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四投目
滉大智夫婦
しおりを挟む「いただきます!」
調理開始から約50分。待ちに待ったこの時が、ついにやってきた。
目の前にあるのは、班のみんなで協力し、一から作ったオムライス。卵がいい感じにとろっとろで、見るからに美味しそうな出来になっている。
加えて、熱々の証拠である湯気に乗って漂うデミグラスのいい匂いに、さっきからお腹が鳴りそうなのを我慢していたんだ。
ということで……。では早速、とスプーンを右手で掴む。
まずはサラダから? いーや、やっぱりここはオムライスからでしょ。
「唯川くんって、料理できたんだね」
一口分すくい上げたところで、女子の一人がそんなことを言い出した。
「卵で包むの上手でびっくりしちゃった」
「私もー」
え、もしかして俺褒められてんの?
正直こういうのは慣れていなくて、どう返すのが正解かわからない。
そわそわするというか、くすぐったいというか。ちょっとニヤけてる自分を自覚し、何とも言えない気持ちになる。
「……んな、大したことねーよ」
俺はひとまず気恥ずかしさを誤魔化すようにそう言って、パクッとオムライスを口に運んだ。
──実を言うと、俺にとって料理は一応、できる部類に入るものだったりする。
俺が幼い頃、両親は共働きで。急な仕事で二人とも帰りが遅くなる日は、俺が晩ご飯を作るなんてこともあった。歳の離れた妹と、俺の分。そのおかげで、自然と簡単なものは作れる程度になった、というわけだ。
……でも、本当にそれだけというか──。
なあ? と右隣に振ろうとして、やめた。
〝裏切り者〟
そんな文字が、メガネの奥の瞳に滲み上がっていたからだ。
「なんで言わなかった」
「……別に、特技ってほどでもねーし」
「したことありませんって顔してた」
「してねーよ」
「してましたー」
わーんと泣き真似をする龍馬につい苦笑いを浮かべる。
だいたい、このレベルでできるとか言ったら恥ずいじゃん。せめて、滉大くらいじゃねぇと──。
「……っ!」
ばちっと火花が散ったみたいだった。
おそらく一瞬ぶつかり合った視線。
──今、滉大もこっち見てた?
乱れる頭の上に「へぇ」と声が落とされる。
「たしかに大智のオムライス綺麗じゃん」
え──?
滉大!? と思わず叫びそうになったのを、すんでのところで呑み込んだ。
振り向けば濃い茶髪の男が覗き込むような形で俺の皿を見つめている。
──なんで来たんだ?
驚いているそのうちに、龍馬が「だろー」となぜか自慢げに答えた。
俺は咄嗟に後に続いて口角を上げる。
「まあ、滉大よりは劣るけどな」
「いや、俺のより美味そう」
「それは盛りすぎな」
……よかった。なんとかいつも通り返せた。
笑みを浮かべながらほっと一息ついた、その時。
「唯川のオムライスヤバいってマジ?」
「俺にも見せろよ大智ー」
「俺も俺もー」
どこからかあがった声に呼応するように、複数の男子生徒たちが半円状態で囲い込んだ。
俺の、食べかけのオムライスを。
なんとも滑稽な状況だが、さすがは男子高校生の悪ノリ。ノリがノリを生んでノリノリになる。
「いや~まず卵の艶が違うねぇ」
「見事な造形美」
「唯川シェフ渾身の一品!」
そんな料理評論家ごっこが終わったかと思えば、今度はこれだ。
「俺、唯川みたいな奥さんほしーわ」
「わかるわ~」
どこがだよ。俺だったらもっと可愛い奥さんがいいよ……!
堪らぬ羞恥心に口を開いたものの、他の誰かに先を越されて反論できなかった。それも、今一番参戦してほしくないあの人に。
「残念。大智は誰にもやんねーよ」
「ちょっ……!」
おい滉大、お前は出てくるんじゃない!
そんな願いも虚しく、遊び心に火がついたらしい滉大は止まらない。
「コイツの恋女房は俺って決まってるからな」
そう言って滉大が俺の肩を抱くと、途端にひゅ~と歓声が巻き起こった。きゃーっという悲鳴も聞こえたような気もする。
「な、大智?」
本来ならば、ここで「やだ、人前で~」とか言って乗っかるべきなのだろう。いつもの俺ならきっとそうしてた。
だが、できなかった。
「……っ、うん」
さっきからまた、心臓が壊れだしたんだ。
「そうだった、こいつらバッテリーじゃん」
「よっ滉大智夫婦」
「末永くお幸せに!」
落ち着け、俺。
こんなんよくある野球ジョークじゃねえか。
変なとこノリいい滉大のことだし、きっと今回もそれなんだとはわかってる。
だけど、
『大智は誰にもやんねーよ』
今そんなこと言われたら、どうしても思ってしまう。
大切なものを守るみたいに肩に触れられたら、すぐには打ち消せなくなる。
──やっぱり滉大は俺のこと、好きなんじゃないか? って。
鳴り止まない鼓動と、続く囃子の音。
このあと食べた残りのオムライスの味がしなかったのは、言うまでもない。
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