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波乱の同居生活1
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奏音さんは、昔からバカがつくほどのお人好しだ。
そして、気づいていない。
その優しさが、時に深く人を傷つけることがあるということをー。
*
結婚の約束をした翌週の土曜日、私のアパートは羽立くんが手配してくれた引越し業者の手によって、あっという間に空っぽになった。
とは言え、全てを任せきりにするわけにはいかず、この一週間はほとんど荷造りに追われていたので、余計なことを考える時間なんてなかった。
空っぽの部屋で、不動産会社の人が立会チェックにしている待ち時間に、唐突に激しい不安に襲われる。
今まで男の人と付き合ったことすらないのに、いきなり一緒に住めるの?
しかも、その相手があの羽立くんだなんて…どんな生活になるのか全く想像できない。
やっぱり私と結婚なんて無理とか言われたときのために、この部屋は解約せずに、家賃だけ払い続けておいたほうがいいような気がしてきた。
「常盤さん、チェック終わりましたよ」
「あ、あの!やっぱりこの部屋解約するのやめる…って無理ですか?」
パンツスーツ姿の小柄な女性担当者は、一瞬目を見開くと、申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。この部屋好条件物件なので、次の方がもう決まってるんです」
「で、ですよね…」
駅もスーパーもドラッグストアもコンビニも徒歩10分圏内。
しかも少し建物が古いからという理由で家賃もこの界隈では破格。
一週間で次の人が決まるのも不思議じゃない。
「マリッジブルーですか?私も経験あるので分かります。でも、最初は何かと大変ですけど、愛があれば大丈夫ですよ。お幸せに」
私にとっては的はずれな餞の言葉を贈られ、私は長年住み慣れた部屋を後にした。
結婚が決まった三日後には、父の会社の結構な額の借金を肩代わりしてくれた時点で分かってはいた。
羽立くんが相当なお金持ちだということを。
でもまさか。
独身男性が一軒家に住んでいるなんてー
大きな家の前で立ち尽くしていると、突然、「いつまでそこに立ってるんですか?鍵開いてるんで、早く入って来てください」 と声がして飛び上がった。
インターフォンのカメラから見られていたらしい。
慌てて邸内に入ると、既に引越し業者は引き上げたらしく、広い玄関に羽立くんだけが立っていた。
「えーっと…今日からよろしくお願いします」
さっきまで不安でいっぱいだったのに。
いざ羽立くんを目の間にしてしまえば、形だけの結婚と分かっていても、嬉しさと気恥ずかしさで舞い上がってしまう。
「それから、父の会社のこと、本当にありがとうございました。羽立くんのお陰でー」
「奏音さんももうすぐ『羽立奏音』になるんだから、俺のこと『羽立くん』って呼ぶのやめてもらえますか?」
話の腰を折られても、父の会社の恩人なので文句は言えない。
それに、形だけの結婚だからこそ、そういうところからソレっぽくしないといけないことは理解できる。
「じゃあ、『昴さん』?」
「まだよそよそしい!」
「羽立くんだって、私のこと『奏音さん』」って呼ぶじゃない!!」
「初めて会った時、そう呼べって言ったの、奏音さんでしょう?」
単に羽立くんの記憶力がいいだけということは分かっているけれど、初めて会った日の、何気ない会話を覚えていてくれたことが、ひどく嬉しくて言葉に詰まる。
「そ、そうだけど」
「『昴』。ほら、言ってみてください」
「す、昴……………くん」
「す・ば・る」
「…昴」
遂に私が敬称略で名前呼んだ後、ほんの一瞬、羽立くんが固まったように見えたのは、きっと気のせいだと思う。
そして、気づいていない。
その優しさが、時に深く人を傷つけることがあるということをー。
*
結婚の約束をした翌週の土曜日、私のアパートは羽立くんが手配してくれた引越し業者の手によって、あっという間に空っぽになった。
とは言え、全てを任せきりにするわけにはいかず、この一週間はほとんど荷造りに追われていたので、余計なことを考える時間なんてなかった。
空っぽの部屋で、不動産会社の人が立会チェックにしている待ち時間に、唐突に激しい不安に襲われる。
今まで男の人と付き合ったことすらないのに、いきなり一緒に住めるの?
しかも、その相手があの羽立くんだなんて…どんな生活になるのか全く想像できない。
やっぱり私と結婚なんて無理とか言われたときのために、この部屋は解約せずに、家賃だけ払い続けておいたほうがいいような気がしてきた。
「常盤さん、チェック終わりましたよ」
「あ、あの!やっぱりこの部屋解約するのやめる…って無理ですか?」
パンツスーツ姿の小柄な女性担当者は、一瞬目を見開くと、申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさい。この部屋好条件物件なので、次の方がもう決まってるんです」
「で、ですよね…」
駅もスーパーもドラッグストアもコンビニも徒歩10分圏内。
しかも少し建物が古いからという理由で家賃もこの界隈では破格。
一週間で次の人が決まるのも不思議じゃない。
「マリッジブルーですか?私も経験あるので分かります。でも、最初は何かと大変ですけど、愛があれば大丈夫ですよ。お幸せに」
私にとっては的はずれな餞の言葉を贈られ、私は長年住み慣れた部屋を後にした。
結婚が決まった三日後には、父の会社の結構な額の借金を肩代わりしてくれた時点で分かってはいた。
羽立くんが相当なお金持ちだということを。
でもまさか。
独身男性が一軒家に住んでいるなんてー
大きな家の前で立ち尽くしていると、突然、「いつまでそこに立ってるんですか?鍵開いてるんで、早く入って来てください」 と声がして飛び上がった。
インターフォンのカメラから見られていたらしい。
慌てて邸内に入ると、既に引越し業者は引き上げたらしく、広い玄関に羽立くんだけが立っていた。
「えーっと…今日からよろしくお願いします」
さっきまで不安でいっぱいだったのに。
いざ羽立くんを目の間にしてしまえば、形だけの結婚と分かっていても、嬉しさと気恥ずかしさで舞い上がってしまう。
「それから、父の会社のこと、本当にありがとうございました。羽立くんのお陰でー」
「奏音さんももうすぐ『羽立奏音』になるんだから、俺のこと『羽立くん』って呼ぶのやめてもらえますか?」
話の腰を折られても、父の会社の恩人なので文句は言えない。
それに、形だけの結婚だからこそ、そういうところからソレっぽくしないといけないことは理解できる。
「じゃあ、『昴さん』?」
「まだよそよそしい!」
「羽立くんだって、私のこと『奏音さん』」って呼ぶじゃない!!」
「初めて会った時、そう呼べって言ったの、奏音さんでしょう?」
単に羽立くんの記憶力がいいだけということは分かっているけれど、初めて会った日の、何気ない会話を覚えていてくれたことが、ひどく嬉しくて言葉に詰まる。
「そ、そうだけど」
「『昴』。ほら、言ってみてください」
「す、昴……………くん」
「す・ば・る」
「…昴」
遂に私が敬称略で名前呼んだ後、ほんの一瞬、羽立くんが固まったように見えたのは、きっと気のせいだと思う。
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