聖女と魔女

蘭爾由

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02.聖女の証明

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生きていれば誰にでも後悔することの一つや二つ、やり直したいこと、無かったことにしたい失敗ぐらいあるだろう。

もしもその後悔を他人に押し付けることが出来たなら。

それは悪魔か、はたまた厄災か。


学び、証明し、道を作る。

聖女は祈りにより祝福を授かる。

「聖女」の祝福を授かったならば朝晩の祈りと、歴代聖女が残した奇跡の歴史について学び、自分が授かった奇跡の力を模索しながら証明し、自分がこれから歩む奇跡を後世に残す。

愛され聖女は一日にして成らず。

魔女はその血に宿る力を祝福により知る。

稀有な「魅了」ならば刹那に呪われた力を知って引き篭もったルフィーリアのように。

降りかかる厄災は子々孫々の数に及び、得られる対価を選んで使命を成す。


「聖女には悪魔が、魔女には厄災が引き寄せられると伝えられている。」
そう言って皇后は視線を一度、侍女長に向ける。

侍女長の導きで、騎士が古い箱をうやうやしく運んで来る。

「貴方に預けたいものがあります。」
皇后は穏やかな視線でソフィーリアを見た。

ソフィーリアは緊張を隠せず指が強張り、ピクリと肩を揺らしてしまう。

決まった祭事でのみ皇帝と皇后だけが触れる事を許される剣璽が入った箱が一つ、皇后の手元に運ばれて来た。

「八咫鏡が入っています。」

「いけません、皇后陛下。私はこの国を見捨てる者です、この国の剣璽を預かるなど」

皇后はソフィーリアが出来ませんと断る前に「貴方には」と口を挟んだ。

「貴方には、恥を忍んでお願いしてきました、愚かな我が子に正しき皇帝の道を示せるのは貴方だけだと信じて。うたかたに消え去る、子を想う母の願いの儚さに比べてお前……ソフィーリア、聖女の祝福を証明したと報告を受けました。」

感情が口に出て「お前ごときが」と言いかけた皇后はギリと歯を食い縛り、ソフィーリアの名を強く発した。

我慢をやめたソフィーリアの表情には少しのかげりもない。

皇后はこの名を口にするのも今日が最後かと思い、ソフィーリアは皇后との決別をハッキリと意識した。

愚かな我が子……やはり皇后陛下は殿下の愚行を知っていて、あのように責めたのね。ノラック息女の魔法学院通学初日、ソフィーリアは皇后に呼び出され叱責された事を思い出した。

「本物だわ!ジャックとソフィーリアって本当にこの世に存在していたのね!」そう叫んで私と殿下が並んで登校する目の前に立ち塞がったノラック男爵息女。殿下は、吹き出すように笑った。お前、面白いな、と。あの日、あの時、全てが動き出したのだ。運命が、カラクリが回るように。

あの日のように今日も、騎士を使って私を無理矢理呼び寄せたのよね、私の都合など一切気遣うこと無く。
「一番に報告できず申し訳ございません。」
ソフィーリアは皇后との決別を謝罪する。

あの日、皇后は言った。
男が付け上がるのは女が至らないからだ。
お前がしっかりしないからジャックが恥をかく、全てはお前のせいだ、と。

そして私が亡命する直前でさえ、皇后は目の前の小娘に、お前のせいだと言う。

「貴方を利用し続けた者の末路よ、むくいを見届ける義理は……今の貴方にはありません。」

愚かな息子とその母が迷惑をかけたが、義理とはいえ娘になるはずだったソフィーリアが我慢していれば全て上手くいったのに……そんな無責任な言い訳に聞こえて、ソフィーリアは溜め息を我慢する。皇后の為ではなく、自身の矜持の為に、決意を秘めた瞳で。

皇后はといえば、何とか謝らなくても済む言葉選びが癖になっていて、それが謝罪になっていないことにも気付けずにいる。

皇后としてではなく一人の母として愚息の未来を憂い、甘やかしてしまった末路だが後悔は無い。それは全てソフィーリアのせいなのだから。ただ、他の道は無かったのかと問われれば返す言葉もないことに、さめざめと泣きながらその姿に皇帝の同情も得られず、引くに引けず、泣き続けた昨夜の我が身を思い出していた。

皇后として皇太子を育てるべきだった。今更に虚しい溜め息しかこぼれないが、目の前にいるのは、もう我が娘になる令嬢ではない、強い意志で聖女の祝福を証明したこの国の公爵令嬢だ。

聖女は愚息を切り捨て隣国シャングリラに亡命することが決まっている。亡命ではあるが聖女の瑕疵にならぬよう、私の知らぬところでシャングリラと以前から交渉が続けられていたと、皇帝から知らされたのも昨夜。

昨夜の皇帝の声には温度は無く、お前が決めろと吐き捨てられた言葉にようやく皇后は気付く。国を捨て愚息と共に落ちるのは私なのかと。愚息を切り捨てるのは、私なのだと。

まだこの女に言ってやりたい事はある、あるがその全ての言葉が自分に返ってくる気がしてならない。冷静ではいられない頭でぐるぐると何度考えてもいい答えは見つけられなかった。

ならばせめて、この聖女の同情を引き出せればといたった皇后の思考に、謝罪の言葉はひとつとして浮かばなかった。

「我が国の聖女に長旅で苦痛を強いるべきではない。この国で八咫鏡が使えるのは聖女だけなのだし、あちらへ行ってもいつでもこの国に戻って来られるように、貴方が持っていて。」

「……皇后陛下のおぼしとあらば、シャングリラからそのように叶えられるよう尽力致しとうございます。」
ソフィーリアは頷き、騎士はソフィーリアの目の前に箱を移動した。

この国を去るソフィーリアの為に、最後に皇后として慈悲と、最後まで厄介な我儘を押し付ける、アトレスリーズ帝国皇后陛下のささやかな意趣返しだったが、ソフィーリアは毅然として対応を返した。

いつでも帰って来いという皇后に、シャングリラの国民として両国の国益となるよう尽力すると返したソフィーリア。

そこにソフィーリアからの慈悲はこれっぽちもないのだが、皇后は見たくないものは見たいように見る。

そう例え、聖女に引き寄せられた悪魔の一人が皇后であると、誰に指摘されようと絶対にその問いに向き合うことは無い。後悔はあれど選択肢を間違えた程度。反省の言葉は、次は間違えないようにしましょうと心で呟きながら、皇后は微笑んだ。

ニコニコと微笑む皇后に、我慢をやめたソフィーリアの冷めた瞳は、どのように映っているのだろうか。

二人の意思疎通がなされていない状況に、子供のラクガキのような顔で侍女と騎士は感情を消して立っていた。
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