161 / 358
第三章
最後の逢瀬
しおりを挟む
キラキラ光る破片が舞い散る中、私はほっと胸をなでおろすと、その場に崩れ落ちた。
やっと終わったわ……。
これで世界は正しい世界へと導かれるはず……。
グッタリとする私の体をエヴァンは優しく抱きしめると、そっと支えてくれる。
「すみません、遅くなってしまって……」
「ううん、エヴァンが来てくれてよかったわ。私一人だったら絶対に壊せなかったもの……。本当にありがとう」
私は弱弱しく笑みを浮かべると、そっと胸元へ手を忍ばせる。
柔らかい魔力玉をギュッと握りしめると、顔を持ち上げ、エメラルドの瞳をじっと見つめた。
「やっと終わったわ。これで全てが元通りになる」
「なら、すぐに帰りましょう。皆が……待っていますよ。それにあなたには言っていませんでしたが……その首にある呪いも解く方法が見つかったんです。だから戻ったら……あなたの名前を一番に聞かせて下さいね」
エヴァンは優しい笑みを浮かべると、私の体を腕の中へと閉じ込める。
私はこの笑顔が好きだった。
しょっちゅう迷惑を掛けて彼を怒らせていたけど……彼はいつも最後には、その笑みをくれる。
まだまだ一緒に居たかったな……。
この世界でもっと楽しい思い出を作りたかった。
エヴァンに魔法を教えてもらって、ブレイクと一緒に街へ出かけて、レックスに治癒魔法を習って……。
それでネイトと魔女の屋敷へ行って、アーサーと喧嘩もしたわ。
煌びやかなドレスを着て、初めて夜会にも参加させてもらった。
そうやって今まで歩んできた……たくさんの思い出が、走馬灯のように脳裏に甦ってくる。
あぁ……もっとこの世界で、人生を歩んでみたかった。
でも私の人生はあの日、事故で終わりだったのよね。
それでもタクミがこの世界で新しい命を与えてくれた。
まさか結末が、こんな事になるなんて考えもしなかったわ……。
「どうしましたか……?」
動かない私を訝し気に思ったのか……彼は私の顔を覗き込むと、心配そうな表情を見せる。
そんな彼の様子に私は小さく首を横に振ると、そっと彼の胸を押し返した。
もう嘘はつきたくない。
最後に……本当の事を彼に伝えないとね……。
そんな私の様子に、エヴァンは少し不機嫌な表情を浮かべる中、私は大きく息を吸いんだ。
「エヴァン……私ね、言わなければいけないことがあるの」
彼は私の様子に真剣な瞳を浮かべると、澄んだエメラルドの瞳がユラユラと揺れている。
「今……私たちは防御魔法を破ったでしょ。それでね……世界の歪みが消えたのよ。だから……女性が減っていく現象は、これでなくなった。正しい世界の流れに戻すことが出来たから……。でもね……この事でタクミが、私の世界へ来ることもなくなったわ」
語り掛けるようにゆっくりと言葉を紡いでいく中、次第に体がだるくなり、目を開けている事も辛くなると、私はゆっくりと彼の肩に顔を埋めた。
「はぁ、はぁ……何が言いたいかというと……タクミはね、私の世界には来ないの。だから私とも出会う事がないのよね。だってそれが正しい事実だから……。私がこの世界へ召喚されたのも、みんなに出会えたのも、全てはタクミと私が出会ったからこそ生まれた事実。その事実がなくなった今……私はこの世界には必要ない存在なのよ」
私の言葉にエヴァンは大きく目を見開き固まると、私を支える手が小刻みに震え始める。
「どういうことですか?あなたと出会う事がない……。嘘だ……嘘だ!!!そんな事許されるはずがない!!!」
「黙っていてごめんね……でも女性が減るという現象はなくなったのだから、きっとエヴァンも男娼館なんかに売られないと思うわ。それに次、エヴァンが目覚めたときは、もう私の事は覚えていない……きっとね」
だって私はこの正しい世界に存在しない者だから……。
「どうして黙っていたんですか!!!どうして……どうして!!!こんな事なら……あの時……無理やりにでも言わせるべきだった!」
「ははっ、でも言えば、どんなことしても、とめようとしたでしょ?……なら私は絶対に言わなかったわ」
私は彼の胸の中で小さく息を繰り返していると、私の頬にポツポツと水滴が降り注ぐ。
「だからあなたは……私を先に帰らせようとしていたんですね……。自分が居なくなるから……そんな……どうして……どうしていつもあなたは、勝手な事ばかりするのですか!!」
その震える声に私はそっと体を起こすと、辛くなる体に耐えながらも、徐に瞼を持ち上げた。
「エヴァン泣かないで……私はあなたの笑顔が好きよ。……それにエヴァンに……みんなに出会えて幸せだった……。こんな私に、たくさんの事を教えてくれて……色々と助けてくれて……本当にありがとう。あなたが居なかったら……私はここへ辿り着く事すら出来ていなかったわ」
「ダメです!!!そんな……そんな言葉はいらない!!!一緒に帰ると約束したではないですか……帰って私の話を聞いてください……っっ、そうお願いしたではないですか!!!」
ごめんねぇ……そう小さく呟くと、私の意識が少しずつ薄れていく。
彼の顔をじっと眺めていると、エメラルドの瞳から流れる涙は美しく、まるで澄んだ湖の様だった。
そんな彼の涙へそっと手を伸ばすと、雫を指先で掬い上げた。
「エヴァンの話を……聞けなくて……ごめんなさい……っっ。約束を守れなくてごめん……。でもね……彼らをとめた事で……私の呪いも解けたのよ……。エヴァン……私の名前は……」
彼の耳元へそっと唇を寄せると、触れていた彼の温もりが消えていく。
あぁ……もう時間切れなのね……。
私は最後にニッコリと笑みを浮かべながら、彼にそっと手を翳す。
最後の力を振り絞り、胸元から魔力玉を取り出し一気に飲み干すと、魔法で乾いた土の上に、頭の中で描いた魔法陣を映していった。
そうして最後に……補充した魔力を全て集めると、時間移転の魔法を発動させる。
「待ちなさい!!やめろ!!!こんなの許しません……一緒に帰るんです!!!」
彼は私の手を掴もうと手を伸ばすが……温もりを感じることが出来ない、透けていく私の体に彼の手が触れることはない。
悲痛な表情をする彼に笑みを浮かべて見せる中、私の頬には涙が静かに伝っていた。
(今までありがとう、新しい世界で幸せになってね)
そう声をだそうと口を開くが……私の耳にもう何の音は届かない。
次第に彼の姿が霞んでいくと、私は全ての魔力を彼に放った。
「やめてください、いかないで下さい!!!嫌だ、いやだあああああ!!私は、私は……」
私は見えない彼の姿に手を振ると、そのまま意識を手放した。
そうして……
シルバーのリングが一つポツリと、渇いた土の上に残され……。
荒野には、二人の死体が並んでいる。
そんな死体を囲むように、渇いた土の上には美しい緑が芽吹き始めていた。
やっと終わったわ……。
これで世界は正しい世界へと導かれるはず……。
グッタリとする私の体をエヴァンは優しく抱きしめると、そっと支えてくれる。
「すみません、遅くなってしまって……」
「ううん、エヴァンが来てくれてよかったわ。私一人だったら絶対に壊せなかったもの……。本当にありがとう」
私は弱弱しく笑みを浮かべると、そっと胸元へ手を忍ばせる。
柔らかい魔力玉をギュッと握りしめると、顔を持ち上げ、エメラルドの瞳をじっと見つめた。
「やっと終わったわ。これで全てが元通りになる」
「なら、すぐに帰りましょう。皆が……待っていますよ。それにあなたには言っていませんでしたが……その首にある呪いも解く方法が見つかったんです。だから戻ったら……あなたの名前を一番に聞かせて下さいね」
エヴァンは優しい笑みを浮かべると、私の体を腕の中へと閉じ込める。
私はこの笑顔が好きだった。
しょっちゅう迷惑を掛けて彼を怒らせていたけど……彼はいつも最後には、その笑みをくれる。
まだまだ一緒に居たかったな……。
この世界でもっと楽しい思い出を作りたかった。
エヴァンに魔法を教えてもらって、ブレイクと一緒に街へ出かけて、レックスに治癒魔法を習って……。
それでネイトと魔女の屋敷へ行って、アーサーと喧嘩もしたわ。
煌びやかなドレスを着て、初めて夜会にも参加させてもらった。
そうやって今まで歩んできた……たくさんの思い出が、走馬灯のように脳裏に甦ってくる。
あぁ……もっとこの世界で、人生を歩んでみたかった。
でも私の人生はあの日、事故で終わりだったのよね。
それでもタクミがこの世界で新しい命を与えてくれた。
まさか結末が、こんな事になるなんて考えもしなかったわ……。
「どうしましたか……?」
動かない私を訝し気に思ったのか……彼は私の顔を覗き込むと、心配そうな表情を見せる。
そんな彼の様子に私は小さく首を横に振ると、そっと彼の胸を押し返した。
もう嘘はつきたくない。
最後に……本当の事を彼に伝えないとね……。
そんな私の様子に、エヴァンは少し不機嫌な表情を浮かべる中、私は大きく息を吸いんだ。
「エヴァン……私ね、言わなければいけないことがあるの」
彼は私の様子に真剣な瞳を浮かべると、澄んだエメラルドの瞳がユラユラと揺れている。
「今……私たちは防御魔法を破ったでしょ。それでね……世界の歪みが消えたのよ。だから……女性が減っていく現象は、これでなくなった。正しい世界の流れに戻すことが出来たから……。でもね……この事でタクミが、私の世界へ来ることもなくなったわ」
語り掛けるようにゆっくりと言葉を紡いでいく中、次第に体がだるくなり、目を開けている事も辛くなると、私はゆっくりと彼の肩に顔を埋めた。
「はぁ、はぁ……何が言いたいかというと……タクミはね、私の世界には来ないの。だから私とも出会う事がないのよね。だってそれが正しい事実だから……。私がこの世界へ召喚されたのも、みんなに出会えたのも、全てはタクミと私が出会ったからこそ生まれた事実。その事実がなくなった今……私はこの世界には必要ない存在なのよ」
私の言葉にエヴァンは大きく目を見開き固まると、私を支える手が小刻みに震え始める。
「どういうことですか?あなたと出会う事がない……。嘘だ……嘘だ!!!そんな事許されるはずがない!!!」
「黙っていてごめんね……でも女性が減るという現象はなくなったのだから、きっとエヴァンも男娼館なんかに売られないと思うわ。それに次、エヴァンが目覚めたときは、もう私の事は覚えていない……きっとね」
だって私はこの正しい世界に存在しない者だから……。
「どうして黙っていたんですか!!!どうして……どうして!!!こんな事なら……あの時……無理やりにでも言わせるべきだった!」
「ははっ、でも言えば、どんなことしても、とめようとしたでしょ?……なら私は絶対に言わなかったわ」
私は彼の胸の中で小さく息を繰り返していると、私の頬にポツポツと水滴が降り注ぐ。
「だからあなたは……私を先に帰らせようとしていたんですね……。自分が居なくなるから……そんな……どうして……どうしていつもあなたは、勝手な事ばかりするのですか!!」
その震える声に私はそっと体を起こすと、辛くなる体に耐えながらも、徐に瞼を持ち上げた。
「エヴァン泣かないで……私はあなたの笑顔が好きよ。……それにエヴァンに……みんなに出会えて幸せだった……。こんな私に、たくさんの事を教えてくれて……色々と助けてくれて……本当にありがとう。あなたが居なかったら……私はここへ辿り着く事すら出来ていなかったわ」
「ダメです!!!そんな……そんな言葉はいらない!!!一緒に帰ると約束したではないですか……帰って私の話を聞いてください……っっ、そうお願いしたではないですか!!!」
ごめんねぇ……そう小さく呟くと、私の意識が少しずつ薄れていく。
彼の顔をじっと眺めていると、エメラルドの瞳から流れる涙は美しく、まるで澄んだ湖の様だった。
そんな彼の涙へそっと手を伸ばすと、雫を指先で掬い上げた。
「エヴァンの話を……聞けなくて……ごめんなさい……っっ。約束を守れなくてごめん……。でもね……彼らをとめた事で……私の呪いも解けたのよ……。エヴァン……私の名前は……」
彼の耳元へそっと唇を寄せると、触れていた彼の温もりが消えていく。
あぁ……もう時間切れなのね……。
私は最後にニッコリと笑みを浮かべながら、彼にそっと手を翳す。
最後の力を振り絞り、胸元から魔力玉を取り出し一気に飲み干すと、魔法で乾いた土の上に、頭の中で描いた魔法陣を映していった。
そうして最後に……補充した魔力を全て集めると、時間移転の魔法を発動させる。
「待ちなさい!!やめろ!!!こんなの許しません……一緒に帰るんです!!!」
彼は私の手を掴もうと手を伸ばすが……温もりを感じることが出来ない、透けていく私の体に彼の手が触れることはない。
悲痛な表情をする彼に笑みを浮かべて見せる中、私の頬には涙が静かに伝っていた。
(今までありがとう、新しい世界で幸せになってね)
そう声をだそうと口を開くが……私の耳にもう何の音は届かない。
次第に彼の姿が霞んでいくと、私は全ての魔力を彼に放った。
「やめてください、いかないで下さい!!!嫌だ、いやだあああああ!!私は、私は……」
私は見えない彼の姿に手を振ると、そのまま意識を手放した。
そうして……
シルバーのリングが一つポツリと、渇いた土の上に残され……。
荒野には、二人の死体が並んでいる。
そんな死体を囲むように、渇いた土の上には美しい緑が芽吹き始めていた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる