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第三章
42心の残り
しおりを挟む仲違いをしたまま邸を出てからエスターは心配していた。
跡継ぎとしてではなく箱入りとして育ったランドルフはこの先どう生きるのか。
商人として必要なのは財力ではない。
信用が何より大切だったが自分の利益を最優先するライアンがちゃんと教えているだろうか。
商人でなくとも他人からの信頼は絶対に必要で、もしエスターがいなくなり、これまで懇意に付き合っていた商人から見放された時どう生きるか。
爵位を返上させられ王都から追い出された時も心配はしていた。
ミリアを侮辱した母は許せなかったが、ライアンの事は気にしていた。
「ずっと気になっていました」
「貴方は本当にお優しい方ですわね。私だったら適当に豚箱に入れて監視して世間の邪魔にならないようにしますわ」
「カナリア、君はどれだけ真っ黒なんだ」
「多少の腹黒が無くては女官は務まりませんわよ」
「多少じゃないだろ」
この場でいう事じゃない!と涙を拭きながら訴えるエンディミオンだったがエスターがここまで思う必要はないと内心で思っていた。
「ランドルフをあのような男にしたのは私も原因があるのです」
「そんな、貴方の所為では…」
「跡継ぎになることはなく、役割が無かった事です」
「だからと言って貴方が責任を感じる必要はありません。貴方がいなくなった後彼が何をしました?」
「ええ…だからもう一度。もう一度だけ言葉をかけようと思います」
これで届かないならば最後と思った。
だが…
「いい加減に何度言ったら覚えるんだ」
「本当に使えないな。本当に元貴族か?」
「何だと!失礼な…」
「口先だけは一人前だな。貴族ってのは楽勝だな」
「ふざけるな!俺はこんな所でいるような人間じゃない…本当は!」
今のランドルフに言葉をかけたとしても胸に響く事はないかもしれない。
過去に縋り現実から目をそらし続けるランドルフに更生の余地はないかもしれない。
「ハッ、何時まで貴族の生活を忘れられないのかよ」
「過去の栄光に縋るなんて馬鹿がする事だ」
「何だと!」
口論がヒートアップする中。
「何してやがる!仕事中だぞ」
「副料理長!」
「早く仕事場に戻れ!ランドルフ、お前も先輩に対する口の利き方を改めろ」
「ですが…」
素直に受け入れることができないランドルフはだまったままだった。
「もう良い、仕事に戻れ」
「はい」
結局その後もエスターは声をかけることができなかった。
そして最悪の事態が起きるのだった。
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(他エブリスタ様に投稿・エブリスタ様にて佳作受賞作品)
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