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第4話 家政婦さんをお願いする日
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第4話 家政婦さんをお願いする日
昼の光がカーテン越しに柔らかく差し込み、テーブルの上に散らばったポテチの粉を照らしていた。
その光景を見た瞬間、胸の奥でカチリと小さな決意が鳴った。
——ここで私が潰れる必要、どこにもない。
義妹の明美は、寝転んだままスマホをいじっている。
義母はテレビに夢中で、リモコンを握った手が油でぎらついていた。
夫はソファに陣取り、足を投げ出して伸びをする。
「夕飯、何時?お腹すいたんだけど」
夫のその軽い声に、私は穏やかに微笑んだ。
その微笑みは、誰にも“嵐の前触れ”だと悟らせない。
「そうね。ちょっとその前に——電話一本だけさせて?」
「ん? 誰に?」
夫は気にも留めないままテレビを眺めている。
私はゆっくりとスマホを取り出し、登録していた番号を押した。
「もしもし、いつもお世話になっております。
はい、椿フーズの○○です。
急で申し訳ないのですが……家政婦さん、今週からお願いできますか?」
静江と明美が同時に振り返った。
「えっ?」
「家政婦?」
私は柔らかく微笑んだまま、何も動揺しない声で続ける。
「はい。うちは今、家族が増えて家事が大変でして。
プロの力を借りようと思いますの」
受話器から「かしこまりました」という丁寧な声が返ってきた後、私は言った。
「請求先なのですが——あ、この住所ではなくて。
主人・市村和成の携帯番号に毎月の明細を送ってください。
ええ、“家族のため”ですから。」
その瞬間、夫の顔から血の気が引いた。
「……は? ちょっと待て、なんで俺なんだよ!」
義妹が言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ?家政婦ってお金かかるんでしょ!?
そんなの必要ないって!」
義母も続く。
「あんた、嫁なんだから家事やるの当たり前でしょ!
何よ、家政婦なんて……」
私はその言葉を途中で止めた。
声を荒げる必要はない。
淡々と、事実だけを置いていく。
「家事は、女の仕事なんでしょう?」
私は夫に視線を向けた。
夫の喉が、ゴクリと鳴った。
「お前……それは……その……」
「あなたの“家族”が増えたんだから、
あなたが責任を持って。
私は社長で忙しいんだから、家のことはあなたの担当でしょ?」
静江の顔が引きつる。
「ちょっと!私はそんなつもりで——」
「ええ、義母さん」
私はやわらかく微笑む。
その笑みが、一番怖いときがあることを彼女はまだ知らない。
「同居すると決めたのは“息子さん”です。
義母さんでも私でもありませんよね?」
リビングが一瞬で静まり返った。
テレビの音が妙にうるさく跳ね返る。
コーヒーの香りが、まるで勝利の匂いのよう。
「だから私は——負担を減らすために家政婦さんを雇います。
そして請求書は、“家族の代表である夫”に。」
夫は半泣きのような顔になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれって……
そんなの、聞いてねえよ……」
私は優しく言った。
「あなたたちが“うちの家族”として住む以上——
責任は、あなたたちのお財布が負うべきでしょう?」
静江と明美が顔を見合わせる。
「私たち、そんなつもりじゃ……」
「ただ住ませてもらおうと……」
私は首をかしげた。
「ただ住む?
家事をしない、生活費を払わない、掃除も洗濯も全部私任せ?
ねぇ、それ……」
「……“家族”じゃなくて“宿泊客”じゃない?」
二人の顔が真っ青になった。
夫は焦りまくって叫ぶ。
「だからって家政婦はやりすぎだろ!!」
「なんで俺が払うんだよ!」
「頼むから勝手に決めるなよ!!」
私はやわらかく笑った。
「勝手に決めたのは——
あなたが“家族三人の同居”を私に相談せずに始めた日からよ?」
——完全な論破。
そのまま、スマホを耳から離して言った。
「では、来週の月曜からお願いします。
はい、よろしくお願いします。」
通話終了。
私は夫の震える声を無視して、ゆっくりテーブルを片付け始めた。
その手は、もう怒りで震えない。
むしろ落ち着いていた。
胸の奥で静かに思う。
——反撃は、“静けさから始まる”ものだ。
昼の光がカーテン越しに柔らかく差し込み、テーブルの上に散らばったポテチの粉を照らしていた。
その光景を見た瞬間、胸の奥でカチリと小さな決意が鳴った。
——ここで私が潰れる必要、どこにもない。
義妹の明美は、寝転んだままスマホをいじっている。
義母はテレビに夢中で、リモコンを握った手が油でぎらついていた。
夫はソファに陣取り、足を投げ出して伸びをする。
「夕飯、何時?お腹すいたんだけど」
夫のその軽い声に、私は穏やかに微笑んだ。
その微笑みは、誰にも“嵐の前触れ”だと悟らせない。
「そうね。ちょっとその前に——電話一本だけさせて?」
「ん? 誰に?」
夫は気にも留めないままテレビを眺めている。
私はゆっくりとスマホを取り出し、登録していた番号を押した。
「もしもし、いつもお世話になっております。
はい、椿フーズの○○です。
急で申し訳ないのですが……家政婦さん、今週からお願いできますか?」
静江と明美が同時に振り返った。
「えっ?」
「家政婦?」
私は柔らかく微笑んだまま、何も動揺しない声で続ける。
「はい。うちは今、家族が増えて家事が大変でして。
プロの力を借りようと思いますの」
受話器から「かしこまりました」という丁寧な声が返ってきた後、私は言った。
「請求先なのですが——あ、この住所ではなくて。
主人・市村和成の携帯番号に毎月の明細を送ってください。
ええ、“家族のため”ですから。」
その瞬間、夫の顔から血の気が引いた。
「……は? ちょっと待て、なんで俺なんだよ!」
義妹が言う。
「ちょ、ちょっと待ってよ?家政婦ってお金かかるんでしょ!?
そんなの必要ないって!」
義母も続く。
「あんた、嫁なんだから家事やるの当たり前でしょ!
何よ、家政婦なんて……」
私はその言葉を途中で止めた。
声を荒げる必要はない。
淡々と、事実だけを置いていく。
「家事は、女の仕事なんでしょう?」
私は夫に視線を向けた。
夫の喉が、ゴクリと鳴った。
「お前……それは……その……」
「あなたの“家族”が増えたんだから、
あなたが責任を持って。
私は社長で忙しいんだから、家のことはあなたの担当でしょ?」
静江の顔が引きつる。
「ちょっと!私はそんなつもりで——」
「ええ、義母さん」
私はやわらかく微笑む。
その笑みが、一番怖いときがあることを彼女はまだ知らない。
「同居すると決めたのは“息子さん”です。
義母さんでも私でもありませんよね?」
リビングが一瞬で静まり返った。
テレビの音が妙にうるさく跳ね返る。
コーヒーの香りが、まるで勝利の匂いのよう。
「だから私は——負担を減らすために家政婦さんを雇います。
そして請求書は、“家族の代表である夫”に。」
夫は半泣きのような顔になっていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれって……
そんなの、聞いてねえよ……」
私は優しく言った。
「あなたたちが“うちの家族”として住む以上——
責任は、あなたたちのお財布が負うべきでしょう?」
静江と明美が顔を見合わせる。
「私たち、そんなつもりじゃ……」
「ただ住ませてもらおうと……」
私は首をかしげた。
「ただ住む?
家事をしない、生活費を払わない、掃除も洗濯も全部私任せ?
ねぇ、それ……」
「……“家族”じゃなくて“宿泊客”じゃない?」
二人の顔が真っ青になった。
夫は焦りまくって叫ぶ。
「だからって家政婦はやりすぎだろ!!」
「なんで俺が払うんだよ!」
「頼むから勝手に決めるなよ!!」
私はやわらかく笑った。
「勝手に決めたのは——
あなたが“家族三人の同居”を私に相談せずに始めた日からよ?」
——完全な論破。
そのまま、スマホを耳から離して言った。
「では、来週の月曜からお願いします。
はい、よろしくお願いします。」
通話終了。
私は夫の震える声を無視して、ゆっくりテーブルを片付け始めた。
その手は、もう怒りで震えない。
むしろ落ち着いていた。
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——反撃は、“静けさから始まる”ものだ。
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