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四投目
大智が好き
しおりを挟む顔を背けようにも、滉大のごつごつとした両手によってがっちりと固定されているため動かせない。
そう──滉大はいきなり俺の顔を掴み、強引にも自分の方へ向かせたんだ。
それから数秒後、遅れて緊張のようなものが全身を走った。
どうしよう。今までどんな顔してこの黒を見ていたかなんて、忘れてしまった。
何も言えずにただ目線を彷徨わせているとぽつり、そんな俺にアイツが尋ねるように言った。
「……なあ。元気ないの、俺のせい?」
「え?」
「答えて」
ずいっと顔を近づけられる。
「俺のせい?」
さっきまでとは違う、真剣な声だった。
けれどその瞳は、強く詰め寄ってきたくせにどこか不安げに揺れている。
もしかしてこいつ、俺の態度がおかしいことに気づいて……。
「ちげーよ。……ただ、最後の夏だってことを改めて実感しただけ。ナイーブなんだよ、俺は」
あえて明るく笑い飛ばすような調子で答えた。なんとなく、安心させたかったのかもしれない。
実際に、嘘でもないしな。滉大のことでモヤモヤとした日々を過ごしてはいたのは事実だが、それとこれとは話が別。
「……なんだ」
小さな呟きのような声とともに、俺の顔を掴んでいた手が離れていった。
「たしかにお前、意外と繊細だもんな。意外と」
「意外とは余計だよ」
「冗談だって、そんな怒んなよ」
「はいはい。つーか、早く帰んぞ」
にぃっと悪戯っぽく口角を上げる滉大に、なんとなくぶっきらぼうな口調で返す。
再び歩き始めた俺は、こっそりと安堵の溜め息をついた。
しかし、それも束の間。
「でもよかったよ。お前があの時起きてたのかと思って、ちょっと焦った」
「……え?」
「……ん?」
一難去ってまた一難。
ぶわっと一気に毛穴という毛穴から汗が吹き出した。
「ああああ、あの時って?」
「知らないならいーんだよ」
「そ、そっか……」
いやいや、どもりすぎだろ俺。これじゃあ怪しさ満点じゃないか。
ここは知らないふりを決め込むのが得策だ。うん。絶対そう。
「それよりさー、古典の小テスト──」
「なあ大智」
ドクン、と心臓が跳ねた。
いつの間にか掴まれていた腕に、自然と歩みが止まる。
「なんだよ」
「そこに荷物全部置いて」
「……は?」
「いーから、そこ。置いてってば」
いきなりなにを言い出すのかと思ったら、意味がわからない。今度は一体、何をするつもりなんだ……?
「……置いたけど?」
俺は頭上にハテナを浮かべながら、言われた通り、道端にあった石のベンチにリュックとエナメルバッグを置いた。
得体の知れない緊張感の元、窺うようにそっと視線を送る。するとすぐ、滉大が同じように自らのそれをベンチに置き──。
「……っ!?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
ただ突然、身体が何かに包まれて。
「大智……」
耳元を掠めた、低い声。
瞬間──理解した。
「なっ……に、して」
俺の身体を包み込んだのは、滉大だった。
──滉大に今、抱きしめられている。
理解したと同時に、俺の中で何かが爆発した。
心臓がバクバクと鳴り始め、カッと一気に体温が上がっていく。
「……やっぱりな」
「え?」
「お前、嘘下手なんだよ」
何もできずにただ固まっていた俺に届いたのは、不敵な低音だった。
「あーあ。本気で言うつもりなかったんだけどな……。バレちまったんなら仕方ないか」
いつのまにか、解放されていた身体。
滉大の目は、何かを決意したみたいに、一直線に俺を見つめていた。
「俺は……大智が好き」
「っ!」
「だからあの時、お前にキスした」
夕陽のオレンジが全身を包む。
そのせいか、いつもより血色のよく見える頬。
「男にこんなこと言われて、引く?」
「そ、んなことは……」
「ならもう隠さないから。覚悟しといて」
……は?
目の前がチカッと光ったのが最後。そこから俺の記憶は、儚くもぷつりと途切れた。
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