『勝手に同居して嫁いびりした夫一家の末路』

春秋花壇

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第9話「家事放棄の証拠」

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第9話「家事放棄の証拠」

 朝。
 キッチンの床に踏みつけられたポテトチップスのかけらが散らばっていた。
 油のにおいと、昨夜のまま放りっぱなしの皿に残った醤油の酸化した匂いが混じり合い、
 空気全体がくぐもっていた。

 私はゆっくりとスマホをスウェットのポケットに入れる。
 録画ボタンはもう押してある。
 画面に小さく点滅する赤いマークだけが、私の味方だった。

 義母がリビングのソファに深く沈んで言う。

 「アンタ、掃除機まだ?
 床、汚いんだけど?」

 その声には、
 “私の家の住人ではない”という自覚がまるでなかった。

 義妹が、スナック菓子の袋をわざとらしくガサガサさせながら笑う。

 「ほんと、嫁って便利だよね~。
 掃除も洗濯もタダでやってくれるしさ」

 袋の中から飛んだ粉が、私の足元にパラパラ落ちた。
 その乾いた音で、録画がしっかり拾ったと確信する。

 私は振り返らず、静かに食器を並べる。
 食器の縁が触れ合う軽い音が、逆に冷静さを際立たせてくれた。

 夫がテーブルに足を乗せたまま、
 リモコンをいじりながら言う。

 「いいじゃん別に。
 俺の家なんだから、俺の家族が住んで何が悪いんだよ。
 嫁は黙ってサポートしとけよ」

 その言葉が空気を切るように響いた。

 義母が追い打ちをかける。

 「そうよ。
 この家は将来うちの家系のものになるんだから、
 あんたは“嫁の義務”を果たしなさいよ」

 テレビの音、義妹の笑い声、
 ソファに沈む夫のだらしない姿、
 床に広がる菓子粉——
 全部が、この家の腐敗を象徴していた。

 私は、静かに、まばたき一つせずに言った。

 「——そう。よく分かったわ」

 義妹があざけるような声を出す。

 「何が?
 まさか怒ってる?
 嫁のくせに掃除して当然でしょ?」

 私は振り返り、にこりと微笑んだ。
 その笑みを見た義妹が、一瞬だけ動きを止めた。

 「……ありがとう」

 義妹が眉を寄せる。

 「は?」

 私は声の温度を変えずに続けた。

 「ありがとう。
 証拠が揃ったわ」

 義母がソファから身を乗り出す。

 「何よ、その言い方」

 夫も、リモコンを持った手を止めた。

「おい、お前——何企んでんだ?」

 私は淡々と、しかし確実に彼らの心をざわつかせる声で答える。

 「企む必要なんてないわ。
 あなたたちが“勝手に”言ってくれたでしょう?
 掃除は嫁の義務、家は夫のもの、家族を養え、って」

 義妹が言い返そうとして、詰まった声を漏らした。

 「なにそれ……?」

 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

 ピンポーン。

 静かな空気が揺れる。
 義母が何か言いかける前に、私は軽やかな足取りで玄関へ向かった。

 ドアを開けると、
 淡いピンクのシャツを着た女性が深く頭を下げた。

 「失礼いたします。
 家事代行サービス《メルティリーフ》の早番スタッフです。
 本日より、三交代制で入らせていただきます」

 背後から、義妹の叫び声が響く。

 「はぁ!?
 何勝手に家政婦なんて!」

 義母も立ち上がる。

 「そんな無駄遣いして……家計どうするつもりよ!」

 夫が怒鳴る。

 「勝手に呼ぶなよ!
 誰が金払うんだ!」

 私は振り返り、夫の目を真っ直ぐ見据えた。

 「あなたよ」

 夫の顔から血の気が引くのが分かった。

 「……は?」

 私は静かに微笑み、
 スマホを夫の目の前に掲げた。

 「あなたに“報告・連絡・相談”は欠かさないって決めたので。
 さっき、家政婦三交代制の見積もり……
 あなたの会社メールに送っておいたわ」

 夫が目をむく。

 義妹が絶叫する。

 義母が口をぱくぱくさせる。

 私は最後にひとことだけ言った。

 「今日から私は——あなたたちの“召使い”じゃない。」

 その瞬間、
 台所に漂っていた油の匂いも、
 床の菓子粉も、
 義母たちの怒号も、
 すべてがもうどうでもよくなった。

 反撃は、静かに、完璧に動き始めた。

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