嫌い、キス、時々好き。

宮谷りく

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♯01 デザイン課、犬猿のふたり。

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 大手化粧メーカー・商品企画開発部 デザイン課。
今日も、この課の空気がピリッと張り詰めるのは――だいたいこの二人のせいだ。

 本日は、新作香水のボトルデザインを巡り攻防戦が繰り広げられていた。


「だーかーら!言ってるでしょ! このシリーズのキーワードは“親しみやすさ”なの。和泉くんのボトルデザイン、尖りすぎててブランドイメージから浮いてるのよ!」
 
「"親しみやすさ"、ね。」

和泉は手元のスケッチを軽くかかげて、淡々と続ける。
 

「でも香水って、まずボトルに目がいって、そこから“香り”を嗅ぐもんでしょ? 今回の先輩のデザイン、通りすがりに手に取るかって言われたら、俺はスルーしますね。全っ然、目に留まんない。香りまで辿り着けないっすよ。」
 
「無難ってこと? けど、ターゲット層に確実に届くことが大事でしょ?」
 
「“届く”って、“記憶に残る”ってことだと思うんすけどね。」
 

彼はわざと間を置いて、にやりと笑う。
 

「正直、今の先輩のデザインじゃ記憶にすら残んない。“親しみやすさ”って、平凡と紙一重なんすよ。先輩のは、親しみやすさ通り越して――地味。」
 
「なっ……!」
 
気づけば、机を挟んでやいのやいの。
二人とも立ち上がっていた。



同僚たちは、パソコン画面を見つめたまま、まったく反応しない。


(あー、また始まったよ。)という空気。


もう、日常茶飯事だ。
 


私――永瀬紗結(ながせ さゆ)と、


ふたつ下の後輩•和泉寛人(いずみ ひろと)は、
デザイン課でも“犬猿の仲”として有名なコンビである。


和泉は、軽く息を吐いて肩をすくめた。
 

「俺が新人の頃のアンタは、もっと攻めてたじゃないっすか。
あの頃のデザイン、綺麗で、挑戦的で、誰のデザインより目を奪われた。
――いつから守りに入っちゃってんの?もっと攻めろよ。」
 
「……!」
 

一瞬、言葉が詰まる。
机の上の資料を握りしめる私。
だけど、次の瞬間には声を荒げていた。
 

「“先輩”に向かってその口の利き方は何?」
 
「はいはい、すみません。永瀬・せ・ん・ぱ・い。」
 
「きぃ~っ!!!」


もはや小学生のケンカ。
同僚たちは完全スルー。
部長だけが「……静かにしろ」と小声でつぶやいた。


 結局、会議の結果――新作フレグランス「Eveil(エヴェイユ)」のボトルデザインに採用されたのは、和泉の案だった。


プレゼンの反応も上々。
マーケ部の担当者も「洗練されてていいね」と笑顔。


やられた…!
けど、負けは負けだ。


「……おめでとうございます。」


悔しさを押し殺して言うと、
和泉はその綺麗な顔でにやりと笑った。


「どうも、先輩。」


くぅっ……!
その勝ち誇った顔、ほんっとにムカつく!
 

「――和泉くん、嫌いっ!」
 

その瞬間、空気が止まった。
隣の席の同僚が、無言でコーヒーをすする音だけが響く。


「またやってるよ、あの二人……」
 

誰かのぼそっとしたつぶやきが、やけに鮮明に聞こえた。




***


その夜。


「はぁぁぁ~~~~~~!!!」


帰宅するなり、ソファに倒れ込む。


悔しい!めちゃくちゃ悔しい!
でも、正直に言えば――和泉の案、よくできてた。
 

マットなラベンダーカラーに小さなメタルアクセントが光るデザイン。
光に照らされると、透け感がほんのり浮かび上がり、綺麗で繊細。
思わず、ボトルだけでも手元に置きたくなる――マーケ部の言う通り“洗練”された印象だった。


「攻め」と「親しみやすさ」のバランスも絶妙だし、"香り"に触れる前から、思わず手に取りたくなる。


――完璧だった。


くそっ! 悔しいけど、認める。
だけど、あのドヤ顔だけは認めない!



ふと、時計を見ると、19時半。



「やば、夕飯つくんなきゃ。」


キッチンへ立ち、エプロンをつける。
フライパンで野菜を炒め、味噌汁を味見。


「うん、上出来じゃないですか。」



そう呟いた瞬間――



ガチャリ。
玄関の鍵が開く音がした。

 
「おかえり~」
 

いつもの調子で声をかける。

 
「ただいま。」
 

低く落ち着いた声。
帰ってきたのは、


――和泉寛人。


ネクタイを緩め、スーツを脱ぎながら息をつく。
 

「夕飯、もうすぐできるよ~。」
 
「ん。ありがと。」


そのまま料理を続けていると、
背後から――ふわりと腕が回り込んだ。


「えっ、ちょっ、和泉く――」


 言い終わるより早く、背中に温もりが押しつけられる。
首筋にふっとかかる息。心臓が跳ねた。


「ねぇ、紗結さん。俺のこと、嫌いなの?」

「……え?」

「今日、オフィスで言ってたじゃん。“和泉くん嫌い”って。」

「そ、それは……!」


焦る私を見て、彼はくすっと笑う。
肩に顔を埋めながら、囁く。


「俺、けっこう傷ついたんだけど。」

「ウソ。絶対ウソ。」

「ホント。めっちゃショック。」

「顔が笑ってる。」

「笑ってない。」


そう言いながら、首筋を唇がかすめる。
体がぴくんと跳ねる。


「ちょ、待って……」

「はぁ~、ムカつくくらい今日の紗結さんも可愛かった。」

「な、なにそれ……!」

「顔真っ赤にして、睨みつけてきて“嫌い”って言われたの。あれ、凄くよかった。そそる。どんな顔も可愛いとかずるい。」

「……変態。」

「うん。でも紗結さん限定の変態です。
デザイン、選ばれなくて悔しかったんだよね? ごめんね? 優秀すぎて。」

「……むかーっ! やっぱり嫌い!」

「はいはい。」


そう言って、笑いながら、彼は優しく唇を重ねた。


味噌汁の香りと、シャツ越しの体温が混ざり合っていく。


憎たらしい私の恋人。



嫌い。
――でも。
このキスのあと、また好きになる。



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