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もう一つの落とし穴4
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借金を肩代わりしてもらっただけでなく、偽装婚約者の身でエンゲージリングまで準備してもらえるなんて。
円香や足立さんに『指輪がない』と突っ込まれても、これをもらえる自分の姿を想像できていなくて、思い切り面食らった。
分かっている。
これは、羽立くんと私の結婚をまっとうなものであると周囲に印象づけるために必要な小道具だということは。
分かっているからこそ、どうしても考えてしまうのだ。
これが純粋に二人の永遠の絆を誓う証なら、今自分がどれ程に幸せだっただろうかと。
真逆の現実では、箱の中の石が煌めきを放つたび、私の心は虚ろにくすんでいくような気がして、そっと蓋を閉じた。
「あ…、もしかして、奏音さんの好みのデザインじゃありませんでしたか?」
羽立くんは、目に見えてがっかりした様子。
「そんなことないよ。私、可愛い系よりこういうシンプルなデザインのほうが好きだから」
「良かった。渡してなかったこと、今日気づいて。なんとかスケジュール調整して奏音さんのイメージに合うものを選んで来ました」
「選んだって…羽立くんが?自分で?」
「もちろん」
今朝結婚式で着るドレスは、一人で選びに行けと言い放ったのに。
まさか、エンゲージリングを選んでくれるなんて。
その誇らしげな顔を見れば、嫌でも眼に浮かぶ。
私のイメージを伝え、苦手な女性スタッフのアドバイスを真剣に聞く羽立くんの姿が。
きっと、苦労して選んでくれたんだ。
私のために―
つい今しがた虚しさでいっぱいだった胸が、一気に幸せで満たされていく。
少しでも羽立くんの気持ちが込められていると分かっただけでこの様だ。
羽立くんの言動一つに、こんなに振り回される。
「敵わないな…」
「…え?」
「ううん、何でもない。ありがとう」
「…ちなみに、本当のところ、どんなヤツだったんですか?」
「えっ!?」
「例の社長の息子ですよ。さっき奏音さんが言いかけたところで俺が怒鳴ったから途中になっちゃったでしょう?」
不意打ちで矢吹に話を戻され、心臓が縮み上がりそうになりながらも、今日の矢吹とのやり取りを思い出す。
「えーっと…そうだね。私から見れば、本当に昔と変わらなくて、気さくで優しくて…噂に聞くほど女の子遊び激しいって感じじゃなかったよ」
もしかしたらー
あの天然人たらしな性格のせいで、数多の女の子を勘違いさせちゃったのかもしれない。
高校のときは絶対的彼女がいたからそんな事態にはならなかっただけで、当時から矢吹にはその傾向があった(私もそれで一時矢吹のこと好きだったし)。
実際、「俺、常盤のそういうとこ好きだもん」なんてセリフを今日私にも軽く言って来たし。
でも、それを言っちゃうと、相手が矢吹だと知らない羽立くんは、きっとまた怒るだろうから黙っておく。
「顔は?」
「えっ、普通に…爽やか系…?」
「服装は?」
ん!?
これまさか、羽立くん自分の好みのタイプかどうか確かめてる!?
「ふ、服装って、スーツなんて似たりよったりで私には違いなんて分かんないよ!」
複雑な気分で、ちょっと強めに言い返しても、羽立くんは至って真面目な顔のままだった。
「そうですか。…とにかく隙は見せないでくださいね」
「…分かってるってば」
その後も羽立くんのお小言は小一時間続いた。
円香や足立さんに『指輪がない』と突っ込まれても、これをもらえる自分の姿を想像できていなくて、思い切り面食らった。
分かっている。
これは、羽立くんと私の結婚をまっとうなものであると周囲に印象づけるために必要な小道具だということは。
分かっているからこそ、どうしても考えてしまうのだ。
これが純粋に二人の永遠の絆を誓う証なら、今自分がどれ程に幸せだっただろうかと。
真逆の現実では、箱の中の石が煌めきを放つたび、私の心は虚ろにくすんでいくような気がして、そっと蓋を閉じた。
「あ…、もしかして、奏音さんの好みのデザインじゃありませんでしたか?」
羽立くんは、目に見えてがっかりした様子。
「そんなことないよ。私、可愛い系よりこういうシンプルなデザインのほうが好きだから」
「良かった。渡してなかったこと、今日気づいて。なんとかスケジュール調整して奏音さんのイメージに合うものを選んで来ました」
「選んだって…羽立くんが?自分で?」
「もちろん」
今朝結婚式で着るドレスは、一人で選びに行けと言い放ったのに。
まさか、エンゲージリングを選んでくれるなんて。
その誇らしげな顔を見れば、嫌でも眼に浮かぶ。
私のイメージを伝え、苦手な女性スタッフのアドバイスを真剣に聞く羽立くんの姿が。
きっと、苦労して選んでくれたんだ。
私のために―
つい今しがた虚しさでいっぱいだった胸が、一気に幸せで満たされていく。
少しでも羽立くんの気持ちが込められていると分かっただけでこの様だ。
羽立くんの言動一つに、こんなに振り回される。
「敵わないな…」
「…え?」
「ううん、何でもない。ありがとう」
「…ちなみに、本当のところ、どんなヤツだったんですか?」
「えっ!?」
「例の社長の息子ですよ。さっき奏音さんが言いかけたところで俺が怒鳴ったから途中になっちゃったでしょう?」
不意打ちで矢吹に話を戻され、心臓が縮み上がりそうになりながらも、今日の矢吹とのやり取りを思い出す。
「えーっと…そうだね。私から見れば、本当に昔と変わらなくて、気さくで優しくて…噂に聞くほど女の子遊び激しいって感じじゃなかったよ」
もしかしたらー
あの天然人たらしな性格のせいで、数多の女の子を勘違いさせちゃったのかもしれない。
高校のときは絶対的彼女がいたからそんな事態にはならなかっただけで、当時から矢吹にはその傾向があった(私もそれで一時矢吹のこと好きだったし)。
実際、「俺、常盤のそういうとこ好きだもん」なんてセリフを今日私にも軽く言って来たし。
でも、それを言っちゃうと、相手が矢吹だと知らない羽立くんは、きっとまた怒るだろうから黙っておく。
「顔は?」
「えっ、普通に…爽やか系…?」
「服装は?」
ん!?
これまさか、羽立くん自分の好みのタイプかどうか確かめてる!?
「ふ、服装って、スーツなんて似たりよったりで私には違いなんて分かんないよ!」
複雑な気分で、ちょっと強めに言い返しても、羽立くんは至って真面目な顔のままだった。
「そうですか。…とにかく隙は見せないでくださいね」
「…分かってるってば」
その後も羽立くんのお小言は小一時間続いた。
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