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第五章
閑話:遣い魔使い(カミール視点)
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男が消えたのを確認すると、俺は深いため息をつきながら、静かに裏路地を進んでいく。
くそっ……貴族に目を付けられたのは厄介だな。
一介の冒険者の俺では、貴族相手に正面から立ち向かうことは出来ない。
まぁ、あいつには魔法がある……。
俺ほどの実力者でもない限り、あの女なら逃げることは容易いだろう……。
だがとりあえず、面倒ごとが起きる前に、早くこの街から立ち去ったほうが賢明だな。
明日にでも船を手配するか……。
そんな事を考えながらに、裏路地を進んでいく中、ふと遣い魔の気配を感じた。
顔を上げ、気配を探るように辺りを見渡してみるが……シーンと静まり返った誰もいない通りには、何の変化もない。
注意深く神経を尖らせていると、突然に先ほどよりも強い遣い魔の力を感じた。
感じたその方向へ走っていくと、俺は狭い通路を勢いよく走り抜ける。
するとその先には真っ赤な大蛇に捕らえられた、彼女の姿が目に飛び込んだ。
唖然とする中、彼女は意識がないのだろうか……顔を青白くさせ、グッタリとしている。
俺はすぐさま短剣を取り出すと、自分の腕を切り付けた。
そのままセブンを呼び出すと、真っ赤な大蛇に向かって解き放つ。
そんな中、彼女の向かいにはローブの男の姿があった。
男の腕からは血が流れ、あの大蛇はあいつの遣い魔だとすぐに気が付く。
俺は背中から両手剣を抜きだすと、男の背中へ向かって素早く飛び掛かった。
その瞬間、男がこちらに気が付き振り返ろうとするが……その前に俺の剣先が男の背を捕らえていた。
「グゥ、ガアアアアッ」
汚い悲鳴が響く中、俺はそのまま剣を思いっきりに振りぬくと、真っ赤な血しぶきが辺りに飛び散っていく。
男はバタッと前のめりに倒れ込むと、痙攣したようにピクピクと体が動いていた。
そんな男を見下ろすと、土の上にはキラリと光る短剣が地面に転がっている。
徐に短剣へ手を伸ばすと、柄にはワリッドの家の紋章が描かれていた。
チッ、もう動きはじめているのか。
改めて虫の息の男へ視線を向けると、感じる魔力の量はそれほどに多くはない。
この程度あれば、あいつがやられるはずなどない……。
徐に顔を上げてみると、視線の先には土の上にはグッタリと横たわる彼女の姿が目に映る。
ゼブンは彼女の傍に寄り添うと、俺を呼ぶように鼻を鳴らしていた。
そんな様子に、は慌てて駆け寄ってみると、彼女は苦し気に顔を歪めながら、荒い息を繰り返している。
その姿に焦って彼女の体へ触れてみると、人の体温とは思えないほどに熱が帯びていた。
「あんた何をやってるんだ、大丈夫か!?魔法はどうした!」
「……ッッ、だっ……大丈夫なわけ……ない……はぁ、はぁ、でしょう……」
とぎれとぎれでも返ってくる返事に、俺はほっと胸をなでおろすと、セブンが俺の脚へとすり寄ってくる。
よくやったなと背中をなでてやると、ゼブンは嬉しそうに小さく鳴いた。
そんなゼブンを横目に俺は彼女の傍へしゃがみ込んでみると、首元に二つの小さな傷が目に映る。
その傷跡へ目を凝らしてみると、どうやら鋭い牙の痕ようだ。
これは……まさか噛まれたのか……?
そっと傷跡に手を伸ばすと、傷を確認するように首の皮を伸ばしてみる。
すると俺の手首からポタポタと生暖かい血が流れ、乾いた土を濡らす前にゼブンへ流れていった。
確か蛇の遣い魔には毒を持つ奴もいると聞いたことがある。
そっと傷跡に爪を立ててみると、彼女に痛がる気配はない。
麻痺系の毒か……だがこの異様に熱い身体も気になるな。
「チッ、これは厄介だな……あんた魔法はどうした?」
「……っっ、わからない……の……。魔法が効かなくて……。遣い魔……って一体なんなの……?はぁ、はぁ、……この子も遣い魔なの……?」
魔法が効かない?
だからあんな奴に捕らえられたのか。
いやそれよりも……どうして遣い魔の事を知っているんだ?
言葉が頭の中で反芻する中、彼女の息は次第に弱くなっていく。
まずいな……とりあえず、家に戻るか。
俺は彼女の体を持ち上げると、その体は思っていた以上に軽い。
こいつちゃんと食べているのか?
眉を潜めながら、見下ろす様に視線を向けてみると、彼女は恥ずかしそうに顔が赤く染まっていた。
熱を帯びているからだろうか……憂いを帯びた視線に……漆黒の瞳に思わず魅入る。
すると彼女は弱弱しく俺の胸に顔を寄せたかと思うと、そのままゆっくりと瞳を閉じ、腕に身を任せるように力を抜いていった。
その姿になぜか胸の奥から何とも言えない感情がこみあげてくる。
ひたすらに前を向き、なんでも一人でこなそうとするいつもの彼女とは違う……珍しく弱った姿を見たからだろうか……。
俺に寄り添うその姿は、普通の女と変わらない。
戦うこともできない、か弱い女。
じっと深く息を繰り返す彼女の寝顔を眺めていると、ふと遣い魔の気配を微か感じた。
ハッと振り返ると、倒れていた男の姿が消えている。
その様子に俺は急いで駆け出すと、家路へと急いでいった。
家に着くと、彼女を部屋へ運び、ベッドへと寝かしつける。
するとベッドサイドでは、グッタリとした彼女の姿に、シナンが顔面蒼白に泣きそうな表情を浮かべた。
「シナン、こいつの事は任せる。俺は医者を探してくる。家の外には俺の遣い魔を離してあるが……誰が来ても絶対扉を開けるな。わかったな」
そうシナンに言い聞かせると、俺は急いで街へと向かっていった。
******************************************
200話を超え、まだまだ5章は続きそうです。
改めまして、ここまでお読み頂きありがとうございました。
【名の売れた魔法使い】はここまでとなります。
次話よりシナンメインの新章スタートです(*'ω'*)
(ルーカスの登場もありますよ♪)
くそっ……貴族に目を付けられたのは厄介だな。
一介の冒険者の俺では、貴族相手に正面から立ち向かうことは出来ない。
まぁ、あいつには魔法がある……。
俺ほどの実力者でもない限り、あの女なら逃げることは容易いだろう……。
だがとりあえず、面倒ごとが起きる前に、早くこの街から立ち去ったほうが賢明だな。
明日にでも船を手配するか……。
そんな事を考えながらに、裏路地を進んでいく中、ふと遣い魔の気配を感じた。
顔を上げ、気配を探るように辺りを見渡してみるが……シーンと静まり返った誰もいない通りには、何の変化もない。
注意深く神経を尖らせていると、突然に先ほどよりも強い遣い魔の力を感じた。
感じたその方向へ走っていくと、俺は狭い通路を勢いよく走り抜ける。
するとその先には真っ赤な大蛇に捕らえられた、彼女の姿が目に飛び込んだ。
唖然とする中、彼女は意識がないのだろうか……顔を青白くさせ、グッタリとしている。
俺はすぐさま短剣を取り出すと、自分の腕を切り付けた。
そのままセブンを呼び出すと、真っ赤な大蛇に向かって解き放つ。
そんな中、彼女の向かいにはローブの男の姿があった。
男の腕からは血が流れ、あの大蛇はあいつの遣い魔だとすぐに気が付く。
俺は背中から両手剣を抜きだすと、男の背中へ向かって素早く飛び掛かった。
その瞬間、男がこちらに気が付き振り返ろうとするが……その前に俺の剣先が男の背を捕らえていた。
「グゥ、ガアアアアッ」
汚い悲鳴が響く中、俺はそのまま剣を思いっきりに振りぬくと、真っ赤な血しぶきが辺りに飛び散っていく。
男はバタッと前のめりに倒れ込むと、痙攣したようにピクピクと体が動いていた。
そんな男を見下ろすと、土の上にはキラリと光る短剣が地面に転がっている。
徐に短剣へ手を伸ばすと、柄にはワリッドの家の紋章が描かれていた。
チッ、もう動きはじめているのか。
改めて虫の息の男へ視線を向けると、感じる魔力の量はそれほどに多くはない。
この程度あれば、あいつがやられるはずなどない……。
徐に顔を上げてみると、視線の先には土の上にはグッタリと横たわる彼女の姿が目に映る。
ゼブンは彼女の傍に寄り添うと、俺を呼ぶように鼻を鳴らしていた。
そんな様子に、は慌てて駆け寄ってみると、彼女は苦し気に顔を歪めながら、荒い息を繰り返している。
その姿に焦って彼女の体へ触れてみると、人の体温とは思えないほどに熱が帯びていた。
「あんた何をやってるんだ、大丈夫か!?魔法はどうした!」
「……ッッ、だっ……大丈夫なわけ……ない……はぁ、はぁ、でしょう……」
とぎれとぎれでも返ってくる返事に、俺はほっと胸をなでおろすと、セブンが俺の脚へとすり寄ってくる。
よくやったなと背中をなでてやると、ゼブンは嬉しそうに小さく鳴いた。
そんなゼブンを横目に俺は彼女の傍へしゃがみ込んでみると、首元に二つの小さな傷が目に映る。
その傷跡へ目を凝らしてみると、どうやら鋭い牙の痕ようだ。
これは……まさか噛まれたのか……?
そっと傷跡に手を伸ばすと、傷を確認するように首の皮を伸ばしてみる。
すると俺の手首からポタポタと生暖かい血が流れ、乾いた土を濡らす前にゼブンへ流れていった。
確か蛇の遣い魔には毒を持つ奴もいると聞いたことがある。
そっと傷跡に爪を立ててみると、彼女に痛がる気配はない。
麻痺系の毒か……だがこの異様に熱い身体も気になるな。
「チッ、これは厄介だな……あんた魔法はどうした?」
「……っっ、わからない……の……。魔法が効かなくて……。遣い魔……って一体なんなの……?はぁ、はぁ、……この子も遣い魔なの……?」
魔法が効かない?
だからあんな奴に捕らえられたのか。
いやそれよりも……どうして遣い魔の事を知っているんだ?
言葉が頭の中で反芻する中、彼女の息は次第に弱くなっていく。
まずいな……とりあえず、家に戻るか。
俺は彼女の体を持ち上げると、その体は思っていた以上に軽い。
こいつちゃんと食べているのか?
眉を潜めながら、見下ろす様に視線を向けてみると、彼女は恥ずかしそうに顔が赤く染まっていた。
熱を帯びているからだろうか……憂いを帯びた視線に……漆黒の瞳に思わず魅入る。
すると彼女は弱弱しく俺の胸に顔を寄せたかと思うと、そのままゆっくりと瞳を閉じ、腕に身を任せるように力を抜いていった。
その姿になぜか胸の奥から何とも言えない感情がこみあげてくる。
ひたすらに前を向き、なんでも一人でこなそうとするいつもの彼女とは違う……珍しく弱った姿を見たからだろうか……。
俺に寄り添うその姿は、普通の女と変わらない。
戦うこともできない、か弱い女。
じっと深く息を繰り返す彼女の寝顔を眺めていると、ふと遣い魔の気配を微か感じた。
ハッと振り返ると、倒れていた男の姿が消えている。
その様子に俺は急いで駆け出すと、家路へと急いでいった。
家に着くと、彼女を部屋へ運び、ベッドへと寝かしつける。
するとベッドサイドでは、グッタリとした彼女の姿に、シナンが顔面蒼白に泣きそうな表情を浮かべた。
「シナン、こいつの事は任せる。俺は医者を探してくる。家の外には俺の遣い魔を離してあるが……誰が来ても絶対扉を開けるな。わかったな」
そうシナンに言い聞かせると、俺は急いで街へと向かっていった。
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200話を超え、まだまだ5章は続きそうです。
改めまして、ここまでお読み頂きありがとうございました。
【名の売れた魔法使い】はここまでとなります。
次話よりシナンメインの新章スタートです(*'ω'*)
(ルーカスの登場もありますよ♪)
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