アーカイブ：怪談YouTuber・黒天の記録

第24話「壁の奥の部屋」

ようこそ、黒天の怪録へ。

今宵語るのは、とある視聴者から届いた奇妙な体験談だ。

彼が言うには、「本当に些細なきっかけだった」とのこと。

　

――――

大学の春休みを利用して、一人暮らしの部屋を大掃除していたときのことだ。

視聴者さん仮にSさんとしよう。
Sさんは、今住んでいるアパートに特に不満はなかった。
多少古くて、ところどころ壁紙が浮いていたが、家賃も安く静かな環境だった。

その日は珍しく徹底的に掃除をしようと、家具をすべて動かしていた。

そして、タンスの裏側の壁を見たとき――妙なことに気づいた。

　

そこだけ、壁紙の材質が微妙に違っていたんだ。

色も、触り心地も、まるで違う。誰かがあとから張り直したような…そんな不自然さ。

気になって、その部分をめくってみた。

すると、その下から現れたのは――小さな「扉」だった。

高さは50センチほどの四角形。
鍵穴のようなものもなく、木製の蓋がはめ込まれているだけ。

思わず息を飲んだ。
こんなもの、間取りにはなかったし、管理会社からも聞いていなかった。

　

Sさんは…開けてしまったんだ。

　

ギィ…という鈍い音とともに、木の蓋は驚くほど簡単に外れた。
中は、真っ暗だった。

だが、確かに“空間”があった。

懐中電灯を取りに戻り、再びその穴を覗き込む。
その先には――細長く続く、コンクリートのような通路があった。

まるで、誰かが意図して作った秘密の小部屋。
天井は低く、しゃがまないと進めないほど。

怖さよりも好奇心が勝った俺は、通路を進んだ。

　

奥には、たった一つの部屋があった。

中には何もない。古びた木の椅子がひとつだけ、中央にぽつんと置かれていた。

だが…それ以上に異様だったのは、壁一面に貼られた写真だ。

　

Sさんの部屋だった。

Sさんが寝ている姿、勉強している姿、歯を磨いている後ろ姿。

…中には、鏡越しに撮られた“Sさんと、鏡に映っていない誰か”の写真もあった。

　

Sさんは慌てて逃げ出し、扉を閉じた。

すぐに管理会社へ連絡し、部屋の解約を申し出た。

だが、最後にひとつだけ訊ねたんだ。

「…あの部屋って、何かあったんですか？」

　

管理会社の男は、数秒の沈黙のあと、ぽつりとこう答えた。

「そこ…前の住人が、突然いなくなった部屋ですよ。部屋の中に靴も荷物もあって…ただ、彼が出て行った痕跡だけが、何一つなかった」

　

――それ以来、壁の奥のことは誰にも話していない。

けれど今も、たまに夢を見る。

小さな扉が勝手に開いて、誰かが這い出てくる夢を――

　

――――

さて、今宵の怪録はここまで。

もしあなたの部屋の壁に、不自然な“違和感”を見つけたなら――

…開けてはいけない。