運命の落とし穴

恩田璃星

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 「奏音…まさか、知ってたのか?知っててあいつと婚約を…?」

 知った経緯は分からないけど、矢吹は羽立くんがゲイであることに確信を持っている。

 隠しても意味がないのであれば、私が私の意思で羽立くんの側に居ることを望んでいると理解してもらうしかない。

 「羽立くんの恋愛対象が男だってことなら、10年前から知ってる」

 「10年…って高校のときから?」

 信じられないと訴えてくる矢吹の瞳から一ミリも目を逸らさず、静かに頷く。

 「つまり、俺が告白したあの時にはもう…?」

 もう一度頷くと、矢吹はその場に崩れ落ちるように頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 そんな矢吹を見て胸を痛めながらでも考えてしまうのは、やっぱり羽立くんのこと。

 ― 嫌いじゃないけど、恋愛対象ではないという相手からの告白を断るのは、なかなか苦しい。

 況してや羽立くんは、私のことを大好きだと言うにはばからないほど懐いてくれていて、私の羽立くんへの気持ちも自分と同じだと信じて疑っていない。

 前回の告白が中途半端で良かった。

 こんな思い、羽立くんにさせるわけにはいかない ー

 私、本当に変わってどうしようもないなと自嘲しつつ、矢吹に頼んだ。

 「だから、ごめんね、矢吹。このまま何も言わずに羽立くんの側にいさせて」

 変わっていないのは私だけだということに、気付かないまま。


 「そんなに…羽立アイツのことが好きなのか」

 しゃがみこんだままの矢吹が、尋ねる。

 表情は見えないけれど、声は固い。

 「うん…ごめん」

 「そっか、分かった」

 良かった。

 分かってもらえた。

 「ありがとう」

 胸を撫で下ろし、矢吹を立ち上がらせようと手を差し出した。

 でも、矢吹が手を伸ばし、掴んだのは私の掌ではなく、手首。

 思ったよりずっと強く込められた力に、面食らう。

 「礼なんて言うなよ。こっちも今回ばかりはハイそうですかって簡単に引き下がるわけにはいかないんだから」

 ゆっくりと立ち上がった矢吹は、私の手首を固く掴んだまま冷酷に告げた。

 「このままアイツの側にいたいって言うなら、今から俺に抱かれて」

 「…っ!?何言ってるの?」

 「じゃなきゃ、羽立昴はゲイだってマスコミにリークする」

 絶望的な一言に、頭が真っ白になる。

 矢吹がこんな脅しをかけてくるなんて。

 「そん…な…」

 「羽立アイツの為に人生捧げられるんだろう?それくらい、好きなんだろう?…それなら…奏音の心が手に入らないなら、体だけでも欲しい。俺も、それくらい奏音が好きだ」

 どうしよう。

 どうすればいいの!?

 考えれば考えるほど、頭の中で選択肢が一つに絞られていく。

 

 「分かった。矢吹の言うとおりにする」

 私の決断を聞いた矢吹は、今にも泣き出しそうな、歪んだ笑顔を浮かべた。

 「…狂ってるな。奏音も俺も」

 逃げないと約束して手を離してもらい、帰り支度を整えた私は、矢吹が呼んだタクシーに乗り込んだ。
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