運命の落とし穴

恩田璃星

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 翌早朝、私達は言葉少なに身支度を整え、ホテルを出た。

 自宅に帰るまでの車中には、婚約中の二人が初めて結ばれた朝には酷く似つかわしくない、重苦い空気が漂っていた。

 昨夜羽立くんの気持ちを聞いていたら、私の想いを伝えていたら、今頃きっと、甘く蕩けるような時間を過ごしていたんだろうな。

 ごめんね。

 今日、矢吹と話をつけてくるから。

 そしたらちゃんと、話すから。

 心の中で何度も何度も羽立くんに謝りながら、身を切るような沈黙に耐えた。

 *

 自宅に着くなり、羽立くんは自室に駆け込んだ。

 そして、すぐに別のスーツに身を包んで戻って来て、ごく自然に私にキスをした。

 「今から大事な仕事があるんで、もう行きます。…奏音さんは、無茶しないでくださいね」

 颯爽と家を出ていく姿が、いつも以上にかっこいい。

 なんと言うか、漂うフェロモンが目に見えそう。

 …じゃなくて。

 過保護な彼のことなので、てっきり会社まで送るとか、矢吹と直接話をするとか言うと思っていた。

 どう説得しようかと身構えていたのに。

 思い切り肩透かしを食らった気分。

 でも、正直助かった。

 これで矢吹との対決に集中できる。

 そう考えを切り替えて、私も着替えとメイクを済ませ、いつもより一本早い電車に乗って会社へ向かった。

 会社に着くと、エントランスのところにいつかと同じように円香が立っていた。

 いつもの華やかな雰囲気は、思いつめた表情のせいで影を潜めている。

 伏せていた目が上向き、私を見つけると、こちらに駆け寄ってきた。

 「奏音ちゃん、ちょっと来て!!」

 腕を掴まれ、人気のない非常階段に引っ張り込まれる。

 「昨日大丈夫だった?羽立あの人、ちゃんと間に合った!?」

 昨夜珍しく残業だった円香は、矢吹といっしょに青ざめた顔でタクシーに乗る私をたまたま見かけ、心配で後を追ってくれたらしい。

 「できれば私が助けたかったんだけど、善家は男だし…厄介なことに腐っても社長の息子だから正面切って出ていけなくて」

 円香には年の離れた妹が二人いて、毎月家にいくらか仕送りしていると聞いたことがある。

 安定した生活を捨てられない彼女の判断は当然だ。

 本当は、ギリギリのところで矢吹の気持ちが変わっただけで、羽立くんが間に合ったとは言い難い。

 でも、それを言えば自分を責める円香が容易に想像できるので、できるだけ自然に微笑んで言った。

 「ううん、円香のお陰で助かったよ。ありがとう」

 「…ねえ、善家アイツと何があったの?」

 「それはー」

 上手く説明できずに口ごもっていると、

 「奏音ちゃん…何それ!!?」

 と、円香の方が話を変えてくれた。

 かと思ったら、いきなり着ていた服の襟を思い切り引き下げられた。

 「これ…キスマーク!?善家アイツが!?羽立あの人、間に合ったんじゃなかったの!?」

 本当は、矢吹がつけたものか、羽立くんがつけたものか、或いは二人によるものか、判別は不可能。

 でも、円香が自分を責めないように咄嗟に叫んだ。

 「違うよ!これは羽立くんが…!!」

 「…は?羽立…?嘘でしょっ!?アイツ…ゲイのくせに奏音ちゃんのこと抱いちゃったのーーーーっ!!?」
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