている。
つまり、「薄井 人生」になっているのだ。
基本的には良いことなんだろう。その方が酷い目に合いながらも覚えたスキルや、経験を今にフィードバックしやすい筈だ。
それに、異世界の全てが新鮮に感じ、気持ちが華やいでくる。まるで新生活に夢や希望が膨らむ、地方から首都圏の大学に進学してきた学生や、大企業に就職した新社会人のような気分だ。
このなんとも言えないワクワク感は、ホント独特だよなぁ。悪くない……悪くないねぇ。ただ、魔人になっただけなのに。
しかし、その一方でどこかもの悲し気な、望郷の念のようなものも感じるのだ。
なんか……遠くに来たって感じがするんだよねぇ。本当に遠くに……。
それは今更ながらに、もう元の世界には戻ることができないことを、無意識に痛感しているのかもしれない。
冒険者とは何者かと問われれば、「何でも屋だ」と答える。
あくまでも自分の主観ではあるが、あながち的外れではないだろう。
冒険者のやることと言えば、ダンジョンに潜っての宝探しに、要人の警護や施設の警備、未開拓地での調査や資源の採掘に、戦場に行っては傭兵の真似事なんてこともする。
まさに「何でも屋だ」、実に多種多様な職務である。
しかし、幾ら職務が多種多様とは言っても、共通点がない訳ではない。その性質からどうしても荒事が多いのだ。
つまり、冒険者は腕っぷしが強くなくては話にならない、とまではちょっと言い過ぎかもしれないが、冒険者をやっていく上では、有利だと断言できる。
その腕っぷしには、現在、少なからず自信があった。
良いか悪いかは別として、魔人に改造されたおかげである。
その力を試す時がきたのだ。
目の前には、レンガ造りで頑丈そうな大きな建物があった。所々破損した個所が見られ、よく言えば歴史と趣があり、悪く言えば古臭く手入れの行き届いていない建物だ。
ここは冒険者ギルド、冒険者の巣窟である。
冒険者ギルドの前には少々ガラの悪い、鎧やローブを着た人たちがたむろしていた。ここに居る理由も特になく、ただ雑談しているように見える。
ヤンキーかよ。これだから冒険者って奴は……。
ソイツらをウンザリしながら避けて歩き、建物内部へ入った。
外観の大きさ通り、冒険者ギルドの内部はかなり広かった。入り口から手前に複数のカウンターと、そこに並ぶ長い人の列に、壁際に依頼書と思わしき紙が貼られた大きな提示版、形やサイズがバラバラの机やイスが多数配置されていて、奥には飲食物を販売しているカウンターがあった。
冒険者と思わしき大勢の人々が、受付の順番でも待って暇を持て余しているのか、机やイスなどに自由気ままな形で腰かけていた。それら人たちは皆一様に騒がしく、あまりお行儀がよろしくないように見える。中にはどこからどう見ても表の人間に見えない者や、酒をかっ食らって酔っぱらっている者まで居た。
随分と人が多いなぁ。それに……相変わらず民度が低い。まあ、予想はしていたけど。
冒険者ギルドに訪れるのは、今回が初めてではない。タカハの街の冒険者ギルドではないが、商人をやっていた頃に仕事を依頼する側として、何回が訪れたことがあった。人の多さは兎も角として、総じて同じような感じだ。風紀なんてものはお目にかかったことは無かった。
ハッキリ言って、冒険者ギルドと冒険者が嫌いだ。
そもそも冒険者という者は、基本的にアウトローばかりだ。田舎での暮らしが嫌になり田畑を捨てた者や、食い扶持を減らすため家から追い出された者、はたまた地位や名誉や一獲千金を求めた野心ある者や、中には犯罪者などが隠れ蓑として利用しているケースもある。どちらにせよ元の環境や、一般社会からはみ出した者たちだ。素行が悪いのもある意味、致し方のないことだろう。
それに冒険者ギルドとしても、冒険者がそういう素行の悪い者でも別段構わないのだ。冒険者ギルドの業務はあくまでも依頼の斡旋である。冒険者の管理や育成などは一切行わないし、何かトラブルを起こせばペナルティを科すか、最悪、除籍すれば済むことだ。それでも冒険者になりたいという者は、掃いて捨てるほど居る為、冒険者不足に陥ることもない。
これは一つの経験談だが、以前、冒険者ギルドに商品輸送の依頼したことがある。とある貴族からどうしても欲しい物があり、金に糸目は付けないので、どうにか手に入れてくれないかと相談を受けたからだ。
しかし、その欲しい物が手に入るのは、魔境と呼ばれる未開の地。モンスターや魔物の蔓延る危険地域を通って、長距離を移動しなければならなかった。その上、かなりの貴重品の為、おいそれと全てを他人任せにすることもできず、自分自身も付いて行く必要もあった。おまけに相手は貴族だ。貴族という存在は色々とややこしい。多額の報酬は魅力的だったが、相当のリスクを背負い込む為、当初はこの話を断るつもりでいた。
だが、金に目がくらんだ店主が、もみ手をしながら二つ返事で勝手に引き受けた。実際に取引の現場に赴く、オレのことなどお構いなしに。
前にも言ったが、当時の自分には某ト〇ネコ氏のような行いをすることはできない。そこで、冒険者ギルドを利用することにしたのだが、最初からトラブル続きであった。
仕事を依頼した際、冒険者ギルドからは予算に合った幾人かの冒険者を提示され、その中から選ぶように求められた。それと何故か当たり前のように、保険会社も一緒に紹介された。その意味は契約書の内容を確認した時に判明する。要約すると、この冒険者たちを、貴方の提示した予算内で紹介したのは冒険者ギルドだが、最終的に選んだのは貴方ですよね。だから何かトラブルが生じても、冒険者ギルドが責任を負うことは一切無いですし、保証することは無いですよ。ちゃんとそのフォローとして、保険会社も紹介していますからね。と言うことである。
かなり不満ではあったが、背に腹は代えられない。しょうがないので冒険者と、保険の方も一緒に契約しようとしたが、今度は保険料が高いと店主が駄々をこねだし、最終的に保険の加入の方、オレの自腹となった。もうこの時点で嫌な予感しかしない。
どうにか雇い入れた冒険者だが、まあ、コイツらが言うことを聞かない。普段からの粗暴な振る舞いにもイライラさせられたが、勝手にフラッとどこかに行って居なくなり、肝心な時に頼りにならなかったり、行く先々でもトラブルばかり起こしてくれる。おかげで危険な地域を長期間移動する道中、心底、心身ともに擦り減れされた。高い依頼料を払ったのに、なぜこんなにも苦労せねばならないのか、身を悶えて歯ぎしりしたものだ。
それでも、紆余曲折の末、どうにか目当ての物を手に入れることができた。
後はとある貴族に買い取ってもらうだけだが、悪夢はまだ終わらない。
そのとある貴族が、急に気が変わったから要らないと言い出したのだ。今思うと元々難癖付けて商品を掠め取る魂胆だったんだろう。依頼を受けた時点でアウトだったんだ。オマケに店主は自分のことは棚に上げ、全ての責任をオレに押し付けて喚き散らす始末。結局、散々に揉めに揉めた末、どうにか貴重品を買い取ってもらえたのだが、掛かった費用から報酬を差し引くと、雀の涙程の金しか残らなかった。骨折り損のくたびれ儲けって奴だ。
みんな死ねばいいのに。
冒険者の登録をする為、受付カウンターへと続く長い列へと加わった。
う~~ん、結構かかりそうだな。ダンジョンのある街だし、冒険者が多いのもしょうがないか。
ふと転生前に、マイナンバーカードを受け取りに、役所を訪れた時を思い出した。
あの時って、二時間ぐらいかかったっけ。流石にそこまで待つことは無いと思うけど……。
手持ち無沙汰にボケっと列を眺めていると、前に並んでいる強面の冒険者の腰に、どこかで見覚えのある物が付いていることに気が付いた。
あれは……にやけ面の兵士のお守り?
思わず凝視して確認するが、間違いなくにやけ面の兵士のお守りだ。
……買っちまったのか。こんなの買いそうもない感じなのに……あれ? そう言えば、他でも見たような……。
記憶を必死に手繰ると、街中でもにやけ面の兵士のお守りを、身に着けている人を見たような覚えがあった。しかも、今までさして気にしていなかったが、周りを見渡すと、三割ぐらいの冒険者が、各々の場所に身に着けているのを見て取れる。
意外だな。冒険者なんて、真っ先に断りそうなのに。もしかしてタカハの街で流行っているのか? 何の変哲もないコインのお守りだけど……。
三十分ほど時間を要して、ようやく受付カウンターに辿り着いた。
受付の女性が機械的に、抑揚のない口調で尋ねてきた。
「どのようなご用件でしょうか?」
ここにきてあることに気が付いた。
あれ⁉ 冒険者登録するのって、もしかして顔をみせなきゃいけない?
魔人の顔をみたら、大抵の人間は魔物だと勘違いしてしまうだろう。実際、自分だったらそう勘違いするし、ましてやここは大勢の冒険者が集う冒険者ギルド。その中で魔物として勘違いされたら、どんな目に合わされるかわからない。考えただけでも背筋が凍りつく。
マズいと思って焦っていると、受付の女性が不機嫌そうに言い放った。
「何の用?」
受付の女性の妙なプレッシャーに気圧されて、頭が真っ白になり条件反射で口を滑らした。
「あ……あの……冒険者登録をお願いしたくて……」
いや、そうじゃなくて! その前に顔を見せなきゃいけないかの問題が!
だが、受付の女性はこちらの焦りなどお構いなしに、カウンターに紙を叩きつけた。
「それに必要事項を書いてください!」
紙は冒険者の登録用紙で、名前や出身地の他に、職務経歴や使用できるスキルなどの記入欄があった。
……結構書く箇所が多いな。しかも細かく聞いているし、う~~ん、職務経歴なんてどう書けばいいんだ? 冒険者とはあまり関係ないけど、これまで商人だったから、そのまま書けばいいのかな?
しかし、受付の女性が、今度はこちらの考えていることを見透かしたように言い放った。
「名前と出身地だけでいいいです!」
またしても条件反射で返事を返した。
「あ、はい……」
ホント、コミュ障でアドリブが効かないよなぁ、オレ。不思議と仕事での対応なら、それなりにできるのに。まあ、あくまでもそれなりだけど。
一先ず登録用紙に、名前と出身地を書いて提出する。冒険者は一時的な腰掛のつもりなので、最低限の記載でいいだろう。出身地はこの世界のものだが、名前は転生前の名前「ジンセイ」で記載した。いっそのこと名前を新しく変えようかとも思ったが、良いのが直ぐに思いつかなかった。勿論、転生後の名前は論外だ。もうきれいさっぱり忘れました。その他諸々色々含めて思い出さないです。
間髪入れず受付の女性が要求する。
「登録料として小金貨二枚ください!」
小金貨二枚は日本円で、諭吉さんもしくは栄一さん三人分に相当する。商人ギルドの登録料と同じだが、やはり地味に高い。
懐には結構堪えるが、払わない訳にはいかないので、泣く泣く財布から養子に出した。
受付の女性は返す刀で、番号の書かれた木札を出した。
「番号が呼ばれたら、受け取りに来てください!」
受付の女性はとっとと退けとばかりに顎をしゃくると、後ろに並ぶ人を呼び込んだ。
いや、ちょっと待ってよ! 流石に説明が無さすぎじゃない? 色々と聞きたいことがあったんだけど。
しかし、後ろに並んでいる人たちも、退けと言わんばかりの目を向けていた。
ここから粘れるほど、自分の神経は図太くは出来ていない。並ぶ人の邪魔にならないように、すごすごと壁際へ退散して行く。魔人に改造されたからといって、小心者の性格が直ぐに変わる訳ではないのだ。
う~~ん、しょうがない。後でカードの受け取りの時にでも聞くか。
壁際へ歩いている最中、不意に声をかけられた。
「どうかしましたか?」
驚いて声をした方を見ると、いつの間にか若い男性が傍らに立っていた。
若い男は「ローク」と名乗った。年齢は二十代中頃といったところか、ライトゴールドの髪を肩まで伸ばし、如何にも好青年という雰囲気を醸し出している。
ロークが言うには、あまりにも自分が挙動不審だったらしく、それで思わず声をかけた次第だと言う。我ながら情けない限りだ。
それにしても、ロークの話には感心させられる。冒険者や冒険者ギルド、ダンジョンについても熟知しているし、話す内容はどれも有益な情報ばかりだ。
それもその筈だろう。驚いたことにこの若い男、ロークはこの冒険者ギルドのギルドマスターだと言う。
通常、冒険者ギルドのギルドマスターになるには、二つのケースがある。
一つは優秀な冒険者が現役を引退後に、実績を買われてギルドマスターになるケース。スポーツ選手が引退後に、指導者になるのと同じ具合だ。豊富な経験は後進を育てる上でも、冒険者ギルドを運営していく上でも非常に役に立つし、何よりも荒くれ者の多い冒険者を御するには、それなりの威厳と貫禄がなければ務まらない。そういうものはある程度の年齢と、経験の蓄積によって身についていくものだ。
もう一つは貴族がギルドマスターになるケースだ。元々貴族という者たちは、過去に何かしらかの功績を立てて、今の地位を築いた人たちだ。なんだかんだ言って武力になるようなものは有しているし、それなりの知見も持ち合わせている。それと、現代の日本と違って、この世界は階級社会である。世の掟として存在するその影響力は大きく、たとえ荒くれ者や裏社会の人間でも、おいそれとおろそかにすることはできないのだ。
とは言っても、実際に貴族が冒険者ギルドのギルドマスターになるケースは少ない。結論から先に言ってしまえば、貴族がギルドマスターを務めることに旨味が無い為、冒険者ギルド自体に関心が無いのだ。
これはひとえにギルドマスターを務めるのには、色々と制約があるからだ。爵位が高位の貴族の場合、ある種の武装組織である冒険者ギルドを率いるのは、最高権力者から目を付けられる為に忌諱される。それと、領地や出身地などの縁故地は原則禁止されている。当然だが領主や嫡男が他の地域へ赴くことなど考えられず、役職の無い部屋住みの者が対象になるのだが、それなら国の騎士団へ入る方が顔も売れるし、よっぽど将来性もある。
そもそも貴族という者は、働かない者である。一般的な貴族だと領地の運営などは、家臣が請け負うので本人が働く必要は無い。何もせずとも上りは来るのだ。働いたら負けとまでは言わないが、わざわざ働く必要もないのである。
では、ロークがどちらのケースかと言うと、十中八九、貴族の方だろう。見た目も若いし冒険者としての貫禄も感じない。何より話し方に教養を感じる。ある一定の教育を受けていなければ、こうはならない。正直、元冒険者ならそういったものは、持ち合わせてないだろう。こう言っては偏見かもしれないが、そういったものを、持っていないから冒険者になるのだ。
しかし、貴族にしては、ロークはえらく世間慣れしているように感じる。平民である自分に対して、尊大な態度を垣間見せることもないし、話し方もかなりフランクだ。その辺、何か事情がありそうな気がするが……。
「それにしても、ギルドマスター御自らから冒険者にお声がけしているとは」
「そんな大した者ではないですよ。タカハの街の冒険者ギルドは利用する人が多いですからね。受付だけでは人手が足りず、適切に対応しきれなくて。だから、手が空いているときはホールに出て、フォローするようにしています。でないと、従業員の子たちにいじめられてしまいますからね」
冗談交じりだけど、貴族にしては殊勝だな。
「奥の部屋でふんぞり返ってばかりはいられないと?」
ロークはいたずらっぽく笑った。
「ハハ、そういうことです。もっとも貴方に声をかけたのは、それだけではないですが」
「?」
「冒険者ギルドは有事の事態に備えて、優秀な冒険者はできるだけ確保しておきたいのです」
予想外な言葉に、半信半疑で己を指差す。
「自分が……?」
ロークが自分のことを、上から下まで眺める。
「ええ、少なくとも腕は大分立ちそうですね。どこぞかの騎士団の出身ってところで?」
腕が立つかどうかは兎も角として、ロークに騎士団の出に見られたのは、強化外殻のせいだろう。顔まで全身を隠しているから、フルプレートアーマーに見えなくもない。
そんな期待をさせてもなぁ。中身はただの元商人なんだよね。
先程のロークの言葉を拝借して、誤解を解こうと答える。
「いえいえいえ、そんな大したものではないですよ。腕が立つなんてとんでもない。ただの世間知らずの流れ者ですから」
「まだまだギルドマスターとして若輩者とはいえ、これまでそれなりに冒険者たちを接してきたつもりです。一応、人を見る目には自信があるのですがね」
魔人なりだし、変に素性を詮索されたくないんだけど。
これ以上はご勘弁とばかりに、無言で肩をすくめながら、両の手のひらを上に向けた。
ロークは暫く考えて口を開いた。
「……まあ、いいでしょう。冒険者になる人間なんて、隠し事の一つや二つありますから」
「ホントに冒険者になるのは、これが初めてですから」
「冒険者としては、確かにそのように感じますけどね」
含みのある言い方だな。変な流れだし、ちょっと話を変えるか。
「そう言えば、冒険者って最初は皆、「G」ランクから始まるのですよね?」
「ええ、冒険者登録をしてから三か月間は、見習い扱いとして「G」ランクに固定されます。その後は自動的に「F」ランクへと昇格します」
「ちょっと気になっていたんですけど、見習い扱いってことは、先輩冒険者あたりに師事しないと、イケないということですか?」
子弟制度みたいなものだったら、ちょっとめんどいな。
ロークは少々バツが悪そうな表情を浮かべた。
「建前としては……そうなりますね」
「建前としては……? 実際は違うと?」
「そうですね……。元々「G」というランクは、その期間中に先輩冒険者から見習いの冒険者に、冒険者としての心構えや基礎を指導し、能力の底上げを図る為に設けられました。しかし、正直に申せば、冒険者になるような人間は、自ら好んで誰かに指導するような人はほとんどいません。それに、見習い側の方も指導されたいと、考える方はほぼ皆無でして……」
「あ~~、なるほど。「F」ランクへも自動で上がるみたいですし、尚更そうなるでしょうね」
「本来は良い制度だとは思いますけど、現実的には有名無実化しているのが実情でして」
「見習いだからって、そのあたりはあまり気にしなくていいと。それ以降の昇格は、ギルドからの依頼をこなすことで?」
「ええ、基本的にはそうです。後は討伐対象に指定されている魔物やモンスターの退治に、ダンジョンの攻略の実績でも昇格します。先程は熱心に「灰色の迷宮」についてお尋ねでしたが、やはりそちらが目的で?」
「そうです。タカハの街の冒険者ギルドへ来る他の冒険者たちと一緒で、「灰色の迷宮」でひと稼ぎしようかと思いましてね」
ロークがギルド内で、飲み食いしている冒険者たちに目を向ける。
「パーティーはどうするつもりですか? どこかのパーティーにあてがあるとか? それともこれからメンバーを募集するつもりですか?」
冒険者ギルドでたむろしている連中は、何も冒険者ギルドに用がある者たちばかりではない。冒険者自体に用がある者もいる。むしろそっちの目的の方が多いかもしれない。机やイスに自由に腰かける少々お行儀の悪い奴らも、冒険者ギルドに居座っているのはパーティーを組む為だ。冒険者ギルドに居れば何かと情報も得やすいし、実際に会って人となりを確認するのにも適している。冒険者ギルド内で酒や食べ物を販売しているのも、それらを円滑にする為だという話だ。まあ、中には単に酒を飲み来ているだけの奴もいるらしいけど。
それは兎も角として、今のところオレにパーティーを組むつもりはない。本来であればパーティーを組む方が得策だろう。リスクや負担も軽減するし、困りごとにも相談しやすい。ただ、他の人とパーティーを組んでしまうと、どうしても魔人であることがバレてしまう恐れがあるので、立ち回りには気を付けねばならない。そっちの方が何かとめんどくさいからだ。
「今は特にパーティーは考えていなくて、取り敢えずソロで行ってみようかなと」
的を得たとばかりに、ロークの目がキラリと光った。
「へ~~ソロでですか。やっぱり腕には、相当自信があるようですね!」
アチャ~、藪蛇だったか。まいったね。
どうしようかと思ったが、思いがけない所から助け舟が出された。
受付の女性が声を上げて、自分の番号を呼ぶ。
無言で受付カウンターを、左右の人差し指を向けた。
ロークもこちらに倣い、どうぞとばかりに両手を受付カウンターに向ける。
片手を上げてロークに礼を示し、受付カウンターへと向かった。
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