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第五章
新章5:旅の頁
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ちょっと待って。
私がここへ来たのは……時空の狭間で用意された扉……。
という事は……時空の狭間を通れば、壁なんて関係なく、あの場所へ戻れる……?
ならもう一度時空の狭間へ行って……いえ無理だわ。
時空移転魔法を使うには、色々と足りないものが多すぎるし、それにリスクが高い。
あの魔法を使う為には、過去のイメージはもちろん強い意志が必要になる。
基盤とする目標が弱ければ、そして明確でなければ成立しない。
前回過去の世界へ行った際は、城で得た情報はもちろんだけれど……タクミからその世界の話を聞いていた事が大きい。
正しい世界に戻った今、過去がどういうふうに変わって、そして今どうなっているのかさっぱりわからない。
それに禁忌の魔法を使った事で、この街で捕まってしまえば……元も子もないわ。
ならやっぱり壁をどうにかしないと……。
とりあえずその壁を一度自分の目で見て考えましょう。
「ここからその……壁まで遠いのかしら?」
「この地図をみればわかるだろう。ここが最西端で、壁は最東端にある。陸地を渡れば……そうだなぁ、お前の足だと1、2年はかかるんじゃないか?もちろん旅に必要な資金を稼ぎながらになるな」
1、2年!?
彼の言葉に大きく目を見張ると、私は項垂れるように頭を抱えた。
嘘でしょう……、旅慣れなんてしていなし、移動手段は車なんてないし、きっと馬車……現実的に考えて無理よ……。
「あの……他に方法はないの?もっと簡単に行ける手段とか……」
「ないこともないが、それには金がかかる。お前金を持っているのか?」
カミールの言葉に、ローブの中を漁ってみると、過去の世界で指輪を売って手に入れた金貨50枚が頭を掠める。
あれ……そういえばあの金貨はどこへ行ったのかしら……。
それに……あの時くすねた宝石も……なくなっているわ。
あっ、そうか……過去を変えて未来が変わり、私の存在が一度消えたのだから……金貨50枚を貰った真実も、宝石を持っていた真実もなくなっているのね……。
導き出されたその事実に私は肩を落とすと、首を横に振った。
「お金はないわ……。ちなみにどれぐらい必要なの?」
「一番楽な方法は、船で最東端まで行くことだ。それなら一月もあればつくだろう。だが一人当たり最低でも金貨5枚はいるだろうなぁ」
金貨5枚……途方もなさそうね……。
こうなったら……魔法で何とかして突き進む……。
いやいや魔力に限界がある以上厳しいわ。
この街自体魔力が少ないし、他の街へ行って補充できるとは限らない。
万が一魔力玉が尽きてしまって、魔力切れでも起こせば……そこで終わりよ。
私ははぁ……とまた深いため息をつくと、がっくりと肩を落としながらに頭を垂れた。
そんな私の様子にカミールなぜかニヤリと口角を上げると、私の肩に手をのせる。
「なぁ、一つ提案がある。俺も丁度壁に行く用事が出来たんだ。金を出す代わりに、俺の仕事を手伝ってくれないか?お前の魔法があれば、簡単に稼げるだろ。その獣人のガキも一緒に連れて行きたのなら、それでも構わない。金を稼ぐ為の衣食住は、全て俺が賄ってやるよ」
そんな都合が良すぎる提案に嬉しさよりも疑わしさが先に来ると、私は恐る恐るにカミールへ視線をむける。
様子を覗う様にエメラルドの瞳をじっと見つめると、彼の笑みが深まっていった。
こんな怪しさ満載の私に……どうしてこれほど条件の良い案を……?
魔法を使えば楽に仕事が出来ると言っても、彼は今まで一人でそれをこなしてきたのだろう。
こんな得体のしれない女を連れて少し楽になったとしても、リスクの方が大きいはず。
なら何か裏があるのでしょうけれど……今の段階ではさっぱりわからないわね。
でもこんな願ってもない提案を断るのはもったいない。
私には魔法があるし、彼が何かを仕掛けてきても十分に抵抗できるわ。
魔法が知られていないのならば、魔法を封じる手段もないはずだしね。
「本当にいいの?」
意を決し声に出してみると、カミールコクリと深く頷いた。
その様子に私はシナンへと視線を向けてみると、握られた小さな手が震えていた。
「シナンも一緒に来る?」
そう問いかけてみると、シナンはパッと顔を上げ、何度も頷いて見せる。
ふわふわの尻尾が嬉しそうに揺れ、その姿に自然と頬が緩んでいくと、小さな手優しく握り返した。
「ちなみに……仕事ってどんなものなのかしら?」
「基本はギルドの依頼だ。あんたもギルドに登録すれば、依頼を受ける事が出来るが……ギルドに登録するには第一に身分証が必要だ。それをお前が持っているとは思えないが……」
身分証……。
そんなものあるはずがないわ。
だって私はこの世界の住人ではなかったし……。
彼の言葉に首を横に振って見せると、カミールはやっぱりなと言わんばかりに、得意げな笑みを浮かべ見せる。
「なら交渉成立だ。これから宜しく。俺はカミール、お前の名前は?」
なまえ……。
そっと自分の名前を口に出そうとすると、覚えのある熱が喉の奥に溢れ出す。
私は口を開いたままに固まると、喉を必死に抑え込んだ。
そうして何度もつばを飲み込みながらに落ち着かせると、ようやくこみ上げてきた熱が治まってくる。
あぁ……忘れていたわ……。
先に別の名前を考えておくべきだったわね。
何と答えようか迷っていると、カミールからまた大きなため息が漏れた。
「言いたくない……いや、忘れているのなら別に構わない」
そう話すと、カミールは私たちに背を向け、緑の芝生の上をゆっくりと歩き始めていった。
私がここへ来たのは……時空の狭間で用意された扉……。
という事は……時空の狭間を通れば、壁なんて関係なく、あの場所へ戻れる……?
ならもう一度時空の狭間へ行って……いえ無理だわ。
時空移転魔法を使うには、色々と足りないものが多すぎるし、それにリスクが高い。
あの魔法を使う為には、過去のイメージはもちろん強い意志が必要になる。
基盤とする目標が弱ければ、そして明確でなければ成立しない。
前回過去の世界へ行った際は、城で得た情報はもちろんだけれど……タクミからその世界の話を聞いていた事が大きい。
正しい世界に戻った今、過去がどういうふうに変わって、そして今どうなっているのかさっぱりわからない。
それに禁忌の魔法を使った事で、この街で捕まってしまえば……元も子もないわ。
ならやっぱり壁をどうにかしないと……。
とりあえずその壁を一度自分の目で見て考えましょう。
「ここからその……壁まで遠いのかしら?」
「この地図をみればわかるだろう。ここが最西端で、壁は最東端にある。陸地を渡れば……そうだなぁ、お前の足だと1、2年はかかるんじゃないか?もちろん旅に必要な資金を稼ぎながらになるな」
1、2年!?
彼の言葉に大きく目を見張ると、私は項垂れるように頭を抱えた。
嘘でしょう……、旅慣れなんてしていなし、移動手段は車なんてないし、きっと馬車……現実的に考えて無理よ……。
「あの……他に方法はないの?もっと簡単に行ける手段とか……」
「ないこともないが、それには金がかかる。お前金を持っているのか?」
カミールの言葉に、ローブの中を漁ってみると、過去の世界で指輪を売って手に入れた金貨50枚が頭を掠める。
あれ……そういえばあの金貨はどこへ行ったのかしら……。
それに……あの時くすねた宝石も……なくなっているわ。
あっ、そうか……過去を変えて未来が変わり、私の存在が一度消えたのだから……金貨50枚を貰った真実も、宝石を持っていた真実もなくなっているのね……。
導き出されたその事実に私は肩を落とすと、首を横に振った。
「お金はないわ……。ちなみにどれぐらい必要なの?」
「一番楽な方法は、船で最東端まで行くことだ。それなら一月もあればつくだろう。だが一人当たり最低でも金貨5枚はいるだろうなぁ」
金貨5枚……途方もなさそうね……。
こうなったら……魔法で何とかして突き進む……。
いやいや魔力に限界がある以上厳しいわ。
この街自体魔力が少ないし、他の街へ行って補充できるとは限らない。
万が一魔力玉が尽きてしまって、魔力切れでも起こせば……そこで終わりよ。
私ははぁ……とまた深いため息をつくと、がっくりと肩を落としながらに頭を垂れた。
そんな私の様子にカミールなぜかニヤリと口角を上げると、私の肩に手をのせる。
「なぁ、一つ提案がある。俺も丁度壁に行く用事が出来たんだ。金を出す代わりに、俺の仕事を手伝ってくれないか?お前の魔法があれば、簡単に稼げるだろ。その獣人のガキも一緒に連れて行きたのなら、それでも構わない。金を稼ぐ為の衣食住は、全て俺が賄ってやるよ」
そんな都合が良すぎる提案に嬉しさよりも疑わしさが先に来ると、私は恐る恐るにカミールへ視線をむける。
様子を覗う様にエメラルドの瞳をじっと見つめると、彼の笑みが深まっていった。
こんな怪しさ満載の私に……どうしてこれほど条件の良い案を……?
魔法を使えば楽に仕事が出来ると言っても、彼は今まで一人でそれをこなしてきたのだろう。
こんな得体のしれない女を連れて少し楽になったとしても、リスクの方が大きいはず。
なら何か裏があるのでしょうけれど……今の段階ではさっぱりわからないわね。
でもこんな願ってもない提案を断るのはもったいない。
私には魔法があるし、彼が何かを仕掛けてきても十分に抵抗できるわ。
魔法が知られていないのならば、魔法を封じる手段もないはずだしね。
「本当にいいの?」
意を決し声に出してみると、カミールコクリと深く頷いた。
その様子に私はシナンへと視線を向けてみると、握られた小さな手が震えていた。
「シナンも一緒に来る?」
そう問いかけてみると、シナンはパッと顔を上げ、何度も頷いて見せる。
ふわふわの尻尾が嬉しそうに揺れ、その姿に自然と頬が緩んでいくと、小さな手優しく握り返した。
「ちなみに……仕事ってどんなものなのかしら?」
「基本はギルドの依頼だ。あんたもギルドに登録すれば、依頼を受ける事が出来るが……ギルドに登録するには第一に身分証が必要だ。それをお前が持っているとは思えないが……」
身分証……。
そんなものあるはずがないわ。
だって私はこの世界の住人ではなかったし……。
彼の言葉に首を横に振って見せると、カミールはやっぱりなと言わんばかりに、得意げな笑みを浮かべ見せる。
「なら交渉成立だ。これから宜しく。俺はカミール、お前の名前は?」
なまえ……。
そっと自分の名前を口に出そうとすると、覚えのある熱が喉の奥に溢れ出す。
私は口を開いたままに固まると、喉を必死に抑え込んだ。
そうして何度もつばを飲み込みながらに落ち着かせると、ようやくこみ上げてきた熱が治まってくる。
あぁ……忘れていたわ……。
先に別の名前を考えておくべきだったわね。
何と答えようか迷っていると、カミールからまた大きなため息が漏れた。
「言いたくない……いや、忘れているのなら別に構わない」
そう話すと、カミールは私たちに背を向け、緑の芝生の上をゆっくりと歩き始めていった。
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