運命の落とし穴

恩田璃星

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   こんな成り行きだったから、てっきり手近なラブホにでも連れ込まれるのだろうと思っていた。

   でも、タクシーが止まった先はシティーホテルだった。

   慣れた様子でチェックインを済ませる矢吹を眺め、エレベーターに乗り込む。

   緊張していないわけではない。

   その証拠に、力を入れていないと膝が笑ってしまいそうだ。

   でも、初めて羽立くんと同じベッドに入った日に比べれば、まだ余裕がある。

   あの日からまだそんなに時間は経っていない筈なのに、随分昔のことのよう。

   そして、とても遠いところに来てしまった。

   エレベーターから降り、矢吹に促されて部屋に入ると、ドアが閉まる音に続いてオートロックが掛かる音が重く響いた。

   逃げたりなんて、しないのに。

   だって、これは羽立くんを守るために必要なことだから。

   そう自分に言い聞かせて、足を進めた。

   張り詰めた空気の中、矢吹が先にシャワーを使い、私もそれに続いた。

   結構いい部屋らしく、バスルームからは美しい夜景が見えた。

   もし、一緒に来ているのが羽立くんだったら、間違いなく『夜景に夢中になって、またのぼせたりしないでくださいね』なんてお小言を言われていただろう。

   羽立くん。

   羽立くん。

   羽立くん。

   今すぐ会いたい。

   怖いよ。

   嫌だよ。

   助けて。

   もう大丈夫って抱きしめて欲しい。

   きっと電話一本ですっ飛んで来てくれる。

   でも、ダメ。できない。

   そんなことしたら、羽立くんの未来がめちゃくちゃになってしまう。

   何より、一緒にいる矢吹をどう説明すればいい?

   これはきっと、羽立くんの信頼を裏切った罰。

   私一人が受けるべきで、羽立くんを巻き込んじゃいけない。

   感傷を打ち消すように蛇口を捻り、熱いシャワーを頭から思い切り浴びた。

   バスルームから出ると、ビールを飲みながら夜景を眺めていた矢吹が私に気づいた。

   「風呂上がりだと、ますます高校の頃と変わらないな」

   「そんな、ことないよ」

   緊張で声を上擦らせてしまう。

   「奏音も飲む?」

   「…いらない。外でお酒飲むと、叱られるから」

   「羽立に?」

   「……」

   「妬けるな」

   ビールの缶を置いた矢吹が、私の体を抱きすくめた。

 「奏音…」

 矢吹は大切な宝物を持ち上げるように私の頬を包み込み、ゆっくりと唇を重ねた。

 押し当てられていただけの唇はやがて軽く開き、私の唇に吸いついた。

   仄かにアルコールの香りがする。

 不意に下顎を引かれると、熱をもった舌が滑り込んで来た。

 驚いて自分の舌引っ込めると、すぐに口腔の奥深くまで追いかけて絡め取られてしまう。

 避けようにも、頬に添えられていた矢吹の手は後頭部に回り、髪の毛ごとがっちりと掴んで私の顔の位置を固定していた。

 声が違う。

 呼び方が違う。

 味も、温度も、匂いも、感触も、

 何もかもー。

 羽立くんじゃ、ない。

 分かりきった現実に、涙が目尻を伝う。

 「…ふ…んんんっ」

 深すぎる口づけで漏れた呻き声で、矢吹はキスを中断し、私をお尻から抱え上げてベッドに組み敷いた。

 発火寸前の欲望を宿した瞳が私を見下ろして、私の涙を拭った。

 「ごめん…こんなやり方…でも、奏音といると、俺が本当の俺でいられるんだ」

 私の首筋に、矢吹が甘えるように鼻先をすり寄せる。

 「…っ」

 純粋にくすぐったい。

 絶対に感じてると思われたくなくて、声を殺す。

 「我慢しないで。声、聞かせて」

 今度は舌が這った。

 「ぅ…ん…」

 ゾワリと背筋を走る感覚に、下唇を噛んで何とか耐える。

 「強情だな…でも、体から落としてみせるよ、絶対に。俺には奏音が必要だから」
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