運命の落とし穴

恩田璃星

文字の大きさ
59 / 111

もう一つの落とし穴4

しおりを挟む
 借金を肩代わりしてもらっただけでなく、偽装婚約者の身でエンゲージリングまで準備してもらえるなんて。

 円香や足立さんに『指輪がない』と突っ込まれても、これをもらえる自分の姿を想像できていなくて、思い切り面食らった。

 分かっている。

 これは、羽立くんと私の結婚をまっとうなものであると周囲に印象づけるために必要な小道具だということは。

 分かっているからこそ、どうしても考えてしまうのだ。

 これが純粋に二人の永遠の絆を誓う証なら、今自分がどれ程に幸せだっただろうかと。

 真逆の現実では、箱の中の石が煌めきを放つたび、私の心は虚ろにくすんでいくような気がして、そっと蓋を閉じた。

 「あ…、もしかして、奏音さんの好みのデザインじゃありませんでしたか?」

 羽立くんは、目に見えてがっかりした様子。

 「そんなことないよ。私、可愛い系よりこういうシンプルなデザインのほうが好きだから」

 「良かった。渡してなかったこと、今日気づいて。なんとかスケジュール調整して奏音さんのイメージに合うものを選んで来ました」

 「選んだって…羽立くんが?自分で?」

 「もちろん」

 今朝結婚式で着るドレスは、一人で選びに行けと言い放ったのに。

 まさか、エンゲージリングを選んでくれるなんて。

 その誇らしげな顔を見れば、嫌でも眼に浮かぶ。

 私のイメージを伝え、苦手な女性スタッフのアドバイスを真剣に聞く羽立くんの姿が。

 きっと、苦労して選んでくれたんだ。

 

 つい今しがた虚しさでいっぱいだった胸が、一気に幸せで満たされていく。

 少しでも羽立くんの気持ちが込められていると分かっただけでこの様だ。

 羽立くんの言動一つに、こんなに振り回される。

 「敵わないな…」

 「…え?」

 「ううん、何でもない。ありがとう」

 「…ちなみに、本当のところ、どんなヤツだったんですか?」

 「えっ!?」

 「例の社長の息子ですよ。さっき奏音さんが言いかけたところで俺が怒鳴ったから途中になっちゃったでしょう?」

 不意打ちで矢吹に話を戻され、心臓が縮み上がりそうになりながらも、今日の矢吹とのやり取りを思い出す。

 「えーっと…そうだね。私から見れば、本当に昔と変わらなくて、気さくで優しくて…噂に聞くほど女の子遊び激しいって感じじゃなかったよ」

 もしかしたらー

 あの天然人たらしな性格のせいで、数多あまたの女の子を勘違いさせちゃったのかもしれない。

 高校のときは絶対的彼女がいたからそんな事態にはならなかっただけで、当時から矢吹にはその傾向があった(私もそれで一時矢吹のこと好きだったし)。

 実際、「俺、常盤のそういうとこ好きだもん」なんてセリフを今日私にも軽く言って来たし。

 でも、それを言っちゃうと、相手が矢吹だと知らない羽立くんは、きっとまた怒るだろうから黙っておく。

 「顔は?」

 「えっ、普通に…爽やか系…?」

 「服装は?」

 ん!?

 これまさか、羽立くん自分の好みのタイプかどうか確かめてる!?

 「ふ、服装って、スーツなんて似たりよったりで私には違いなんて分かんないよ!」

 複雑な気分で、ちょっと強めに言い返しても、羽立くんは至って真面目な顔のままだった。

 「そうですか。…とにかく隙は見せないでくださいね」

 「…分かってるってば」

 その後も羽立くんのお小言は小一時間続いた。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

毎週金曜日、午後9時にホテルで

狭山雪菜
恋愛
柳瀬史恵は、輸入雑貨の通販会社の経理事務をしている28歳の女だ。 同期入社の内藤秋人は営業部のエースで、よく経費について喧嘩をしていた。そんな二人は犬猿の仲として社内でも有名だったけど、毎週金曜日になると二人の間には…? 不定期更新です。 こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

兄の親友が彼氏になって、ただいちゃいちゃするだけの話

狭山雪菜
恋愛
篠田青葉はひょんなきっかけで、1コ上の兄の親友と付き合う事となった。 そんな2人のただただいちゃいちゃしているだけのお話です。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。

先生と私。

狭山雪菜
恋愛
茂木結菜(もぎ ゆいな)は、高校3年生。1年の時から化学の教師林田信太郎(はやしだ しんたろう)に恋をしている。なんとか彼に自分を見てもらおうと、学級委員になったり、苦手な化学の授業を選択していた。 3年生になった時に、彼が担任の先生になった事で嬉しくて、勢い余って告白したのだが… 全編甘々を予定しております。 この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

Honey Ginger

なかな悠桃
恋愛
斉藤花菜は平凡な営業事務。唯一の楽しみは乙ゲーアプリをすること。ある日、仕事を押し付けられ残業中ある行動を隣の席の後輩、上坂耀太に見られてしまい・・・・・・。 ※誤字・脱字など見つけ次第修正します。読み難い点などあると思いますが、ご了承ください。

肉食御曹司の独占愛で極甘懐妊しそうです

沖田弥子
恋愛
過去のトラウマから恋愛と結婚を避けて生きている、二十六歳のさやか。そんなある日、飲み会の帰り際、イケメン上司で会社の御曹司でもある久我凌河に二人きりの二次会に誘われる。ホテルの最上階にある豪華なバーで呑むことになったさやか。お酒の勢いもあって、さやかが強く抱いている『とある願望』を彼に話したところ、なんと彼と一夜を過ごすことになり、しかも恋人になってしまった!? 彼は自分を女除けとして使っているだけだ、と考えるさやかだったが、少しずつ彼に恋心を覚えるようになっていき……。肉食でイケメンな彼にとろとろに蕩かされる、極甘濃密ラブ・ロマンス!

処理中です...